第558話 迎え


 偵察ドローンによって安全確認が行われている間、我々は軍艦の姿が確認できる場所まで移動して周辺一帯の監視を続けていた。オアシス周辺に集まってきていた変異体はインシの戦士たちによって殲滅し、戦闘を交えていた部隊もすでに神殿に向かっているようだった。


 インシの民が管理している神殿内部で何が起きているのかは、依然として分からない状況だったが、彼らが事態を複雑にすることはないことは分かっていた。と言うのも、混沌の領域からやってきた恐竜じみた化け物との戦闘で、インシの民にもそれなりの被害が出ていることは確認できていたからだ。たとえ人間には理解のできない精神構造を持つ生物だとしても、これ以上の犠牲は望まないだろう。


 安全圏まで後退していたペパーミントたちは、墜落した軍艦の調査を行う我々を支援するための野営地を設営していた。これからどうなるのか分からないが、軍艦の調査を続けるために前哨基地として機能するモノを用意しようと考えているようだった。彼女は輸送機のコンテナで運んできた作業用ドロイドたちに指示を出して、野営地を囲む簡易的な壁を建てさせていた。


 黄色と黒の縞模様が特徴的な作業用ドロイドたちは、太くて短い二本の足を使って指示された場所まで移動すると、蛇腹形状のチューブで保護されたアームを伸ばして、砂漠の砂に特殊な溶剤を混ぜ合わせながら壁を建てていく。

 旧式の作業用ドロイドの姿が珍しいのか、あるいは頭部と一体化した太い胴体を持った機械人形の姿に親近感を抱いたのか、作業用ドロイドの周囲にはジュジュたちがワラワラと集まってきている様子も確認できた。


 いつの間にか二百体ほどの大集団になっていたジュジュたちのなかには、作業用ドロイドの邪魔をしている個体もいれば、作業を手伝おうとしている個体もいて、ジュジュたちが動いている姿は見ていて退屈しないものだった。しかしインシの民のために働いていたジュジュたちが、我々の手伝いをしていても大丈夫なのだろうかと不安になった。


 けれどジュジュたちの言葉が理解できる少女が言うには、ジュジュはインシの民の奴隷ではなく、労働階級に属する生物であり、自分たちの行動を選択できる自由があるという。そもそもジュジュは砂漠で入手することが困難な甘い蜜が欲しいから、インシの民のために働いているという側面もあるので、彼らと敵対しない限り、インシの民もジュジュの行動をとがめるようなことはしないのだろう。


 ペパーミントたちの状況を確認し通信を終えると、軍艦に接近していたドローンから受信する映像を網膜に投射する。遠くからは確認できなかったが、軍艦が墜落した際の衝撃で船体から剥がれ落ちた多重装甲板の破片が広範囲にわたって散らばり、その表面にこびり付いていた肉の塊が燃えている様子をハッキリと確認することができた。


 腐肉や臓器のようにも見える気色悪い物体は、空に突如出現した〈神の門〉から吐き出されたモノと似ていたが、軍艦もあの門を通ってこちら側にやってきていたので、腐肉が船体に付着していても不思議ではないのだろう。もっとも、肉塊そのものが得体の知れないモノだったので、依然として警戒すべき対象であるという状況に変わりはない。


『探し続ける者が一緒だったら、あの攻撃を恐れずに接近することもできたかもしれないが……ままならないものだな』

 闇を見つめる者が使用する翻訳機から、機械的な合成音声ではなく人間が声を発しているときのような自然な音声が聞こえると、となりにやってきていた彼女に視線を向けた。

「探し続ける者か……」と、私は〈女王の魔術師〉を名乗っていたコケアリのことを思いだしながら言う。「彼女がいれば、奇跡のようにも見える魔術が使えたから?」

『そうだ。残念ながら私には備わっていない能力だからな』


 山梨県と静岡県の県境で見た結晶の森が頭によぎる。コケアリたちは結晶の森に存在する水晶柱を砕き、細かい砂粒状にしたモノを砂糖水に混ぜて体内に取り込むことで、魔術のような驚異的な能力を行使することができた。

『戦闘能力に関して言えば、引けを取らないつもりだが』と、闇を見つめる者は言う。『彼女の能力は特別なモノだからな』

「彼女がここにいたら、たとえばどんなことができたんだ?」

 私の純粋な質問に、闇を見つめる者は――アリで言えば中脚に相当する腕を交差させて、腰元で腕を組むようにして考える。ちなみに前脚にあたる二本の腕には、コケアリたちが武器として使用する長い鉄棒がしっかりと握られていた。


『そうだな……』と、闇を見つめる者は私の質問について考えながら答える。『我々の姿を隠すことくらいは出来たのかもしれない』

「あの幻術のような能力で?」

『あれは彼女の得意分野だ。その気になれば、人類の機械にすら影響を与えられる能力だ』

「それは恐ろしい能力だな」と、私は素直に感心する。「彼女がこの場にいないのが残念だ」

『しかし悪いことばかりでもない。ここで起きていることは彼女の能力を介して、我々の女王に全て伝わるようになっているのだからな』

「俺たちの行動は女王に筒抜けになっているのか……まるで千里眼だな」

『いろいろと制約はあるが貴重な能力だ』と、彼女は大顎を鳴らす。


 闇を見つめる者が得意とするのは、身体能力を劇的に向上させ底上げする能力だという。それは兵隊アリを含め、全てのコケアリに備わる能力だった。けれど彼女は他のコケアリよりも、その能力を効果的に使用することができるという。たとえば外骨格の表面に、装甲として機能する板を何層も生成することで、旧文明の兵器すら無力化できる頑丈な鎧を作り出すことができるという。

 そしてそれらの能力のみなもとになるのが、結晶の森で見た水晶柱だった。人類にとって毒になるモノだが、コケアリにとっては大切な資源なのだ。


 偵察ドローンはカグヤの指示に従い軍艦の周囲を飛行したが、敵味方識別信号が効果を発揮してくれたのか、軍艦からの攻撃にさらされるような事態にはならなかった。そのドローンが戻ってくると、私は機体に吊るしていたハンドガンを手に取り、出発する準備を始めた。

『偵察しているときに搭乗員と交信できないか試してみたけど、やっぱりダメだった』とカグヤは言う。『一応、レイのIDも送信してみたけど、なんの反応も得られなかったよ』

「そう言えば、俺も軍人だったんだよな」

『うん。軍の機密情報に指定されている所為せいで、私たちは名前くらいしか確認できないけど、あの軍艦なら味方だって識別してくれると思ったんだ』

「でもダメだった?」

『なんの反応も示してくれなかった』

「沈黙か……」

 原因は分からないが、それは極めて不可解な状況だったように思えた。やはりカグヤの推測通り、艦内で深刻な問題が発生しているのかもしれない。


 砂丘の表面にあらわれる波状の縞模様を見ながら歩いていると、偵察ドローンからカグヤの驚くような声が聞こえた。それはハクの腹部に上手うまく隠れていたつもりのジュジュも驚いて、砂の上に転がり落ちるほどの大きな声だった。

 我々はすぐに立ち止まり、周囲に視線を向けながらカグヤにたずねる。

「どうしたんだ?」

『テキストメッセージを受信した』

「軍艦のクルーからか?」

『うん。人工知能の可能性もあるけど……とりあえず、私たちのことをむかえに来てくれるみたい』


「迎えに?」と、ウェイグァンが肩眉を上げながら言う。「さっきまで俺たちを殺そうとしてた連中ですよ。なんか変じゃないですか?」

『だます、つもり?』

 ハクが疑問を口にして身体を傾けると、ここぞとばかりにジュジュがハクの体毛に掴まって腹部によじ登るのが見えた。

『たしかに怪しいけど……』と、カグヤが言う。『味方の信号を受信したから、態度を変えたとも考えられるんだよね』

「本当にそうだったらいいんですけどね」


 ウェイグァンはまだいぶかしんでいたが、我々はテキストメッセージと一緒に受信していた地点に向かうことにした。どの道、軍艦の搭乗員と接触しなければいけないのだ。

「迎えに来るって話ですけど、やっぱり旧人類が来てくれるんですかね」

 ウェイグァンの質問にカグヤが答える。

『旧人類って搭乗員のこと? それなら来ないんじゃないのかな』

「俺たちを信用してないからですか?」

『と言うより、 混沌の生物が徘徊しているような危険な場所に出向く必要がないからだよ。戦闘用の機械人形もあるしね』


「機械に頼りすぎていて、不安にならないんですかね」と、ウェイグァンは巡回警備するアサルトロイドを見ながら言う。

『大昔の人類と機械の関係性は、今の私たちが考えるよりもずっと複雑で、より身近な存在だったのかも』

「機械人形や人工知能の存在にも違和感を持たないような存在ですか?」

『うん。おそらく文明崩壊以前は、人造人間や人工知能が生活に深く関わっていたから、人工知能と話すことに違和感を覚えることもなければ、機械人形と一緒に生活することが普通だった。だから不安になることもなかった』

「俺たちが銃を持って不死の化け物や変異体と戦うのが日常なのと同じように、旧人類にとって、人間のように振舞ふるまう機械や人工知能は普通だった……なんか不思議ですね」

『それはお互い様だと思う。彼らから見たら、不死の化け物が徘徊する廃墟の街で生きる人間も、充分すぎるほど奇妙な存在に見えるかもしれないからね』

「たしかに」と、青年は苦笑いを見せた。


 指示された場所は軍艦の側面に位置する場所だったが、赤茶色の岩肌を持つ奇岩が密集した地域で、墜落の衝撃で崩れた岩がゴロゴロと転がっていて、歩いて軍艦に近づくのは困難な場所になっていた。

 しばらくすると、砂煙をたてながら接近してくる存在に気がつく。

「カグヤ、あれが迎えか?」

『うん。味方だと示す信号を出してるみたいだけど、警戒はおこたらないでね』

 視線の先を拡大して確認すると、コガネムシのようなずんぐりとした形状の乗り物が見えた。ホバリングする機能を持っているのか、わずかに浮揚ふようしながら滑るように砂漠の上を移動していた。


『ふむ、興味深い』と、闇を見つめる者は言う。

『きょうみぶかい?』ハクが可愛らしい声で質問する。

『あれは人類の乗り物だ。今では滅多に見ることがなくなったが、廃墟の街にも転がっていたよ』

 廃墟の街では、放棄され原形もとどめていない自動車やヴィードルは多く見られたが、彼女の言うように、あの奇妙な乗り物を見たことはなかった。多くの機械人形同様、部品を目的に前世代のスカベンジャーたちによって解体され持ち去られたのかもしれない。


 自動車や複座式のヴィードルほどのサイズだと思い込んでいたが、近づいてきたのは全長七メートルほどの大型の乗り物だった。白鼠色の複合装甲に覆われていて、機体下部には円盤状の機関を備え、そこからは鮮やかなそら色の光が照射されていた。重力場を生成して機体を浮かせ、推進力を生み出している装置なのかもしれない。

 またその機体には、大型ヴィードルの〈ウェンディゴ〉や輸送機のように、機体内部の様子が確認できる窓のようなモノは存在しなかった。無骨な装甲に覆われた異種文明の機械にも見えたが、メンテンナンスハッチだと思われるパネルの周囲には警告表示のたぐいが確認できたので、人類が所有するモノなのだろう。


 奇妙な乗り物は、我々から十メートルほどの距離で静止すると観測用光学機器らしき装置を動かし、ホバリングを続けながら機体後部をこちらに向けた。すると搭乗員用の気密ハッチが上下に開いて、機体に乗り込むための足場になる。

 機体内部は明るく、清潔な空間が保たれていることが分かった。想像通り数世紀も昔のモノであるのなら、状態は極めて良好だったように思える。


『安全なのか確認するから、そこで待ってて』

 カグヤの指示で偵察ドローンが飛んで行く。その動きに反応したのか、ホバリングしていた機体の上部が変形して、複合装甲の一部として搭載されていたドローンが空中に浮かび上がるのが見えた。

 周囲の動きを警戒していたヤトの戦士たちが一斉いっせいにライフルの銃口を向けるが、全長一メートルほどの円盤状のドローンは警戒することなく我々に近づく。


『警戒しなくても大丈夫だよ』

 マーシーの声が内耳に聞こえると、拡張現実で女性が目の前にあらわれる。

『あれは搭乗するさいに警備システムに攻撃されないように、生体情報をメインコンピュータに登録する必要があるんだよ。スキャンはすぐに済むから、大人しく立ってて。それより、キャプテンには別のことを警戒してもらいたい』

「警戒ならしているけど……」と、私は眉を寄せる。「なにか分かったのか?」

『カグヤと情報を共有して、あの軍艦について調べてみたんだけど、いろいろと分かったことがあるんだ。それでね、艦内で発生している異常事態について説明できるかもしれない』

 ドローンにレーザーを照射されているジュジュを見ながら、私は彼女に言った。

「あそこで何が起きているのか、俺たちに教えてくれるか」

『もちろん』と、マーシーは眼鏡の位置を直しながら微笑んだ。

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