第564話 責任


 モニターに表示される紫黒しこく色の気色悪い生物は、薄い皮膜に包まれた触手しょくしゅをウネウネと動かしながら通路を飛行していた。体表は構造色のように虹色の色合いを帯びていて、発光器官を備えた皮膜は動くたびに淡い光を発していた。


 視線を動かして別のモニターに表示されていた地図を確認すると、寄生体の進行方向にアレナの部隊が展開しているのが確認できた。カグヤから連絡を受けた部隊は寄生体の接近に気がついていて、すでに戦闘の用意ができているようだった。


 短い警告音が聞こえると、別のモニターに居住区画の様子が映し出される。そこにも寄生体の群れがいて、その区画を調査していた〈コケアリ〉の部隊に襲いかかろうとしている姿が表示されていた。

 皮膜に包まれた触手を前方に向けて飛行する寄生体は、驚くような速度で兵隊アリに接近すると、パックリと呑み込むようにしてコケアリの上半身を皮膜で包み込むと、恐ろしい力で身体からだを圧し潰すようにして切断する。


 兵隊アリの下半身が体液を撒き散らしながらドサリと床に転がると、別の寄生体が猛然とコケアリたちに襲いかかる。そこに〈闇を見つめる者〉があらわれると、触手をくねらせながら接近する寄生体に鉄棒を叩きつける。


 監視モニターの都合上、打撃音は聞こえなかったが、闇を見つめる者の攻撃を受けた寄生体は凄まじい勢いで吹き飛び、壁や天井に身体を衝突させながら床を転がっていく。綺麗に磨かれた壁面パネルは、グチャグチャになった寄生体から飛び散った粘液質の気色悪い体液で汚れる。


 けれど寄生体の数は依然いぜんとして多く、危険な状況に変わりはない。闇を見つめる者が複眼の間から伸びている触角を小刻みに震わせ、兵隊アリたちに指示を出すのが確認できた。次の瞬間、彼女の外骨格から染み出した液体が凝固して、瞬く間に〈生体鉱物〉でもある被甲ひこうを形成し体表を覆っていくのが見えた。

 強固な鎧をまとった闇を見つめる者は、白藍色に複眼を発光させると、通路の先から飛んでくる寄生体の群れに突進する。


 それを見ていた兵隊アリたちは、腰に吊るしていた粗末な布袋から木製の小さな容器を取り出し、頭上でそれを握り潰した。容器からあふれ出た液体が彼女たちの身体を濡らすと、たちまち石のようにゴツゴツとした被甲ひこうが形成されていった。

 それは闇を見つめる者が纏っていた鎧のように全身を完全に保護するモノではなかったが、強固な鎧に包まれた兵隊アリの部隊は寄生体との戦闘に加わる。


 昆虫種族と異星生物である寄生体の争いは、熾烈しれつを極めた戦いになった。寄生体に組みつかれたコケアリの大顎によって切断された触手は、体液を噴き出しながら床に転がり、気色悪い液体で通路を汚していく。けれど兵隊アリも無事ではすまない。組みつかれたコケアリの身体は、寄生体の恐るべき力で締め上げられ、強固な鎧もろとも外骨格が砕かれて身体を破壊されてしまう。


 しかしコケアリは寄生体にない強みを持っている。それは部隊として統率の取れた動きができることだった。個々で寄生体に対処するのではなく、仲間たちと組んで次々と寄生体を殺していった。

 戦闘で失われたコケアリの魂は巡り、やがて女王を介してこの世界に戻ってくると言われている。でもだからといって死ぬことを恐れないわけではない。彼女たちは戦闘を生き抜くための最善を尽くす。そしてそれが脅威に立ち向かう力になるのだ。


 獅子奮迅ししふんじんの活躍をみせたのは闇を見つめる者だった。彼女は単身で群れのなかに突撃すると、旧文明の鋼材によって造られた鉄棒を使って寄生体を叩き潰していった。そして、文字通り叩き潰された寄生体の死骸を踏み越えながら、さらに多くの寄生体をほふっていく。


 たとえ寄生体に組みつかれようと、彼女は前進を続け、身体に絡みつく触手を強引に引き千切りながら寄生体を叩き潰す。彼女の鎧を傷つける術を持つ生物は最早もはや存在しなかった。恐るべき被甲ひこうを返り血で染めながら、闇を見つめる者による蹂躙じゅうりんは続けられる。


 コケアリの戦闘部隊が全滅する心配はないようだ。安心して別のモニターに視線を映すと、戦闘態勢で待機していたアレナの部隊に、今まさに寄生体が襲いかかろうとする様子が映し出されていた。


 ヤトの部隊は異界の遺物である〈トロォヴァーリ〉によって強化された歩兵用ライフルを所持しているので、寄生体に接近されて組みつかれる心配はないだろうと考えていた。実際、ライフルから発射された銃弾は効果を発揮していて、次々とグロテスクな化け物を殺していた。しかしそれでも化け物の進攻は止められない、敵は死を恐れることなく猛然と迫ってくる。


 アレナの部隊に同行していたハクは、ヤトの戦士たちに近づく寄生体に容赦なく襲いかかり戦士たちを守っている。そのハクの腹部にはジュジュがしがみ付いていて、ハクに指示を出すように寄生体を指しながら口吻こうふんを鳴らしていた。無害で大人しいジュジュにとっても、あのグロテスクな姿をした寄生体は脅威なのだろう。


 けれど縦横無尽に通路を跳び回っているハクにしがみ付き続けることは困難なのか、ジュジュはドサリと床に転がり落ちてしまう。コロコロと転がるジュジュの先には、無数の銃弾を受けて瀕死の状態で横たわっていた寄生体がいて、ジュジュに向かって触手を伸ばす。その触手の下面側には吸盤のような器官がついていて、鋸歯きょし状の鉤爪が肉の隙間を通って迫り出すのが見えた。


 ジュジュが触手に捕まりそうになった瞬間、無数の銃弾が撃ち込まれて、触手は痙攣するようにビクビク震えて動かなくなった。そこにウェイグァンがあらわれて、ジュジュの体毛を掴んで部隊の後方に連れていく。その間、ジュジュは首根っこを掴まれた猫のように大人しくしていた。


 ウェイグァンを攻撃しようとする寄生体があらわれると、何処どこからともなくハクが吐き出した糸が飛んできて、化け物の身体に絡みついて動きを封じ込めていく。次の瞬間には無数の銃弾が撃ち込まれて、糸に拘束されていた寄生体は何もできずに息絶えていく。


 戦術的に優位だった状況に変化が起きたのは、通路に寄生体の死骸が折り重なるようにして積み上がるころになってからだった。突然、寄生体が狂ったように仲間の死骸をむさぼり始めたかと思うと、そのみにくい身体に異変が生じていく。

 ブヨブヨとした肉塊に変化しながら通路を塞ぐほど大きくなっていくと、皮膜に覆われた触手の奥から――まるで嘔吐するように、強酸性の体液を吐き出すようになる。


 深緑色の体液が接触すると、壁や床のパネルは見る見るうちに溶けて真っ白な蒸気が立ち昇る。次から次に吐き出される吐瀉物によって視界が悪くとなると、アレナはシールドを生成する装置を使って部隊の守りを固める。


 特殊な力場によって瞬間的に形成された薄膜が半球状に展開されると、白煙の向こうから無数の吐瀉物が飛んできて膜に衝突するのが見えた。アレナはすぐに部隊に指示を出すと、タクティカルゴーグルの映像を切り替えて、白煙に潜む寄生体に向かって銃弾を撃ち込んでいく。


 我々が見ていたモニターの映像も切り替わると、寄生体の輪郭が赤色の線で縁取られていき、変異した化け物の異様な姿が見えるようになる。寄生体は数え切れないほどの銃弾を受けながらも、無数の触手を壁や床に絡ませ、みにくく膨れ上がったグロテスクな身体を引き摺るようにして部隊に迫っていた。


 シールド内に避難していたハクは、身体の周囲に球体状の発光体を発生させると、ふわりと浮かぶ無数の球体から破壊光線を射出した。艦内の設備を破壊しないためだったのか、あるいはこれまでの戦闘で消耗していたからなのか、発射された閃光の輝きは弱く、今まで見てきたような恐ろしい破壊力はなかった。しかしそれでも寄生体の身体を破壊するには充分すぎる威力だった。


 薙ぎ払うように放たれた閃光は、壁や天井の一部を破壊しながら寄生体の身体を易々と両断してみせた。その切断面からは気色悪い体液が噴き出すが、すぐに凍り付いて鋭い氷柱つららになって残る。けれどそれも一瞬のことだった。切断された寄生体の身体がヌルリと滑り落ちると、簡単に圧し潰されて砕けてしまう。


 短時間の間だけ生成されていたシールドの膜が消えると、ハクは注意しながら死骸に近づく。そして寄生体の身体をベシベシと叩いて死んだことを確認すると、じっと白煙の向こうを睨んだ。艦内の換気システムよって視界が晴れると、無数の寄生体が飛んでくるのが見えた。これだけの火力をもってしても、異常発生した異星生物を殲滅せんめつすることは容易なことではないのだろう。


 アレナは部隊に指示を出して仲間たちに戦闘を任せると、負傷していた戦士のもとに駆けつける。寄生体に組みつかれて膝から下を噛み切られた戦士にオートドクターを使用して、手早く応急処置を施すと、ジュジュが隠れていた場所まで仲間を引き摺っていく。不幸中の幸いか、強酸性の体液に焼かれたおかげで切断面からの出血は少なかった。足は失われてしまったが、命の危険はないだろう。


「機械人形の警備部隊はどうなっている?」

 私の言葉に反応して少年は目をチカチカと発光させる。

『まだしばらく時間が必要です』

「それなら援護に行く必要があるな」

 早足でコントロールルームを出て行こうとすると、少年から音声メッセージを受信する。それを確認して思わず首をかしげる。


「艦長になることは、そんなに重要なことなのか?」

 少年は感情のない表情でコクリとうなずく。

『不死の子供が持つ権限を使用することで、今まで利用できなかったシステムに接続することが可能になります。そしてそれは艦内の機能回復を推し進める助けになります』

「必要なのは、軍の権限を持つ人間か……」


『そうだね』と、マーシーはうなずく。『結局のところ、顔のない子供たちに与えられていた権限も、人工知能のそれとさして変わらないモノでしかなかった。人類が……それも、軍のデータベースに登録されているような〝本物〟の人間の指示と権限がなければ、重要な判断はなにひとつできない』


 少年の顔をじっと見つめながら、私はあれこれと考える。ここで艦長になることを選択したことによって、想定していなかった問題事を――それがなんであれ、抱えてしまうことになる可能性がある。でもだからといって選択できる道は他にないように思えた。責任を負うことから逃げて、寄生体と交戦している仲間に犠牲が出てしまう事態だけは避けなければいけない。


「……わかった。俺はどうすればいい?」

 少年は無表情にうなずくと、手のひらで艦長席を指し示す。

『データベースの登録とシステム接続に関する細かい作業はこちらで引き受けます。貴方は生体認証が行われている間、大人しく座っていてください』


 玉座のようにも見える艦長席は、旧文明の兵士たちの体格に合わせて作られていて大きいようにも感じたが、ゆったりと座れるので問題にはならないだろう。肌触りのいい石材で作られたひじ掛けには、控えめだが精緻せいちな模様が彫られていて見栄えも悪くなかった。


 艦長席に座ろうとして、ふと動きを止める。そして自分自身の選択が間違っていないのかカグヤにたずねた。

『大丈夫だよ。たとえ人類と異星生物との争いに巻き込まれるようなことになっても、私たちの関係は変わらないよ。レイは自分が正しいと思ったことをやればいい』


 自分自身の判断でこれまでにも多くの問題事に首を突っ込んできたが、問題の性質と規模が今までのモノよりも大きいような気がしていた。この選択で仲間に重荷を背負わせるようなことになってしまったら、そして仲間に犠牲が出てしまうようなことになってしまったら……そう考えると、決断することに躊躇ちゅうちょしてしまう。


「仲間たちは……ミスズやイーサンは納得してくれるだろうか?」

『この選択によってレイが誰かの運命を縛ることはないよ』と、カグヤはいつもの調子で言う。『レイに選択の自由があるように、仲間たちにも選択する自由がある。レイが艦長になったことで――そんな戦争は大昔に終わったと思っているけど、もしも宇宙戦争に巻き込まれるようなことになったとしても、レイについてくるのか、それとも離れてしまうのか、それを決めるのは仲間たちだよ。それにね、たとえひとりになったとしても、きっとなにも変わらない。昔みたいに、また二人で問題に立ち向かえばいい』


 荒廃した世界で目覚めてから、カグヤと二人だけで多くの困難に挑んでいたときの記憶が頭をぎる。彼女が一緒なら、どんな困難も乗り越えられるような気がした。

「そうだな……さっさと艦長になって、あのフザけた化け物を始末しよう」

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