第559話 砲撃
生体スキャンを行うため、我々にレーザーを照射していたドローンは短いビープ音を鳴らすと、ホバリングしていた大型機体の側まで戻っていき、そのまま装甲にピタリと組み込まれる。旧文明の加工技術が可能にしているのか、繋ぎ目すら確認できないほどの精度だった。
しばらくすると、入れ替わるようにカグヤが操作する偵察ドローンが飛んでくる。
『異常は確認できなかったよ。乗っても大丈夫みたい』
ドローンを使って安全性を確認していたカグヤの声が内耳に聞こえると、私は目の前に立っていた女性に
「マーシーはどうだ。安全だと思うか?」
拡張現実で表示されていた女性は、中指を使って眼鏡の位置を直したあと、砂漠の強い日差しに目を細めた。彼女の
『うん、乗っても問題ないよ。その〈ワスプ〉は軍用規格の機体で、気密ハッチも備えているから、私が心配しているような事態にはならない』
「ワスプって、あの機体のことか?」
『うん。ずんぐりしてて、クロスズメバチに似てるでしょ?』
「スズメバチ……?」と、私は眉を寄せる。どちらかといえばコガネムシに似ていたので意外に感じた。「それで、マーシーは何に対して懸念を感じているんだ?」
『待たせるのも悪いから、とりあえず移動しよう。さっさとワスプに乗って』
私は肩をすくめると、すぐ近くに待機していたアレナに目線で合図を送った。彼はうなずくと、我々の周囲を警備していた戦士たちに指示を出してワスプに向かう。
「あの女、なんか
ワスプに向かって歩いていると、ウェイグァンが女性を
『なまいき、ちがう。マーシーだよ』
「ハクはあの女のこと知ってるのか?」
『うん。もりのははだよ』
「森野?」
ウェイグァンが顔をしかめると、ハクはケラケラ笑う。
『グァン、ちょっとまぬけ』
「間抜けだったか」
怒りっぽくて、すぐに不機嫌になるウェイグァンもハクには甘く、何故か一緒になって笑っていた。
ワスプに向かって歩いている間に、ヤトの戦士のひとりが〈大樹の森〉の聖域にある〈母なる貝〉についてウェイグァンに話をした。以前にも簡単に説明したことがあったので、彼はすぐに状況を理解してくれた。
「俺はてっきり、もっとこう……」
『森の民を導く神秘的な精霊だと思った?』と、彼女は得意顔で言う。『それとも、機械的に話をするだけの人工知能?』
「ああ。これじゃ普通の人間と変わらない」
『あなたの言う普通が、どういうものなのか分からないけど……でも、人間の姿をしていたほうが親しみやすいでしょ?』
「機械と直接話すよりかはいいけど――」
突然マーシーは真面目な表情を見せると、人差し指を唇にあて、ウェイグァンの言葉を遮る。
『昆虫型偵察ドローンが野営地に接近する生物の熱反応を検知した。すぐにペパーミントたちに警告を』
「反応? 敵なのか?」と驚きながら言う。混沌の領域からやってきた化け物はインシの戦士たちによって殲滅させられたと思っていたからだ。
『敵対的な生物だと思う。カグヤ、索敵情報をちょうだい』
マーシーが腕を広げると、彼女の目の前に周辺一帯の地形データが表示される。超高解像度の地形図は偵察ドローンによって作成され、カラスの眼を介してリアルタイムで表示されている情報だった。
『ここを見て』
マーシーが腕を動かすと地形図が拡大表示されて、地面が盛り上がり砂丘の一部が崩れていく様子がハッキリと確認できた。
「今まで地中に隠れていたんだ」と、ウェイグァンが困惑しながら言う。
『この反応、オアシスのヌシだ!』
カグヤの言葉のあと、地中から恐ろしい生物が姿をあらわす。それは白亜紀に存在した恐竜、ティラノサウルスを思わせる
恐ろしい生物は野営地がある方角に顔を動かし、すさまじい咆哮をしてみせると、頭部を下げ巨大な尾でバランスをとりながら駆け出した。
「マズいな……あいつはペパーミントたちを襲うつもりだ」
いても立ってもいられなくなると、私は野営地に向かって走り出す。
『レイ、どこに行くの!』と、カグヤが声をあげる。
「ペパーミントたちを助けにいく!」
『待って、キャプテン!』と、視線の先にマーシーがあらわれる。『軍艦の砲塔が動いてる!』
マーシーの声に反応して振り返ると、副砲塔だろうか、軍艦の側面に設置されていた巨大な三連砲塔がゆっくりと動いているのが見えた。
「カグヤ! あれはなにを攻撃するつもりなんだ!」
砲塔が向けられた方角を確かめたカグヤが困惑しながら言う。
『あの巨大な生物が
『キャプテン!』マーシーが声を荒げる。『衝撃波が来る、すぐにワスプに戻って!』
「このままだとペパーミントたちが砲撃の巻き添えになる!」
『だからって私たちにできることなんてない!』
砲塔の先に青白い光が集束していくのを見ながら、私は必死に頭を絞り思考を続ける。今の状況を変えられる方法があるはずだ。
「気配に反応した……」と、私はつぶやく。「軍艦のセンサーが混沌に反応したように、混沌の生物もヤトの気配を感じ取ることができる……」
右手首の刺青からヤトの
視線の先にカラスから受信する映像を表示すると、ヤトの刀から漏れ出る気配を感じ取ったヌシが一瞬立ち止まり、こちらに向かって猛然と駆けてくる姿が見えた。
「そうだ。こっちに来い!」
涎を垂らしながら駆けるヌシが野営地の側を離れ、すさまじい速度でこちらに接近してきているときだった。閉じた瞼を透かして
すさまじい衝撃波と共に小石が銃弾のように飛んでくると、コケアリたちが飴玉のようなものを口に含んで噛砕くのが見えた。すると不思議なことが起きる。コケアリたちの足元の砂が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように彼女たちの身体に付着し、外骨格が岩のように硬質化していくのが見えた。
一時的に身体を保護するための能力なのかもしれない。闇を見つめる者も同様の能力を持っていたが、彼女は砂を必要としなかった。大顎を鳴らすと、たちまち外骨格の表面が緋色のゴツゴツとした無骨な鎧に変化して彼女の身体を覆う。
私もハガネを操作して防御に優れた形状に変化させて衝撃波に備えると、突然の事態に動きが止まってしまっていたウェイグァンの支援に向かう。しかし私が動く前に、ワスプが遮蔽物になるように動いて周囲に半球状のシールドを生成する。戦場での使用を想定した機体だけあって、衝撃波を完全に無力化してくれていた。
砲撃の
ヤトの刀を手首に戻すと、被害状況の確認することにした。
「カグヤ、ペパーミントたちの状況は?」
『爆発の衝撃波を受けたけど、ペパーミントたちは無事だよ。愚連隊の子たちにも被害は出てない。弾着点から距離もあったし、作業用ドロイドたちが築いた壁のおかげで衝撃を分散させることができた』
「ジュジュたちは?」
『身体が軽いからだと思うけど、衝撃波で派手に吹き飛ばされたみたい。それでも砂に埋もれただけで、大きな被害は確認できないけどね。でも今は彼女たちも混乱してるみたいだから、もう少し落ち着かないと本当の状況は分からない』
「了解」
巻き上げられた砂の所為で視界は最悪だったが、拡張現実で仲間の輪郭を縁取らせ、ヤトの戦士たちが集まっていた場所に向かう。幸いなことに部隊に被害はなく、アレナも落ち着いた態度を見せてくれた。
「大丈夫か、ウェイグァン」
腰を抜かしたように
「兄貴、ありがとうございます」と、ウェイグァンは私の手を握って立ち上がる。
「怪我はしてないか?」
「はい。……あの化け物がこっちに向かってきたのは、兄貴が何かやったからですよね?」
「ああ。上手くいくか分からなかったけどな」
「さすがですね。俺は何が起きているのかも分かっていませんでした」
「偶然だよ」
「でも」と、ウェイグァンは言う。「兄貴のおかげで仲間が救われました」
青年の意外な一面が見られたからなのか、私は思わず笑顔になる。
「そうだな、みんなが無事でよかった。ところで、ハクはどこにいるんだ?」
『こっちだよ』と、すぐにハクの幼い声が聞こえた。
視線を動かすと、飴色の砂にまみれたハクがトコトコと近づいてくるのが見えた。
「ハクは……怪我をしていないみたいだな」
『ん。ばくはつ、ヤバかったな』
「たしかに」私はうなずくと、ハクの体毛についた砂を払い落す。
先ほどの砲撃は、我々に対して行われた警告射撃よりもずっと強力な攻撃だったと思う。あんな凶悪な兵器を搭載した軍艦を人類は所有していた。その事実は私の頭を混乱させるのに充分すぎるほどの衝撃を与えた。
あれほどの兵器を所有していても、人類は混沌の脅威に太刀打ちできなかったのだ。それは現在の地球の姿を見れば、誰もがたどり着く結論だ。けれど同時に考えてしまう。人類は本当に混沌の脅威に敗北したのだろうか。のっぴきならない事態に陥っていた。だから地球を去る必要があった。それは理解しているつもりだったが、人類の選択について
答えのない考えに
『キャプテンってさ、本当に命知らずだよね。今回は上手くいったけど、もうヤトは使わないでね。次に狙われるのは混沌の化け物じゃなくて、ヤトを持っているキャプテンになるかもしれないから』
彼女の言葉で軽率な行動を取ったことに気がついた。けれどあの場面ではどうすることもできなかったし、他の方法も思い浮かばなかった。
「次からは注意するよ」
私はそう言ったが、また同じ状況になれば、仲間を救うために命を危険にさらすのかもしれない。どうして他者のために自分を犠牲にできるのか、その理由は分からなかったが、そういう
『だといいけど』とマーシーは溜息をついた。
近くに待機していたワスプに乗り込む。周辺一帯を包み込む砂煙の所為で、我々は砂まみれになっていた。そのため、場違いなほどに清潔だったワスプを汚してしまうことを心配したが、搭乗員用の気密ハッチにはシールドの薄膜が張られていて――原理は分からなかったが、そこを通過する際には衣類やコケアリたちの外骨格に付着していた細かな砂や小石が自然と払い落とされ、機内が汚れることはなかった。
飴色だったハクも薄膜を通過すると白い体毛に戻った。
『……これが、まほう!』とハクは大袈裟に驚いてみせたが、もちろん魔法ではない。
全員が乗り込んだことを確認すると、気密ハッチが閉じて、壁の一部が素通しのガラスのように
コケアリとハクは身体の構造上、人間用の座席に座ることができなかったが、機内は広く、彼女たちは適当な場所を見つけると、動き出したワスプに困惑しながらも外の様子を眺めることにした。
壁際に並んでいた座席に座ると、機内のどこかに設置されていたホログラムの投影機からマーシーの姿が映し出される。ホログラムで再現された女性は軍服の袖口を確かめたあと、私に笑顔を見せた。
『キャプテンにはこれを見てほしいんだ』
彼女がそう言うと、立体的に表現された軍艦の残骸が表示される。岩肌に同化していて全体像は見えてこなかったが、それはかつて砂漠地帯で見た軍艦に間違いなかった。
『それでね、これをこうすると――』
マーシーが腕を動かすと、岩壁に埋もれて岩と区別がつけられなかった軍艦の残骸だけが綺麗に残された。マーシーはその残骸を集めて、破壊された船体にハメ込んでいった。見る見るうちに組み上がっていく軍艦の姿を見て私は困惑する。
『見覚えがあるでしょ?』
得意顔で眼鏡の位置を直すマーシーにうなずくと、ワスプの機内から見える軍艦に視線を向けた。
「ああ。あの軍艦にそっくりだ」
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