第578話 調査隊


 発掘現場に続く入り口の近くには長机が並べられていて、調査員たちの手で出土したばかりの遺物の検査が行われていた。その作業には人間以外にも、ペパーミントの提案で提供されていたドローンも参加していて、レーザーを照射して遺物のスキャンを行っている光景が見られた。


 ドローンなどの旧文明の技術を導入する以外にも現場の環境改善策として、労働者たちの負担を減らすために多数の作業用ドロイドを派遣していた。ドローンは遺物の撮影や記録だけでなく、建物内部の人間が侵入できない区画のスキャンなどにも使用されていて、ドローンから得られるデータを解析して調査が進められていた。


 また労働者が安全に作業を行えるように、安全管理にも力を入れていた。ヘルメットや保護メガネなどの作業用装備品、熱中症対策や怪我の予防など、様々な面で配慮が行われるようになった。


 とくに労働者たちが喜んでくれたのは食事が改善したことだ。〈鳥籠〉の販売所で購入できる業務用冷蔵庫が導入されたことによって、砂漠にいても新鮮な食品や飲料水を入手できるようになったのが良かったのだろう。


 超構造体メガストラクチャーの発掘現場を監督するジャンナは、遺物を発掘調査するために多数の労働者を雇っていた。かれらに支払われる報酬は、紅蓮ホンリェンの支援金と出土する遺物の売買でまかなわれていたが、他の組織の干渉を嫌ったイーサンの提案によって、紅蓮から独立するための組織改編が行われた。


 紅蓮が派遣していた〝お目付け役〟や戦闘員には、それなりの報酬が支払われたあと、現場から去ってもらうことになった。


 もちろん紅蓮の関係者は難色を示したが、ジョンシンが間に入ることで交渉はスムーズに進められ、ジャンナの調査隊は紅蓮から完全に独立した組織になることができた。とはいっても、今後は我々の支援で調査が行われることになるので、彼女たちにとっては後援者が変わった程度の変化だった。


 周囲に視線を向けると、炎天下のなか、労働者たちが一生懸命に作業している様子が見られた。肌は日焼けして浅黒く、汗でぐっしょり濡れたシャツには砂礫が張り付いている。誰もが疲れているようだったが、仕事に対する情熱を持っているのか、不満を口にする者はいなかった。


 どうやら一部の調査員は旧文明の遺物に関する知識があり、発掘作業に重要な役割を果たしているようだった。かれらの多くは旧文明の文字を読み解き、発掘に役立つ情報を提供していた。廃墟の街では日本語や英語が理解できる人間は貴重な人材だった。ジャンナのもとに優秀な人材が集まる理由は分からなかったが、それだけ見返りのある仕事なのかもしれない。


『見て、レイ』

 カグヤの言葉に反応して視線を動かすと、〈葦火建設あしびけんせつ〉のロゴが刻まれたコンテナボックスを運び出している労働者の姿が見えた。

「葦火建設……たしか、埋め立て地にある日本とアメリカをつなぐ超構造体の建築にもたずさわった巨大企業メガコーポだったな」


『うん。厳密に言えば、その橋だけじゃなくて、横浜の埋め立て地の大部分の区画に葦火建設が関わっているんだけどね』

「その巨大企業のロゴが入ったコンテナが出土するってことは、この建物も葦火建設が?」

『そうだね、このあたりにある建物の多くに携わっていたと思うよ』


 労働者と機械人形によって次々と運ばれてくる小型のコンテナボックスの多くが、居住区画から出土していることも関係しているのだろう、コンテナの中身は生活用品で占められていた。しかし時折、建物を管理する警備員が使用していたと思われる装備品が保管されていた大型コンテナが発見されることがあった。


 数人の労働者と機械人形が力を合わせてコンテナを運ぶ様子は、まるで巨大な石像を持ち上げる古代の壁画のようにも見えた。それらのコンテナを運び出す労働者たちに混じり、数機のドローンが飛んでいるのが見える。遺跡内部での調査や発掘作業を助けるために、機敏に飛び回っているのだろう。


 この場所に不釣り合いな、どこか未来的でもある光景にもかかわらず、労働者たちは常に危険にさらされている。熱中症や怪我によるリスクを抱えながら、かれらは作業を続けていた。その姿は砂漠に立ち向かう勇壮な戦士のようでもあり、それが彼らの努力や意志の強さを物語っている。


 砂漠のあちこちで見られる発掘現場の多くでは、労働環境や報酬に対する不満から暴動が起こっていると聞くが、ここでは労働者たちが進んで丁寧な仕事をしていて、誰もが真面目に発掘作業に取り組んでいた。その熱意と技術があったからこそ、ジャンナは砂漠で遺物を調査し、旧文明期の謎を解くことに集中できるのかもしれない。


「ハクはここで待っていてくれるか?」

 数体のジュジュにしがみ付かれていた白蜘蛛は身体からだを斜めに傾ける。

『きけん、ない?』


「ああ、発掘現場にはジャンナの調査隊が出入りしていて、すでに安全が確保されているんだ。だから俺とペパーミントが危険な目に遭うことはない。ハクも安心してジュジュたちと遊んでいても大丈夫だよ」


『ん、わかった』と、ハクは大きな眼を発光させる。

『ハク、ジュジュ、めんどうみる』


 得意げにするハクを見て思わず笑みを浮かべる。

「ジュジュたちが作業の邪魔をしないように、ここでしっかり見張っていてくれ」

『まかせて』

 二本の前脚を大きく振る白蜘蛛と別れると、ジャンナのあとに続いて建物内に入る。


「カグヤ、偵察ドローンはまだ上空を飛んでいるのか?」

『もちろん。盗賊団の接近に警戒して、徘徊型ドローンと一緒に上空を旋回してる』

「なら、そのまま監視を続けてくれ」

『ハクだけじゃ不安?』


「いや、ハクのことは信頼してるよ。戦闘能力でも、ハクより優れた生物はいないだろう。俺が気になっているのは盗賊団が何処どこから来ているのかだ。連中を見つけたら拠点まで尾行してくれ」

『敵拠点を発見したらどうする?』

「可能なら爆撃してくれ」

『了解』


 カグヤが偵察に使用しているドローンは、実際には無人航空機UAVであり、見慣れた小型ドローンと異なり高高度長時間滞空型無人機HALE-UAVと呼ばれる偵察兵器だった。この機体も戦闘艦の格納庫で見つかった遺物だ。忙しくて機体の詳細については確認できていないが、ペパーミントが〈顔のない子供たち〉と協力して整備してくれたことで使用可能になっていた。


 もっとも、艦長権限で機体を操作することはできても、戦闘艦のシステムを介して通信が行われている都合上、現段階では砂漠地帯の上空から離れることはできなかった。


「レイ、足元に注意して」

 ペパーミントの言葉で気を取り直すと、ハガネのマスクを装着して砂が堆積する薄暗い通路を進む。


 どうやら今回は以前に来たときとは別の現場に向かうようだ。エレベーターシャフトまでやってくると、階下に続く梯子はしごを使って居住区画に入る。そこから土砂がわずかに残る廊下を通って、破壊された隔壁かくへきを通って別の区画に出る。ここまで来ると労働者や機械人形の姿はほとんど見かけなくなる。


 照明が設置された通路は想像していたよりも、はるかに洗練された高度な技術が使われて建設されていたのか、旧文明の地下施設で見られるような装置や機械、現代的な標識が当時の状態で残されているのが確認できた。電源さえあれば、すぐにでもホログラム映像が投影されて動き出しそうだった。


 感心しながら通路を進むと、商店が並ぶ通路に出る。この場所では多くの生活雑貨と情報端末が出土していた。紅蓮で出回っている貴重な情報端末や電子機器も、このような場所で発掘されていたのかもしれない。


 しばらく進むと、無数の柱が整然と並ぶ空間に出る。まだ土砂が完全に取り除かれていなかったが、それでも広大な空間になっているのが分かった。


「死骸が見つかったのは、この区画なのか?」

 酸欠にならないようにマスクを装着していたジャンナはうなずいて、それから手元のタブレット型端末を操作した。すると調査員によって設置されていた照明に電源が入り、薄暗い空間を照らし出していく。


 そこにはミイラのように干からびた生物の死骸が散らばっていた。それは人間の死骸にも見えたが、なかには人擬きのように、明らかに変異したと思われる死骸も残されていて、どのような生物のモノなのかハッキリしなかった。


「こっちに」

 ジャンナについていくと、はえのような生物の死骸があらわれる。半ば砂に埋もれた状態で横たわる死骸は、まるで地獄から這い出てきた悪魔のような姿をしていた。体長は人間をも上回り、干からびた身体からだは黒光りする外骨格に覆われていて、その奇怪な形状は狂気の産物のようでもあった。


 化け物の異様な姿にジャンナをはじめ調査員は恐怖していて、ここでの作業が中断してしまっているという。実際、今も彼女はある程度の距離を取って死骸を眺めていた。この生物の発見に彼女はひとりの調査員として興奮していて、今までの調査の中で最も重要なモノになると直感していた。しかし同時に得体の知れない恐怖も感じていたのだろう。


「驚くほど状態がいいな」

 死骸のそばにしゃがみ込むと、荷物の中からカグヤの偵察ドローンを取り出して、死骸をスキャンしてもらう。


 保存状態も異常だったが、最も驚くべきことはその外骨格だ。堅固な装甲の表面には、生物学的に進化した構造やパターンが見られた。まるでこのはえの化け物が、より高度な文明を持った種族によって創り出された生物兵器であるかのように感じられた。


「大樹の森の地下にある研究施設で戦った化け物のことをおぼえているか?」

「もちろん」となりに立ったペパーミントが答える。「そういえば、あのときの化け物に似ているわね」

「似ているというより、俺には同じ種類の化け物に見える」

 立ち上がって周囲を見回すと、遠く離れた位置にも照明が設置してあるのが見えた。


「もしかして、あそこにも化け物の死骸が?」

 ジャンナはうなずくと、他の場所にも似たような生物の死骸があることを教えてくれた。

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