第552話 タクティカルスーツ


 神殿内で発生した異常な揺れは遺跡全体に広がり、遺跡のみならず地下空間の天井に使用されていた正六角形の構造物も次々に崩落し、地上から大量の土砂が流れ込んでくるようになっていた。

 激しい揺れが続くなか、まるで地殻そのものが上昇するように、神殿は雲ひとつない晴れ晴れとした地上に向かって徐々に浮上していた。それと同時に、暗黒に支配されていた地下空間に日の光が差し込み、我々が迷い込んでいた空間がいかに広大だったのか理解できるようになった。


 周囲に立ち並ぶ石柱の数は数百を優に超え、異形の生物をかたどった石像も確認できた。それらは気色悪い肉塊に覆われ、生体兵器が潜んでいた巣穴もハッキリと視認できるようになった。しかしグロテスクな生物を吐き出していた巣穴は、崩壊する神殿の構造物と共に落下して、圧し潰されるようにして地中に埋まっていく。


 少女が起こした奇跡のような現象で祭壇の近くに空間転移していなければ、我々は今も広大な地下世界を彷徨さまよっていたのかもしれない。

 激しい揺れの所為せいで立っていられなくなったペパーミントの身体を支えると、その場にしゃがみ込んで周囲の様子を確認する。

「カグヤ、地上部隊との通信に影響は?」

『問題ないよ。データベースを使用した通信は今も維持されてる』カグヤが遠隔操作するドローンがやってくると、カメラアイをチカチカ発光させる。『部隊には遺跡で発生している異常な現象に巻き込まれないように、すぐに後退するように指示を出しておいた』


 カグヤの言葉にうなずいて、ふと夜の狩人に視線を向けた。倒壊した石柱の側にトゥエルブの自爆によって、身体の大部分を失っていた獣が横たわっているのが見えた。傷ついた獣は今も損傷個所の自己修復を続けていたが、それは極めてゆっくりとした速度だった。


 その獣とは対照的に、闇を見つめる者の攻撃で徹底的に身体を破壊されていた獣と、反重力弾を受けて満身創痍になっていた獣は、地下に流れ込む砂と共に落下してきていた恐竜じみた生物の死骸をむさぼり、それを己の血肉に変えながら恐るべき速度で身体の修復を行っていた。

 これまでも通常の手段では殺せない化け物と対峙してきたが、この異常な獣も我々の常識の外側に存在している生物なのかもしれない。


「レイ、このままだと予備に持ってきたシールド生成装置も底を突く」

 ペパーミントの声に反応して顔をあげると、巨大な構造物が我々の頭上に落下し、半球状に展開されていたシールドの膜に覆いかぶさっていく様子が確認できた。シールド生成装置が発生させている力場が消失してしまったら、我々は瓦礫がれきの下に生き埋めにされてしまうだろう。


 急いで瓦礫に対処しなければいけない。そう思ってハクに声をかけようとしたときだった。天井にポッカリと開いた穴から、神殿の尖塔せんとうが折れ、バラバラになりながら崩れ落ちていくのが見えた。塔の崩壊によって砂が巻き上げられ、一時的に視界が奪われてしまう。

 視界が開けて周囲の様子が確認できるようになると、近くの野営地で待機していたジュジュたちが、滝のように流れる砂に巻き込まれ、次々と地下に落ちてくるのが見えた。


 フサフサの体毛に包まれたぬいぐるみのような昆虫種族は、砂の中からワラワラと出てくると、ガヤガヤと口吻こうふんを鳴らしながら我々のもとにやってくる。そして周囲に落下していた瓦礫の状態に気がつくと、群れで協力しながら巨大な構造物を退かしていった。

 直立する甲虫のような姿をしたジュジュたちは、人間の子供ほどの体高しかなかったが、異界からやってきた異種族なだけあって、その驚異的な身体能力はあなどれなかった。


 あっという間に瓦礫を退かしてくれたジュジュたちに感謝すると「ジュ、ジュージュ、ジュ!」と口吻を鳴らし、奇妙な踊りを披露してくれた。得意げにクルクルと踊っている昆虫種族の群れはどこか滑稽こっけいで、それでいて可愛らしくもあったが、ゆっくり見ていることはできなかった。

 揺れは激しさを増していき、干からびた大量の死骸が砂の中から姿をあらわした。インシの民や亜人だと思われる人型の死骸に雑じって、得体の知れない奇妙な死骸も地中からあらわれた。その中には巨人としか表現できないような生物の骨も雑ざっていた。


「ジュッジュ!」

 言葉とも鳴き声ともつかない音を発しながら、滑り台で遊ぶ子供のようにさらに多くのジュジュが地下に流れ落ちてくるのが見えた。ひとつの大きな群れになったジュジュは、ワイワイと我々の周囲に集まってくると――甲殻に覆われた細くて小さなゆびで、あちこちしながら崩壊していく神殿について忙しなく言葉を交わした。そこでジュジュたちがどんな会話をしているのかは分からなかったが、恐怖を感じている様子はなかった。


 獣との死闘を生き延びたコケアリたちが、闇を見つめる者と共に上方から降ってくる瓦礫に注意しながらやってくるころには、二体の恐ろしい獣も身体の修復を終えていた。

 崩落した天井から差し込む無数の光芒こうぼうによって、はじめて獣のおぞましい姿をハッキリと確認することができた。しかし夜の狩人と呼ばれた獣は光を嫌い、肉塊と化した仲間の身体に鉤爪を突き刺すと、乱暴に引きって瓦礫の陰に身を隠した。

 奇妙な現象が確認できたのは、地面に残された赤黒い血溜まりが日の光に照らされたときだった。獣の血液は沸騰するようにブクブクと泡立ち、蒸発するようにして完全に消失してしまった。言葉そのまま、いっさいの痕跡も残さずに消えたのだ。


「今の見たか、カグヤ」

『うん。あの獣は日の光が弱点なのかな?』

「……ためしてみるか」

 揺れが収まったのを確認すると、ジュジュたちに祭壇の側まで移動してもらう。言葉を理解してくれるのか不安だったが、小さな昆虫種族はすぐに移動してくれた。


 安全が確保できると、獣が潜んでいた瓦礫にショルダーキャノンの照準を合わせ、数発の貫通弾を撃ち込んで破壊した。獣の全身が日の光にさらされることになったが、漆黒の毛皮に覆われた獣に変化は見られなかった。

「ダメだったか」

『でも負傷していた獣には効果があったみたい』

 視線の先が拡大表示されると、内臓やら骨が露出していた獣の身体が焼けただれるようにして傷ついていくのが確認できた。しかしそれはほんの一瞬のことだった。近くにいた獣は、負傷していた仲間を日陰に隠すと、怒りをあらわにして猛然もうぜんと駆けてきた。


「せっかく大人しくしていたのに、なんで怒らせるようなことをするの!」

 ペパーミントの言うことはもっともだ。肩をすくめると、すさまじい速度で近づいてくる獣に銃口を向ける。フルオートで銃弾を撃ち込むが、厚い皮膚に弾丸が食い込んだ瞬間から自己修復が始まり、移動の妨害をすることもできなかった。

 あと数メートルほどの距離まで接近していた獣は、上方から一斉射撃に遭って動きを止めることになった。視線を動かすと、ウェイグァンが指揮する戦闘車両部隊が獣に対して重機関銃による攻撃を行っているのが見えた。


『兄貴、今度の敵は狼男ですか?』

 金色の派手なヴィードルで登場したウェイグァンは獣に攻撃を続けていたが、重機関銃の弾丸は想定していたよりも効果がなく、獣はじりじりとヴィードルに接近していた。そこに無数のロケット弾が撃ち込まれると、さすがの獣も衝撃で吹き飛ばされる。けれど仕留めきれず、獣は損傷した毛皮を瞬時に再生させながらヴィードルに突進する。


 ウェイグァンを掩護しようとして銃口を向けたときだった。騒がしい警告音と共に視線の先が真っ赤になる。もう一体の獣がすさまじい速度で接近してきていたのだ。仰け反るようにして紙一重のところで鋭い鉤爪を避けたが、獣の標的はペパーミントに変わる。

 黒い影から獣の腕が実体化して、鉤爪が彼女に届く寸前、ほぼ無意識にハガネの鎧を変形させ、背中からハクの脚にも似た金属製の脚を生やした。その脚を使って、抱き寄せるようにしてペパーミントを側に引き寄せると、脚先に形成していた刃を使って獣の腕を切りつけた。

 その一連の動きはハガネの〝意思〟によって行われたことなのかもしれない。いずれにせよ、攻撃を受けた獣は煙を思わせる黒い影に変わると、数メートル先まで移動して実体化した。しかしそこで闇を見つめる者の攻撃を受けて、ね飛ばされるようにして吹き飛んでいった。


「大丈夫か、ペパーミント?」

 彼女は液体金属が瞬時に造りだした脚にペタペタと触れ、困惑した表情を見せる。

「ねぇ、これもハガネの能力なの?」

「そうらしい」

 ペパーミントを祭壇の近くまで連れていくと、イレブンに彼女の護衛を任せることにした。裂けて使い物にならなくなったバックパックをペパーミントに預けると、ガヤガヤと騒ぐジュジュたちに取り囲まれてしまう。


 すると私の意に反して、背中から生えていた脚が威嚇するように大きく広がり、ゾッとするほど鋭い刃は光を反射した。それを見たジュジュたちは驚いて道をあけてくれた。無垢な昆虫種族を怖がらせるようなことをしてしまったが、すぐにウェイグァンの支援に行かなければいけない。


 ハガネを操作して身体能力を劇的に向上させる強化外骨格を形成する。装甲は薄くなるが、特殊な合金をつかった強度と柔軟性に優れた骨格は、人間離れした激しい動きに耐え、同時に衝撃と過重を受け止める力場を展開することができる。


 全身を保護するハガネのタクティカルスーツは、ヒーロースーツのように肌に密着したタイツのようなモノではなく、特殊な金属繊維が編み込まれた戦闘服に、人間工学に基づく装甲が幾層にも重なりあうような外見になっていて、戦うためだけに設計された威圧的なデザインになっていた。


 ハガネによって瞬時に形成されたタクティカルスーツは、黒を基準に赤色が使用され、深淵の娘を思わせる色が使われていた。ハガネは不死の子供たちと深淵の娘で編成された特殊部隊に支給される予定だったので、その色合いが使われていることも偶然じゃないのだろう。


 背中から伸びた数本の脚を動かしてみるが、それは自分自身の手足を動かすように違和感なく操作することができた。まるで最初から身体に備わっていた器官のように、不自由なく動かせる脚はどこか不気味だった。

 怪物と戦う者は、自分が怪物にならぬように気をつけたほうがいい、と誰かが書いていたのを思い出した。たしかに怪物にならなければ殺せない相手もいるみたいだ。


 スーツの状態を確認したあと、ふと少女に視線を向ける。彼女は今も祭壇に向かって祈るように言葉をつむいでいた。彼女が何をするにせよ、時間を稼ぐ必要がある。

「ハク、準備はいいか?」

 となりにやってきた白蜘蛛に声をかける。ハクは地面をベシベシと叩いて、それから八つの眼を赤く染めていく。

『ん。ハク、たたかう』

「よし。まずはウェイグァンの部隊を助ける」


 地下に流れ込んだ土砂で形成された砂山を駆け上がって一気に地上に向かう。スーツによって強化された身体能力に慣れず、最初は思うように走ることができなかった。しかしそれも一時的なことで、すぐに力の制御を覚える。重要なことは足腰の使い方だ。しっかり踏ん張って反動を地面で受け流す。力がどのように作用するのか理解できれば、力を制御することも難しくはない。


 地上では恐竜じみた獣の群れが何処からともなく出現し、アレナの部隊と兵隊アリたちに襲いかかっていた。砂漠に巣くう化け物は、遺跡で発生している混乱に乗じてオアシスに押し寄せてきているようだった。あちこちから騒がしい銃声と戦闘音が聞こえていて、戦闘が激しさを増していることが分かった。


 後退するヴィードルを追いかけ攻撃していた獣の背中が見えてくると、正確な射撃を行い獣の注意を引く。獣はヴィードルを蹴飛ばすと、コウモリにも似た翼をつかって空中高く飛び上がった。急降下してコクピットを保護している装甲を破壊するつもりなのだろう。

 飛膜に貫通弾を撃ち込んで翼を破壊すると、飛行能力を失った獣が落下するのが見えた。ハクは獣が黒い影に変身して逃げないように、糸を吐き出して捕らえようとするが、あと少しのところで獣は翼を修復し、糸を避けながら空高くに逃げてしまう。


 しかし獣が逃げ込んだ空には、トゥエルブが操作する輸送機が待ち構えていた。姿を見ないと思っていたが、どうやら戦う意思は失くしていなかったみたいだ。バルカン砲による攻撃が始まると、獣は黒い影に姿を変え地上に戻ってくる。

 すぐに弾薬を重力子弾に切り替えて攻撃を行おうとしたが、そのタイミングに合わせたかのように、恐竜じみた獣の群れが襲いかかってくる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 いつもお読みいただきありがとうございます。

【3月25日】に【不死の子供たち③ ─混沌─ 】の発売が決定しました。

 web版とは異なるストーリー展開や設定、そして新たな味方が複数登場します。

 詳細については近況ノートに書いています。よかったら読んでみてください。

 今後とも応援よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る