第571話 報せ


 保安システムは独自の冷酷で容赦のないロジックにしたがい、艦内に残る〈生体兵器〉のほとんどを駆除して、循環する空気の浄化と滅菌作業を着実に終わらせようとしていた。拡張現実で表示される進行状況を確認すると、すでに多くの区画で浄化作業が完了したことを知らせる通知が届いていた。

 ただし我々が向かおうとしている〈第三資材保管庫〉がある区画では、現在も脅威になる生物の存在を検知していて危険だと知らせてくれていた。


 またある区画では、存在が知られていない未知の病原体が大気中に蔓延まんえんしていて、生物を寄せ付けない死の空間になっていた。それら多くの問題も〈顔のない子供たち〉によって進められているシステムの復旧作業が完了すれば、順次解決していくことができるだろう。しかしそれでもどうにもならない問題がある。


 システムの回復と共に、艦内の構造に致命的なダメージが残っていることが徐々に分かるようになってきた。空間のゆがみにとらわれていた間も、艦の修復作業は続けられていた。とはいえ、問題を解決するには至らなかった。


 これからは、それらの重大な問題も解決していかなければいけないだろう。データベースに接続できない状況では困難な作業になるだろうが、最悪な状況を想定し訓練を受けてきた〈顔のない子供たち〉がいるので、なんとかなると楽観していた。


 保安システムが派遣してくれた機械人形の戦闘部隊と共に、我々は正体不明の生物が確認された区画に向かう。機械人形の部隊だけを派遣することも考えたが、複数の寄生体が融合して脅威が増す大型個体のように、機械人形でも対処できない生物だった場合、無駄に戦力を消耗するだけなので自分たちで対処することにした。


 どこまで行っても無機質で代り映えのしない通路が続いていて、艦内を歩いていると迷路に迷い込んだかのような錯覚におちいる。時折ときおり、資材を積載した搬送ドローンが我々の上空を通過したが、それ以外に変化はない。


 退屈になったハクがどこかに行ってしまわないか心配になるころ、何の前触れもなくホログラムで投影される青いガイドラインがあらわれて、我々を通路の先にいざなうように明滅する。


 〈空間拡張〉によって引き伸ばされた長い通路の突き当りまでやってくると、別のガイドラインがあらわれて、どちらに行けばいいのか教えてくれる。反対側の通路は真っ暗になっていて、迷子にならないように配慮してくれていた。


 〈第三資材保管庫〉がある区画までやってくると、足元の床は剥き出しの金属になり通路の幅も狭くなる。それでもハクが通れる幅はあったので、気にせず目的の場所に向かう。


 保管庫に続く隔壁かくへきは内側に向かってひしゃげるようにして融解ゆうかいしていて、ボッカリと開いた穴からは広大な空間に整然と置かれた資源コンテナが見えていた。おそらく艦内に侵入した異星生物の攻撃によって破壊されたのだろう。引っ掛かってひらかなくなっていたので、我々は隔壁にできた横穴を通って保管庫に入った。


 保管庫は自律型ロボットやドローンが作業する場所になっていて、基本的に人間のための通路は用意されていなかったが、やはりこの場所も空間を拡張する驚異的な技術によって、多くの資材が保管できるように広い空間が確保されていた。


 我々は完全自律型作業ロボットが使用する通路を使って、生物の反応が確認できた場所まで向かうことになった。金属製の軌道が敷かれ、見慣れない装置も多く設置されていたが、なんとか歩くことができた。


 せわしなく作業するロボットや搬送ドローンを見ながら、旧文明の鋼材で造られたさびひとつないコンテナが綺麗に積まれた場所を通って得体の知れない生物がいる場所に接近する。機械人形が先行して様子をうかがっていたが、正体不明の生物の周囲には不自然で見通しがきかない〝濃霧のうむ〟が立ち込めていて、依然いぜんとして生物の姿は確認できない状態だった。


 広範囲にわたって濃霧が発生している場所まで近づくと、部隊を待機させて、システムが派遣してくれた偵察ドローンを使って濃霧のなかを確認してもらうことにした。艦内の環境センサーによってきりに未知の病原体が含まれていないことは分かっていたが、無闇に接近するのは危険だと判断し、ヤトの部隊やハクを近づけることはしなかった。


 濃霧のうむが立ち込めていたのは、おおよそ半径三メートルほどの空間だったが、濃霧に侵入したドローンが数百メートルほど直進しても反対側に出ることはなかった。そして恐れていた事態が発生する。しばらくすると偵察ドローンからの通信が途絶えて、完全に操作不能になってしまう。


 今も存在が確認されていない生物の仕業しわざ――たとえば攻撃を受けたことで通信が途絶えたと考えて、武装した機械人形を送り込むことに決めたが結果は同じだった。見通しがきかないきりのなかを歩いていたかと思うと、急に映像が途切れて通信ができなくなってしまう。


 マーシーは濃霧のうむの正体が、混沌の領域、あるいは別の惑星につながる空間のゆがみのようなモノだと考えていた。それは突拍子もない話に聞こえたが、根拠として彼女は保管庫に異星生物が侵入した形跡があることを指摘した。


 それにもかかわらず、保管庫のどこにも異種族の死骸が残されておらず、またシステムによって死骸が処理された記録も残っていなかったのだ。つまり、人類の攻撃によって戦闘行動を継続することができなくなった敵部隊が、この奇妙な濃霧のうむを使って軍艦から脱出したと考えたのだ。

 相変あいかわらず濃霧のうむを発生させているモノの正体は不明だったが、我々は彼女の推測が正しいと考えて対処することに決めた。


 〈顔のない子供たち〉と相談したあと、新たに派遣された機械人形の部隊に、空間のゆがみに対応した通信装置を――我々が混沌の領域に侵入するさいに使用するケーブル付きの装置と端末を持たせて、再度、濃霧の調査をしてもらうことになった。

 装置のおかげで濃霧に突入した機械人形との通信が途絶えることはなかったが、濃霧が立ち込める真っ白な空間はどこまでも続いていて、果てがないように思えるほど広大だった。


 機械人形によって調査が進められている間、我々は濃霧の中から出現するかもしれない脅威に備えるため、周囲に簡単なバリケードを設置して監視することした。

 その間も艦内では〈生体兵器〉の駆除作業が進められていた。駆除は抜かりのないように行われて、メンテナンス通路やダクト内に寄生体が潜んでいないか徹底的に捜索されていた。もちろん駆除された遺体は焼却されて、一箇所に集められたあと、再生できないように処理されることになった。


 寄生体の数が減ってシステムリソースに余裕ができると、〈顔のない子供たち〉は保管庫に建設作業用ドロイドを派遣して、濃霧のうむの周囲に箱型構造物を建設するための準備作業を始めた。


 濃霧が自然発生しているモノなのか、あるいは未知の生物によって発生しているモノなのかは分からなかったが、それが判明するまでの間、旧文明の鋼材を含んだ壁でふたをしてしまおうと彼らは考えたのだ。そして私はその計画に反対するつもりはなかった。


 マーシーが考えているように、その濃霧のうむが異星生物の支配領域につながっているのだとしたら、どうして今まで敵の増援が来なかったのかという疑問は残る。が、その問題は一旦いったん棚上げにしておいて、まずは目の前にある問題に対処することにした。


 作業が進められている間、我々は濃霧のうむを監視するために保管庫に留まることになった。もちろん、片付けなければいけない問題が山積さんせきしていたので、ゆっくりしている暇はなかった。コンテナやら鉄板で簡易的なバリケードが設けられると、所定の位置で濃霧の監視を続けながら、医療区画に向かったヤトの戦士たちの状態を確認する。


 負傷者たちの治療には、人体などのあらゆる生体構成物質を驚異的な速度で治療し、また再生をうながす〈バイオシェル〉等の、今では入手することが非常に困難な医療品によって行われていて、心配することは何もないとのことだった。


 ヤトの一族は人間と異なる種族だったので色々と心配していたが、人類は他種族とも同盟関係にあったので、人間以外の種族にも効果がある医療品が艦内にあっても不思議ではないのかもしれない。


 〈生体兵器〉の駆除に関する報告を受けていたとき、濃霧のうむに侵入した機械人形たちから受信する映像に変化が起きていることに気がついた。見通しがきかない霧のなかに影のようなモノが見えるようになったかと思うと、徐々に霧が晴れて、まるで〈大樹の森〉に迷い込んだのかと錯覚さっかくするような、こけに覆われた巨木きょぼくが林立する太古の森を思わせる場所が見えるようになった。


 濃霧のうむが〈神の門〉のように機能していることは、もはやうたがいようのない事実だった。〈顔のない子供たち〉によって〈第三資材保管庫〉は危険区域に指定され、箱型構造物の建設が急ピッチで行われることになった。


 その間も異星生物の支配領域に関する調査は進められることになったが、通信距離の制限などの影響で機械人形は一旦こちらの世界に引き返すことになった。万全な装備で調査が行えるように、装備を整える必要があると考えたのだ。

 幸いなことに、あちら側の世界にも得体の知れない濃霧のうむは立ち込めていたので、戻ってこられなくなるという心配をする必要はなかった。


 真実なのか疑いたくなるような発見についてペパーミントに報告していると、砂漠の神殿に入ったきり姿を見せなかった〈インシの民〉も動きをみせた。

 儀式じみた行為をしながら神殿内に入っていったインシの民がぞろぞろと出てくると、彼らはペパーミントたちの野営地までやってきて、女神が憑依ひょういしていた少女と話をして、それから我々が抱えている問題が解決したら、街に来てくれと招待してくれた。


 彼らは目的を告げなかったが、コケアリの女王との謁見えっけんについて話をしたいのだと推測すいそくすることができた。死者の街を思わせる奇妙な遺跡群に行かなければいけないと思うだけで気が重くなったが、インシの民との約束をたがえるようなことはできないので、落ち着いたら彼らの街に行くことになるだろう。


 そのインシの民がオアシスから去っていくと、女神に憑依ひょういされていた少女も眠りについた。次に彼女が目覚めたとき、その肉体に宿やどるのは女神の精神ではなく、〈集合精神〉から完全に切り離されてしまったインシの民の人格だと女神は話していたが、どうなるのかは誰にも分からなかった。


 ちなみに我々が軍艦内で寄生体の駆除を行っていた間、砂漠地帯ではそれなりの時間が流れていて、日暮れ近くになっていた。そこで艦長権限をつかって野営地に機械人形の部隊を派遣することにした。

 野営地にはトゥエルブとイレブン、それに愚連隊が待機していたが、砂漠地帯には脅威になる生物が多く生息している。万全を期するためにも、戦闘部隊は必要だと考えた。


 それに理由は分からなかったが〈ジュジュ〉のれはペパーミントと少女の側から離れようとしなかった。戦う術を持たない温厚な昆虫種族を守るためにも、戦力の増強は必要不可欠だった。

 戦闘車両でもある〈ワスプ〉を派遣して、彼女たちを軍艦内に連れてくることも考えたが、艦内の脅威が完全に排除されるまで、無闇に乗員を増やすことは控えたほうがいいだろう。


 それからどれほどの時が流れただろうか、異星生物の支配領域から戻ってきた機械人形の装備を整えていると、待ち望んでいたしらせを受けることになった。とうとう〈生体兵器〉の〝完全〟な駆除が完了したのだ。これで寄生体から攻撃される心配をすることなく、艦内設備の修理、そしてシステムの復旧作業を進められるようになった。


 異種族の攻撃によって侵入できない区画も多く残っているが、艦内の探索も自由にできるようになるだろう。機関室を修理するための資材や作業員を確保する必要があるが、いずれ軍艦を動かすことができるという事実は、ある種の高揚感こうようかんとして心を震わせる。それは宇宙に行く、ということが夢物語だと考えていたころには想像もできない気持ちだった。


 とにかく、これで宇宙に進出する足掛かりを得ることができた。ネットワークに接続できず、更新されていないシステムを使うことになるが、それらの問題も時間が解決してくれるだろう。

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