第556話 警告
白茶色の砂漠に突如として出現した壮麗な遺跡は、混沌の領域による浸食を受けて崩壊した神殿で間違いなかったが、どことなく異なる雰囲気を
たとえば日の光を浴びる藍鉄色の外壁には、それまで見られなかった複雑な幾何学模様が見え、
突然のことに呆然とあたりを見まわしたが、
するとこうべを垂れ跪いていた戦士たちもいっせいに立ち上がり、亜人のあとに続いてぞろぞろと神殿内に移動する。行列をつくって神殿の入り口に向かう戦士たちの洗練された無駄のない動きは、仮面の亜人がつくりだす雰囲気と
行列の最後尾には黒紅色の外骨格を持つ大柄の戦士たちが続き、我々はインシの民が乗ってきた数匹のドクトカゲと共に神殿の外に置いていかれてしまう。
「これで終わりなの?」と、ペパーミントが拍子抜けしながら言う。
「ドラゥ・キリャンモに何を期待していたの?」
少女の言葉に彼女は眉を寄せる。
「わからないけど……事態を収めたことに感謝するとか、もっと何かあるのかと思ってた」
「あれに何かを期待するだけ無駄だよ。人間に限りなく近い精神構造を持っている〝フリ〟をしているけれど、そもそもドラゥ・キリャンモと人間は根本的に異なる種族なんだよ」
「なら私たちと普通に会話ができるヒメは、インシの民のなかでも特別な存在なの?」
理由は分からなかったが、少女はペパーミントの顔にちらりと視線を向けあと、すぐに目をそらして質問を無視した。
インシの戦士たちが神殿内に入ると、石棺にも似た祭壇は蜃気楼のように曖昧な存在に変化して、徐々に砂漠の景色に溶け込みながら消えてしまい、気配すらも感じ取れなくなってしまう。
「さて」と、少女は神殿から視線を外しながら言う。「湖の底に潜んでいたモノにも対処したかったけれど、これじゃ手の施しようがない」
少女が見つめる先には、地割れによって生じた深い縦穴に向かって大量の水が滝のように流れ落ちるのが確認できた。侵食によって周辺一帯の地形が変化した
「湖に潜んでいたモノの正体も気になるけど、とりあえず俺とハクはアレナたちの掩護をしてくるよ」と、私はライフルの残弾を確認しながら言う。「ペパーミントはヒメを連れて安全な場所まで移動してくれ」
輸送機を操縦しているトゥエルブと連絡を取ったあと、イレブンに二人の護衛を頼み、少女をラガルゲの背に乗せる。
『ところで』と、カグヤが少女に訊ねる。『夜の狩人も何処かに消えちゃったみたいだけど、あれが襲ってくる心配はしなくてもいいの?』
「ノドの獣なら大丈夫。不幸な行き違いがあったみたいだけど、あれが私たちを攻撃してくることはない」
『行き違い……? どうして大丈夫だって分かるの?』
「私たちが敵じゃないって教えてあげたから」
少女はそれだけ言うと、日の光を浴びてキラキラと光を反射している砂漠に視線を向けた。すると
「砂に流されたコンテナボックスを回収してきてくれたって」
ジュジュたちの言葉を通訳してくれた少女に感謝したあと、ジュジュたちにも丁寧に感謝の言葉を口にした。
「ジュージュ、ジッジ! ジッジ!!」
ジュジュたちは
「どこに行っちゃったの?」
ペパーミントが困惑しながら訊ねると、少女は肩をすくめる。
「感謝されたのが嬉しかったのかも」
どうやらジュジュたちは、我々にまた感謝してもらうために、砂漠のあちこちに散らばってしまった物資を回収しようとしているみたいだった。
「戦闘が長引いているから物資を回収してきてくれるのは嬉しいけど……まだ危険な化け物が徘徊しているから、ジュジュたちに戻ってきてくれるように伝えてくれる?」
「そうだね」
少女はラガルゲの背中をポンポンと叩くと、ハクと一緒になって砂山を掘り進めようとしていたジュジュたちのもとに向かう。
親切な昆虫種族が回収してきたコンテナボックスから、旧文明の鋼材を含んだ予備弾倉を手に取ると、ハガネに取り込んで万全の状態で戦闘できるように準備を行う。オアシス周辺の化け物を掃討したあと、神の門から出現した軍艦の調査もしなければいけない。混沌の侵食が止まったからといって、ここで準備を怠るようなことはできない。
「カグヤ、アレナたちの状況を教えてくれるか」
『敵の数は多いけど、インシの戦士たちが戦闘に加わってからは、サソリ型の変異体にも危なげなく対処することができてるみたい。でも愚連隊はすぐに支援を必要としてる』
たしかに戦闘慣れしたヤトの戦士たちと異なり、ヴィードルを破壊された愚連隊が生身で化け物の相手をするのは厳しいだろう。
急いで装備を整えると、ハクを連れて愚連隊のもとに向かうことにする。が、その前にペパーミントにジュジュたちの面倒も見てくれるように頼んだ。どこか能天気で、ほんわかとしていて危機感を持たないジュジュたちを放っておいたら、化け物に皆殺しにされかねないからだ。
「ジュジュの言葉が理解できるヒメも一緒だし、私たちのことは心配しないで」ペパーミントは砂に埋まっていた作業用ドロイドを運んできたジュジュに感謝したあと、私に視線を向ける。「レイも気をつけてね」
「ああ」
地下に流れ込んだ大量の砂で形作られた砂丘の頂上に向かうと、破壊された多脚車両の陰に身を隠しながら応戦していた青年の姿が見えた。すぐにライフルのストックを肩にあてトリガーを絞る。小気味いい金属音と共に銃弾が発射され、青年に襲いかかろうとしていた化け物の身体に無数の銃弾が食い込む。致命傷を負った生物は脚をもつれさせながら転がり倒れると、二度と起き上がることはなかった。
そのまま銃身を動かすと、こちらに向かって駆けていた小集団に自動追尾弾を撃ち込んでいく。攻撃を受けた化け物の脚が止まると、砂丘の向こうからあらわれたウェイグァンの派手なヴィードルが集団に突撃し、次々と化け物を
「ハク、ウェイグァンたちの掩護を任せてもいいか?」
『まかせて』ハクは得意げに言うと、輝く球体を複数出現させる。
愚連隊に襲いかかっていた群れをハクが蹴散らしているのを横目に見ながら、破壊されたヴィードルを取り囲んでいた化け物を掃討して、車内に隠れていた負傷者を救出していった。トゥエルブがやってくると、負傷者を輸送機に乗せ、ペパーミントたちが避難していた安全な場所まで搬送してもらう。
それからハクたちと合流すると、反重力弾を使って敵の数を一気に減らしていく。化け物の殲滅が確認できると、ウェイグァンがコクピットから身を乗り出しながら声を張り上げる。
「兄貴! 次はどうします!」
「アレナの部隊と合流して敵を叩く」
数台の戦闘車両が近づいてくると、ウェイグァンの派手なヴィードルに飛びつき、ハガネの脚を装甲に引っ掛けて身体を支える。
「しっかり掴まっててくださいよ」
ウェイグァンはそう言うと、キャノピーを閉じて高速で移動を開始する。
アレナの部隊に襲いかかろうとしていた変異体の背後から接近すると、サソリにも似た化け物に向かって飛び、そのまま四本の脚を突き刺しながら着地する。
『いいか、おまえら!』と、ウェイグァンが声を張り上げながら仲間に指示を出す。『ここで化け物を一気に殲滅する! 一体も逃がすなよ!』
愚連隊が変異体の群れに突進するのを見届けたあと、私もすぐに攻撃に参加して化け物の数を減らしていった。けれど敵の数は想定していたよりも多く、すぐに状況を打開することは難しいように思われた。というのも、周辺一帯には神の門から吐き出された得体の知れない臓物や肉片が転がり、オアシスの周囲には腐臭に引き寄せられた多くの変異体が集まってきていたのだ。
それでも闇を見つめる者が指揮していた兵隊アリたちと合流すると、我々は一気に反撃に転じて変異体を徹底的に殺していった。
ある程度の余裕ができると、敵の殲滅をインシの戦士たちに任せ、我々は負傷者の救助を行う。輸送機を使って安全な場所まで搬送できるので、それほど時間をかけることなく仲間たちを避難させることができた。
戦闘が続くなか、インシの戦士たちが化け物の死骸を何処かに運んでいく姿を見ることがあった。それらの死骸は彼らの食料として集められていたのか、それとも新たな肉体として確保していたのかは分からないが、死骸を運ぶ昆虫種族の姿には、どこか言い知れぬ恐怖と不安をかきたてるものがあった。
変異体の殲滅が確認できると、我々は無数の死骸が横たわる戦地を離れ、安全地帯まで後退していたペパーミントたちと合流する。
「兄貴、これからあのデガブツを調べに行くんですか?」と、ウェイグァンはジュジュたちが回収していたコンテナボックスから弾薬を補充しながら言う。「それとも、部隊を立て直すため
「できればそうしたいけど、さすがにあれを無視してここから離れるわけにはいかない」
「俺たちの脅威になるような〝なにか〟がいると、そう考えているんですか?」
「それがなにかは分からないけど……」と、私はずっと遠くに見えている軍艦に視線を向けた。「あれは軍艦だからな、武装した人間はいるかもしれない」
「軍人ですね……」と、ウェイグァンは難しい顔をして腕を組む。その際、彼の特徴的な白い戦闘服から金属が
『私も同行しよう』と、闇を見つめる者の芯の通った声が翻訳機から聞こえる。『人類と同盟を結んでいる我々が近くにいれば、問答無用で攻撃されるような事態にはならないだろう』
彼女に感謝すると、兵隊アリとジュジュたちの姿を興味深そうにジロジロと眺めていたウェイグァンと愚連隊について相談することにした。混沌の領域からやってきた化け物との戦闘で部隊は消耗し、負傷者も出ていたので、彼らには残ってもらうおうと考えていた。
「なら、あいつらにはここで姉さんたちの護衛をさせますよ」
姉さんと呼ばれたペパーミントは困ったような表情を見せたが、私は彼の考えに同意した。悪くない考えだ。戦力になるイレブンを連れていくこともできるだろう。
「リーファが部隊を指揮してくれ」とウェイグァンは言う。「俺は兄貴についていく」
ヴィードルやコンテナボックスを使って簡易的な戦闘陣地を築くと、我々は墜落した軍艦に向かって移動を開始する。輸送機を使わず歩いて行くことに決めたのは、軍艦を刺激して余計な問題を増やさないためだったが、歩き始めるとすぐに後悔することになった。
巨大な軍艦はすぐ目の前に見えているのに、一向に辿り着けなかった。まるで
ハクが移動に飽きるころ、先行していたアレナの部隊と合流することができた。そこで不思議な声が内耳に聞こえるようになった。
『こちらは■■■■。■■■■が当艦の防衛圏に接近するのを確認した。ただちに■■と■■を明かさなければ、■■■■で攻撃を■■■。これは――最初の警告で■■』
「カグヤ、今の聞こえたか?」
『うん。ノイズがひどいけど、なんとか聞き取ることができた。あの軍艦からの通信で間違いないよ』
「人間の声に聞こえたけど……」
『たしかに合成音声には聞こえなかったね』
「つまり、あの軍艦には生きている人間が乗っているってことだな」
私はそう言うと、黒煙が立ち昇る軍艦に視線を向けた。
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