第540話 ヌシ


 昆虫型ドローンとカグヤが操作する偵察ドローンから得た情報を参照しながら、単眼鏡のナイトビジョンを使って数百メートル先にあるオアシスの状況を確認する。皮膚病を患ったコヨーテにも似た醜い獣には、攻撃の標的タグが貼り付けられていて、敵の数はざっと見ただけでも三百を超えている。オアシス全体を見たら、その数は数倍に膨れ上がるかもしれない。


 獣の群れはまだ我々の存在には気がついていない。紅蓮と交易を行っている隊商を襲っていたのか、人間の死骸を奪い合って争っている獣の姿も多く確認することができた。しかしオアシスを支配していると思われる恐竜じみた怪物の姿は、今も確認することができていない。

 確かに獣の群れは厄介だが、我々の脅威になるのはあの巨大な怪物だ。それに、オアシスで我々を攻撃したサソリ型の変異体がいないことも気になる。


『こっちも準備ができた』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『いつでも爆撃が可能だよ』

「……了解」と、白い息を吐きながら答える。

 砂丘の頂上で腹ばいになっていた私はゆっくり身体を起こすと、後方で待機していた部隊の様子を確認する。周辺索敵を行っていたヤトの部隊とも既に合流していて、愚連隊はいつでも動けるように近くで待機している。コケアリとインシの民の戦闘部隊は離れた位置で待機していて、互いの動向を探るような気配を見せていたが、殺し合いに発展するような事態には陥っていなかった。


 オアシスの周囲を徘徊している獣の群れに見つからないように、私は静かに移動して部隊のもとに戻る。

「我らはいつでも動けるけど」と、ラガルゲに乗った少女が言う。「攻撃はいつ始めるの?」

「もうすぐ開始するよ。それより、本当に爆撃しても大丈夫なんだな」

「うん。遺跡につながる入り口付近は避けて欲しいけど、それ以外の場所なら攻撃しても構わない」

「爆撃の衝撃で遺跡の天井が崩落するような事態にはならないのか?」

「説明するのは難しいけど、そこまで心配しなくても大丈夫」と彼女は笑みを見せる。「あの遺跡は確かにオアシスの地下に存在しているけど、地上とは切り離された空間に存在しているから」


 少女の言葉を聞きながら、偵察ドローンが撮影した映像で遺跡に侵入するために使用した縦穴付近の様子を確認するが、そこだけ不自然なほど生物の姿が見当たらなかった。地下遺跡が関係しているのかもしれない。


「地上から切り離された空間……」私はつぶやくと、簡単な調査をするために地下に向かったときのことを思い出した。そこは墳墓のような場所で、混沌の領域にも似た広大で異常な空間だった。

「それに」と少女は続ける。「私たちだけであの獣の群れに対処するのは骨が折れる。有効的な攻撃手段があるのなら、それで一気に殲滅したほうがいいでしょ?」

『ソレが大丈夫だというのなら、遠慮なく攻撃すればいい』

 闇を見つめる者が大顎を鳴らすと、少女は彼女のことをキッと睨んだ。


「どうでもいいけど、我らに近づかないで」

 闇を見つめる者が所持していた翻訳装置が少女の言葉を通訳すると、彼女は笑うように大顎を鳴らした。

『落ち着け、貴様らと争う気はない』

「貴様じゃない、我らはヒメだ!」

 闇を見つめる者は肩をすくめると、仲間のもとに向かって歩き出した。

『レイラ、攻撃を始めるときは合図をくれ』

「わかった」


 ハクに声を掛けると、一緒に砂丘の頂上に向かう。すると何故か少女も我々のあとを追ってやってくる。

「ヒメは戦士たちと一緒にいなくてもいいのか?」

「我らは何をするべきなのか、しっかり分かってる」と、少女は不貞腐れたような表情で言う。「だから一緒に行動する必要はないの」

 彼女の言葉にうなずくと、単眼鏡を使って敵の状況を確認する。


「ハク、これから爆撃を行うけど、獣を効率よく処理するために、オアシスのあちこちにいる獣を一箇所に誘き寄せる必要があるんだ」

『うん』

「獣は俺たちを喰い殺すために、凄まじい勢いで駆けてくる。そこでハクには獣の動きを妨害するため、あの奇跡を使って敵を攻撃して欲しいんだ」

『うん。できるよ』

 ハクが元気な声で返事をすると、身体の周囲に青白い光球が浮かび上がる。

「それはなに?」

 少女が驚きに目を見開くと、ハクは得意げに答えた。

『ひっさつわざ』


 自慢するように、身体の周囲に浮かべた光球を自在に操るハクを横目に、ヤトの部隊を指揮するアレナと、愚連隊を率いていたウェイグァンに通信をつなげて、攻撃のタイミングを伝える。

「カグヤ、爆撃機はどうなっている?」

『もう上空まで来てるよ。攻撃予定時刻を表示するよ』

 暗い空にちらりと視線を向けたあと、視界の端に表示される数字を確認する。

「時間に余裕がないな……」

 胸に吊るしていたライフルを構えると弾薬を擲弾に切り替えて、引き金を引いていく。小気味いい音を立てて発射される擲弾が次々と炸裂すると、オアシスの周囲に集まっていた獣の群れが音に反応してこちらにやってくるのが見えた。


『ハク、オアシスに大きな被害を出さないために、ギリギリまで獣の群れを引き付ける必要があるんだ』と、偵察ドローンからカグヤの声が聞こえる。『敵が集まってきたら合図するから、そのときは遠慮せずに敵を攻撃してね』

『ん』とハクは答えて、こちらに向かってくる群れにじっと視線を向ける。

 少女も先ほどから黙り込んでいて、私とハクがやることを見守っている。

 あらかじめ作戦が伝えられていたアレナとウェイグァンの部隊が動いて、猛然と駆けてくる獣の群れに射撃を始める。我々からの一方的な攻撃が始まると、獣の数は更に増えていった。


『ハク!』

 六本の脚で駆けてくる獣の群れが地響きを立てながら接近してくる。そこに耳をつんざく甲高い音が響き渡り、右から左に薙ぎ払うように青白い閃光が通り過ぎていく。その青白い閃光に触れた獣の身体は切断され、そして凄まじい速度で凍りついていった。

 そうしてハクの周囲に浮かんでいた発光する球体から放たれた無数の閃光は、数百体の獣をあっという間に凍らせ、そして殺し尽くしていく。その光景には少女も驚いているのか、真剣な面持ちでハクの姿を見つめていた。

 しばらくして青白い閃光は消えるが、甲高い音は耳のなかで残響していた。


 けれど恐れを知らない哀れな獣は、凍り付いた仲間の死骸を踏み越えるようにして、こちらに向かって駆けてくる。

『レイ、時間だよ』カグヤの言葉は、しかし凄まじい爆音に掻き消された。

 目もくらむような閃光が辺りを照らし出し、砂丘がぐらぐらと揺れ、足元の砂が流れていく。爆心地から衝撃波が広がり、熱波は周囲の獣を焼き尽くし、砂や小石が弾丸のように四方八方に飛んで行く。けたたましい炸裂音が周囲に轟き、我々の上空を通過していく爆撃機の爆音が聞こえる。しかし連続して聞こえる炸裂音によってその音もすぐに掻き消されて聞こえなくなった。


 しばらく続いた爆音の余韻が去ると、驚くような静けさが周辺一帯を包み込んでいく。その静けさのなか、恐ろしい怪物の咆哮が聞こえた。

『オアシスの〝ヌシ〟だ! あの爆撃でも殺せなかったんだ』

 カグヤの言葉にうなずくと、素早く獣の生き残りがいないか確認する。けれど視界を埋め尽くしていた標的用のタグはほとんど消えていて、爆撃が効果を発揮したことが分かった。

「このまま敵を殲滅してオアシスに向かう」

『了解』


 カグヤから指示を伝えられたウェイグァンの部隊が、勢いよく砂丘を越えていくのが見えた。獣の生き残りを殺して、そのままオアシスのヌシを攻撃するつもりなのだろう。しかし愚連隊は、突如地中から出現したサソリ型の変異体によって動きを止めてしまう。


 月明りを浴びて黒光りするサソリは、ニから三メートルほどの体長を持ち、尾のようにも見える細長い腹部の先には、毒液を滴らせるグロテスクな毒針がある。

『獲物が近づくまで地中に潜んでいたんだ』

 カグヤが言うように、愚連隊を攻撃していた変異体は爆撃で負傷していた獣にも容赦なく襲い掛かっていた。


 愚連隊を支援するためヤトの戦士たちが動くが、地中から姿を見せる無数のサソリ型変異体によって身動きが取れなくなる。すぐに掩護する必要がある。そう思って駆け出そうとしたときだった。黒蟻に跨ったコケアリたちがサソリ型変異体に突進し、後続の兵隊アリたちが次々と交戦状態になるのが見えた。

「ねぇ、あっちは大丈夫みたいだし、我らは遺跡に向かいましょう」

 少女の言葉にうなずいたが、まず愚連隊の状況を確かめる。


『後退しませんよ』と、ウェイグァンはすぐに答える。『この手の襲撃には慣れてます。そんなことよりも、さっさとこいつらを殲滅して遺跡の調査を進めましょう』

 愚連隊はもう弾薬を節約するつもりがないのか、砂漠には重機関銃の鈍い発射音が鳴り響いていた。

 ウェイグァンとの通信が切れると、ハクとラガルゲに声を掛けて一緒に砂丘を下っていく。変異体との戦闘に巻き込まれないように、我々は戦闘部隊と距離を取りながらオアシスに近づく。道中、サソリが何度が襲ってきたが、インシの戦士たちが所持していた枯れ枝のような兵器から発射される光線によって撃退されていた。


 少女は爆撃の衝撃が地下遺跡に影響を及ぼさないと言っていたが、万が一に備えて敵を引き付けて爆撃していた。そのおかげなのか、緑に溢れるオアシスには大きな被害が見られなかった。衝撃波で倒れた樹木が数本確認できたが、爆撃の規模を考えれば被害は極めて軽微だった。


「敵が近くにいる」と、少女は言う。「まずは我らで相手をする」

 外骨格を持つ昆虫種族が我々の前に出ると、樹々の間から恐ろしい怪物が姿を見せる。それは白亜紀の地球に生息していた肉食恐竜、ティラノサウルスやギガノトサウルスを思わせる恐ろしい姿をしていた。

 十五メートルほどの巨体を支える脚は、太さと強靭さを合わせ持ち、巨体に似合わず素早い動きを可能にしていた。また怪物の全身は極彩色の派手な羽毛で覆われていたが、それらは爆撃の衝撃によって傷つき、粘度のある血液が糸を引きながら砂に滴っていた。


 その恐竜じみた怪物が我々に鋭い眼光を向けると、低い唸り声が聞こえた。敵意を視覚化できる瞳の能力を使わなくても、怪物が我々に対して憎悪を抱いていることが分かった。

 怪物を攻撃しようとしてインシの戦士が一斉に動きだしたときだった。怪物は身体を横に振ると、凄まじい勢いで尾を叩きつけた。その攻撃で前衛の戦士は吹き飛ばされ地面を転がる。あまりにも強力な一撃だったのだろう。ほとんどの戦士は外骨格が割れ、臓器が飛びだし、二度と立ち上がることがなかった。が、インシの民は仲間の死に動揺することがない。


 枯れ枝から赤紫色の光線が発射されるが、怪物は恐ろしい脚力で飛び上がると、光線を物ともせずインシの戦士に咬みつき、外骨格を粉々に砕きながら喰い殺していく。そして鋭い鉤爪で戦士たちの身体を引き裂き、長い尾の一撃で戦士たちを叩き潰していく。後方にいたインシの戦士は仲間が取り落としていた枯れ枝を拾い上げると、怪しげな光線を発射して応戦するが、怪物の勢いは止まらない。


『レイ!』

 カグヤの声が聞こえると、インシの戦士が蹂躙される様子を茫然と眺めていた私はハンドガンを抜いて、怪物に貫通弾を立て続けに撃ち込んだ。凄まじい衝撃を受けて怪物はのけぞるが、怒りに顔を歪ませながら突進してくる。

 けれど私のすぐ近くには少女とラガルゲがいたので、怪物の突進を避ける訳にはいかなかった。すぐにハガネを操作して装甲で身をかため、弾薬を重力子弾に切り替える。しかし怪物は恐ろしく勘が良いのか、銃口の先に光の輪が出現するのを見ると、横に飛び退いて重力子弾を避けてみせた。


「あれを避けるのか?」怪物の動きに驚きながらも、すぐに銃口を向ける。

 驚異的な素早さを見せる怪物はすぐ近くまで迫っていた。と、凄まじい打撃音が聞こえたかと思うと、黒色の鉄棒で側頭部を殴られた怪物が地響きを立てながら地面に倒れる。援護にやってきた闇を見つめる者の打撃を受けた怪物はすぐに立ち上がれず、ジタバタと脚や尾を動かす。

 それを見ていたハクは、猛毒を含んだ糸の塊を吐きだしていく。その糸の塊は怪物の羽毛を溶かし傷口から体内に侵入し、やがて怪物は動かなくなった。


「助けはいらなかった」と、少女は闇を見つめる者を睨みながら言う。「我らは戦う準備ができていた」

 黒紅色の外骨格を持つ戦士長がオオトカゲと一緒に姿を見せると、闇を見つめる者は大顎を鳴らした。

『それなら、やつは譲るよ』

 樹々の向こうから別の怪物が姿を見せた。恐竜じみた怪物はもう一頭いたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る