第557話 識別信号


 細長く角張った形状の軍艦からは黒煙と炎が立ち昇り、その周囲には死骸にたかるはえのように、修理装置を備えた数百機の自律ユニットが損傷個所の修理を行っている様子が見えた。全長六百メートルを優に超える軍艦の迫力に圧倒されたのか、ヤトの戦士だけでなく、いつもの調子で意気揚々としていたウェイグァンでさえ言葉を失ってしまう。


 一同が呆然と軍艦を見つめているのを横目に見ながら、カラスの頭部をかたどった漆黒のマスクを装着していたアレナ・ヴィスは、軍用規格の単眼鏡を取り出して周辺一帯の様子を確認する。

「危険な生物の姿は視認できません」と、彼は静かで落ち着いた口調で言う。「ですが機械人形の部隊が展開しているのが確認できます」


 視線の先にアレナから受信した映像を拡張現実で表示すると、墜落した軍艦を取り囲むように複数の戦闘部隊が展開している様子がハッキリと確認できた。

 赤色の線で輪郭を縁取られていた重武装の機械人形は、女性特有の美しい曲線を持ち、その独特のフォルムからアサルトロイドだということが分かったが、改良が施された機体にはショルダーキャノン等の武装や装甲が追加されていて、廃墟で見かける機体とは仕様が異なるようだった。


 赤紫色に発光するモノアイを持つ機体には、濡羽色ぬればいろの塗装が施され、肩には白鼠色の特徴的な帯の装飾が確認できた。おそらく所属部隊を識別するためのモノなのだろう。特別仕様のアサルトロイドは墜落した軍艦の周辺警備を行っているのか、すでに数十体の変異体を殺していて、あちこちに恐竜じみた化け物の死骸が転がっているのが見えた。

 上空のカラスと偵察ドローンによって監視を続けると、数分もしないうちに数百体の機械人形が確認できるようになったが、軍艦の大きさを考えると、それ以上の機体が配備されていて、すぐに展開できることが予想できた。


「軍艦に近づく生物は、それがなんであれ、問答無用で攻撃されているみたいですね」

 アレナの言葉にウェイグァンは顔をしかめる。

「俺たちも近づいたらヤバいってことですか?」

『十中八九、攻撃されるだろうね』とカグヤ答える。

「無理に押し通ります?」

『ううん、あれと敵対することはけたい』

「ならどうします?」

『通信をつなげられないか試してるから――』

「人が乗ってるんですか!」と、ウェイグァンは愕然がくぜんとしながら言う。「でもあれって旧文明期の、現在よりもずっと高度な技術で建造された宇宙船ですよね。ってことは、旧文明の人類の子孫が乗っているってことですか?」


『それは分からないけど』と、カグヤは正直に答える。『でも搭乗員がいるなら、低温睡眠していたのか、あるいは時間の流れをコントロールできたのかもしれない。たとえば時間歪曲とか……当時にそれだけの技術が存在していたことは、大樹の森にいる〈ブレイン〉たちから聞いたことがあるから』

「時間……歪曲。なんですか、それ?」とウェイグァンは眉を寄せる。


『ブレインの受け売りだから本当なのか分からないけど』とカグヤは前置きする。『これは宇宙空間を織物として描写する理論に基づいているんだけど、昔の人々は、あらゆる物質とエネルギーに干渉することで引力を生み出し、時間や空間を構成する繊維そのものを歪曲させて、重力の働きによって時間を速くしたり、逆にゆっくり流れるようにすることができたんだ。一般相対性理論によると時間がループする――つまり、回転するっていう発想は、それほどおかしなことじゃないんだ。旧文明の人類が見つけ出した未知のエネルギーを利用することができれば、空間的に遠く離れた場所だけじゃなくて、時間すらも操ることができた』

「もっと分からなくなったんですけど、要するに、あのデッカイ船には大昔の人間が乗っているかもしれないんですね」

『そういうこと』


 カグヤの話を聞きながらハクに視線を向けると、ペパーミントたちと一緒にいるはずのジュジュがハクの腹部に張り付いているのが見えた。隠れていたつもりだったのだろう。ジュジュは驚いて、フサフサしたハクの体毛に身体を隠そうとするが、黒く艶のある鞘翅しょうしが見えたままだった。とりあえずジュジュのことは無視することにした。


「……それで」と私はカグヤにいた。「あの軍艦との通信はつなげられたのか?」

『ううん、全然ダメ。これを見て』

 目の前に拡張現実のディスプレイが浮かびあがる。そこには端正な顔立ちの青年の姿が映し出されていた。背の高いスラリとした体型の青年は、旧文明期以前の映画でしか見ることのない古風な軍服を着用していた。肩からは金糸で編まれたしょくしょが吊るされ、胸元には勲章くんしょう褒章ほうしょうの代わりに使用される略綬りゃくじゅも確認することができた。けれど青年の姿が表示されていた映像は止まっていて動かない。


 闇を見つめる者は、覗き込むようにしてウェイグァンが手にした端末に表示されていた映像を確認する。

『人間を見るのは久しぶりだ』と、彼女はカチカチと大顎を鳴らす。

「人間なら、ここにもいるじゃないですか」

 ウェイグァンの言葉に彼女は首をかしげる。それを見たウェイグァンはバカにされたと思ったのか、ムッとした表情で彼女を睨んだ。けれど闇を見つめる者は子供の癇癪かんしゃくに付き合うつもりがないのか、軍艦に視線を向けて複眼を発光させる。

『だが見たことのない船だ。気をつけてくれ、レイラ。あれは我々の記憶にないモノだ』


 闇を見つめる者の忠告にうなずくと、色素の薄い白練色の肌を持つ美青年の顔を見ながらカグヤにたずねる。

「あの軍艦の搭乗員で間違いないのか?」

『うん。ちなみに私たちに警告した人物でもある』

「なにか問題があるんだな?」

『この映像は、あの軍艦から受信したモノなんだけど、ノイズがひどくて音声はほとんど聞き取れないし、明らかに同じ場面が繰り返し再生されているんだ』

「警告のために記録された映像ってことか?」

『うん。接近してくる相手に対して、人工知能が作り出した映像を繰り返し送信している可能性がある』


「搭乗員との通信はできないのか――」

 そこまで口にしたときだった。こちらに向いていた軍艦の砲塔で光が瞬くのが見えた。次の瞬間、瞼を透かして見えるほどのまばゆい白熱光があたり照らし、我々の後方、四百メートルほど離れた位置にある砂丘が爆散して、数百メートルの高さまで砂塵が巻き上げられるのが見えた。

 ウェイグァンがすさまじい熱波と衝撃波に吹き飛ばされてしまわないように、彼の腕をしっかり掴んで身を低くすると、軍艦の砲塔に注意を向ける。

「カグヤ、あれは俺たちを狙った攻撃なのか」

『警告射撃だね。すぐに後退して!』


「後退って、砂漠に隠れられる場所なんてないですよ!」と、ウェイグァンは狼狽ろうばいする。

『いいから言われた通りにして。あれは防衛圏について警告していたんだ。近づかなければ攻撃してこないはず』

 恐ろしい威力の攻撃を見たあとでは、カグヤの言葉に素直に応じるしかなかった。我々は軍艦の警告射撃によって穿うがたれたクレーターの側を通って軍艦から離れたが、安心することはできなかった。あれがどのような兵器だったのかは見当もつかなかったが、重力子弾ほどの破壊能力があることは一目瞭然だった。


 警告射撃による破壊と爆発を見たからなのか、ペパーミントが心配して連絡をしてきたが、我々は無事だと伝え、絶対に軍艦に近づかないように注意した。

『同盟を結んでいる勢力に対して攻撃するだけでなく、同胞であるレイラにも露骨な敵意を示すか……』と、闇を見つめる者は腕を組みながら言う。『あれは本当に人類の船なのか?』

『それは間違いないよ』とカグヤが言う。『でも艦内で異常事態が発生している可能性がある』

『異常事態、と言うと?』

『人工知能が人間の代りに意思決定をしなければいけないほどの問題だよ』


「こいつは役に立たないみたいですね」ウェイグァンは手にしていたライフルを背中に回すと、遠くに見える軍艦に単眼鏡を向ける。「迷彩を使っても、あれには近づくのは難しいですよね?」

『うん。環境追従型迷彩じゃダメだと思う』と、カグヤが答える。『偵察ドローンの熱光学迷彩なら近づけるかもしれないけど、相手は多種多様なセンサーを持つ軍艦だから、絶対に検知されないとも言い切れない』

「カラスはどうして攻撃されないんですか?」

『無害だから……かな?』と、彼女は曖昧な返事をする。


『ねぇ、レイ』と、通信がつながっていたペパーミントの声が聞こえる。『もしもカグヤの言うように、人工知能が軍艦のシステムを管理していて、防衛圏内に接近してくる生物に対して警告のためのメッセージを送信しているのなら、人工知能に攻撃を中止させるようにすればいいんじゃないのかな』

「中止させる……? ハッキングしてプログラムを書き換えるとか?」

『さすがに軍艦のメインコンピュータに侵入することはできない。でも味方だと示す信号を送信することができたら、攻撃されることなく近づくことができるんじゃないのかな』


「敵味方識別装置みたいなものがあればいいのか。カグヤ、なにか心当たりはあるか?」

『軍のIDコードがあれば、なんとかできるかもしれない』

「どこで手に入れられると思う?」

『そうだな……砂漠地帯に墜落していた戦艦の残骸のことは覚えてる?』

「人擬きに変異した兵士たちに襲われた場所のことだな?」

『うん。強化外骨格を装備した兵士たちが眠っていた戦艦なら、軍のIDコードを入手できるかもしれない』

 砂漠地帯の簡易地図を網膜に投射すると、戦艦の残骸を見つけた場所を確認する。


『待って』と、ペパーミントが言う。『そんなことしなくても、大樹の森にいるマーシーならIDコードを持っているかもしれない』

「どうして彼女が?」

『忘れたの? マーシーが管理している輸送艦は、軍が所有していたものなんだよ』

『……そうか』と、カグヤが何かを思いついたように言う。『彼女が使っていた軍のコードとID番号が使えれば、単純なプログラムで動作する人工知能を騙すことができるかも』


 さっそくマーシーと連絡を取ると、事情を説明して軍に関係するIDを持っていないか確認することにした。

 我々の目の前に拡張現実で表示されたマーシーは、水槽の中で泳いでいる粘液状生物の姿ではなく、白い軍服に身を包んだ若い女性の姿であらわれた。その軍服は警告メッセージの動画に映っていた青年のモノと雰囲気が似ていた。

 ちなみに彼女は、大樹の森で暮らす人々に〈母なる貝〉と呼ばれている輸送艦の責任者で、大樹の森で生きる人々の生活を見守りながら、森の奥に存在する混沌の領域を監視するという任務を今も続けていた。


 色鮮やかな赤毛を持つ女性は眼鏡の位置を直すと、可愛らしい笑顔を見せながら得意げに言った。

『とうとう私の助けが必要になったみたいだね、キャプテン』

「そうでもないよ」と、私は思わず苦笑いしながら言う。「マーシーの支援があるから、今も大樹の森で混沌の領域の監視が続けられるんだ」

『そうかな……まぁいいや。それで、キャプテンは軍のIDが必要なんだよね』

「そうだ。あの軍艦は今までのように力業に頼るやり方が通用しないんだ」

『さすがのキャプテンも今回はお手上げの状態ってわけだね。少し待ってくれる? すごく古い情報だから役に立つのか分からないけど、軍のID番号が記録された〈メモリー・クリスタル〉が何処かにあるはずだから』

「助かるよ」


 マーシーからの返事を待っている間、見慣れない昆虫型の変異体が軍艦に接近するのが見えたが、軍艦の人工知能は我々に見せたのと異なる対応を取った。警告射撃を行うのではなく、機械人形の部隊を派遣して脅威を排除したのだ。

「やっぱり人間が指示を出しているんじゃないのか?」

『どうだろう』と、カグヤは言う。『本能のおもむくままに行動する変異体と違って、私たちは警告メッセージを受信できたし、軍艦にとって大きな脅威になり得る兵器を所有していた』

「重力子弾のことだな」

『そう。だから違う対応をしたんだと思うし、それくらいのことなら、人間の判断を仰ぐ必要もない』


 しばらくすると、マーシーから軍のIDコードが送られてきた。カグヤはペパーミントと協力しながら、軍のIDを解析して、我々が所持している端末から味方だと示す信号を送信できるようにしてくれた。

「これで準備は整ったみたいですね」と、ウェイグァンは端末を手にしながら言う。「なら暗くなる前に、ちゃちゃっと宇宙船内部の探索をすませましょう」


「いや、まずは我々だけで軍艦の側に向かい、本当に安全なのか確認してきます」

 アレナの落ち着いた声に反応したのはカグヤだった。

『そうだね。識別信号がうまく機能してくれるか分からない状態で近づいて、全滅するような危険を冒すことはできない。でもアレナたちが行く必要はないよ。武器を持たせた偵察ドローンを向かわせる。光学迷彩を使用しない状態で近づくから、すぐに軍艦のセンサーに検知されると思う』


「たしかに」

 私はうなずくと、ハクの糸を使ってハンドガンをドローンの装甲に吊るした。少々不格好ぶかっこうだが、攻撃の標的にされてしまった場合でも、すぐに装甲を切り離すことができるのでハンドガンを失わずに済むだろう。

『それじゃ、行ってくるよ』

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