第566話 艦長権限
エレベーターに乗り込むと、白い軍服姿のマーシーがホログラムで投影される。
『艦内のシステムは順調に回復しているみたいだね』と、彼女は眼鏡の位置を直しながら言う。『警備用の機械人形も〈寄生体〉を排除するために、あちこちで部隊を展開してる』
拡張現実で表示されていたディスプレイで艦内の情報を一通り確認してから、ネットワーク停止中の通知が点滅していることについて
『データベースとの接続が切断されている状態だからだよ』
「修復できないのか?」
『それは
「例の電磁波攻撃の影響か?」
『そうだね。船全体にどんな影響を及ぼしたのか見当もつかないけど、データベースとの接続は完全に断たれてしまった。それに、ネットワークに関する
寄生体と交戦している機械人形の映像を確認しながら、その懸念について
『言わなくても分かっていると思うけど、キャプテンはネットワークに接続されていない状態の〈メインコンピュータ〉に承認されて〝臨時〟の艦長になっているだけなんだ。データベースに接続して外部と情報を共有してしまった場合、艦長としての権利や権限を失う可能性があるんだ』
彼女の言葉について私はあれこれと考える。
「それならデータベースに接続しないで、このままの状態を維持したほうがいいのか?」
『艦長の権限が奪われてしまうリスクを考えれば、今の状態を維持したほうがいいのかもしれない。でもこの船のオペレーションシステムは特殊で、まるで一個の生命体のように独立した存在なんだ。そしてあらゆる生命体には――これは
「いずれネットワークを介して、強制的に外部のデータベースに接続してしまう。そういうことなんだな」
『うん。システムが同期することによって、メインコンピュータにどのような変化が起きて、どんな判断をするのかは分からない。データベースも生き物のような存在で、旧文明期以降も常に情報が更新されているから、キャプテンの権限が
「生き物か……たしかにそれは厄介な問題だな」
エレベーターが止まると、拡張現実で表示される移動経路を頼りに歩いた。
『でも』と、マーシーは微笑む。『裏を返せば、今は艦長権限を自由に行使して状況を打開することができるかもしれない』
隔壁を操作して所定の場所に寄生体を追い込むと、攻撃タレットを起動して化け物を射殺していく。艦長としての権限を手に入れたおかげで、息をするように艦内の設備を操作することができた。
「艦長の権限があれば、ほかにどんなことができるんだ」と、単純な疑問を口にする。
『たとえば……』マーシーは唇に人差し指をあてると、天井に視線を向けた。『医務室にある軍用規格の自動医療システムが自由に使えるから、この戦闘で手足を失くしたヤトの戦士たちの治療がすぐにできる』
「それを使えば、トカゲの尻尾みたいに腕を再生させることができるのか?」
真顔で質問すると、彼女は得意げな表情を見せた。
『義手なんて必要ないし、失われた臓器もインプラントに置き換える必要がない』
「それはすごいな……ほかには、どんなことができるんだ?」
『技術解析室にある装置を使えば、異星文明の装備や兵器を再現することができるかもしれない』
「異星文明か……インシの民が使用している兵器の解析も可能になるんだな」と、昆虫種族が使用していた枯れ枝のようの兵器を思い浮かべながら言う。「それで、軍艦を動かすことはできるのか?」
マーシーは腕を組んで立ち止まるが、彼女のホログラムは通路を歩いていた私のとなりに投影され続けていた。
『さすがに今の状況で宇宙に行くのは無理だと思うよ』
「原因はこれか」
艦内の異常を知らせる項目を拡大すると、機関室で問題が発生しているという通知と大量の警告が表示された。
『そうだね。機関室は通信制御室と同じような状況になってる。戦闘員に侵入されたときに、激しい攻撃に遭ったんだと思う。エンジンは徹底的に破壊されていて、機能を回復させるのにそれなりの時間が必要になると思う』
「それなりの時間か……」
機関室を見下ろすように設けられたモニタールームの監視カメラを使ってエンジンの様子を確認しようとするが、通信が遮断されていて画面には何も映らなかった。
「修理を行う機械人形が派遣されていないようだけど、なにか理由があるのか?」
『機関室は今まで厳重に封鎖されていたみたいだね』と、マーシーは目の前に浮かんでいたディスプレイに顔を近づけながら言う。『修理に必要な部品は資材加工室で生産できるけど、資材庫に保管されていた鋼材が底を突いている状態だったんだ』
「だから修理が行われなかった?」
『この場合、エンジンの修理は最も優先されるべき箇所だけど、修理には特殊な資源が必要になる。宇宙ではその資源を調達できる惑星を見つけることができたのかもしれない、でもこの軍艦は特異な領域に囚われていたから』
「必要な補給ができない状態だったのか」
『けど状況が変化して、今は資源を回収するためのユニットも起動している。あちこちに飛んでいくのが確認できたから、そのうち修理が再開されると思う。それに、同型艦が砂漠に墜落していることも分かっている。そこで必要な資源が回収できれば、修理を効率よく進めることができるようになる』
マーシーと会話を続けながら兵器庫につながる通路に入ると、寄生体と交戦していたコケアリたちの様子を確認する。兵隊アリは異形の生物に包囲されていたが、機械人形の支援を受けながら、有利な状況になりつつあった。とくに〈闇を見つめる者〉の活躍は目を見張るものだった。
寄生体が気色悪い体液に
闇を見つめる者の猛攻は止まらない。銃弾のような速度で飛んでくる
しかし数十体で行動する寄生体によって彼女はすぐに囲まれ、身動きが取れなくなってしまう。
そこで闇を見つめる者は床に鉄棒を突き立てると、異形の化け物に向かって腕を伸ばした。静かな動作だったが、注意を引きつける
寄生体の姿を注意深く観察すると、化け物の周囲に存在する
損傷し腐敗したコケアリの肉体を持つ触手の化け物は、空気の層とも呼べるモノに向かって何度も触手を叩きつけるが、目に見えない檻から脱出することは叶わなかった。
そして闇を見つめる者が手を握るのが見えた。すると四角い檻のなかで空間が二つに区切られるのが見えた。その瞬間、グロテスクな化け物の身体が綺麗に両断されるのが見えた。その空間がまた二つに区切られ、そして何度も何度もそれが続けられた。そのたびに化け物の身体は両断され、最後には手のひらほどの小さな空間すら残らなかった。
その空気の檻は複数出現していて、
彼女が腕を下ろすと、寄生体を捕えていた空気の檻が次々と消失して、細切れになっていた化け物の肉片や体液が床に落下する。グシャリと床に広がる血溜まりのなかでは、切断された肉片がピクピクと
闇を見つめる者がみせた能力に我々は、少なくとも私は
コケアリを掩護していた機械人形は、機体の周囲に奇妙なスローガンを
【すべての敵が倒れるまで戦い続けよ! 勝機を逃さず、より激しく戦うのだ! 戦場からの逃亡は死を呼び寄せ、臆病者の魂は
兵士を
化け物はコケアリの身体能力を手に入れていたが、さすがに〈生体鉱物〉の鎧は再現できないのか、高出力のレーザーによって身体を破壊されていた。
『アリさんたちは大丈夫みたいだね』と、映像を確認していたマーシーが言う。『キャプテンは予定通り、アレナたちの支援を優先したほうがいい』
地図を確認すると、通路を埋め尽くすほどの寄生体の群れが、兵器庫のある区画に集まっているのが確認できた。非常用隔壁を操作して、攻撃タレットや機械人形の部隊を派遣して寄生体を攻撃していたが、群れの勢いが
アレナの部隊が寄生体と交戦していた通路に続く隔壁を開放すると、激しい銃撃音や鈍い打撃音が聞こえてきた。戦闘による影響なのか、通路の壁面パネルは無残に破壊されていて、あちこちに化け物の死骸が横たわっているのが確認できた。それらの死骸に注意しながら兵器庫に接近する。
破壊された機械人形の姿も多く見かけるようになる。冷却液とオイルに
金色の派手な装甲を持つ二体の機械人形は、挨拶をするようにビープ音を鳴らすと、携帯式の多連装ミサイルランチャーにも似た超小型の電磁砲を担いで通路の先に向かう。
「あの機械人形を追加することはできないか?」
『機体を用意するのは時間がかかるけど、武器ならすぐに揃えられるよ』
マーシーの言葉のあと、兵器に関する説明が視界の先に表示される。宇宙空間で回収していた隕石を素材にして兵器を製造していたおかげで、兵器庫には大量の火器と弾薬が保管されているようだった。
我々の存在に気がついた寄生体が突進してくるのが見えると、拡張現実のディスプレイを消して〈ハガネ〉の操作を行う。特殊な金属繊維が編み込まれた戦闘服に覆い
戦闘の準備が整うと、接近する寄生体にショルダーキャノンの照準を合わせる。
「兵器庫を開放するには、化け物の相手をしながら
『今のキャプテンなら、それほど難しいことじゃないでしょ?』
寄生体は無数の触手を振り上げると、ありったけの力をこめてマーシーに触手を叩きつけた。けれどホログラムで投影された女性を殺すことは不可能だった。
その寄生体に向かって至近距離で攻撃を行うと、貫通弾はいとも
すぐに弾薬を切り替えてライフルを構えると、残弾を気にせずフルオート射撃で応戦する。兵器庫までたどり着ければ弾薬はいくらでも手に入るので、アレナたちと一刻も早く合流するため、全弾を撃ち尽くす勢いで攻撃を始めた。
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