第581話 システム権限


 飢餓状態の人擬きだと思われる化け物の大群は、奇妙なことに、小さなうめき声すら漏らさず猛然と駆けてくる。その数は優に百を超えていた。拡張現実で投影されていたインターフェースに簡易地図ミニマップを表示すると、区画全体が敵を示す赤い点で埋め尽くされているのが確認できた。どうやら隔壁で封鎖されていた区画には、数百体を越える化け物が潜んでいたようだ。


 それもそのはず、この超構造体メガストラクチャーには数万の人々が暮らしていたのだ。文明崩壊につながる混乱期に何が起きたのかは分からないが、〈人擬きウィルス〉に感染した大勢の人間が閉じ込められていても不思議ではないのだろう。


 もっとも、ソレが数世紀ものあいだ、封鎖された空間で生存できた理由は分からなかった。どこかに餌になる生物がいたのかもしれないし、互いの肉を喰らい合っていたのかもしれない。


 階段までやってくると、立ち止まって背後に迫っていた化け物の群れに銃弾をバラ撒く。が、先頭にいた数体の化け物を無力化しただけで、切迫した状況に変化はない。敵は砂の中から奇妙な動きで這い出てきたかと思うと、白目のない真っ黒な眼であたりを見回し、そして一斉に襲い掛かってくる。


 すかさずライフルを構えると、一発、また一発と銃弾を撃ち込んでいくが、やはり切りがない。化け物は数年ぶりの餌にありつこうと、形振り構わず攻撃を仕掛けてくる。


 手持ちの手榴弾をすべて投擲とうてきすると、隔壁かくへきに向かって走り出す。視界の先にはカグヤのドローンが作製していた簡易地図が表示されていて、化け物のれがペパーミントとジャンナが避難していた場所に向かって移動しているのが見えた。すぐに弾薬を自動追尾弾に切り替えると、隔壁にむらがっていた数十体の化け物に標的用のタグを貼り付けて、フルオート射撃で銃弾を撃ち込んでいく。


 照準を合わせる必要はない、ただトリガーを引けばいい。あとはライフルと弾薬が自動的に敵を処理してくれる。十数体の化け物の頭部がほぼ同時に破裂して体液が飛び散るのが見えたが、構わず射撃を続ける。銃身からは白煙が立ち昇り、赤熱して嫌な音を立てるようになるが、隔壁にむらがる敵を一掃するまでトリガーから指を離すことはなかった。


 と、すぐ背後から敵の足音が聞こえる。声も出さずに無言で接近してくる化け物は不気味で、ぞくぞくして鳥肌が立つような恐怖を感じる。だがアドレナリンの急激な放出によって恐怖は消え去る。けれどその所為せいなのか、心臓は鼓動を速め、まともに息をすることもままならず、興奮して指先がかすかに震えているのが分かる。


 しかし体内のナノマシンが気持ちの鎮静化をうながす処置をしてくれるので、すぐに冷静な状態で周囲の状況を確認できるようになる。そうして化け物に対処しながら目的の隔壁まで、あと少しのところまで来たときだった。


『ごめん、レイ』

 カグヤの言葉に思わず眉を寄せる。


「どうしたんだ?」

『隔壁が故障して動かないみたい』

「つまり――」

『区画の封鎖はできない』


 不意に化け物が砂の中から飛び出し、四足歩行で迫ってくる姿が見える。すぐに左腕を向けると、グラップリングフックを撃ち込んだ。凄まじい速度で発射されたフックが化け物の胸部に突き刺さったことを確認すると、化け物ごとワイヤロープを一気に巻き取りながら背後に迫っていた群れに向かって投げ飛ばした。


「この状況を打開する方法は?」

『ミニマップに表示されている青い点が見える?』

 化け物の群れに銃弾をバラ撒きながら簡易地図を確認すると、青い点が吹き抜け構造になっている区画のあちこちで点滅しているのが見えた。


『あれは〈統治局〉がハイパービルディングに派遣していた暴徒鎮圧用の機械人形、〈アサルトロイド〉が格納されている場所を示しているんだ』

「鎮圧用の装備か……その機械人形は、起動することはできるのか?」

 というより、整備もされてこなかった機体が動くのだろうか?


『建物を管理するシステムに接続したあと、統治局のデータベースに接続して機械人形の使用許可を得る必要がある。そのためには面倒な手続きをしないといけないんだ。私たちの身分を証明したり、本当に出動要請するような状況におかれているのか調べられたりするんだ』


「残念だけど」と、組み付こうとしてきた化け物を殴り飛ばしながら言う。「存在しない組織の許可を待っている余裕も時間もない」

 ハガネの装甲に覆われた拳を叩きつけられた化け物の頭部は、まるでポップコーンがはじけるように、ポンっと膨れあがったかと思うと、破裂して気色悪い体液を撒き散らす。


『安心して、許可は必要ないから』

「説明してくれるか?」

『レイは〈惑星防衛艦隊〉に所属する戦闘艦の〝艦長〟なんだよ』

「臨時の艦長だよ」

『臨時でも代理でも関係ないよ。重要なのは、宇宙軍の権限を行使できるってことなんだ』


 横手から跳び込んできた化け物の顔面をライフルのストックで殴ると、太腿のホルスターからハンドガンを抜いて頭部を撃ち抜く。が、化け物の波が途切れることはなく、次々と襲いかかってくる。


 すぐ背後の隔壁からは、ペパーミントが掩護射撃えんごしゃげきしてくれていて、絶えることなく出現してむらがってくる化け物の集団に銃弾を撃ち込んでいたが、数が減る気配はない。すると突然、鋭い警告音が区画全体に響き渡る。


『警備システムを掌握して、機械人形を起動した。私たち以外の動く生物を攻撃対象に設定、殺傷武器の使用も許可した』


 カグヤの言葉のあと、磨き上げられた傷ひとつない壁につなぎ目があらわれるのが見えた。直後、壁はすべるように動きながら奥に引き込み、その中からアサルトロイドが次々と出現するのが見えた。機体は白を基調とした塗装がされていて、脚部や腕に青色のラインが入っていて、暴徒鎮圧用のテーザー銃ではなく、軍用規格のレーザーガンを装備しているのが見えた。


 痩せ細った亡者を思わせる化け物は、すぐに音に反応して機械人形にむらがるが、一筋の赤い閃光が発射されて化け物の身体からだを貫通し切断していくのが見えた。


『手加減はしない』と、カグヤが得意げに言う。

『敵の殲滅を優先して、レーザーの出力も最大に設定した』


 化け物は上階からも降ってきていて、グシャリと地面に衝突して手足が折れるが、構うことなく立ち上がり襲いかかろうとする。しかし赤い閃光が通過して、化け物の身体からだを切断して無力化していく。驚異的な生命力を持つため、すぐに化け物が死ぬことはないが、脅威を排除するには十分な攻撃だった。


 それでも気を抜くことはできない。敵の数は多く、たとえアサルトロイドでも組み付かれてしまえば身動きが取れなくなり、気がつけば無数の化け物から攻撃されまたたく間にスクラップにされてしまう。


『レイ、今がチャンスだよ。アサルトロイドが破壊される前に敵の数を減らす』

「減らすって言っても――」


『大丈夫。管理システムを掌握したさいに、各階層からこの区画につながる隔壁を閉鎖した。もう化け物が増えることはない』

「それでも数百体はいる」


『故障して動かない機体も多いけど、アサルトロイドもそれなりの数を揃えることができた。戦力としては申し分ないよ』

 簡易地図に表示される無数の青い点を確認したあと、彼女の言葉にうなずく。

「了解。ペパーミント、予備弾薬に余裕はあるか?」


『問題ないよ!』と、隔壁の前で片膝をついて射撃を行っていたペパーミントが言う。『ショルダーバッグには、この建物にいる化け物を殺し尽くせるだけの弾薬がある』


「それなら、ハクを呼ぶ必要はないな……」

 深呼吸して気持ちを切り替えたあと、ハガネを操作して黒を基調としたタクティカルスーツを身にまとう。連続射撃でダメになっていたライフルの銃身は、すでに〈自己修復〉によって機能が回復していて、戦闘に耐えられる状態になっていた。


「カグヤ、掩護えんごを頼む。これから敵を殲滅する」

 化け物に照準を合わせると、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。

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