第570話 色分け


 焼却処分されたあと、機械人形に処理されていく〈生体兵器〉の死骸を横目に見ながら、我々はエレベーターホールがある区画に向かう。前方に視線を向けても後方に視線を向けても、無機質むきしつで代り映えのしない通路がどこまでも続いている。


 これだけの広い空間を移動する必要があったのだと考えると、便利な移動手段が存在していてもおかしくないが、艦内のシステムはいまだ段階的な復旧が行われている状態だったので、艦長といえども知る術はなかった。


 優先して復旧作業が進められている保安システムの状況を確認していると、ハクが身体からだをこすりつけてくる。まるで自分のモノだと主張するために、飼い主や縄張りにマーキングする猫みたいだと思った。もっとも、好奇心こうきしん旺盛おうせいで甘えん坊な性格をのぞけば、ハクが猫に似ている部分といえば、フサフサの体毛だけだろう。


 そのハクは、ひしゃげたように破壊されていた隔壁かくへきの先に行こうとしてウェイグァンに注意される。

「ハク、俺たちの目的地はそっちじゃないぞ」

『しってるよ。ちょっとみてただけ』

 ハクがトコトコ戻ってくると、その背に乗っていた小さな昆虫種族も反応する。

「ジュージュ!」

「ジュージュじゃねぇよ、なんでお前もいるんだよ」

 鼠色ねずみいろの体毛に覆われた昆虫種族は、困ったように動きを止めてしまう。

「ジュジュ?」

「いや、意味が分かんねぇし。人間に理解できる言葉で話せよ」

「ジュッジュ!」

 昆虫種族が不満をあらわにして口吻こうふんを鳴らすと、ウェイグァンは肩をすくめて聞こえないフリをした。


 すでに昆虫種族の存在に順応していたウェイグァンに感心して、それからとなりにやってきたハクに声をかける。

「まだ言ってなかったけど、さっきは助かったよ。ハクとアレナの掩護えんごがなければ、大変なことになっていた」

『ん、きにしない。ハク、つよいから』

「そうだな」ハクの物言いに思わず苦笑する。「でも手強い化け物だった。あの戦闘でハクは怪我けがしなかったか?」

『ちょっと、いたかった。でも、けがないよ』

 ハクがカサカサと腹部を振ると、振り落とされそうになったジュジュが口吻を鳴らして不満を示す。


「それにしても」と、ウェイグァンが言う。「兄貴の戦闘服ってかなりヤバいですよね。瞬時に武器を造ってみせたり、一瞬で変身したりしてるけど、どうやってやってるんですか?」

「それが、俺にもよく分からないんだ。形状を変化させようと思ってやっているわけじゃないんだ。どちらかといえば、〈ハガネ〉が勝手にやってくれているような感じだ」


 ウェイグァンは顔をしかめて、それから言った。

「やっぱ意識があるみたいですね。それってなんかヤバくないですか?」

「たしかに気味が悪いって思うこともあったけど、〈ハガネ〉がなければ間違いなく死んでいたような状況からも救われてきたのは事実だからな」

れって恐ろしいですね……。その金属に取り込まれるような事態にはなりませんよね」


『それは大丈夫だよ』と、マーシーのホログラムが目の前に投影される。『キャプテンの肉体との同化……というか融合ゆうごうは現在も進行していて、すでに共生きょうせいを越えた関係になっているんだ。だからDNAコード化されたシナプスがハガネの〈ナノ合金〉に作用して、戦闘に最適化された形体に――それもキャプテンの意思に左右さゆうされずに、適切な状態に変幻自在に変わることができるんだ。もっとも、それができるのはキャプテンの特別な身体からだがあるからなんだけどね』

「金属と融合ですか……旧文明の技術ってヤバいですね」


『グァン、へんしんする?』

 ハクの言葉にウェイグァンは苦笑する。

「いや、俺は変身しないよ。というより、変身できないんだ」

『いぶつ、ない』

「ああ。変身するには、まず〈ハガネ〉みたいなことができる〈遺物〉を探さなくちゃいけないんだ。心当たりがあるか?」

『ないよ』


 ハクが廃墟の街から集めてきて住処すみかに溜め込んでいるガラクタを物色ぶっしょくすれば、貴重な〈遺物〉を見つけられるかもしれない。けれどハクは会話に飽きたのか、それとも興味を引く別のモノを見つけたのか、通路の先に見えてきたエレベーターホールに向かって跳躍する。


 取り立てて特色のない通路とは打って変わって、足元に豪華な絨毯じゅうたんが敷かれたエレベーターホールには、居住区画の調査を行っていたコケアリたちがすでに到着していた。寄生体との激しい戦闘を物語るように、彼女たちの体表には化け物の返り血がこびり付いていて、兵隊アリの数も減っていた。


『レイラたちも無事だったか』と、〈闇を見つめる者〉は大顎をカチカチと鳴らす。

 彼女が使用する翻訳ほんやく装置そうちから聞こえる自然な声は、今までと変わらない調子で、仲間の死に対する悲しみの感情は含まれていないように感じられた。


 日の光がとどかない地の底で戦闘に明け暮れている種族なので、単純に死というモノにれているのかもしれないが、そもそもそれは私が気にするようなことではないのだろう。彼女たちは人間と異なる種族で、価値観や思考体系そのものが我々とは違うのだ。


 でもだからといって、共通の目的を持って戦ってくれた戦士たちをないがしろにすることはできない。そのことを話すと、闇を見つめる者は触角を小刻みに揺らしたあと、白藍色の綺麗な複眼で我々のことをじっと見つめた。


『姉妹たちの肉体は失われてしまったが、その高潔こうけつな魂は女王のもとにかえり、やがて新たな肉体を得てこの世界に再誕さいたんする。けれど姉妹たちを気遣きづかってくれたことには感謝している。死というモノは、たとえそれがどんな結果をもたらすモノであったとしても、悲しいモノだからな』

「コケアリも仲間の死に対して悲しんだりするのか?」

 ウェイグァンの不躾ぶしつけな質問に、闇を見つめる者は変わらない調子で答える。


『愛すれば愛するほど、そのときがおとずれたさいに人間が深く悲しみ傷つくことは知っている。そして〝死〟というモノが喪失感と密接みっせつに関わっていることも……。けれど我々の内面に生じる感情を人間が理解できないように、人間が感じる悲しみについて理解することは我々にも難しい。だから悲しいのかとかれても、人間と同じような感情はいだかない、としか答えられない』


「悲しいに相当する感情はあるけど、俺たちが感じているモノと同じなのか分からないってことか」

 ウェイグァンの言葉に彼女はうなずいた。

 ただ、それでもコケアリの遺体は大地にかえさなければいけない決まりがあるので、寄生体の駆除がすんだら遺体を回収して、砂漠の適切な場所に埋葬すると約束した。


 非常用隔壁を操作して寄生体のれを所定の区画まで誘い込んでいた〈顔のない子供たち〉から連絡が来ると、カグヤの偵察ドローンは壁に収納されていた操作パネルに接続してエレベーターを呼び出す。


 目的の区画に向かいながら、次々と派遣されていく戦闘用機械人形によって排除されていく寄生体の反応を地図上で確認する。機械人形が青い点で表示されているのに対して、異星種族が持ち込んだ〈生体兵器〉は赤色の点で色分けされていて、簡単に判別できるようになっていた。ちなみに医療区画にある医務室に向かったヤトの部隊は正規のクルーではないので、黒い点で表示されていた。


 赤色の点で埋め尽くされていた地図も、今では防衛システムによって派遣される青色の点のほうが多くなっていた。そこでふと疑問が浮かぶ。船内の多くの通路には異常とも言える火力のオートタレットが設置されていた。それに加えて機械人形を目的の場所に素早く派遣できるように、各通路の壁面パネルには専用の装置が設けられていた。


『たしかに不自然だよね』と、カグヤが言う。『レイの艦長権限を使って色々と調べていたんだけどさ、まるで艦内での戦闘を想定したような設計になっているんだ』

「敵戦闘員に侵入されることを前提ぜんていにした軍艦ってことか?」

『うん。そういう戦術を駆使する異星生物が相手だったのかもしれないね。マーシーはそれについて何か知ってる?』


 ホログラムで投影されていた女性は、眼鏡の位置を直しながら答える。

『残念だけど、軍の機密に関連する情報にはアクセスできないから、人類と戦争状態だった異星生物の種類は分からないよ』

『種類が分からないってことは、少なくとも複数の異星種族が存在していて、それらの種族と交戦状態だったってこと?』


 彼女は腕を組んで天井を見つめたあと、ややあって考えを口にする。

『これは完全に消去されずに、〈メモリー・クリスタル〉に断片的に残されていた情報をつなぎ合わせて手に入れた大昔の記録だけど、人類の状況を説明するにはちょうどいい情報だから見て』


 彼女の言葉のあと立体的に再現された星系が投影されて、いくつかの惑星が青色に輝く。

『青色で表示されている星は人類の植民惑星で〈コロニー〉ってやつだね。それでこっちは、人類と同等、あるいはそれ以上のテクノロジーを持つ知的生命体が、〈異種知性生物〉と呼ばれるモノたちが支配する〈コロニー〉だよ』


 赤色に輝く惑星が次々と投影されると、人類のコロニーがまたたく間に取り囲まれて見えなくなってしまう。エレベーター内に次々と出現する赤い星々を見てハクは興奮していたが、幻想的な光景に喜んでいる余裕なんてなかった。

 異星生物の支配領域は広大で、人類のそれとは比べ物にならない。ひいき目に見ても、それらと張り合う水準にすら達していないように見えた。


「大昔の情報ってことは、人類の状況は改善されているんだよな?」

 マーシーは頭を横に振った。

『何度も言ってるけど、軍のデータベースにアクセスできないから、どうなっているのかは分からないよ。でも、これを見れば人類がどんな状況だったのか想像できるようになったでしょ』

 私はただうなずいた。


『他種族に包囲されているけど、それでも人類は戦い続けていたんだよね?』

 カグヤの質問にマーシーはコクリとうなずく。

『誕生以来、ありとあらゆる生物との熾烈しれつな生存競争を繰り広げてきた人類があきらめるはずがない。それにね、人類は孤独じゃなかった。同盟を結んでいる種族も存在していた』

『それって〈大いなる種族〉とか〈深淵の娘〉のことだよね?』


「それに」と、私はメンフクロウの頭部を持つ奇妙な生物のことを思いだしながら言う。「名前は知らないが、フクロウ男の種族がいるな」

『そうだね。だからこそ宇宙に進出して間もない人類でも戦い続けることができた』

 マーシーは真剣な面持ちでうなずくが、眼鏡がズレて神妙な雰囲気が台無しになる。


「でも問題だらけだな」と、私は星々を見ながら言う。「のんびりしていたら、コロニーを増やすどころか、他種族に侵略されてコロニーを奪われる可能性がある」

『人類のコロニーを防衛すること、そして人類のコロニーに適した新たな惑星を見つけること、それが宇宙軍の活動だったのかな?』

 カグヤの言葉に私はうなずくが、気になることがあった。


「人類が地球を放棄したのは、地球に取って代わるコロニーを見つけていたからなのか?」

 マーシーは投影されていたホログラムを消してから答えた。

『その可能性は充分に考えられるよ。私が地球に派遣されたことは覚えているよね』

「ああ。調査とやらを命じたのは軍だったんだろ?」

 質問に答えたのはカグヤだった。

『その宇宙軍の本部がある惑星を見つけることができれば、消えた人類の謎や、廃墟に埋もれた地球の謎も解明できるかもしれない』

「なんだか気の遠くなる話だな」

『そうだね』

 カグヤが苦笑すると、エレベーターの扉が開いた。


 それから我々は防衛システムと協力しながら、船内に残っていた寄生体を駆除していった。寄生体そのものは恐ろしい化け物だったが、変異していなければそれほど脅威になる相手ではなかった。我々は寄生体を殺すと、そのたびに死骸を焼却処分して、寄生体が融合して危険な大型個体になることを阻止しながら戦った。


 コケアリの能力を使う個体とも何度か戦闘になったが、ハクの能力を持つ個体とは遭遇そうぐうしなかった。その理由はハッキリと分からなかったが、我々が相手にした多くの個体は、生命活動を停止していた状態から復活したばかりの個体だったので、それが関係しているとも考えられた。


 憶測でしかないが、たとえば〈集合精神〉のような能力で、コケアリやハクの遺伝情報を瞬時に共有することができたが、今まで生命活動が停止していたので、情報を共有する機会が持てなかったとも考えられる。


 寄生体の駆除が順調に進み、すべての区画で戦闘が終わろうとしていたとき、システムが復旧したばかりの区画で、新たな生物反応が検知される。しかし奇妙なことに、その反応は〈生体兵器〉のモノとは異なっていた。


 地図にあらわれた黒い点を見ながら、私は思わず溜息をついた。

「ここに来て新手の化け物か……」

『ずっと同じ場所にとどまっているけど、寄生体には見られない反応を示してる』

 カグヤが表示してくれた情報を確認したあと、〈顔のない子供たち〉と連絡を取ることにした。

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