第554話 祝福
トゥエルブが操縦する輸送機は低空旋回しながら、恐慌状態に
輸送機が金属の雨を降らせている間、私はアレナが指揮していたヤトの部隊と、ウェイグァンが率いる
「大丈夫だよ」と、少女は手に持っていた遺物の状態を確認しながら言う。「神の門は完全に閉ざされた。もう異界から化け物がやってくることはない」
「神の門……」
そう
「混沌の侵食によって改変された地域も、
神の門の消失したさいに化け物の群れも消えてくれたら良かったのだけれど、自分たちの都合のいいように物事は運ばない。私は少女の言葉にうなずくと、砂煙の向こうから駆けてくる化け物に貫通弾を撃ち込んで頭部を吹き飛ばす。
それから周囲に素早く視線を走らせて、我々が置かれている状況を再度確認する。
「トゥエルブとイレブンは、このままペパーミントと協力して祭壇付近の安全を確保してくれ」
接近する化け物に高出力のレーザーを撃ち込んでいたイレブンがビープ音を鳴らして反応すると、ペパーミントは心配そうな表情を見せる。
「レイはどうするの?」
「化け物の群れに包囲されているアレナたちの支援に向かう」
ベルトポーチからライフルの予備弾倉を取り出すと、左手の義手で握り込むようにして鋼材をハガネに取り込み、ショルダーキャノンを使用可能な状態にする。
「それなら、これも持っていって」
ペパーミントからショルダーバッグを受け取ると、ライフルの弾薬を自動追尾弾に切り替えて、祭壇の周囲に集まってきていた化け物の群れにフルオートで銃弾をあびせていく。それを見ていたジュジュたちは歓声を上げるように
「ハク、すぐに動けるか?」
『もんだい、ない』
ハクは
カグヤが操作する偵察ドローンを使って闇を見つめる者の姿を探す。彼女は兵隊アリを率いて化け物の群れと交戦中だった。
「カグヤ、あの獣は――夜の狩人はどこにいる?」
『ずっと探してるけど、神の門が出現したときの混乱に乗じて姿を隠したみたい』
「そうか……」ちらりと化け物の群れに視線を向ける。「カグヤはそのまま獣の捜索を続けてくれるか」
『了解。カラスと協力して探すよ。見つけたらすぐに連絡する』
輸送機のコンテナに避難していたカラスが空に飛び立つのを確認したあと、拡張現実で表示される上空からの俯瞰映像を消さず視界の隅に移動させる。それからハガネの脚を背中に形成し、ハクと共に砂丘を駆け上がり化け物の群れに突撃する。
咆哮しながら飛びかかってくる化け物の身体を損傷させ切断しながら進む。相変わらずハガネの脚は己の身体の一部のように自由自在に動き、気持ちがいいほど化け物の肉体を傷つけ、生命を形作っていたモノをただの肉片に変えていく。
銃火器を使用せずに自分自身の手足だけで恐ろしい化け物の相手ができるという感覚は、ある種の高揚感を伴って感情を刺激する。けれど、それはあくまでもハガネの力によって実現できることなのだと自分に言い聞かせる。敵を
奇岩が集中する区画に破壊されたヴィードルの残骸を並べて、簡易的な戦闘陣地を構築して化け物の群れと交戦していたアレナの部隊と合流すると、ショルダーバッグから残り少なくなった予備弾倉を取り出し、戦士たちに手渡していく。やはり数人の負傷者がいたが、戦士たちの戦意は失われていなかった。弾薬を補充すると、陣地に侵入しようとしていた化け物の群れを容赦なく攻撃していく。
戦士たちの先頭に立って戦うのはアレナだった。ヤトの一族のなかでも彼は小柄だったが、その身体能力は人間を
アレナは後方に飛び退いて化け物の牙を
ヤトの部隊が攻勢に出たことを確認すると、奇岩の間に粘着質の糸を張り巡らせて、その糸に絡めとられた化け物を手当たり次第に殺していたハクと合流して愚連隊の掩護に向かう。ハクは恐竜じみた化け物の行動を先読みするような動きをみせ、恐るべき生物を簡単に始末し、捕食者としての格の違いを見せつけていた。
時折、砂漠に墜落していた戦艦から爆発音が聞こえた。その爆発音が接近する化け物の足音を掻き消してしまったのかもしれない。愚連隊に所属する青年は、ヴィードルを破壊されながらもライフルを手に取り戦闘を続けていたが、その背後からゆっくり化け物が接近するのが見えた。
掩護が間に合わない。そう思った次の瞬間、ドクトカゲのラガルゲが大きな口を開きながら勢いよく跳んできて、そのまま化け物に咬みつき首を食い千切ってみせた。巨体に見合わない
ラガルゲが戦闘に加わると我々は一気に攻勢に出て、愚連隊を包囲していた化け物の群れを掃討する。ハクは化け物を凍りつかせる光線を
空気をつんざくような甲高い音を響かせながら怪光線が放たれる。そのたびに化け物は氷漬けにされ、砂漠で本来見ることのできない奇妙な光景をつくりだしていく。我々は砂漠に立つ氷のオブジェに銃弾を撃ち込み粉々に破壊していった。
砂漠に化け物の死骸が積み上がるころ、それは名状しがたい恐怖と共に姿をみせた。背中に悪寒が走り無意識にゾクリと震える。我々の前にあらわれたのは、夜の狩人と呼ばれる
獣は巨大なコウモリにも、二足歩行するオオカミにも見える異形の生物でありながら、そのどちらとも微妙に異なる姿をした醜悪な生物だった。あるいは、人間にどことなく似た生き物なのかもしれない。だからこそ我々はその生物の姿に嫌悪感を抱くのかもしれない。
獣は低く唸って見せると、巨大な鉤爪のある翼を広げた。獣の身体を包み込むほど巨大な翼が風を
鈍い打撃音を伴う破裂音が聞こえたかと思うと、獣の頭部は破裂し、その巨体は凄まじい勢いで吹き飛び、砂丘に叩きつけられる。砂煙が巻き上げられ、雪崩のように砂が崩れていく。
しかしそれで殺せるような生き物ではなかった。破裂音と共に黒い影が砂煙の向こうから飛び出すのが見えたかと思うと、それは闇を見つめる者に衝突し、彼女を遠くに吹き飛ばした。
すぐに獣にライフルの照準を合わせると、フルオートで射撃を行いながら、ショルダーキャノンから金属の網を撃ち込んでいく。しかし獣は大きな
ハクが放つ光線も避けられてしまう。しかしその甲高い音を嫌がるようにして、黒い煙に姿を変えていた獣は実体化する。我々はその隙を突いて一斉射撃を行った。
そしてハクが放った光線が直撃する。獣は身を
恐ろしい速度で砂漠を駆けるラガルゲの背に飛び乗ると、獣の墜落地点に向かう。獣に近づくと咆哮が聞こえてくる。そこには計り知れない苦痛と怒りが込められているように感じられた。
光線によって切断された上半身と下半身は、損傷した瞬間から修復が始まっていたのか、すでに切断面はつながっていた。しかしその身体は半ば凍りつき、筆舌に尽くしがたい痛みを与えているようだった。獣は苦痛の声を上げ、もだえ苦しんでいた。
私はラガルゲから降りると周囲に警戒しながら、ハクがやってくるまで動かずに待った。その間も獣の苦しみの声は続いた。
『レイ、どうするつもりなの?』と、カグヤの声が聞こえる。
上空のカラスから受信する映像を確認しながら答える。
「ヤトの毒を使う」
ハクが到着すると手首の刺青からヤトを実体化させ、砂の上でヘビのようにのたうち、もがいている獣に近づく。獣は見知らぬ言語を口にするが、それが本当に言葉なのかも分からなかった。
ハクが糸を吐き出して獣の動きを止めると、私は上下する獣の胸部に刀を突き刺した。心臓を破壊するつもりで深く突き刺したが、そもそも獣の心臓がどこにあるのかなんて知らなかったし、それで獣を殺せるのかも分からなかった。しかし刀身をつたって獣の力が流れ込んでくると、ヤトの毒が通用して獣を殺すことができると確信した。
刀を抜いて手首に戻す。それは数秒にも満たない動きだったが、その一連の動きの間にも獣の身体には変化が起きていた。
まず獣は体液を吐き出した。胃液や血液、それに得体の知れない液体を吐き出した。それは口や鼻、目や耳からも流れ出て、ついには身体中の毛穴からも流れ出て毛皮を濡らした。その間も獣は痛みから逃れようとして必死に暴れていた。
すると地面に接触していた箇所から、毛皮がズルリと剥がれ落ちる。それは瞬時に修復されるように見えたが、次の瞬間には新しい皮膚が剥がれ落ちていく。まるで細胞の増殖が抑えられ壊死するように、獣は生きたまま腐っていった。
獣の壮絶な最期を見届けていると、殺気と呼ぶのに相応しい気配と恐怖を感じて身が
振り向くと数十メートル先に裸の女性が立っているのが見えた。彼女の左手には獣の頭部が握られ垂れ下がっている。おそらく重力子弾で破壊できなかった獣の頭部なのだろう。彼女は骨ばった貧相な身体を動かして我々に近づく。ハクはその女性に脅えているのか、真っ赤に発光する眼を明滅させる。
死体のような青白い肌を持つ女性の額には、逆さに描かれた十字架にも見える模様が彫られていて、閉じられた両瞼からは血液が流れている。
『レイ、あれを見て』
カグヤの声に合わせて、女性が運んでいた獣の頭部が拡大表示された。その頭部はゆっくりと骨格を変形させながら毛が抜けていき、やがて人間の頭部に変化した。その男性には見覚えがあった。神殿の地下で獣に変身した男性の頭部だ。であるなら、我々に近づいてくる女性も人間の形体に変化した夜の狩人なのかもしれない。
そこに闇を見つめる者がやってきて、女性の前に立ちはだかる。獣の攻撃を鉄棒で受け流したのだろう、彼女が手にしていた鉄棒は奇妙な角度に歪んでいる。
闇を見つめる者の姿を認めると、女性は立ち止まり、奇妙な言葉を口にした。その言葉に反応して、頭部だけになった男性も口をパクパクと動かす。
「そこまで」
ふと少女のやわらかな声が聞こえると、夜の狩人のすぐ目の前に少女が姿を見せる。
「祝福されし〈ノドの獣〉よ。神の門は閉ざされ、もはやこの地にお前たちの敵はいない」
女性は瞼を閉じたまま、少女に顔を向けて言葉を口にする。
少女はその言葉が理解できるのか、小さくうなずいてみせた。
「そうだ。
女性はじっと少女に顔を向けていたが、やがて黒い煙になって我々の目の前から消えていった。
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