第568話 生体兵器


 攻撃タレットが起動していくと、次々と出現する〈デジタルヒューマン〉のホログラムに気を取られていた寄生体に対する攻撃が始まる。騒がしい射撃音がホール全体にひびき渡ると、異星生物が艦内に持ち込んだおぞましい〈生体兵器〉が処理されていく。


 その間、私は寄生体の変異を阻止するため、うごめく無数の肉塊に貫通弾を撃ち込んでいく。グチャグチャに破壊された肉塊は粘液状の気色悪い液体に戻り飛散ひさんしていく。しかし脅威が去ったわけではなかった。それらの液体は意識を持っているかのように、地面や床をいながら寄り集まっていく。


融合ゆうごうするつもりだ。キャプテン、すぐにあれを焼き払って!』

 マーシーの声に反応して、すかさず弾薬を切り替えると、集結しようとしていたうごめく粘液状の物質を火炎放射で焼き払っていく。


 途端とたんにホールは黒煙に包まれるが、艦内の〈環境制御生命維持システム〉によって煙は強制排出されまたたく間に消失する。しかし人型に変異してしまった数体の化け物は動き出していて、すでにハクと交戦状態に突入していた。


 ハクを掩護えんごするため、ヤトの戦士とコケアリの身体しんたい的特徴を持つ紫黒しこく色の生物に対して攻撃を行う。しかし〈生体鉱物〉の強固な鎧を持つ化け物に致命傷を与えることはできない。昆虫と人間が融合したようなグロテスクな姿を持つ化け物を殺すには、どうやら貫通弾を二発撃ち込む必要があった。


 貫通弾の直撃で凄まじい衝撃を受けた寄生体は、コケアリの鎧を破壊され、吹き飛ぶように地面を転がる。しかしすぐに鎧を修復し、何事もなかったかのように立ち上がる。だから鎧が修復されるまでの間に、二発目の弾丸を撃ち込んで殺す必要があった。


 けれど予測不可能で人間離れした動きをみせる標的に、銃弾を立て続けに命中させることは困難だった。というのも、寄生体は身体からだのあちこちに生体鉱物でおおわれた触手を自由自在に生やし、本体に銃弾が直撃することを阻止していたのだ。


 居住区画で寄生体と交戦していたコケアリの支援を続けていたカグヤは、化け物の動きを分析しながら、一度の射撃で二発の銃弾を発射する簡単なプログラムをつくって送信してくれた。


 最初に発射される銃弾は化け物の鎧を破壊するための貫通弾だったが、二発目には特殊な炸薬が詰まった銃弾が撃ち込まれるように設定されていた。便宜べんぎ上〈連続弾〉と呼称される射撃ルーチンは、〈戦術ネットワーク〉を介して仲間たちとも共有されることになる。


 銃弾の連射によって人型の寄生体に対処する手段を手に入れたが、数体の化け物を倒すころには寄生体も連続弾に対処するため、より多くの触手を使って身体からだに守りながら動くようになっていた。兵器としてつくられた生物である以上、攻撃に対応してくることは予想できたが、厄介この上ない化け物だ。


 攻撃タレットによって変異していない寄生体の処理が終わると、ホール全体に投影されていた多数のホログラムが消失する。どういうわけか人型の寄生体は、デジタルヒューマンに対して反応を示さなかったので、マーシーは無駄な処理能力を使わないためにすべてのホログラムを停止させ攻撃タレットによる攻撃に専念した。


 しかし寄生体は天井に設置されていたオートキャノンにも対応するようになった。騒がしい音を立てながら回転する砲身を見つけると、肩や背中から触手を伸ばし、次々と攻撃タレットを破壊していった。


 この寄生体は艦内で遭遇した他のどの化け物とも異なる性質を持っていた。ヤトの戦士の生体情報を取り込んだことで、人類の攻撃に対処するすべを身につけたのかもしれない。いずれにせよ、より多くの知恵がつく前に殲滅しなければいけないだろう。


 すべての攻撃タレットが破壊されてしまい、戦闘支援ができない状況におちいってしまったマーシーには、アレナたちの掩護に専念するように伝えた。機械人形が派遣できるまでの間、私はハクと協力して複数の寄生体と戦うことになった。


 ハクが糸で化け物の動きを拘束こうそくすると、すかさず連続弾を撃ち込んで殺していく。が、素直に攻撃されるほど寄生体もおろかではない。ハクの脚に無数の触手を絡みつかせて動きを止めると、強酸性の体液を吐き出して攻撃を行う。ハクの毛皮は銃弾すらも無力化できたが、得体の知れない液体を集中的に浴びせられてしまったら、毛皮ごと体表をかされてしまう可能性があった。


 すると兵器庫の隔壁かくへきに収納されていた保安装置が危険を察知して起動し、携帯用シールド生成装置を発射する。球体型の装置はハクに接近すると自動的に起動し空中で静止すると、半球状の薄膜を周囲に発生させて化け物の体液からハクを守った。


 ハクの安全が確認できると、白蜘蛛を捕らえるために触手を伸ばし動きを止めていた寄生体に連続弾を撃ち込んで殺していく。絡みついていた触手が離れると、ハクは消失していくシールドから出て寄生体を攻撃していく。

 ハクのかぎづめでも化け物の鎧を破壊するのは困難なようだったが、ハクは目にも止まらない速さで脚を振り下ろし、力任せに寄生体の身体を引き裂いていった。


 けれどハクの心配ばかりしていられない。寄生体がムチのように振るう触手を避けるために身をかがめると、化け物のふところに飛び込んで至近距離で連続弾を撃ち込む。銃弾に含まれる特殊な炸薬の影響で、寄生体の身体からだは爆発するようにはじけて、周囲に体液や内臓やらを撒き散らしていく。

 その体液を身にびるようにして別の化け物が飛び掛かってくるが、ハガネの脚で動きを止め、ショルダーキャノンから連続弾を発射して殺していく。


 複数の寄生体を同時に相手するのは困難だったが、ハガネのスーツによって身体しんたい能力が向上しているおかげで、なんとか攻撃をしのぐことができていた。その優位な状況に変化が起きたのは、もう少しでホールにいるすべての寄生体を倒すことができる段階まできていたときだった。


 強酸性の体液をかわし、触手の間を縫うように連続弾を撃ち込んで寄生体を吹き飛ばした。が、化け物は何事もなかったかのようにすっくと立ち上がり、こちらに向かって駆けてきた。激しい動きの最中に射撃を行ったので、狙いがそれたのかもしれない。そう考えて連続弾を撃ち込むが、今度は衝撃で吹き飛ぶこともなかった。化け物は痛みに耐えるように身体を丸めると、すっと背筋を伸ばした。


 そこで寄生体の鎧にビッシリと真っ白な体毛が生えていることに気がついた。

『もしかして……』と、マーシーが驚愕きょうがくしながら言う。『あれはハクの体毛なの?』

「でもハクは――」


 寄生体の攻撃で傷ついていない。そう言おうとしたが、すぐに口を閉じることになった。マーシーが視界のはしに表示してくれた映像を確認すると、ハクの脚に触手を絡みつかせていた寄生体の死骸から飛び散った肉片や体液が寄り集まって、人型の寄生体に変異していく姿が見えた。


 化け物に連続弾を撃ち込んだとき、再生されることを恐れて、そのつど火炎放射で死骸を焼き払っていた。しかし戦闘に集中するあまり、壁や天井に付着したわずかな肉片や体液を見逃してしまっていた。そして気づかない間に、化け物はハクの特性の一部を手に入れてしまった。


「あの触手の所為せいだな……」

 触手の下面側に吸盤きゅうばんのような器官がついていて、きょ状のかぎづめがついていたことを思いだした。おそらくハクの脚に絡みついたときに、吸盤を使ってハクの体毛を体内に取り込んでDNAの情報を抽出ちゅうしゅつし解析したのだろう。


『ハクの能力をどこまで解析できたのか……それが問題だね』

 マーシーの言葉にうなずくと、白い体毛に覆われていく人型寄生体に向かって突撃する。ハクの能力を自在に操れる化け物が誕生するような、そんな最悪の状況だけはなんとしても回避しなければいけない。


「ハク! あの白い化け物に攻撃を集中する!」

 私の言葉に反応すると、ハクは接近していた寄生体を蹴り飛ばし、こちらに向かって跳躍する。白い寄生体は白蜘蛛の動きを阻止するため、身体からだ中に無数の触手を生やすと、壁や床に突き刺し壁面パネルを強引に引き剥がし始めた。そして接近してくるハクに向かって、パネルを思いっきり投げつけた。


 ハクはくるりと身体の向きを変えると、飛んでくるパネルを足場にしながら空中を蹴るようにして化け物に近づき、脚を振り下ろして強烈な一撃を叩きつけた。衝撃波によって発生する破裂音を思わせる打撃音が聞こえたかと思うと、白い寄生体は凄まじい勢いで吹き飛ばされていく。


 化け物は転がるようにして、地面や壁に何度も身体からだを衝突させる。そのたびにひびれていた強固な鎧ががれて、手足や首が異様な角度に折れ曲がり、体液や内臓が飛び出す。しかし寄生体はむくりと身体からだを起こし、周囲に散乱する化け物の死骸を利用しながら損傷した箇所かしょを修復させていく。奇妙なことに、修復されるたびにその身体はひと回りもふた回りも大きくなっていった。


 連続弾を撃ち込みながら寄生体に接近していた私は、死角から伸びてきた触手を避けようとして空中に飛びあがった。そこに二本目の触手が向かってくる。天井に向かってすぐにグラップリングフックを射出して空中で軌道を変更しようとしたが、別の触手の――それも自分の胴体よりも太い触手の強烈な一撃を受けてしまう。


 凄まじい打撃音は壁面パネルに衝突し、壁にめり込んだあとに聞こえた。

 各種ステータスを表示して身体からだに異常がないことを確認すると、ハガネの合金によって生成された装甲に感謝しながら壁からい出ようとする。視線を動かすと、壁の内側で待機していた複数の機械人形が衝突の巻き添えになって破壊され、装甲やフレームがひしゃげているのが確認できた。


 起動していない状態ではシールドに保護されていないとはいえ、機械人形を破壊するほどの衝撃を受けたという事実を知って冷や汗をかいた。ハガネの装甲がなければ、衝撃で圧し潰されるようにしてグチャグチャになっていたのは私だったのだろう。


 なんとか壁から抜け出すと、巨大化した寄生体と交戦するハクの姿が見えた。

 白い寄生体は、ホールに残された死骸をまとめて体内に取り込み、変異を続けながら異形の化け物に変化していた。


 それは蜘蛛くものような大きな腹部を持ち、胴体からは人間の手足にも見える無数の器官が生えていて巨大な身体を支えている。コケアリを思わせる巨大な頭部には、八つの複眼があり、それはチカチカと明滅を繰り返していた。


 急速に巨大化した所為せいなのだろう、寄生体の動きはノロノロとした鈍重どんじゅうな動作になっていた。しかしふくらんだ腹部や背中からは無数の触手が生え、まるで意識を持った生物のように動き回っている。それらの触手をよけながら懸命けんめいに攻撃を続けていたハクも、とうとう直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。


 すぐに弾薬を〈重力子弾〉に切り替えて攻撃を行おうとするが、触手が伸びてきて攻撃のすきがなくなってしまう。身体からだの動きと異なり、おそろしい速度で振り回される触手をよけるのに苦労していると、化け物の背後で閉鎖されていた隔壁かくへきが開放されるのが見えた。


『キャプテン、ヤトの部隊が助けに来てくれたよ!』

 通路の寄生体を殲滅せんめつしたのだろう、別の区画で交戦していたヤトの部隊がやってくると、巨大化した化け物に向かって連続弾を撃ち込んでいく。


 さすがの寄生体も大量の連続弾を受けると、身体の修復が追いつかず、触手の動きもどんどんにぶくなっていく。が、寄生体はなおも私を殺そうと執拗しつように攻撃を行う。そこにハクがあらわれて触手を切り落としていくと、アレナが颯爽さっそうと飛び込んできて寄生体の頭部に刃を突き刺す。〈インシの民〉の遺物でもある〈竜の骨〉でつくられた刃は、寄生体の鎧を容易たやすく破壊してみせた。


 ハクとアレナがつくってくれたチャンスを無駄にしないため、すぐに重力子弾を撃ち込もうとした。しかし今までの攻撃で学習していたのか、寄生体はショルダーキャノンを狙った攻撃を行う。ショルダーキャノンが叩き潰されると、肩の痛みに耐えながらライフルを構えようとするが、ライフルも叩き落とされてしまう。


 けれど寄生体に見せていなかった攻撃手段があった。頭部にある第三の目を意識すると、ハガネにたくわえられていたエネルギーを一気に放出ほうしゅつした。私をい殺そうとして眼前に迫っていた化け物は、目がくらむほどの閃光を受けて身体を真っ二つに切断され、またたく間に凍り付いていった。恐ろしい閃光は船体にも被害を出してしまったが、喰い殺されなかっただけかったと思うことにした。


 一瞬の間のあと、マーシーのホログラムが投影される。彼女は凍り付いた寄生体をスキャンするとホッとした表情を見せる。

『生体活動の停止を確認、大丈夫、こいつはもう動かない』

 彼女の言葉を聞くと、安心して思わず足の力が抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る