第541話 掃討
恐竜に似た恐ろしい怪物は大量の血液を流し、痛みと憎悪に身体を震わせている。その憎しみの矛先が我々に向けられていることは、もはや疑いようもない事実だった。対照的に黒紅色の外骨格を持つ戦士長は、ゆっくりとした動きでオオトカゲから下乗すると、枯れ枝にしか見えない奇妙な兵器を手にする。
そんな悠長なことをしている間に、恐ろしい怪物は突進してきて戦士長を勢いよく吹き飛ばした。撥ね飛ばされるようにして砂漠を転がっていく戦士長は、しかしあれほどの衝撃を受けたにも拘わらず無傷だったのか、何事もなかったかのように立ち上がる。
そこにオアシスのヌシが迫る。しかし恐竜じみた怪物の攻撃は戦士長に届かない。横手から現れたオオトカゲが恐るべき力でヌシに衝突する。衝撃で互いにあとずさり、そして咆哮と打撃音を周囲に響かせながら怪物同士の激しい戦いが始まる。そこにハクが跳び込み、鋭い鉤爪でヌシの脚を切り裂く。怪物は痛みに低く唸り、身をよじる。傷口からは大量の血液が噴き出すが、怪物の勢いは止まらない。
インシの戦士たちも集まってくると、枯れ枝から赤紫色の光線を発射してヌシを攻撃する。が、強力な破壊光線でどれほど傷つけられてもヌシは倒れない。爆撃によって瀕死状態だった先ほどの個体とはまるで動きが違うのだ。
ヌシが力強い脚でインシの民を踏み潰し、外骨格を引き裂いていくのを見ながら接近すると、続けざまに貫通弾を撃ち込んでいく。さすがに至近距離から撃ち込まれる貫通弾には耐えられないのか、怪物は痛みに動きを止める。
するとインシの民が怪物に組みつこうとして次々に飛び掛かる。が、ヌシは凄まじい速度で尻尾を振り、空中に跳び上がっていたインシの民に尾を叩きつける。その瞬間、外骨格が砕ける音と、おびただしい量の体液が飛び散る音が聞こえる。
ヌシの動きを止めようとして、ハクは粘り気のある糸を吐き出していく。が、糸に雁字搦めにされても、怪物は恐ろしい力で糸を裂いて襲い掛かってくる。私はすぐに弾薬を切り替えると、旧文明の鋼材を含んだワイヤネットを撃ち込んでいく。金属製の細い網は怪物の脚に絡みつき、その動きを一時的に拘束することに成功する。
そこにオオトカゲが現れ、怪物の首筋に咬みつく。ヌシは咆哮しながら大量の血液を口から吐き出す。ハクはヌシが振り上げた尻尾を切断しようとするが、逆に攻撃を受けて吹き飛ばされる。けれど空中でくるりと回転するようにして体勢を立て直すと、怪物の頭部に猛毒を含んだ糸の塊を吐き出していく。
傷だらけのヌシは尚も暴れ、オオトカゲを吹き飛ばすと、接近してきていたインシの民を次から次に殺していった。インシの民は数で圧倒していたが、オアシスのヌシは我々が考えていたよりも強力で、ずっと手強い生物だった。
そこに黒紅色の外骨格を持つ戦士長が近づいてくる。そしてヌシが容赦なく繰り出す咬みつきと鉤爪の一撃をかろうじて躱しながら、ヌシの懐に入る。すると不思議なことが起きる。
戦士長が手にしていた枯れ枝の表層を覆っていたタールのような物質がズルズルと動いて、枯れ枝のような頼りない形状の兵器を鋭い杭に変形させた。戦士長はそれをヌシの横腹に深く突き刺した。怪物は怒りと苦痛に咆哮した。
戦士長はそのままヌシの背に飛びつくと、周囲の戦士たちから受け取った枯れ枝を杭に変形させながら次々と怪物の背に突き刺していった。怪物は怒りに吠え、激しく暴れるが、戦士長は振り落とされることなく攻撃を続ける。
そして、凄まじい力を振り絞ってヌシの喉元に杭を深く突き刺した。苦痛にあえぐヌシが動きを止めると、戦士長は怪物の背から飛び降りた。その隙を私は見逃さなかった。
発射された重力子弾は青白い閃光の残像だけを残してヌシの頭部を消滅させた。熾烈なエネルギーによって生じた熱と旋風は周囲の環境を破壊していった。それが何処であれ、凄まじい力で引き裂き、そして焼き尽くしていった。胴体だけになったヌシの身体は、大量の血液を噴き出しながら砂漠にドスンと倒れた。それらの体液は砂に吸収されて瞬く間に乾いていった。
「カグヤ」と、私は周囲に視線を走らせながら言う。「周辺索敵を頼む」
『了解』
偵察ドローンが音もなく飛んで行くと、ラガルゲに乗った少女がやってくる。
「終わったみたいだね」
「まだ油断はできないけどな」
敵意を向ける生物が近くにいないか確認しながら返事をした。
「我らがいるから、べつに心配する必要はないんだけどね」
「あの怪物に戦士の半数が殺されたみたいだけど?」
私の言葉に少女は肩をすくめる。
「それは問題にならない。我らがここにいるんだから」
『あっちも無事に終わりそうだ』と、近くに待機していた闇を見つめる者が大顎を鳴らしながら言う。
彼女の複眼は、サソリ型変異体と交戦状態になっていた部隊に向けられていた。仲間の兵隊アリたちと連絡を取り合っているのか、彼女の触角は小刻みに動いていた。
「そう言えば、さっきは助かったよ」
『気にするな』と、彼女は手に持った黒色の鈍い輝きを帯びた棒を撫でる。『それより、すぐに遺跡の調査に向かうのか?』
「いや。まずは周辺の安全を確保する」
『オアシスを占拠している化け物を掃討するのか?』
「ああ。退路すら確保できていない状態で、危険が潜む遺跡に飛び込むのは無謀過ぎる」
彼女はコクリとうなずいて、それから言った。
『それもそうだな。私も協力しよう』
カグヤが操作する偵察ドローンが戻ってくると、取得した情報を頼りにオアシスのあちこちにいる獣を駆除していく。コヨーテにも似た獣は動きが素早く、厄介な相手だったが、生き残っていたインシの戦士が協力してくれたので、それほど時間を掛けずに処理することができた。
地中に潜んでいたサソリ型変異体とも何度か遭遇したが、砂漠での戦闘を終えた愚連隊、それにヤトの戦士たちと合流することができたので、苦労することなく倒すことができた。
背の高い茂みのなかを歩いていると、少女は私に向かって腕を伸ばす。
「手を貸して」
私はラガルゲに声を掛けたあと、少女を一度抱きかかえてから地面におろした。
「ありがとう」彼女は大人びた笑みを見せると、トコトコ歩いてサソリの死骸に近づく。「この死骸は綺麗だからまだ使える」
少女はそう言うと、頭部を撃ち抜かれたサソリの側にしゃがみ込んだ。そして何処からともなく取り出したミミズのような生物を指でつまんで、サソリの頭部に開いた傷口にポトリと落とす。
「何をしているんだ?」
「戦士の補充が必要になると思って」
少女はニヤリと笑みを浮かべて、それから訳知り顔を見せる。
奇妙なミミズがサソリの傷口に侵入してから数秒もしないうちに、変異体は激しく痙攣して、そしてゆっくり身体を起こす。が、敵意を示す赤紫色の靄をまとっていなかった。そもそも生きているのかも分からなかった。
「そいつはサソリのゾンビみたいなものなのか?」
「ゾンビ?」と、少女は馬鹿にしたような笑みを見せる。
「そんなことより、ほかにも使えそうな死骸が近くにあるかも」少女はそう言うと私に向かって腕を伸ばす。私は溜息をついて、それから少女を抱きあげようとするが、彼女の身体の中で蠢いている何かの気配を感じて躊躇う。
「なにしてるの?」と、彼女は私を睨む。
「なんでもない」
「……へんなの」
私に抱き上げられた少女は不思議そうに私の顔を見つめていたが、やがて別のサソリを指差した。
「次はあの死骸だよ」
数十体のサソリを引き連れながら仲間たちのもとに戻ると、紅蓮に残してきたペパーミントから連絡が来る。浄水装置に関連した作業を終えていた彼女は、我々と合流するためオアシスに向かってきているようだった。
『カグヤから状況を聞いているけど、厄介なことになっているみたいね』
「……そうだな」と、私は少女の横顔をちらりと見ながら答えた。「そっちは大丈夫だったか?」
『浄水装置に関して心配する必要はもうないわ。少なくとも数十年は』
「そうか……それで、故障の原因が分かったのか?」
『やっぱり水に問題があったみたい』と、彼女は別のことを考えているような口調で言った。
「水?」
『ええ。詳しいことはオアシスについたら話すよ』
「了解。ところで、輸送機のコンテナに予備のブーツは積んでなかったか?」
『何処かにあるかもしれないけど……その子の足に合うブーツがあるのかは分からないわよ』
「彼女を胸に抱いたまま調査はできないから、トゥエルブに探してくれるように頼んでくれないか?」
『胸に抱くって、正気なの?』と、彼女は急に不機嫌そうに言った。
返す言葉がなかったので、私は黙り込むことにした。
オアシスを占拠していた獣を殲滅して、アレナとウェイグァンに部隊の状況を確認していると、ペパーミントが操縦する輸送機がオアシスに到着する。コンテナから次々と降りてきた作業用ドロイドが、さっそく前哨基地の設営に着手すると、私はペパーミントに会いに行くことにした。
彼女の側には護衛としてつけていたトゥエルブとイレブンの姿があった。
「ありがとう、トゥエルブ」そう言って新品のタクティカルブーツを受け取ると、ラガルゲの背に乗せていた少女にブーツを穿かせた。少女は世話をされることに慣れているのか、年相応に幼さを残す足を伸ばして終始協力的だった。
「ずいぶんと子供の扱いに慣れているのね」と、フード付きツナギ姿のペパーミントが目を細めながら言う。
「そうでもないさ」
「綺麗なお人形さんね」と、少女はペパーミントにちらっと視線を向ける。
「人形?」
ペパーミントに睨まれると、少女は悪戯っぽい笑みを見せる。
「べつに悪気はないの。砂漠では『大いなる種族』の人形を見かけないから、少し驚いただけ」そう言って少女は地面に足をつけると、ブーツの履き心地を確かめるようにトントンと爪先で砂を叩いた。
「悪くないわね」と、彼女は笑みを見せる。「我らは先に遺跡を調べてくるよ。準備ができたら教えてちょうだい。迎えに来る」
少女がいなくなると、作業用ドロイドが用意してくれた天幕に移動する。アレナの部隊がオアシスの警備を口実にしてインシの民の監視に向かうと、ウェイグァンがリーファを連れてやってくる。
「姉さん、ごくろうさまです」彼はペパーミントに対して軽く頭を下げると、私の側にやってくる。「兄貴、俺たちもアレナさんと一緒に行動してもいいですか?」
「ああ。でも――」
「わかってます。砂漠の民には気を許しませんよ。とくにあの少女には」
ウェイグァンが出て行くと、ペパーミントは顔をしかめた。
「いつからレイはウェイグァンの兄貴分になったの?」
「さぁ」と、私は肩をすくめる。「けど、さん付けで呼ばれるより、ずっと仲良くなれた気がするよ」
「やれやれ」と彼女はワザとらしく溜息をついてみせた。それからイレブンに案内されながら天幕にやってきた闇を見つめる者と挨拶を交わした。
『ペパーミントのことは、草々の囀りから話を聞いていたよ』と、彼女は大顎を鳴らす。『とても頼りになる人物だとか』
ペパーミントは嬉しかったのか、頬と耳を赤くする。彼女の意外な一面が見れたと感心していると、カグヤの偵察ドローンがやってくる。
「カグヤ、ハクとラガルゲは?」
『ハクがフワフワした糸で寝床をつくってからは、そこに入って一緒に休んでる』
「そうか……さっきの戦闘で消耗したのかもしれないな」
『うん。輝けるものたちの瞳の所為だね。あの能力はとても強力だけど、注意して使わなくちゃいけない』
カグヤの言葉にうなずいたあと、ペパーミントに訊ねた。
「それで、浄水装置が故障した原因は特定できたのか?」
「やっぱり紅蓮の地下にある水源が問題になっているみたい」
「汲み上げる水に不純物が混ざっていた……とか?」
「ええ。原因に心当たりがあるでしょ?」
ペパーミントの長い睫毛と、綺麗な青い瞳を見つめながら思考する。
「ここでも繋がるのか……」と、しばらくして私は溜息をつく。
「ここでも?」ペパーミントは首をかしげる。
「砂漠に墜落した旧文明期の構造物だよ」
「もしかして、遺跡に起きている異変もあれが墜落したことが関係しているの?」
「インシの民はそう考えているみたいだ」
「そう……」
『その構造物について、詳しいことを話してもらえないだろうか?』
闇を見つめる者の言葉にうなずくと、我々は旧文明の浄水装置で起きた異変について話すことにした。
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