第563話 問題


 宇宙軍に所属する兵士には、過酷な戦場で生き抜くための特殊な肉体が支給され、本来の肉体は適切に処理されたあと、〝意識〟だけが新たな肉体に転送されている。


 その肉体は異星生物との交戦で生じるであろうあらゆる問題に対処できるために、遺伝子が大幅に改変されていて――たとえば、地球外の惑星に存在する未知の病原体に感染しないように、遺伝子レベルでの高度な改良が行われている。それなのに、軍艦の乗組員は敵対勢力が使用する〈生物兵器〉で全滅してしまったと〈顔のない子供〉はいう。


「本当にひとりも生き残りがいないのか?」

 私の質問に少年はまばたきで反応した。すると内耳に通知音が聞こえて、少年から送られてきたメッセージが自動的に再生される。

『中央制御室は〈総合戦闘指揮所〉であると同時に、本艦の〈防衛制御〉や〈通信制御〉などの機能中枢も兼ね備えています。それらの接続可能なシステムを使い、すでに状況の確認を行いました。残念ながら生存者はいません。しかし安心してください。このような緊急事態発生時には〈不死の子供〉である貴方にも、本艦の艦長に就任する資格が与えられます』


「資格が与えられる? 待ってくれ、いったい誰がそんなことを決めたんだ」

 困惑している私とは対照的に、姿勢を正した少年の表情が変化することはない。

軍規ぐんきによって定められています。今現在、本艦で生存が確認できた軍人は貴方だけです。そして人類の最精鋭部隊に所属する〈不死の子供〉である貴方には、他の誰よりもその資格があります』


 ことの成り行きに戸惑とまどい黙り込んでいると、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『君は不死の子供についてなにか知っているの?』

 突然受信したカグヤの声に驚いたのだろう。少年はまぶたをピクリと動かして反応するが、相変あいかわらず無表情で感情がないように振舞ふるまっている。

『不死の子供がもうひとり……。我々が現在直面している問題を迅速に解決できるかもしれません』

『質問に答えて』と、カグヤはピシャリと言う。


 少年は私のことをじっと見つめたあと、音声メッセージを送信してきた。

『軍に所属している誰もが〈不死の子供〉について知っています。それを人類の希望と呼ぶ人間もいました。しかし部隊の公式記録について知る人間はほとんどいません。……いえ、これは控えめな表現ですね。我々は〈不死の子供〉について調べることすら許されていません』

『だから言ったでしょ?』と、なぜかマーシーが得意げに言う。『キャプテンの情報は秘匿ひとくされているんだよ』


『それなら、どうして私たちが〈不死の子供〉だって分かったの?』

 カグヤの言葉に少年は意味ありげにうなずく。

『特別な存在だからです。兵士たちの肉体が例外なく改造されていることは知っていると思います。けれど〈不死の子供〉に支給される肉体には、特殊な遺伝子が使用され、より多くの改良が加えられています。その姿は純粋な人間に近いモノだとされています。もちろん、上級士官相当の認識票でも違いを確認することができます。それに〈深淵の娘〉と一緒に行動しています。少し特殊な個体にも見えますが、彼女たちが所属している部隊はひとつしか存在しません』

『たしかにレイの血は白くないけど……』


 しばらくの沈黙のあと、私は話を本題に戻すことにした。

「現在の状況について教えてくれるか?」

『標準時間になりますが、数時間後に目的の惑星に到着する予定でした。しかし艦隊は敵勢力の待ち伏せに遭ったようですね。本艦も敵戦闘巡洋艦から、数十発のミサイルを至近距離から撃ち込まれたと記録に残っています』

「記録に残っている……そう言えば、〈顔のない子供たち〉は眠っていたんだったな。目が覚めたのは君だけなのか?」

『いえ、ですがシステムに深刻な問題が発生していることは確認しました』

「つまり?」


『目を覚ますことができなくて、死んじゃったってことかな?』と、マーシーが艦長席の周囲に浮かんでいるホログラムディスプレイを見ながら言う。『深刻な問題って、この正体不明の電磁波による影響のことだよね?』


 少年はコクリとうなずいたあと、敵勢力によって行われた攻撃について簡単に説明してくれた。味方巡洋艦にミサイルが直撃したのとほぼ同時に、強烈な電磁波が発生し、周囲の巡洋艦が次々とコントロールを失ったという。攻撃を逃れた味方は、空間転移にも似た技術を使い戦域から離脱しようとしたが、攻撃を受けていたシステムは正しく動作しなかった。


『けれどほかに選択肢はなかった。一緒に逃げた同型艦を見失ったのは、その直後だったの?』

 マーシーの言葉に少年は瞬きで返事をして、それから続きを説明してくれた。

『我々を追跡してきた敵は、本艦のシステムが正常に機能していないことを知っていました』


 数発のミサイルを直撃させたあと、敵は戦闘艇を船体にぶつけるようにして強引に侵入し襲撃を開始した。強襲部隊は残忍で容赦がなく、非戦闘員を次々と殺していった。しかし人類の兵士が持ち場につき応戦すると、たちまち制圧されていった。非常用隔壁は閉鎖され、機械人形をおとりにしながら敵部隊を目的の場所まで誘い込むと、一気に殲滅していったのだ。


『目的が達成できないと気がつくと、敵は生物兵器による攻撃を行いました』

 目に見えない攻撃にさらされていることに防衛側の人類が気づいたときには、数百名の乗組員に症状があらわれていて、すでに瀕死の状態になっている兵士の姿も多く確認できた。隔壁によってすべての区画が封鎖されたあと、船内の空気が抜かれ、最後まで抵抗していた敵戦闘員を処理しながら、念入りに滅菌と浄化が行われた。


『生物災害の痕跡が確認できなかったのは、すでに対処されていたからなんだね』と、マーシーがディスプレイを睨みながら言った。

 このときに行われた激しい戦闘の痕跡が艦内で見られないのは、みずからシステムの自己修復を試みた人工知能によって処理されてしまっていたからだ。それでも兵器庫に続く通路に多くの遺体が残されていたのは、システムを完全に修復できなかったからなのかもしれない。


 すでに多くの感染者を出していたために、艦内の浄化は複数回行われることになった。その間、医療区画では病原体の解析が進められたが、変異を繰り返す病原体や未知の寄生体に感染していた多くの乗組員を失うことになった。


『あれは敵勢力が襲撃の際に使用した戦闘艇です』

 少年の言葉のあと、コントロールルームの巨大なモニターに奇妙な宇宙船の姿が映し出される。壁を突き破るようにして通路に機首を食い込ませていた機体は、有機的な――まるで甲殻類のからのような装甲に覆われた宇宙船だった。格納庫で見かけた人類の戦闘機とは設計思想そのモノが異なる異様な戦闘艇だ。


「敵の宇宙船は撤去されることなく、今も艦内に残されているのか……」

『やっぱり』と、マーシーが眼鏡の位置を直しながら言う。『電磁波によって破壊されたシステムが正常な状態に戻っていないから、今も放置されてるの?』

『問題はほかにもあります』

 どうやらデータベースに接続することができなくなってしまっているようだった。現在、艦内のネットワークを使って通信が行われているが、外部との接続は完全に絶たれている状態だという。


『それに……』と、少年はわずかに眉を動かしながら言った。『このような経験は初めてのことですが、どうやら時間軸に大きな変化が生じてしまったようです』

 外部のネットワークに接続を試みようとしたときに――システムのエラーによって正確な数字は分からなかったが、標準時間で数世紀の時が流れていることに気がついたようだ。


『過去からやってきたってことだね』と、マーシーはうなずく。『一緒に逃げてきた同型艦は時間のトンネルを彷徨さまようことなく、砂漠地帯に流れ着いた。これも私の推測通りだね』

 得意げにするマーシーとは対照的に、姿勢を正した少年は落ち着いた声で言う。

『艦内に残されていた備品の状態から考えても、我々が目覚めるまでに数十年、あるいは数百年のときが流れてしまっていると思われます』


 一瞬の間に過去から未来に飛ばされてしまったわけではなく、数年の間、空間の歪みに捕らえられていた。突拍子もない話に聞こえたが、空間の歪みにとらわれてしまったことで、時間軸に変化が生じた旧文明期の施設について知っていたし、身をもってその現象を経験していたので、あり得ないと一蹴することもできない。


「一緒に目を覚ました〈顔のない子供たち〉は、今どうしているんだ?」

『艦内に残っている寄生体に対処するために、機械人形の戦闘部隊を準備しています。思いのほか時間が掛かっていますが』

「寄生体? それは侵入者たちが残していったものなのか?」

『そうです。乗組員の遺体に寄生していた生物の多くは、システムの都合により処理されることなく放置され、空気が排出された区画に残されていました。しかしその区画は現在、正常化した一部のシステムによって汚染されていない空気で満たされてしまいました。そして貴方たちが乗艦したときに、寄生体は生命活動を再開させた』

「それならもう一度、その区画の空気を抜くことはできないのか?」

『何度も試みましたが、システムエラーで接続できない状態が続いています』


「そもそも何が侵入してきたんだ」と、私は気になっていたことを訊ねた。

『強襲部隊は、人類と敵対する勢力に使役されていた知能の低い原始的な生物です』

 モニターに表示された生物は大柄で屈強な身体からだを持ち、二本の足でしっかり直立していたが、四本の腕を持つ獣と昆虫を組み合わせたような奇妙な生物だった。ゴワゴワとした体毛に覆われた身体は、黒曜石にも見える外皮のようなモノで保護され、それに加え明らかにボディアーマーに見える装備を身につけていた。頭部にはむちのような長い触角があり、大きく真っ赤な眼はギラギラと輝いていた。


『これが人類の敵なの?』

 カグヤの問いに少年はうなずく。

『想定していなかった敵ですが、艦隊を待ち伏せし襲撃した勢力に所属していたことは間違いないです』

「その寄生体の現在の様子が分かる映像は表示できるか?」

『本艦のデータベースに登録されていない生物の侵入も確認しているので、システムが混乱していますが、すぐに表示できると思います』

 少年の眸がチカチカと発光するのを見ながら、マーシーが質問する。

『登録されていない生物って、ハクについてきたジュジュのこと?』


 少年にもマーシーの姿が見えているのか、彼はじっと彼女を見つめたあと、モニターに映像を表示する。ハクの腹部にしがみ付いているジュジュのほかに、居住区画を調査していたコケアリの部隊も表示された。

『どうしてコケアリたちも表示したの?』

『本艦に登録されていない生物だからです』

『人類とコケアリたちの同盟について知らないってことは、それ以前に行方不明になった部隊ってことなのかな……ちょっと混乱してきたかも』

 マーシーは顎に指をあて、あれこれと考える。


『あれが寄生体です』

 少年の言葉のあと、奇妙な生物の姿がモニターに表示される。それは深海に生息するコウモリダコにも似た紫黒しこく色の化け物で、まるで泳ぐように足の膜を広げて通路を飛行している姿が確認できた。

『寄生体って言うから……もっと小型の生物だと想像してた』とカグヤがいう。

『寄生した生物の肉体を変異させて、あのような姿に変化したみたいですね』

 人間を丸呑みにできそうなグロテスクな化け物が飛んでいる姿を見ながら、気になったことを質問した。

「こいつは何処どこに向かっているんだ?」


『生物に寄生し増殖する生物だと記録されています』と、少年は冷静に答える。

「アレナたちが襲われる可能性があるってことか……隔壁の封鎖はどうなっている?」

 ヤトの部隊と寄生体の位置情報が確認できる地図が表示されると、直後に寄生体を示す赤い点から一本の線があらわれて、アレナたちに向かって伸びていく。

『兵器庫付近の隔壁は開放されているようですね』

「カグヤ、すぐにアレナたちに連絡してくれ」

『了解、寄生体との遭遇に備えさせるよ』


『寄生体は増殖するって言ってたけど、目覚めたのはその一体だけ?』

 少年はマーシーにちらりと視線を向けたあと、寄生体の情報をモニターに表示させる。寄生体を示す赤い点が百を越えたあたりで少年は言った。

『機械人形の部隊は間に合わないですね。すぐに安全な場所まで避難することをお勧めします』

『そんな場所があるとは思えないけど』と、赤い点で真っ赤になっていく地図を見つめながらマーシーはつぶやいた。

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