第十四部

第576話 vewm vewm vewm


 どこまでも――果てしなく続く砂漠地帯が見える。遠くには、廃墟と化し砂に埋もれていく高層建築群がそびえ、砂丘の海が広がる。その間には何もなく、広大な荒野ばかりが広がり、飴色の砂が世界をおおっている。それは生命を寄せ付けない死の世界にも見えた。


 この荒廃した世界で何度も戦闘を経験してきた。その戦いの中で生き残るために必要な技能を身につけてきたつもりでいたが、戦いはより苛烈さを増していて、まるで死に向かって前進しているようにも感じられた。


 ちらりと視線を上げると青く澄んだ空と、徐々に輝きを増していく灼熱の太陽が見えた。少しでも暑さをやわらげるために薄手の戦闘服を身につけていたが、それでも気休めにしかならない。


 砂に足を取られながら多脚車両ヴィードルまで戻ると、荷物の中から水筒を取り出して冷たい水を口に含む。こまめに水分を補給しなければ――たとえ遺伝子レベルで改良され最適化された身体からだだろうと、この環境で生きていくことは難しいだろう。


 はるか遠くに見える廃墟は、かつてこの地域に人々の生活があったことを思い起こさせる。けれど、それからどれほどの月日が流れたのだろうか、この砂漠は文明というモノから、あまりにも遠い場所になってしまっていた。


 その荒れ果てた世界で生きていくために、何度も命懸けの戦いをしてきた。しかし、今この場所で感じるのは孤独と不安だ。この荒廃した世界で自分自身と向き合い、これから何を成すのか、そしてその意味を見つけなければいけないのかもしれない。


 多脚車両に乗り込むと目的地に向かって移動を開始する。目の前に広がるのは何もない荒涼とした砂漠だったが、そこに一歩足を踏み出すと、砂の中に散らばる砂礫されきが風に舞い上がる様子や、暑さや乾燥によって亀裂が入り込んだ赤茶けた大地が見える。その裂け目からは、砂漠の熱気が溢れ出しているかのように感じられた。


 荒野を見渡しながら、過酷な環境の中で続けられる生命のいとなみに注意を向ける。砂漠には、自然が生み出した数々の驚異があることを知っていた。飴色の大地に色を添えるのは、トゲのある低木と得体の知れない植物、岩場の木陰で休む野生動物、それに砂丘に潜む昆虫や極彩色の体表を持つトカゲだった。


 砂漠に不穏な空気が漂っている。嫌な胸騒ぎがして車両を止めると、風によって形成された小さな砂丘が多脚の間に広がっていくのが見える。一歩踏み出すと、車体の重さで砂に埋もれてしまいそうになる。全天周囲モニターを通して周囲の様子を確認していると、カグヤの声が内耳に聞こえる。


『レイ、ハクの反応を見つけたよ。そのすぐ近くに別の反応も複数確認した』

「噂の略奪者たちか?」

『うん。ジャンナの調査隊がいる〈ハイパービルディング〉に向かって移動してるみたい』

「よりにもよって、目的地の超構造体メガストラクチャーに向かっているのか……連中の狙いは調査隊が発掘している〈旧文明期〉の遺物だと思うか?」


『まさか』カグヤは苦笑する。『連中の狙いは砂漠に墜落した戦艦だよ』

「戦闘艦の情報は秘匿されていると思っていたけど」


『残念だけど、すでに鳥籠〈紅蓮ホンリェン〉の商人たちにも存在は知られている。どんなに秘密にしていても、人の口に戸は立てられないからね』

「たとえ同盟関係でも?」


 目的地を再設定しながら、上空を飛ぶ偵察ドローンから得ていた情報を確認する。たしかにシステムは複数の動体反応を検知していた。


『ジョンシンの手で粛清しゅくせいやら何やら組織改革が進められているみたいだけど、紅蓮も一枚岩じゃないからね。他の鳥籠よりも長い歴史があるみたいだし、それなりに複雑な事情があるんだよ。それに人口も多いしね』

「善人もいれば、悪人もいるってことか……」


『そういうこと。修理中で動けない戦艦は、遺物を入手できる格好のまとなんだよ。それより警戒して、このあたりは敵が待ち伏せ攻撃するのに適した地形になってる』


 斜めに傾いた無数の高層建築物が砂に埋もれ、砂漠に巨大な影を落としているのが見えた。上空のドローンからリアルタイムで受信していた俯瞰映像ふかんえいぞうで敵の位置を確認する。ドローンから地表まで相当な距離があったが、人工知能によって解像度の高い映像に変換されていたので、周囲の状況を詳細に確認できるようになっていた。


「見つけた」

 戦闘用に改造された複数の多脚車両が、偵察ドローンによって瞬時に攻撃対象としてタグ付けされ、赤色の線で輪郭が縁取られていくのが見える。

『こっちも攻撃準備ができたよ』


「準備?」彼女の言葉に思わず顔をしかめる。

「なにを準備したんだ?」


『こんなこともあろうかと思って、数百機の自爆ドローンを上空に待機させていたんだよ』

「数百……もしかして、戦艦から?」

『そうだよ。自己修復が行われていて戦艦のシステムリソースに余裕はないけど、すでに製造されていた大量のドローンは問題なく使えるからね』

 空を仰ぎ見るが、徘徊型兵器の姿を確認することはできなかった。


 突然、騒がしい警告音が聞こえたかと思うと、車両の周囲に膜状のシールドが展開して銃弾をふせぐのが見えた。

「カグヤ!」

『分かってる!』


 射角や着弾点から敵の攻撃位置が瞬時に割り出されると、上空を旋回していた数機の徘徊型兵器が急降下を始める。それは旧文明期の超小型ドローンだったが、戦闘車両を破壊できるだけの爆薬が積まれているので、旧式の多脚車両を制圧するのは容易たやすいことだ。直後、空気をつんざく爆発音があたりに響き渡る。


『接近してくる車両は潰した。廃墟に隠れてる敵に注意して!』

「了解っ」


 多脚車両の機動性を駆使して接近する無数のロケット弾を避けると、廃墟の壁面に飛びついて、重機関銃による容赦のない攻撃を行う。迷彩効果の高いボロ布を身につけて砂丘に身を隠していた略奪者や、建物内の暗がりに潜んでいた狙撃手を射殺する。


『ロケット弾の発射を確認!』

 カグヤの言葉のあと、騒がしい警告音が鳴り響く。すぐに壁を蹴って空中に飛び上がると、ロケットランチャーを担いでいた略奪者に銃口を向ける。環状の砲身が回転しながら大量の銃弾をばら撒くと、略奪者の身体からだがズタズタに破壊され、手足や内臓が飛び散るのが見えた。車両が音もなく着地するころには、血煙すら確認できなくなっていた。


 と、サイバネティクス技術によって身体改造された複数の略奪者が廃墟から飛び出し、車両に向かってロケット弾を撃ち込もうとするのが見えた。すぐに反応して後方に飛び退くが、彼らの奇襲が成功することはなかった。


 大量の砂を撒き散らしながら砂丘がぜたかと思うと、巨大な白蜘蛛が姿をみせ、略奪者たちに向かって糸の塊を吐き出す。思わぬ攻撃を受けた略奪者たちは、糸が直撃したさいの衝撃で吹き飛ばされ砂丘を転がり落ちていく。


 動きが止まるころには、身体からだに絡みついた糸によって拘束されていて、すでに身動きできなくなっていた。が、白蜘蛛は容赦なく飛び掛かると、鋭い鉤爪を突き刺して仕留めていく。


 白い人工血液を吐き出しながら息絶えていく略奪者の胸部に長い脚を突き刺すと、そのまま身体からだを持ち上げて、小銃を乱射していた男に投げつける。鋼鉄の義手と義足によって人間離れした身体能力しんたいのうりょくを獲得していた略奪者は、投げつけられた仲間の死体を蹴り飛ばすと、白蜘蛛に向かって攻撃を続ける。


 が、旧式の小銃から撃ち出される弾丸では白蜘蛛を傷つけることはできない。白蜘蛛は長い脚を使い跳躍し敵に接近すると、横に薙ぎ払うように脚を振って男の首をねる。


『歩兵はハクに任せても大丈夫みたいだね』カグヤが指定した標的がモニターに表示される。『調査隊に接近する車両を確認した。自爆ドローンで足止めするから、すぐに排除して』

「了解」


 小銃や無反動砲を乱射しながら突進してくる車両が見えてくると、剥き出しのコクピットに向かって銃弾を撃ち込む。略奪者の身体からだれた果実のようにグチャグチャに破壊され飛び散ると、自律型の操縦システムすら搭載されていない旧式の車両は制御を失い建物に衝突して炎上する。


 前方から爆発音が聞こえると、徘徊型兵器の攻撃で爆散した車両の脚が空高く舞い上がるのが見えた。上空からは炎と黒煙を噴き出しながら動きを止めた無数の車両と、地面に横たわる略奪者たちの姿が確認できる。


「連中はヴィードルで始末する。カグヤは偵察ドローンを使って増援がないか周囲を調べてくれ」

『もうやってるよ』


 略奪者たちは砂漠に特化した多脚車両に搭乗していたが、上空からの攻撃に為す術がなかった。それでも事前に襲撃を計画していたからなのか、略奪者たちもそれなりの装備を用意していたようだ。騒がしいローター音が聞こえたかと思うと、機関銃を搭載した旧式ドローンが接近してくるのが見えた。


 思考だけで射撃統制装置を起動して接近してくるドローンを叩き落とすと、大破した車両から逃げ出そうとしていた略奪者たちを多脚で踏み潰していく。頭部が割れてグチャグチャになった脳や骨片で車体が汚れていく。が、少しも気にすることなく敵を殲滅していく。


『敵の掃討を確認、もう安心しても大丈夫だよ』

 偵察ドローンで周辺一帯の走査が終わると、ハクと合流するため移動を開始する。

「カグヤ、ミスズたちに連絡しておいてくれるか?」

『襲撃について報告するの?』


「ああ、野良の略奪者にしては装備が充実していた。もしも大規模な攻撃を計画しているのなら、戦艦を警備する守備隊の詰め所が襲撃される可能性が高い」

『ミスズたちを支援するために拠点まで引き返す?』


「いや、拠点には〈ヤトの戦士〉がいるし、〈機動兵器オケウス〉も配備してあるから、略奪者の襲撃くらいなら俺たちがいなくても余裕で対処できる」

『なら、このままジャンナの調査隊と合流するの?』


「ああ、ペパーミントとの約束もあるからな」

『わかった、連絡しておくよ』


 略奪者たちが待ち伏せしていた場所まで戻ると、白蜘蛛の背中にしがみ付いていた〈ジュジュ〉が脚を振っているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る