第553話 神の門


 ヘビの威嚇音にも似た奇妙な鳴き声が聞こえたかと思うと、白亜紀の獰猛どうもうな肉食恐竜〈ヴェロキラプトル〉にも似た多脚の変異体が間近に迫ってきているのが見えた。血に飢えた化け物の毒々しい色彩の羽毛は所々禿げていて、獲物の血液にヌラヌラと濡れている。

 前傾姿勢で駆ける化け物は胴体よりも長い尾でバランスをとりながら、二本の強靭な脚で砂を蹴り、おそろしい速度で迫ってくる。


恐竜じみた化け物の前脚の先には、骨が変形し大きく突き出した鉤爪状の刃があり、その鋭利な刃は私の喉元に向かって振り抜かれる。仰け反るようにして咄嗟とっさに刃を避けると、背中に形成したハガネの脚を使って、人間の胴体ほどの太さがある化け物の首を切り落とす。


 ハガネが脚先に形成した刃はゾッとするほど鋭利で、少しの抵抗も感じることなく化け物の身体を易々と切断することができた。が、気を抜くことはできない。いっせいに襲いかかってくる化け物に銃弾を撃ち込みながら、ひねるように身体を回転させ、接近してくる化け物を次々と両断していく。


 タクティカルスーツは化け物の返り血で濡れ、あたりには血液と内臓が飛び散り、ヌメヌメした臓物ぞうもつを踏み潰しながら戦うことになった。足を滑らせ体勢を崩すと、途端に化け物に組みつかれ、肩に牙が食い込み腰に鉤爪が突き刺さる。しかしハガネはすぐに攻撃に反応し、ハリネズミを思わせる無数の突起物を装甲に形成し、化け物の身体を串刺しにしていく。


 身体にまとわりつく死骸を引き剥がし、眼前に迫る化け物に対処していると、突然、周辺一帯の砂が鳴くような奇妙な音が聞こえたかと思うと、地面が激しく揺れ、数十メートルほどの高さがある砂丘さきゅうの一部が崩壊し、まるで雪崩のように大量の砂が押し寄せてくるのが見えた。その砂の中には、恐竜じみた化け物と交戦していたコケアリやインシの民の姿も確認できた。


 すぐに身を屈めると、背中から伸びる四本の脚を使って一気に空中に飛び上がる。タイミングを合わせたかのようにトゥエルブが操縦する輸送機がやってくると、兵員輸送用のコンテナに脚を突き刺して空中にとどまる。


 砂に呑み込まれていく化け物の群れから視線を外し、夜の狩人と交戦していたハクの気配を探す。するとウェイグァンの派手なヴィードルとハクが協力して、獣を追い詰めている様子が確認できた。ハクの攻撃で身体を切り裂かれた獣は大量の血液を失い、血に濡れた毛皮から覗く多数の裂傷は日の光に焼かれ蒸気が出ている。


 しかしそれでも、傷ついた獣の戦意が失われることはなかった。すかさず獣の脚部に照準を合わせると、ショルダーキャノンから数発の貫通弾を立て続けに撃ち込んだ。油断していた獣の脚が破裂するように潰され、獣が為す術もなく地面に倒れ伏したのを確認すると、容赦なく重力子弾を撃ち込んだ。


 一瞬の間も置かず、獣の巨体は頭部を残して消失し、光弾の直撃で発生した衝撃波によって頭部は吹き飛んでいった。光弾が貫通した穴の周囲は膨大なエネルギーによって生じた爆風が吹き荒れ、熔解ようかいし赤熱するいくせんの砂の塊が空高く飛び上がり、爆発の衝撃で巻き上げられた砂塵があたりを包み込んでいく。


 と、騒がしい警告音が内耳に鳴り響くと、コウモリのように飛膜を大きく広げた夜の狩人が真直ぐ飛んでくるのが見えた。闇を見つめる者と交戦していた個体だろう。その獣は仲間が消し飛ぶのを見て、優先的に排除するべき標的として私を選んだのだ。

 トゥエルブは機体を旋回させながらバルカン砲の銃身を獣に向けると、数百発の銃弾を撃ち込んでいく。しかし夜の狩人はその姿を存在が不確かな煙に変え、銃弾を無効化しながら猛進してくる。


 獣の攻撃を避けるため、機体に突き刺していた脚を外し、落下しながら金属製の網を撃ち込んでいく。が、獣はひらりと網を避け猛烈な勢いで接近し、身体の一部を実体化させながら攻撃してきた。そこにハクが吐き出した糸が飛んできて獣の身体に絡みつく。粘着性の糸で飛膜を動かすことができなくなった獣は、突進してきた勢いのまま落下して砂丘に衝突する。

 獣の落下地点を視界に入れながら、ハガネの脚を使い落下の衝撃を逃がし無傷で着地すると、砂煙の中にいる獣に向かって重力子弾を撃ち込む。


 獣が恐ろしい咆哮と共に衝撃波を放つと、砂煙は放射状に拡散し消滅してしまう。その衝撃波で獣の身体に絡みついていた糸もズタズタに引き裂かれる。自由に動けるようになった獣は、紙一重のところで光弾を避けて空中に飛び上がると、続けて放たれた光弾を避けながら突っ込んでくる。

 大きく開かれた瞳孔は、夜闇に浮かび上がる肉食獣の眸のように爛々らんらんと輝き、邪悪な殺気を放ちながら私を射竦いすくめている。


 獣の太い腕から繰り出される執拗な攻撃をハガネの脚で受け流していると、闇を見つめる者が目にもとまらない速さで一気に距離を詰め、獣の側頭部に鉄棒を叩きつける。

 その瞬間、獣の頭部は陥没し、圧迫された瞳は破裂し、口や鼻から大量の血液が噴き出す。しかし獣は太い脚で衝撃を受け止め、その場にとどまると、頭部を修復しながら闇を見つめる者に衝撃波を叩き込む。


 その衝撃はすさまじく、轟音が聞こえたかと思うと闇を見つめる者は数十メートルほど離れた砂丘まで吹き飛ばされてしまう。私は獣の懐に飛び込んで腰を落とすと、獣が一瞬だけ見せた隙を突いてヤトの刀を出現させ、居合の要領で獣を斬りつけようとした。が、獣も私の隙を窺っていたのだろう。刀を避けた獣はニヤリと口を歪める。次の瞬間、激しい痛みを伴う衝撃波を叩きつけられてしまう。


 不可視の衝撃波を至近距離で受けた私は後方にね飛ばされ、身体のあちこちを地面に叩きつけながら転がる。ハガネの装甲はある程度の衝撃を受け止めてくれるが、それでも内臓を損傷したのか、鼻と口から大量の血液を吐き出すことになった。その血液でマスクが汚れ視界が真っ赤になる。すぐに血液はハガネに取り込まれ、おかげで自分自身の血で溺れずにすんだ。


 あえぐようにしてなんとか上半身を起こすと、顔面にすさまじい蹴りを受けて視界がグルグル回る。パチンとスイッチを切るように、何度か意識の消失と覚醒を繰り返しながら、糸が切れた人形のように力なく地面を転がる。

 しかし思考は驚くほど冴えていて、死ぬことを恐れていなかった。それがヤトの能力を行使することで得られる全能感の影響なのかは分からなかったが、しかしそれでも正面から死と向き合わなければいけない状況にあることは疑いようのない事実だった。


 ハガネが形成した四本の脚を地面に突き刺し衝撃の勢いを殺すと、獣の追撃に備え、全身の痛みを我慢しながら立ち上がる。が、化け物は戦闘に復帰した闇を見つめる者とハクの猛攻にさらされていて、私に構っている余裕なんてなかった。

 息を整えながらヤトの刀が手首の刺青に戻っていることを確認したとき、警告音と共にカグヤの驚きの声が聞こえる。


 視線の先に拡張現実で表示された映像には、トゥエルブの自爆によって肉塊になっていた獣の姿が映し出されていた。しかしその獣は四肢の修復を終えていて、あたりに散らばる化け物の死骸を貪りながら、恐ろしい速度で自己修復を行っていた。


 すぐに重力子弾を撃ち込んで獣を殺そうとするが、あと少しのところで光弾は避けられてしまう。仲間が攻撃されるのを見ていて、重力子弾が脅威になると学んだのかもしれない。

 しかし獣は身体の修復を優先させるつもりなのか、真っ黒な煙に姿を変えながら、戦場から離脱していく。夜の狩人を逃がす訳にはいかなかった。すぐに金属製の網を撃ち込んで獣を捕らえようとするが、獣は恐竜じみた化け物の群れに紛れ、その姿を完全に隠してしまう。


 獣を狙って撃ち込まれた鋭利なワイヤによって、不運な化け物の身体が次々と切断され、大量の肉片と血液が飛び散ると、血のにおいに引き寄せられるようにして別の群れが姿をあらわす。

 砂漠のあちこちから姿を見せた化け物の群れは、津波のように押し寄せ、インシの戦士と兵隊アリを虐殺すると、別の群れと交戦していたアレナの部隊を次の標的にする。すぐに対処しなければ大変なことになるだろう。


 甲高い金属音を鳴らしながら貫通弾を撃ち込むが、群れの勢いは止まらない。弾薬を反重力弾に切り替えたときだった。

 化け物の群れを素早く殲滅せんめつしたい、という私の思考電位を拾い上げたハガネは、瞬く間にマスクの形状を変化させる。それと同時に視線の先には現在の状況で使用可能な兵器の一覧が表示され、その中から〈輝けるものたちの瞳〉が選択された。


 するとマスクの額に出現していた第三の眼が縦にパックリと割れ、横にゆっくり開いていくのを感じた。その瞳からは真っ白な氷霧が漏れ出し、周囲の空気を一変させていく。

 攻撃目標を意識すると、私の意思に関係なく第三の眼が化け物の群れの中に潜んでいる夜の狩人に向けられる。次の瞬間、耳をつんざく甲高い発射音と共に細長い閃光が撃ち出される


 その閃光が獣を捉えたのかは分からなかった。しかし閃光を横に薙ぎ払うように頭部が動くと、光線は砂丘を駆け下りていた化け物の群れに直撃し、その身体を横一文字に切り裂いていった。

 得体の知れない怪光線を受けた獣の大群は、綺麗に身体を切断されるがはらわたや血液が飛び出ることはなかった。群れは砂丘の一部と共に完全に凍りついて、氷のオブジェに変わる。氷漬けになった化け物は、やがて滑るように砂丘を転がり落ち、粉々に砕け散っていった。


 化け物の大群は処理できたが、ハガネに蓄えられていたエネルギーの大部分が――タクティカルスーツを維持するだけの力を残して消費されてしまった。そのため、ショルダーキャノンと、ハクの脚にも似たハガネの脚は使えなくなってしまう。ハンドガンがあれば重力子弾は使えるが、夜の狩人を仕留めるためにも残弾数には注意しなければいけない。


 砂漠の至る所から聞こえる戦闘音に混じって、ペパーミントの悲鳴が聞こえる。ほぼ無意識に祭壇に向かって駆け出す。

 祭壇の側では化け物に包囲されながらも、ペパーミントと少女を守りながら戦っているイレブンの姿が見えた。ペパーミントもガヤガヤと騒ぐジュジュたちをかばいながら応戦していたが、多勢に無勢、特別に改良されたラプトルでも化け物の大群は相手にできない。


 反重力弾を撃ち込もうとして立ち止まったときだった。祭壇から極彩色の光がほとばしるのが見えた。それは空に向かって光の柱を形成したが、濁流だくりゅうにも似た光の放出が収まると、光は祭壇の側に立つ少女に向かって徐々に集束していく。

 すると少女の頭上、数百メートルの高さに巨大な穴が出現する。一目見て正体が分かった。それは空間の歪みが生み出す多次元につながる神の門だった。


 今までにない巨大な門の先には暗黒の世界が広がっている。そこには漆黒の空間が広がっているだけだったが、地鳴りのような恐ろしい音が鳴り響いた。その恐ろしい音に反応して、周辺一帯のすべての生物が動きを止め、巨大な門を見上げた。

 耳が痛くなるような静寂のあと、ダムの放流のように、奇妙でグロテスクな生物の残骸が血液と共に噴き出す。


 まるで暴風雨の真只中に立っているようだった。

 臓物と血液の雨が降り、砂漠は地獄を思わせる風景に変わっていく。しかし神の門が吐き出したのは生物の死骸だけではなかった。金属の軋み音が空に響き渡ったかと思うと、全高百メートルほどの宇宙戦艦が吐き出されるようにして門を越えて、こちら側の世界に姿を見せる。

 全長六百メートルを優に越える戦艦は我々の頭上を通り過ぎ、そのまま砂丘に衝突すると船首で地面を大きくえぐり、艦のあちこちで大小の爆発を起こしながら砂漠に墜落する。


 突如として出現した戦艦に唖然としていると、瞳を閉じるように、神の門がゆっくり閉じていくのが確認できた。すでに血液と臓物の雨は止んでいたが、化け物の群れは恐慌状態におちいっていて、互いを攻撃し共食いを行う様子があちこちで見られた。


 何が起きているのか分からなかったが、とにかくペパーミントと少女の側に向かう。その道中、真っ白な体毛を血液で赤黒く染めたハクと合流すると、戦場の上空を旋回していたトゥエルブと連絡を取った。


 少女が祭壇をつかって起こした現象の正体は分からなかったが、これ以上、彼女たちを祭壇の側にとどまらせることはできない。ペパーミントと一緒に輸送機で避難してもらうつもりだった。


 しかし私の心配をよそに、祭壇の側に立っていた少女は笑顔で私を迎えた。

「終わったよ。混沌の侵食は止まった」

 そう言った少女の手には、骨を削り出してつくられた長剣が握られていた。ラピスラズリで装飾された美しい柄には見覚えがあった。おそらくそのつるぎが、神殿の祭壇にまつられていたインシの民の遺物なのだろう。



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