第575話 空の器


 まるで廃墟の都市全体が崩壊して砂漠に埋もれてしまったかのような場所に、三十メートルほどの高さがある石像が並んでいるのが見えた。それは死者の都を思わせる遺跡群に続く峡谷の入り口に、塔のようにひっそりとそびえている。


 ひび割れが目立つ石像は左右対称の二足動物を思わせるが、それは昆虫のような甲殻に覆われ、中脚は腰のあたりで組まれていて、いずれの像も枯れ枝のような杖を持ち、峡谷に侵入するものを威圧するように見下ろしていた。


 ドクトカゲの〈ヴェネク・ラガルゲ〉の背に揺られながら〈インシの民〉の姿をかたどった石像を仰ぎ見ていると、局地型軍用軽機動車両に乗った〈アレナ・ヴィス〉がやってきて周辺一帯の敵性生物を掃討したことを報告してくれた。

 砂漠地帯の上空に〈神の門〉が出現して以来、混沌の領域からやってきたと思われる異形の生物が活発に活動するようになっていた。



 交易を行う隊商や〈紅蓮ホンリェン〉から派遣された発掘調査隊に対する襲撃が頻繁ひんぱんに起きるようになり、砂漠は今まで以上に危険な場所に変わってしまっていた。ウェイグァンが率いている〈愚連隊〉は、人間の生活圏をおびやかす生物の駆除を行っていたが、人手が足りず完全に手が回らない状態になっていた。


 そこで〈紅蓮〉の警備隊も本格的に動員されることになり、施設を警備していた軍用ヴィードルや大型戦闘車両が派遣されることになったが、交易こうえきの安全を確保するにはいたらなかった。砂漠地帯は広大で、誰にも存在が知られていない〈神の門〉からは、今も絶えることなく混沌の生物があふれ出ていた。


 砂漠を行き交う隊商の数が減り、いよいよ物資が不足するようになると、我々は〈紅蓮〉の要請ようせいで交易路の安全を確保するために戦闘部隊を派遣することになった。鳥籠の生命線でもある交易路に、組織に属さない戦闘部隊を配備することは〈紅蓮〉の責任者である〈ジョンシン〉にとって難しい決断だったと推測することができた。しかし多くの問題を抱えていた鳥籠に選択肢はなかった。


 我々は〈紅蓮〉から資金提供を受けると、ジャンクタウンで大量の資材を購入して、軍艦の設備を使った大規模な戦闘用機械人形の製造計画に着手した。


 けれどそれにはいくつかの問題を解決する必要があった。システムの復旧作業と並行して修理が進められていた軍艦の周囲にも、混沌の生物が出現するようになっていて、まずは周辺一帯の安全を確保する必要があった。もっとも、軍艦には優れた警戒システムが備わっていたので、ほうっておいても混沌の生物を撃退してくれた。


 しかし敵性生物が出現するたびに機械人形の戦闘部隊を派遣する必要があり、復旧作業に関するシステムリソースを割くことになっていた。そこで、システムによる警備ではなく完全自律型の機械人形を手配して軍艦の警備を任せることにした。


 戦闘部隊を指揮するのは、トゥエルブやイレブンの姉妹機である〝特殊〟な人工知能を搭載した四機のドローンで、戦闘用機械人形〈ラプトル〉に接続された状態で警備を行うことになる。


 混沌の生物との戦闘に関する貴重なデータは機械学習を通じて、交易路を警備する機械人形の戦闘プログラムに活用されることになった。練度の高い戦士が持ち合わせる技術と適応力を手に入れた機械人形は、艦内の設備で大量に製造されて、危険な交易路に派遣されることなった。


 大規模な戦闘部隊の派遣によって、かつて廃墟の街よりもずっと危険で過酷だった砂漠地帯で安全に交易が行えるようになった。しかしその結果が判明するのは、数週間後、あるいは数ヶ月後のことになるので、我々は万全を期すために、あらたな兵器を製造することに決めた。


 候補になったのは、〈五十二区の鳥籠〉に隣接する地下施設で発見して、ペパーミントとサナエによって研究が進められていた機体だった。自律型機動兵器〈オケウス〉と呼ばれる大型の機械人形は、楕円形だえんけいのずんぐりとした甲虫のような胴体を持ち、短くドッシリとした二本の太い足で立つ機体だった。


 真鍮色の複合装甲によって保護されていた脚部には、形状記憶合金を使ったバイオメタル――電流で筋肉のように動く細い繊維状の駆動装置――が採用されていて、荒涼とした砂漠地帯で巨体を支えるには申し分のない性能を持っていた。

 また同様の技術は太い腕にも使われていた。それは地面に届きそうなほど長く、前腕部に強力なレーザー兵器が取り付けられていて、混沌の生物を圧倒する火力を誇っていた。


 両肩に搭載した四角い火器コンテナのすぐ側には、収納式のマニピュレーターアームが取り付けられていて、機体後部に搭載された多数の兵器を操作するときに補助として使用される。いずれも二重関節で、無骨な機体に似合わず繊細な動きが可能だった。


 その機動兵器は艦内の設備で製造されることになった。設計図など必要な情報は揃っていて、艦長代理としての権限も保有していたので、それほど手間をかけることなく製造することができた。しかし砂漠地帯でのみ採掘できる大量の〈希少鉱物〉が必要になるため、各戦闘部隊に配属される四機だけが製造される。


 ネイティブ・アメリカンに伝わる精霊の名を冠する〈オケウス〉は、その名の由来になった邪悪な魔女を思わせる目覚ましい活躍を見せ、交易路の安全は確保されていくことになった。そして機械人形による警備は思わぬ副次的効果をもたらした。砂漠地帯を縄張りにしていた盗賊団による被害が徐々に減っていったのだ。


 混沌の生物との争いが砂漠を根城にする組織の衰退すいたいまねいたとも考えられたが、三メートルを優に超える巨大な機動兵器である〈オケウス〉の威圧的な存在感が、交易路から危険な略奪者を遠ざける一因いちいんになったとも考えられた。いずれにせよ、砂漠地帯が危険な地域であることに変わりない。我々は引き続き〈紅蓮〉と協力して、砂漠の脅威を排除していくことになるだろう。



 ラガルゲの背に揺られながら切り立った崖からなる深い谷を進んでいく。周囲にはヴィードルの部隊が展開していて、峡谷に生息する混沌の化け物の襲撃に警戒している。ちらりと視線を動かすと、まるでハチの巣のように断崖だんがいに横穴が掘られているのが確認できた。

 それらの洞穴の前にはボロ切れを身にまとった〈インシの民〉が立っていて、感情のない複眼で峡谷を移動する我々の姿をじっと見下ろしていた。


 コケアリの坑道で〈闇を見つめる者〉と会ってから数日、我々は〈インシの民〉と会談を行うため、峡谷にある遺跡群に向かっていた。ちなみに〈死者の都〉に同行しているのはヤトの戦士だけだった。ペパーミントも来たがっていたが、人類と同盟関係にある〈コケアリ〉と異なり、〈インシの民〉は潜在的な敵であり、いつ攻撃されるのか分からない相手だったので、危険を冒すことはできなかった。


 赤錆色に染められた断崖を見ながら峡谷を進むと、古代遺跡の神殿を思わせる岩山を削り出して造られた構造物が姿をあらわす。壮麗そうれいで堂々とした構造物がつくりだす影のなかに、無数の〈インシの民〉の姿を見る。それらの異形は、影に潜む捕食者のように我々を見つめていた。


 約束していた場所に到着すると、断崖の裂け目にできた細い道の先から、ラガルゲに似たオオトカゲに乗った〈インシの戦士〉がやってくるのが見えた。鳥羽色からすばいろうろこを持つオオトカゲにまたがる異形の生物が大顎をカチカチ鳴らすと、我々の周囲に集まっていた〈インシの民〉はその場でひざまずいた。すると戦士の背後から仮面を装着した集団がやってくるのが見えた。


 腐った木材を加工してつくられた仮面を装着した集団のなかには、朽葉くちばいろの毛皮に覆われた生物もいれば、昆虫特有の黒光りする外骨格に覆われた種族もいて、その正体は定かではなかった。しかし〈インシの民〉に属する生物であることは間違いないだろう。

 オオトカゲに乗った〈戦士長〉だと思われる生物が大顎をカチカチ鳴らすと、こうべを垂れながらひざまずいていた〈インシの民〉が一斉いっせいに立ち上がって、我々のそばから離れていく。


 戦士長には〈集合精神〉で活動する〈インシの民〉に指示を与えられる特別な〝意識〟が備わっているのかもしれない。仮面の集団を率いる戦士長は、我々を死者の都に案内する役割を与えられていた。聞き取りにくい発音で歓迎の言葉を口にした戦士長のあとを追うように、我々は断崖の裂け目に入っていった。


 その途中、岩壁に掘られた横穴に入り、遺跡群に続く洞窟を移動することになった。薄暗い坑道では機械の身体からだを持つ異形の肉塊や、昆虫を思わせる機械の脚を持つ人間のれのてを見ることになったが、いずれも意識がなく〈インシの民〉に労働を強いられる奴隷、あるいは魂を持たない〈空のうつわ〉であることが分かった。


 坑道内に腐臭が流れ込んでくるようになると、洞窟の出口と赤錆色の岩山を削り出して造られた遺跡群が見えてくる。古代の職人の驚異的な技巧によって岩壁に築かれた遺跡を眺めながら、ゆっくり都市の中心部に向かう。すると地面が大きく陥没かんぼつしている場所に到着する。どうやら地下墓地に続く入り口があるようだ。


 地下には徒歩で向かうことになる。アレナたちがヴィードルを広場に停車させると、枯れ枝にも似た兵器を手にした〈インシの戦士〉がやってくる。我々が地下にいる間、ヴィードルの警備とラガルゲの世話をしてくれるという。死者の都を侵略する勢力がいるとは思えなかったが、彼らの厚意に感謝してから地下に向かう。


 驚くような技術で削り出された階段を使って、地下にある広大な空間に向かうが、そこは死臭と汚物で満ちた吐き気をもよおす場所だった。

 等間隔に石棺が並べられた空間に大量の死骸が放置されていて、その中心には無数の管とケーブルにつながれた大型生物が横たわっていた。我々が近づくと、その生物はゆっくりと身体からだを起こした。


 ソレは体毛のないモグラのような動物だったが、頭部は切断されていて、血液に濡れた人間の頭部がすっぽりと収まっているのが見えた。おそらく砂漠を根城にする盗賊団だったのだろう、その男性の頭蓋骨とうがいこつの一部は綺麗に切断されていた。き出しになった薄桜色の脳からは、半透明の細い管が無数に伸びていて、周囲に積み上げられた死骸とつながれていた。


 奇妙な生物はブヨブヨした脂肪に覆われた身体からだかすかかに動かすと、ゆっくり口を開いて人間の言葉で我々に語り掛けた。そこで我々は、その生物がどうして人間の頭部を必要としていたのかを理解した。昆虫種族の口器こうきでは人間の言語を発音するのが難しく、我々と円滑な会談を行うために人間の頭部を用意しなければいけないと考えたのだろう。


 その得体の知れない生物が〈集合精神〉の器であり、〈戦士長〉よりも高い階級の生命体によってあやつられていることは理解できた。ソレは人間の言葉を流暢りゅうちょうに話すだけでなく、言葉の奥に深い知性を感じることができた。


 予期せぬ形で会談が始まると、私は遺跡での出来事についてたずねることにした。結局のところ、我々はあの場所で何が起きていたのか少しも理解していなかったのだ。

 ソレは丁寧に説明してくれたが、人間の口を使っても発音できない言葉が含まれていて、すべてを理解することはできなかった。


 〈インシの民〉の信仰の対象でもあった遺物は、〈こちら側〉の世界に影響を与えない方法で保管されていたが、ある日をさかいに何者かの干渉かんしょうによって――彼らの表現を使うなら、遺物を保護する力場をい荒らしたモノの所為せいで、神の遺物は〈こちら側〉の世界に影響を与えるようになってしまっていた。そしてそれを混沌の勢力によって利用されてしまったという。


 しかし〈儀式〉によって、遺物は再び厳重に保管されることになった。おかげで混沌の侵食は止まったという。

 それから少女について質問したが、ソレは彼女のことを〝器〟としてしか見ていなかったので、端末を使って少女の画像を見せるまで思い出すこともしなかった。〈インシの民〉にとって肉体は消耗品でしかなく、使えなくなった肉体がどうなろうと知ったことではないという。


 それよりも〈コケアリ〉の女王との謁見えっけんについて関心を抱いているようだった。

 〈闇を見つめる者〉と事前に話し合って決めていたことを伝えると、ソレは身体からだを揺らしながら喜んでくれた。コケアリの女王に謁見することは、とても光栄なことだというが、ソレがなにかを企んでいることは火を見るより明らかだった。


 会談が終わりに近づくと、戦士長がやってきて感謝の言葉と共に生物の骨でつくられた杖のようなモノを手渡してくれた。〈インシの民〉が使用する兵器だと思っていたが、どうやら種族にとって儀式的な意味合いを持つ道具で、戦うためのモノではないという。そしてそれが我々の助けになる日が必ずやってくると、ソレは嬉しそうに語った。

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