第569話 兵器庫


 騒がしい警告音が区画全体に鳴り響くと、修理ユニットを搭載とうさいした複数のドローンが飛んできて破壊された壁や天井の修理を始める。

 〈第三の目〉から放たれた閃光によって、壁面パネルは縦に裂かれるように熔解ようかいし、広範囲にわたって凍り付いていた。機関室を避けて攻撃したつもりだったが、それでも軍艦に甚大じんだいな被害を与えてしまっていた。


 被害状況を確認にするためスキャンが行われている間、システムによって派遣された作業用ドロイドが、瞬時に硬化こうかする赤紫色の〈ナノ樹脂じゅし〉を吹きつけて壁面パネルの応急処置を行っていく。


 通知音のあとシステムから受信する複数の報告を確認すると、いくつかの区画が吹き荒れる爆風によって焼き尽くされて、まるで焼却炉を見ているような状態になっていることが確認できた。


 寄生体を殺すために放たれた閃光が、危険物保管庫に直撃ちょくげきした所為せいなのかもしれない。閃光が生み出す熾烈しれつなエネルギーが、保管されていた化学物質や可燃物に被害を及ぼし爆発させてしまったのだろう。

 状況の鎮静化を図るため保安システムに指示を出し、修理ユニットを搭載した機械人形を優先的に稼働させて状況の把握に努める。


 マーシーと〈顔のない子供たち〉は、艦内に異星生物が持ち込んだ〈生体兵器〉の生き残りがいないか確認しながら、引き続き寄生体の駆除くじょを続けた。あの化け物がコケアリの死骸を体内に取り込んだとき、同族同士で接触していないにもかかわらず、遠く離れたれの個体も同様の特性と能力を手に入れることができていた。


 ハクの能力を持つ寄生体が誕生することだけは、なんとしても阻止そししなければいけない。コケアリと一緒に居住区画の調査を行っていたカグヤとは、〈艦長権限〉を共有していたので、彼女にも協力してもらいながら寄生体の生き残りがいないか徹底的に調べていく。


 区画全体の空気が排出されて、すべての動力が断たれた状態で封鎖されていた区画も、システムが徐々じょじょに復旧していくにつれて状況が把握はあくできるようになっていった。そのおかげで、艦内の生命反応を追うことができた。


 それらの区画にも生命活動を停止した状態で――まるで冬眠する動物のように、身を潜めている寄生体の姿が多く確認できた。それらの個体は保安システムによって、ただちに駆除対象に指定され、容赦ようしゃのない攻撃で処分されることになった。


 もちろん、寄生体の死骸もキッチリ焼却される。得体の知れない〈生体兵器〉は、異常なほど再生能力が高く、細胞組織の自己修復により絶えず再生を繰り返すので、死骸を放っておくことはできない。


 異星生物の襲撃と生物災害によって混乱していたとはいえ、艦内に侵入した寄生体を人類が放置していた理由が気になったが、とにかく今は同じてつまないように化け物を処分していかなければいけない。


 凍り付いた寄生体の死骸に飛び乗って、ジュジュと一緒に遊んでいたハクのことをぼんやりと見ていたが、やがて気を取り直して、艦内に残る寄生体の駆除に向かうことにする。さきほどの個体のように、複数の化け物が融合した個体が徘徊しているかもしれない。もしそうなっていたら、機械人形だけで対処することは不可能だ。


 まず兵器庫で弾薬等の装備を補給したかったが、寄生体との交戦で負傷していた仲間の治療を優先することにした。オートドクターを使用しているとはいえ、激しい戦闘で身体からだの一部を欠損けっそんしている戦士もいる。できるだけ早く治療を受けさせたかった。


「マーシー、れいの医務室はすぐに使える状態か?」

 ホログラムで投影されていた軍服姿の女性はうなずいて、それから眼鏡の位置を直した。

『問題ないよ、軍用規格の〈自動医療システム〉が使えるように準備しておいた。〈メディカル・ドローン〉を派遣するから、治療が必要な戦士はすぐに医務室まで搬送されるはずだよ』

「ありがとう、助かるよ」


 彼女に感謝してから、拡張現実で表示されている艦内のステータスを確認する。しかし表示されている項目が膨大ぼうだいで、また指示しじを必要としているセクションが多く、どこから手をつけたらいいのか分からない状態だった。


 軍艦を直接指揮する艦長ともなれば、それだけの量の問題を難なく処理できたのかもしれない。質の高い専門教育によるものなのか、あるいは同時並行処理能力を強化するデバイスが脳に埋め込まれていたおかげなのかもしれない。いずれにせよ、私ひとりでは処理できそうになかったので、〈顔のない子供たち〉に協力してもらうことにした。


『キャプテン、寄生体の位置情報を地図に表示するから確認して』

 マーシーの言葉のあと、視線の先に艦内の詳細な地図が表示されて、今まで確認できなかった区画に潜んでいた化け物の情報も得られるようになった。〈空間拡張〉の影響えいきょうなのだろう。軍艦内部は想像していたよりもずっと広大で、保安システムの協力がなければ、すべての区画に潜んでいる化け物を迅速じんそくに処理することはできないだろう。


 我々が所有している作業用ドロイドから数世代先の、より洗練せんれんされた人型の機械人形が修理作業を行っている様子を横目に見ながら、戦闘部隊を再編制することにした。


 戦場でなによりも重要なモノは、とくにこのような混乱した状況に必要とされるモノは、優れたリーダーシップだと考えていた。物事の責任を負い、命令がもたらす結果を背負い、冷静に状況を判断し自分のエゴを抑え、目的の達成に全力をそそぐことだ。ここで不安を見せることは、部隊の士気低下につながる。


 責任を持つこと、それは私が今までけてきたことでもある。

 廃墟の街でひとり孤独こどくに生きてきて、他者と関わることが苦手だった。そして人間は簡単に生き方を変えることはできない。そんなみじめな言いわけをして、なんとかごまかしてきたが、それも終わりにしなければいけない。


 これからは混沌の化け物だけが相手じゃない、我々は知性を持った〈異星種族〉と戦闘することになるかもしれない。激しさを増していくであろう戦いのことを思えば、いやが応でも自分自身を変えていかなければいけない。そしてそれは仲間たちの今後にも影響してくる大切なことなのだ。


 たとえ絶望的な状況に見えても、正しい判断さえできれば、仲間の命を救い勝利を手にすることができる。そしてそのたったひとつの原則を――戦場で最も重要な要素がなにかを理解し、それを信じて実行することができれば、必ず目的を達成することができるのだ。


 寄生体との戦闘で疲れていて身体からだのあちこちが痛むが、気合を入れて立ち上がると、これからのことをアレナと相談することにした。


 ヤトの部隊は寄生体との戦闘で激しく消耗していて、これ以上の戦闘には耐えられないだろう。差し迫った問題はいくつもあるが、医務室に搬送される戦士たちの護衛として部隊を残していくことにした。


 一緒に寄生体の駆除作業にあたるのは、隠密戦闘に秀でたアレナと、生身の人間でありながら卓越たくえつした戦闘センスを持ち合わせているウェイグァン、そして戦闘員として部隊で最も頼りになるハクだ。

 居住区画の調査を行っていたコケアリとも、道中で合流したほうがいいだろう。〈闇を見つめる者〉の戦闘能力は我々の大きな助けになるはずだ。


 女性の肉体を思わせる流麗りゅうれいで無駄のない外見を持つ白い機械人形が、飛行する数機の〈メディカル・ドローン〉を連れてやってくる。そして負傷した戦士たちの状態を確認したあと、必要なら応急処置をほどこしていく。


 その姿は〈姉妹たちのゆりかご〉で見た〈シキガミ〉と呼ばれる機械人形にも似ていたが、白い〈人工皮膚〉をまとっていたシキガミと異なり、医療型機械人形は金属光沢のある白い体表を持ち、一目で機械だと分かる外見をしていた。


 その機械人形は〈メディカル・ドローン〉に指示を出して、浮遊した状態で空中にとどまる携帯型担架に負傷者を乗せ、医務室に搬送するための作業を始める。すでにシステムを介して搬送許可は出していたが、艦長が近くにいるからなのか、機械人形は律儀りちぎに許可を求めてきた。美しいフォルムを持つ機体に思わず見惚みほれてしまうが、すぐに許可を与えて仲間の治療を任せた。


 通路に残っていた寄生体の死骸が完全に焼却されて、空気の滅菌と浄化が行われると、負傷者たちが運び出されていく。

『キャプテン、隔壁かくへきを開放する準備ができたよ!』

 手を振っていたマーシーのとなりに立つと、巨大な隔壁がゆっくりと開放されていく様子を眺めた。

「なにも見えないな」


 隔壁が完全に開放されたあとでも、兵器庫内の様子は確認できなかった。出入り口にられていたシールドの薄膜には、白いもやがかかり向こうがわが見えないようになっていた。ハクとジュジュはシールドの膜にペタリと身体からだを張り付けて、一生懸命に覗き込んでいたが、やはりなにも見えないようだった。


「あのシールドは?」

『兵器庫に入れるのは、保安関係者と権限を持つ一部の人間だけだよ。ちなみに艦長は入れるようになってるから心配しなくても大丈夫』

「よかった」

 安心してホッと息をつくと、アレナたちを待機させてひとりで兵器庫に入っていった。


 兵器庫内も〈空間拡張〉によって広大な空間が確保されていて、照明の光を反射するみがき上げられた壁や床は、艦内の他の場所と同じように清潔な環境が維持いじされていて、どういう訳か経年劣化のたぐいは一切確認できなかった。


 兵器庫に入って最初に目に付いたのは、金属製の黒いガンラックだった。部屋の奥に向かって等間隔にズラリと並べられた棚には、無数の火器が収められていた。

 特殊な方法で高出力のエネルギーを〈プラズマ〉に転化てんかし、強力な光弾を発射する〈ブラスター〉と呼ばれる兵器や、従来の実体弾式小火器、それにレーザーライフルなどの装備が所狭ところせましと並べられていた。


 我々が使用していた〈M14-MP2 歩兵用ライフル〉の後継モデルだと思われる小銃の存在も確認できた。それに〈強化外骨格〉が備わる金属繊維きんぞくせんいのスキンスーツや、重装甲戦闘服、それに大型機動兵器まで保管されていることが分かった。どこに視線を向けても、旧文明の驚異的な技術力によって造られた兵器が並んでいる。


 兵器庫内にはハクが大喜びしそうな光景が広がっていたが、ゆっくり物色ぶっしょくしている余裕よゆうはなかった。システムが表示してくれる拡張現実の矢印に従って歩いて、目的の弾薬が保管されていた場所に向かう。


 軍用規格の小銃で使用される弾倉には汎用はんよう性があるので、ハンドガンにもライフルにも同様の弾倉を使用することができた。棚には長方形のインゴットにも似た白銀のブロックがギッシリと収められていたので、三人分の予備弾倉を回収していく。


 適当な数の弾倉が手に入ると、ふと思い立って〈ハガネ〉のエネルギーも補給しようと考えた。寄生体との戦闘で多くのエネルギーを消費していて、タクティカルスーツを維持するにも苦労している状態だった。〈第三の目〉には計り知れない攻撃力が備わっているが、その分、エネルギーの消費量もとんでもないことになっていた。


 棚に手を伸ばすと、意識を持っているかのように動く〈ハガネ〉が、旧文明期の特殊な〈鋼材〉の塊でもあるブロックを次々と取り込んでいった。

 液体金属に覆われていた手のひらか赤熱せきねつすると、白銀のブロックはけた鉄のように真っ赤な液体状の物質に変化して、吸い込まれるようにして消えていくのが見えた。そうして気がつくと、数十個のブロックがまたたく間に〈ハガネ〉に取り込まれて、膨大ぼうだいなエネルギーに変換された。


 空っぽになった棚をしばらく見つめていたが、気を取り直して、アレナたちと合流することにした。兵器庫にはブロック状の弾倉が詰まった棚が数え切れないほどあるので、弾薬が補給できない心配はしていなかったが、〈ハガネ〉が潜在的せんざいてきたくわえていたエネルギー量に驚いていた。


 ちなみに、兵器庫にある武器には手を付けなかった。それらの兵器を使用するにはシステムの初期化や、生体情報の登録といった過程が必要だったし、はじめて手にした武器を実戦で使用することには躊躇ためらいを感じた。すべての兵器に目を通すことになるのは、寄生体の処理を終えて、艦内の安全が確保できてからになるだろう。


 兵器庫を出ると、マーシーに頼んで隔壁を閉鎖する。旧文明の危険な技術が保管された場所なので、引き続き厳重な管理を行う必要がある。寄生体の駆除に向かうときには、機械人形の戦闘部隊を残していったほうがいいと考えた。

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