第567話 人型


 寄生体の身体からだから離れた触手しょくしゅが気色悪い体液を撒き散らしながら地面で転げまわるのを横目に、数十体の化け物がひしめく通路に突入する。ショルダーキャノンとライフルからはフルオート射撃で〈自動追尾弾〉が発射されていて、コケアリの出来損できそこないに変異していた寄生体の頭部を次々と破壊していく。


 頭部を失った寄生体は損傷個所から体液を噴き出しながら、身体を切断されたムカデのように暴れ、通路の壁や床に何度も身体を衝突させる。壁面パネルがへこみ、グシャリと体液が付着ふちゃくする。けれど寄生体は次第に落ち着きを取り戻し、頭部に代わる器官を生成して行動を再開する。

 すべての個体が驚異的な生命力を持っているわけではなかったが、それらの化け物を完全に殺すには、〈貫通弾〉などの強力な弾薬を使用する必要があった。


 れのなかを突っ切る私に向かって、無数の触手がムチのように振るわれる。そのすべてを紙一重のところでかわし、どうしても避けきれない触手は貫通弾を撃ち込んで化け物のみにくい身体ごと破壊していく。


 後方や横手から飛び込んでくる化け物には、ハガネが背中から生やしていた蜘蛛くもの脚にも似た四本の脚で対処していく。脚先に形成された鋭利えいりな刃は、寄生体の触手を軽々と両断することができた。


 有利な状況だからといって安心することはできない。至近距離で見る寄生体は、映像で見ていたよりもずっと恐ろしい姿をしていた。下半身に生えている無数の触手を合わせれば二メートルを超える巨体で、気を抜いたら怖気おじけづいてしまいそうになる。人間が〈異星生物〉に対して抱く生理的嫌悪感だけが原因ではないのだろう、化け物は〝恐怖〟そのものをまとう人知を超えた存在だ。


 その寄生体が通路をふさごうとして一箇所に集まるのが見えると、ほぼ無意識に弾薬を切り替えて〈小型擲てき弾〉を数発撃ち込む。一瞬の間のあと、複数の化け物が身体の内側からバンっと破裂して、通路に内臓やら体液を撒き散らす。興味深いことに、寄生体はコケアリの外見だけでなく、体内の臓器も再現しているようだった。


 死骸の間を通って通路の突き当りまでたどり着くと、非常用隔壁かくへきで通路を閉鎖して、天井に設置されていた攻撃タレットの一斉いっせい射撃で寄生体を処理していく。隔壁によって逃げ道を失った化け物はオートキャノンの砲身が音を立てて回転を始めると、それを破壊するために行動を開始するが、数秒の射撃で軍用車両を鉄屑に変えるほどの火力がある数基のキャノンによって呆気なく処理されていった。


 ことの始めから艦長権限があれば、仲間たちの命を危険にさらすことなく艦内の攻撃タレットや機械人形だけを使って寄生体に対処することができたのかもしれない、しかし物事は往々にして自分たちの思い通りに進まないものだ。すでに起きてしまったことについて思い悩むよりも、持てる戦力を使ってどのように状況を変えることができるのか考えなければいけない。


『キャプテン、通路に閉じ込めた寄生体の排除が確認できたよ』と、ホログラムで投影されたマーシーが言う。『死骸を焼却処分するまで、隔壁は閉じたままにしておくね』

「了解」

 拡張現実で表示されていたディスプレイで〈ハガネ〉のステータスを確認する。

「残弾数が心許こころもとないな……」


 ハガネよって強化されていたボディアーマーに手をあてると、胸元に挿していたコンバットナイフを引き抜く。すると〈高周波振動発生装置〉を備えたナイフの刀身は、すぐにハガネの液体金属に覆われて硬質化していく。


「こいつがあれば、弾丸を消費せずに、正面から近づいてくる化け物に対処できる」

『キャプテンは刃物が好きなんだね』と、マーシーはハガネの脚に恐る恐る手を伸ばしながら言う。『ところで、ヤトの刀は使わないの』

「混沌の気配を隠す塗料とりょうがれたから、いざという時以外は、刀は使わないつもりだ」

『あぁ、そう言えばワザと塗料を剥がしちゃったんだよね』

「そういうことだ」


 彼女が肩をすくめると、通路の先から腹の底に響くような鈍い音が聞こえた。どうやら金色の派手な機械人形が、携帯式の超小型電磁砲を使った攻撃を始めたみたいだ。空気を震わせる特徴的な鈍い射撃音が聞こえるたびに、寄生体の身体がグチャグチャに破壊されていくのが確認できた。

 過剰な攻撃にも思えるが、危険な異星生物を相手にしているのだからすきを与えるようなことはできない。


 電磁砲による攻撃は正確無比で、通路を埋め尽くしていた寄生体が次々と倒されていくのが見えた。けれど化け物は同族の死骸を利用して機械人形に接近していた。電磁砲によって化け物の身体が破裂すると、グチャグチャになった死骸に隠れながら別の個体が迫ってくる。その寄生体が倒されると、また別の化け物がそれに取って代わる。


 やはり二体の〈戦闘用機械人形〉だけでは、れで行動する寄生体の進攻を止めることはできない。徐々に接近してくる化け物に対処するため、私はみずから群れのなかに飛び込んで、接近してくる化け物を片っ端から殺していった。


 四本のハガネの脚にはグロテスクな臓器が絡みつき、タクティカルスーツは寄生体の身体から溢れ出る粘液質の体液に濡れて、油を塗ったようにヌルリとしている。それでも足を止めることはできない。


 眼前に飛び込んできた化け物の胴体にコンバットナイフを深く突き刺すと、蹴り飛ばした勢いでナイフを引き抜いて、また別の化け物の触手を切断する。とにかく動き続けるしかなかった。ここで動きを止めてしまえば、数え切れないほどの化け物に組みつかれて身動きが取れなくなってしまう。


 コケアリの出来損ないを殴り飛ばしたときだった。騒がしい警告音が内耳で鳴り響くと、無数の銃弾が飛んできて寄生体の身体をズタズタに破壊していく。化け物の群れと交戦していたヤトの戦士たちと合流できたようだ。


 戦闘部隊が使用するライフルから撃ち込まれる弾丸は、障壁として機能するハガネの特殊な力場のおかげで、私に命中することはなかった。だから部隊には気にせず攻撃を行うように事前に連絡していた。


 ヤトの部隊が寄生体の死骸や機械人形の残骸で構築した陣地の向こうから、数発のてき弾が飛んでくるのが見えると、すぐに反応して近くにいた化け物にハガネの脚を突き刺した。そして抵抗する化け物を近くに引き寄せて盾代わりにした。数回の破裂音のあと、擲弾で重傷を負った化け物に止めを刺して死骸を放り捨てる。


 突然、いやむなさわぎがして視線を動かすと、ハクと一緒に陣地を離れていたウェイグァンの後ろ姿が見えたが、そのすぐ背後に寄生体が迫っていた。反射的に左腕を向けると、義手の前腕ぜんわんからグラップリングフックを射出して化け物を拘束こうそくする。そのままワイヤロープを巻き取って一気に引き寄せて、ショルダーキャノンから貫通弾を撃ち込んで化け物を処理する。


 寄生体が水風船のように破裂して通路を汚すと、数体の化け物から執拗な攻撃を受けていたマーシーが溜息をつくのが見えた。寄生体は人間の形をしたモノなら無差別に、そして条件反射的に攻撃してしまうのか、ホログラムで投影された女性に向かって何度も触手を振り下ろしていた。


『……気持ち悪い』

 寄生体の攻撃にうんざりしていたマーシーに攻撃タレットの操作を任せると、彼女は機能が回復していたオートキャノンを順次起動させる。そして味方を攻撃しないように艦内に設置されていたセンサーを駆使して化け物を処理していった。


 先行していたハクとウェイグァンのあとを追うように通路の先に進む。負傷者を出していたヤトの部隊も心配だったが、アレナたちの支援しえんはマーシーと機械人形の部隊がしてくれるだろう。それよりも先ほどから感じている嫌な胸騒ぎの正体を突き止めたかった。

 突進してくる寄生体にフルオートで銃弾を撃ち込みながら、居住区画の様子が確認できる映像を視界のはしに表示する。


「カグヤ、コケアリたちの状況は?」

『こっちは問題ないよ。機械人形も順調に派遣されてるし、もうすぐ大きなれの処理も終わる』と、偵察ドローンを使って兵隊アリを支援していたカグヤが返事をする。

「嫌な感じがする。なにか異変に気がついたら教えてくれ」

『わかった。レイも気をつけてね』


 通信が切れると、通路脇のダクトに避難していたジュジュの姿が見えた。

「ジュージュ、ジュッジュ!」

 モゾモゾとダクトから出てきたジュジュが、フサフサの体毛に覆われた小さな指を通路の先に向ける。

 衝動的なのか、あるいは命知らずなのか、寄生体に対して果敢に攻撃を加えているウェイグァンの背中が見えた。青年のそばにハクの姿はなかった。思わず声を上げて後退させる。


「兄貴!」と、ウェイグァンは寄生体に銃弾を撃ち込みながら叫ぶ。「ハクが化け物に包囲されてます。すぐに掩護えんごにいかなくちゃマズいことになりますよ!」

「わかってる! ウェイグァンはジュジュを連れて後方の部隊と合流してくれ」


 〈顔のない子供たち〉が優先的に派遣してくれた金色の機械人形に、ウェイグァンとジュジュの護衛を頼むと、兵器庫のすぐ近くで寄生体の群れと交戦していたハクの支援に向かう。


 アレナの部隊が寄生体の増援に襲撃されないように、兵器庫につながる重厚な隔壁を閉鎖する。兵器庫は異星生物の攻撃対象として設定されていたのか、この区画には数え切れないほどの化け物が集結しているようだった。どこに潜んでいたのかは分からないが、これ以上、群れが広がらないように兵器庫につながる隔壁をすべて閉鎖していく。


 鈍い打撃音にまじって黒板をひっかくような嫌な音が聞こえてくる。化け物の鳴き声なのかもしれない。うごめ紫黒しこく色の群れの中心から軽やかに飛び上がるハクの姿が見えた。白蜘蛛は音もなく寄生体の背後に着地すると、目にもとまらない速さで長い脚を振り下ろして化け物を次々と殺していく。


 第二格納庫に近いからなのか、兵器庫の入り口がある区画はガランとしたホールになっていて、あちこちに寄生体の死骸が無残に横たわっているのが確認できた。ハクによって倒された個体なのだろう。糸に拘束されている化け物の姿も見えた。それらの寄生体に銃弾を撃ち込みながられに接近すると、凄まじい打撃音と共にハクが吹き飛ばされて、空中でくるりと姿勢を変えるのが見えた。


 ハクの動きに異常は見られなかったので、攻撃によるダメージはなかったように思えたが、ハクを吹き飛ばすことのできる寄生体がいることに驚く。その化け物の姿を探そうとして艦内のセンサーを起動すると、直後にマーシーの声が内耳に聞こえる。

『見つけた!』


 視界の隅に表示されていた映像に寄生体の姿が映ると、群れのなかに赤色の線で輪郭りんかく縁取ふちどられた化け物が見えた。その化け物はコケアリの出来損ないに変異した個体だったが、人間の特徴も持った化け物で下半身に触手はなく、スラリとした人間の足だった。


 ハクがその異形の化け物に飛び掛かると、化け物は瞬時に腕を巨大な触手に変化させて白蜘蛛を殴りつけた。衝撃でハクは浮き上がるが、すぐに強酸性の糸を吐き出して反撃した。けれど紫黒しこく色の化け物は全身の皮膚を変化させて、〈生体鉱物〉で覆われた鎧を形成する。ハクの攻撃で鎧は蒸気をあげながら溶けるが、すぐに代わりの鎧が生成されて化け物の身体を保護した。


 その化け物がハクに向かって駆け出すのが見えると、貫通弾を立て続けに撃ち込んで、周囲の寄生体を巻き込むようにして攻撃する。貫通弾を受けた人型の寄生体は派手に吹き飛び倒れるが、すぐに立ち上がり、鎧を生成しながらハクのあとを追う。

 私はライフルとショルダーキャノンによる攻撃を継続しながら、異形の寄生体についてマーシーにたずねた。


『原因はこれかも』

 視界の隅に表示された映像には、ヤトの戦士に襲いかかり、腕をみ千切る化け物の姿が映っていた。

「コケアリの死骸に寄生して操るだけじゃなくて、体内に取り込んだ生物の姿も模倣もほうできるのか?」

『たぶんだけど、無理やり採取さいしゅした肉や血液からDNA情報を解析して、身体しんたい能力の強化につながる器官をつくりだしているんだと思う』

「なんでもありだな」

『あれは異種族の〈生体兵器〉だからね。それより今から掩護えんごするね』


 ホログラムで投影されたマーシーが中指で眼鏡の位置を直すと、攻撃タレットが次々と起動し、同時に人工知能によって無作為むさくいに生成された〈デジタルヒューマン〉がホール全体に投影されていく。


 寄生体の群れは、突如とつじょ出現した数百体を越えるホログラムに襲いかかる。化け物の注意がそれたすきにハクと合流すると、化け物の攻撃に備える。が、悪いことは重なる。

 ホールのあちこちに転がる寄生体の死骸が痙攣けいれんすると、ブヨブヨとした肉塊に変化して、まるで粘土をこねるように人型の寄生体に姿を変えていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 いつもお読みいただきありがとうございます。

 お知らせがあります。

 Amazonの電子書籍 Kindle 本で【不死の子供たち】全巻が半額セール中です。

 続刊の雲行きが怪しくなっています……というより、絶望的なのかな?

 ですので、この機会に応援してもらえたら、とても嬉しいです!

 今後とも応援よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る