第577話 ジュジュ


 黒い外骨格に覆われた昆虫種族〈ジュジュ〉は、白蜘蛛の背からコロコロと転がり落ちると、「ジュ、ジュージュ、ジュ!」と口吻こうふんを鳴らし、砂礫されき鼠色ねずみいろの長毛を汚しながら奇妙な踊りを披露してくれた。襲撃者との戦闘に勝利したことを祝福する踊りなのかもしれない。いずれにしろ、得意げに踊っているジュジュの姿はどこか滑稽こっけいで、それでいて可愛らしくもあった。


 それからジュジュは、カチカチと口吻を鳴らし短い触覚を揺らしながら「ジュジュ、ジッ、ジュージュ」と鳴きながらハクに何か言葉を伝えていた。ジュジュはれで会話しながら思考する生き物だからなのか、おしゃべりをするのが好きだった。しかし翻訳装置をつかっても、ジュジュの言葉を通訳することはできなかった。


 現在も〈データベース〉による解析が続けられているが、そもそもあの鳴き声が言葉として発音されているモノなのかも分かっていなかった。


「ハク、怪我はしてないか?」

 ジュジュが楽しそうにしているのを見ながら、白蜘蛛に質問する。

『んっ。だいじょうぶ、だった』


 ハクは足元の砂をベシベシ叩くと、触肢しょくしを使って幼い子供ほどの体長しかないジュジュを捕まえる。するとジュジュは、ノコギリ歯のようなギザギザした突起物がついた複数の脚を動かしてハクの拘束から逃れようとして暴れる。ハクはそれを無視して多脚車両ヴィードルに近づいてくると、コクピットのなかにジュジュを放り込む。


 ちょうど私の膝のうえに落下したジュジュは困惑して、真っ黒のクリクリした複眼で周囲を見回したあと、私の顔をじっと見つめる。

「平気か、ジュジュ?」


『ジュ?』

 ジュジュは小さな身体からだを斜めに傾けたあと、金属光沢を帯びた漆黒色の翅鞘ししょうを広げて、綺麗に折りたたまれていた半透明のはねを伸ばしてフワリと飛び上がる。重低音な羽音に驚いていると、ジュジュはハクの背に向かって飛んでいって落下するように着地して、満足そうにハクの体毛にしがみ付いた。


『レイ、そろそろ移動しないと』

 カグヤの声が聞こえると、気を取り直して調査隊が待つ超構造体メガストラクチャーに向けて移動を開始する。黒煙を噴き出しながら燃える多脚車両のそばを通ると、襲撃者たちの死体が目についたが、なにもせずその場に放置することにした。


 ここが廃墟の街なら〈人擬ひともどき〉を警戒して死体を焼却していたが、文明から遠く離れた砂漠では、そこまで神経質になる必要もないだろうと考えた。


 発掘調査は巨大な構造物がつくり出す日陰のなかで行われていた。そこでは、砂に半ば埋もれたトタン屋根の小屋と、古い掘削機械や物資の倉庫として利用されている粗末な建物が並んでいるのが見える。そのすぐ近くには労働者たちのテントが用意されていて、人煙が立ち昇っているのが確認できた。


 調査隊の物資を保管している建物のそばには、複数のコンテナを連結した芋虫型の多脚車両が停められていた。ここでも盗賊や略奪者による襲撃が頻繁に起きているからなのか、コンテナの周囲には旧式のアサルトライフルを手にした人間の姿が多く見られた。


『ペパーミントはもう到着しているみたいだね』

 カグヤの言葉に反応して視線を動かすと、デザート迷彩のボロ布で偽装された天幕の下に輸送機が駐機しているのが見えた。略奪者たちが偵察に使うドローンに見つからないように、機体を隠しているのだろう。


 重要な発掘が行われている現場には、超構造体の壁面に存在する長方形の入り口から行けるようになっていた。その入り口からはベルトコンベアが伸びていて、建物内から大量の土砂が運び出されているのが見えた。


 山のように積み上げられていく土砂の近くに車両を停めると、労働者たちのことを誤って射殺してしまわないように、自動迎撃装置を切ってから車両を離れる。


 この場所では、〈旧文明期〉の遺物を発掘するために労働者たちが炎天下のなか、土砂を運び出したり、偵察ドローンを使ったりして周辺一帯の三次元観測データを取得して詳細な地形図を作成していた。超構造体の内部には、今も謎めいた遺物が多数残されている。多くの場合、ソレは鳥籠の販売所でも入手できる生活用品や古い情報端末だったが、ときには驚くような発見もあった。


 調査に使用される半自律型の掘削機械は人間がいなくても日夜作業を続けられるが、ここでは学術的な調査も行われているからなのか、鳥籠〈紅蓮ホンリェン〉から派遣された人間の姿も見られた。もちろん、多数の機械人形やドローンも発掘作業に参加している。


 黄色と黒の縞模様しまもようが特徴的な作業用ドロイドが、蛇腹形状のゴムチューブで保護されたアームを伸ばして労働者たちの作業を手伝っている光景が見られた。太くて短い二本の足を使って移動しているため、そこまで速く移動することはできないが、疲れを知らない機械人形は大きな助けになっているようだった。


 その旧式の作業用ドロイドのそばには、フサフサした体毛を持つ〝ライオンコガネ〟にも似た小さなジュジュたちがワラワラと集まっていて、作業の邪魔をしている姿が見られた。頭部と一体化した太い胴体を持つ機械に親近感を抱いているのか、機械人形が作業する姿を真似まねて土砂を運び出しているジュジュの姿も見かけた。


『あのジュジュたちは、ペパーミントと一緒に輸送機に乗ってやってきたのかな?』

 カグヤの言葉に肩をすくめる。

「かもしれない。けど、それよりも調査隊の人間が普通に昆虫種族を受けいれている理由が気になる」

『たしかに……』


 砂漠地帯には〈インシの民〉と呼ばれる昆虫種族も生息しているので、ある程度の事情を知っている紅蓮の人間にとって、ジュジュたちは驚くような存在でもないのかもしれない。実際のところ、調査隊の人間はハクの存在にも慣れてしまっていて、今ではおびえて作業の手を止めるようなこともなかった。


 労働者たちが食事をするために用意された天幕の近くを通りかかると、他のジュジュよりも太った個体がテーブルにのって食事している姿が見えた。そのジュジュは前肢ぜんしきかかえるようにして陶器の壺を持っていて、白くて粉っぽい固形物で口元の毛を汚していた。〈国民栄養食〉にも似た〈白蛆の祝福〉と呼ばれる食品を食べていたのだろう。


「ジッ、ジュージュ、ジッジュ!」

 まるまると太った昆虫種族が壺を差し出す。ジュジュは争いを好まない優しい種族で、自分たちの好きなモノを他者と共有するのが好きだった。だからなのか、抵抗なく好物を差し出してくれた。


「ありがとう。でも、お腹はすいていないんだ」

「ジュ?」

 思考しているのか、ジュジュは壺を抱えたまま固まる。


 人間の言葉を理解しているのかは分からないが、やがて太ったジュジュは納得して食事を続ける。そのジュジュがハムハムと固形物を咀嚼そしゃくしていると、数体のジュジュがトテトテと小走りでやってくるのが見えた。気がつくと我々の周りには小さな昆虫種族が集まっていて、ハクの脚や腹部につかまって、そのまま背中によじ登ろうとするジュジュもあらわれるようになる。


「大丈夫、レイ?」

 食堂にやってきたペパーミントの言葉にうなずくと、戦闘服に爪を引っけるようにして太腿ふとももにしがみついていたジュジュを持ち上げてハクの背に乗せる。


「ああ、大丈夫だよ」

 彼女の青い眸を見ながら笑みを浮かべる。相変わらず昆虫は苦手だったが、毛むくじゃらのジュジュはレッサーパンダ的な可愛らしい雰囲気を持っていて、嫌悪感を抱くようなことはなかった。


「ところで、〈浄水施設〉の墜落現場はどんな様子だった?」

 ペパーミントは足元に集まってきたジュジュに注意しながら、襲撃者の返り血で汚れたハクの体毛を見て顔をしかめる。

「砂漠を根城にする盗賊団の襲撃はあとを断たないけど、戦闘艦の修理に必要な資源の回収作業はとどこおりなく行われている。それより、どうしてハクは血まみれなの?」


「ここに来る途中、俺たちも襲撃されたんだ」

「砂漠の盗賊団に?」と、彼女は綺麗な眉を寄せる。

「それは分からない。けど、ただの略奪者にしては装備が充実していた」

「なら、〈浄水施設〉を襲撃している組織と関係があるかもしれないわね」

「そうだな」ウンザリして思わず溜息をつく。「連中が何であれ、厄介な存在に変わりない」


 ペパーミントの作業用ツナギ服によじ登ろうとしていたジュジュを持ち上げて、そっとテーブルにのせたあと、彼女と一緒にジャンナが待つ発掘現場に向かう。テーブルにのせられたジュジュは状況を理解するために思考していたのか、しばらく固まっていたが、すぐに気を取り直して追いかけてきた。


「その盗賊団は、どこから〈浄水施設〉の情報を手に入れたと思う?」

 足元でウロチョロしていたジュジュを蹴らないように、慎重に歩きながらたずねる。

「紅蓮が関わっているのは間違いないと思うけど……でも、あれだけ巨大な構造物が砂漠に墜落したんだから、どこかで目撃していてもおかしくない」


「砂漠を根城にする盗賊団か……。ウェイグァンの愚連隊を支援して、組織を潰してもらうのもありなのかもしれないな」

「支援って、私たちが使う旧文明の装備を提供するの?」彼女は不満そうな表情を見せる。

「ああ、ウェイグァンは信頼できるし、〈生体認証〉が必要な武器なら、俺たちの脅威になるような連中の手に渡っても悪用されることはない」


「私たちの脅威になる組織なら、装備を解析して悪用することも考えられるんじゃない?」

 彼女の言葉に肩をすくめる。

「その可能性はある。でも、そうだな……たとえば〈不死の導き手〉みたいに、すでに危険な兵器を多数所有している組織は存在する。それなら、信頼できる組織に武器を提供して戦力を強化したほうがいいんじゃないのか」


「本当に私たちの味方になるのなら、いい考えなのかもしれない。でも、この世界に信頼できる組織なんてあると思う? 現に私たちが襲撃されているのも、紅蓮に情報提供者がいるからでしょ?」

「味方は慎重に選ばなければいけない。そのことは理解しているよ」

「そうだといいけど」彼女は心配そうに私のことを見つめる。


 発掘された大量の生活雑貨が並べられていた天幕に到着すると、調査隊を監督するジャンナがやってくる。

「よかった、来てくれたんだね」

 彼女は長袖の作業着を身につけていて、顔に薄布を巻いていたが、それでもくっきりしたアイメイクが印象的な瞳はハッキリと見えていた。


「もう動画で見てもらったと思うけど、私たちが地下で見つけたモノをすぐに確認してもらいたいの」

 彼女の言葉にうなずいたあと、すでに何度も見ていた動画を〈拡張現実〉で視線の先に投影する。その映像には、薄暗い発掘現場に立つジャンナの姿と、彼女の足元に横たわるはえにも似た異様な化け物の死骸が映し出されていた。

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