第533話 ドクトカゲ


 ウェイグァン率いる愚連隊と合流したあと、我々はインシの民が支配する領域に向かう前に、採掘基地で待機しているヤトの部隊と落ち合うため紅蓮を出発する。

 砂漠での移動には量産型軍用ヴィードルを使うことになる。

 旧文明の軽くて頑丈な合金を使用して造られたフレームに、拠点で採掘されている鉱物資源を用いた新素材を使って製造される真鍮色のモジュール装甲を持つ車両だ。さすがに真鍮色の装甲は目立ち過ぎるので、砂漠に適した飴色を基調としたデジタル迷彩の塗装が施されていたが。


 そのヴィードルにはホバー機能を備えた荷台が取り付けられていて、ハクを乗せた状態で砂漠地帯を快適に移動することができるようになっていた。ハクが乗らないときには、荷物を運ぶのに使用でき、緊急時にはコクピットからの操作で簡単に荷台を切り離せたので、戦闘の支障になるようなこともない。


 ハクはその荷台を気に入ってくれたみたいだった。普段は砂遊びをして体毛を砂まみれにしまうが、この日に限って言えば、採掘基地に向かうまでの間、ハクは荷台に大人しく乗ってくれていた。


 紅蓮で浄水装置の点検を行っているペパーミントは、作業を終わらせたあと我々と合流する予定になっていたので、彼女が砂漠を安全に移動できるように輸送機を紅蓮に残してきた。だからヴィードルを使って移動することになったが、ハクが楽しんでくれていたので、悪くない移動手段だった。


 採掘基地に向かう道中、皮膚病を患ったコヨーテにも似た獣に襲撃されたが、愚連隊が一緒だったので、あっという間に殲滅することができた。

 砂漠での運用に特化した愚連隊の車両は走破性が高く、砂丘を越えて難なく走ることのできる機動性を持っていた。


 採掘基地は旧文明の鋼材を含む堅固な防壁に囲まれていて、以前はヤトの部隊と、イーサンが派遣していた混成部隊が警備していたが、今ではラプトルを中心とした戦闘用機械人形の部隊によって警備されていた。


 基地で資源を採掘していたのも作業用の機械人形なので、人間を必要としない拠点になっていたが、突発的な問題に対処できるように、機械人形などの整備ができる人間を常駐させていた。イーサンの傭兵部隊に所属していた優秀な整備士もいたりするので、機械の扱いはお手のものだった。


 その採掘基地には現在は、ヤトの一族が使う古い言葉で『硝子の砂』を意味する名前を持つ青年『アレナ・ヴィス』が率いる部隊が待機していて、我々の到着を待っていた。


 アレナはインシの民との儀式めいた決闘に勝利して、刃の勇者として認められたので、インシの民との会談に参加させることになっていた。インシの民は戦士に対して敬意を払うということなので、会談が円滑に進むため、アレナに同行してもらうことになったのだ。その刃の勇者と呼ばれる称号がどのようなモノなのか分からなかったので、インシの民に会ったら直接訊ねてみようと考えていた。


 執拗に襲い掛かってくる獣に対処しながら採掘基地に到着すると、ハクはラガルゲに会いにいくため、そそくさと荷台から降りた。

 ヴェネク・ラガルゲはインシの民から譲り受けたトカゲに似た巨大な生物で、砂漠や荒野に生息するドクトカゲに似た姿をしていて、長い尾を含めれば全長五メートルほどの大きさを持つ巨大な爬虫類だった。


 太い胴体にどっしりとした四肢、そして極彩色の斑点のある鱗を持っている。混沌の領域でも存在が確認されている生物で、恐ろしい毒を持ち、とても凶暴で危険な生き物としても知られていたが、インシの民から贈られた個体は大人しく、また仲間を区別できるほど知能が高く、我々に牙を見せることはなかった。


 そのラガルゲをウェイグァンに紹介したいのか、ハクは上機嫌で愚連隊をラガルゲの小屋に連れていった。ちなみにラガルゲを世話するための人員も拠点に常駐していた。基本的にラガルゲは自ら狩りを行って食料を確保していたので、注意して世話をする必要はなかったが、ヤトの戦士たちを中心にラガルゲは人気者だったので、常に誰かが拠点にいて世話をしているようだった。


 ぼんやりしながら日向ぼっこを楽しむような、そんな大人しい性格でありながら、狂暴で恐ろしい姿をしたラガルゲは、人間の頭蓋骨や得体の知れない生物の骨で作られた装身具を身につけていた。

 それが気になったのだろう。ウェイグァンたちはラガルゲの装身具についてハクに訊ねていた。ハクはラガルゲと意思疎通ができると言っていたが、適当にはぐらかすだけで答えを言うことはなかった。もしかしたら、ラガルゲとは念話ができないのかもしれない。慌てるハクを余所に、ラガルゲはつぶらな瞳でウェイグァンたちを見つめていた。


 私は拠点で忙しそうに働いていた機械人形たちの邪魔にならないように、しばらく作業風景を眺めたあと、アレナたちと合流してこれからの計画について話し合う。インシの民の支配領域や奇岩群に築かれた都市の場所は分かっていたので、砂漠に生息する変異体の襲撃がなければ、今日中にインシの民の支配領域に到着できるかもしれない。


 移動経路について話し合っていると、内耳に通知音が聞こえて、拠点のあちこちに設置されていたスピーカーから敵の襲撃を知らせる騒がしい警報が聞こえてくる。

「またあの獣か?」

『ううん』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『今回の相手は人間みたいだよ』

 巡回警備していたドローンから受信する映像を確認すると、数十台のヴィードルが拠点に接近してくる様子が見えた。


『紅蓮を追放されて、傭兵から盗賊に鞍替えした集団だね』と、カグヤが呑気に言う。『盗賊団を名乗っているけど、チンケな略奪者に変わりないね』

「でもやたらと数が多いな……」

 今回の探索に同行してくれていた鴉型偵察ドローンに索敵を頼むと、ウェイグァンたちに状況を知らせに行く。


 恐る恐るラガルゲを撫でていたウェイグァンは、盗賊団がやって来ていることを知ると、深い溜息をついた。

「俺たちがいるとも知らずに襲撃してくるなんて、奴らもツイてないですね」

「そうだな」と、私は苦笑する。「でも、別の可能性も考えたほうがいい」

「別の可能性ですか?」と、青年は眉を寄せる。


「たとえば、愚連隊が採掘基地に来ることを事前に知った誰かが盗賊団に襲撃を依頼した。とか」

「確かに紅蓮には俺たちのことをよく思わない勢力もありますけど……」と、ウェイグァンは腕を組みながら言う。「わざわざ採掘基地まで追いかけて来ますかね」

『ジョンシンの目が届かないところで、愚連隊を始末できるいい機会だと思ったんじゃないのかな』と、カグヤが言う。

「バカな奴らですね」と、ウェイグァンは肩をすくめた。「それなら、ここで全員まとめてぶっ殺してやりますよ」


 ヴィードルに乗り込んで攻撃の準備を始めた愚連隊を見ながら、カラスから受信する映像で敵の正確な数を確認する。

『重機関銃を搭載した改造ヴィードルが十八台、それに砂漠での運用が想定された大型ヴィードルが九台。それぞれの車両は軽量化されていて関節部は防塵用の処理が施されているけど、軍用規格の車両じゃないから、そこまで脅威に感じる必要はないかな。多連装ロケットランチャーを無理やり搭載している車両には注意したほうがいいと思うけど』

 カグヤの言葉にうなずくと、ヴィードルの後方からやってきている歩兵部隊を確認する。


「武装は旧式のアサルトライフルにロケットランチャーか……廃墟の街で見かける略奪者たちと装備は変わらないみたいだな」

『うん。いくつかの部隊に分かれていて、四十人はいそうだね』

「廃墟の街でも滅多に見かけることのない大部隊だな」

『廃墟が建ち並ぶ街と違って、砂漠地帯は見通しがきくからね。敵性生物に発見されて、襲われないように集団で行動しているんだと思う』


「それなりの戦力を用意しているみたいですね」と、アレナは拡張現実で表示されたディスプレイに緋色の瞳を向けながら言う。「ですが、あれは陽動部隊の可能性があります」

『たしかに戦闘用機械人形が警備する拠点を落とすには、数が少ないと思う。こっちには防壁もあるしね』

 アレナは砂煙を上げながら接近してくる車両の反対側、機械人形が敵を迎え撃つために移動して手薄になっていた防壁の映像を表示する。

「盗賊団の狙いが愚連隊以外にもあるのなら、こちら側から攻めてくることも考えられます」

『愚連隊を始末するついでに拠点も一緒に奪うつもりなら、伏兵を忍ばせていることも充分に考えられる』


「こちら側は私の部隊で対処します。宜しいですか?」

 アレナの言葉に私はうなずく。

「伏兵はアレナの部隊に任せるよ」

『いいの?』と、カグヤが訊ねてくる。『伏兵がいなかったら、無駄に戦力を分散させることになる』

「ここはアレナの勘を信じよう。それに、こっちにはハクとラガルゲがいる。略奪者が徒党を組んだところで、どうにかできる相手じゃない。それよりも、反撃する術を持たない作業用ドロイドを守ってもらったほうがいい」


 アレナたちと別れると、防壁の側に設置された鉄階段をつかって監視所に向かう。

『敵が見えてきたよ』

 なだらかな砂丘の向こうに、まるで砂嵐のように砂煙が立ち昇っているのが見えた。カラスから受信していた映像で大型ヴィードルの位置を確認すると、遠距離からこちらを攻撃するつもりなのか、車両を停車させてロケット弾のコンテナをこちらに向けるのが見えた。

「あれに攻撃されたら厄介だな……カグヤ、ウェイグァンたちに向かってくるヴィードルの相手をさせてくれ、俺はあの大型ヴィードルを破壊する」

『了解、ハクたちには歩兵の相手をさせるよ』


『いいか、お前ら!』と、ウェイグァンの声が内耳に聞こえる。『盗賊団のヴィードルごときにやられるんじゃねぇぞ!』

 金色の派手な塗装が施されたヴィードルを先頭に、愚連隊は盗賊団の戦闘車両に襲い掛かる。敵は重機関銃の銃弾を雨のように撃ち出すが、愚連隊は連携のとれた動きで敵を翻弄し、そして的確な攻撃で次々と敵ヴィードルを破壊していく。

 これからの遠征に備えて弾薬を節約しているのか、愚連隊は極力、無駄な弾丸を使わずに接近戦で敵ヴィードルを攻撃していたが、相手はまともな装甲がない錆びついた車両なので苦戦することはなかった。


 と、大型ヴィードルから無数のロケット弾が騒がしい発射音と共に撃ち出されるのが見えた。私はすぐにハガネを操作してショルダーキャノンを形成すると、向かってくる無数の小型ロケット弾に対して自動追尾弾を撃ち込んで、ロケット弾を迎撃していく。


 凄まじい破裂音と共に砂漠に無数の金属片が降るのを確認したあと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いて、大型ヴィードルに銃口を向ける。

〈弾薬を選択してください〉

 合成音声が聞こえると、網膜に弾薬の選択項目が表示される。

〈重力子弾を選択しました〉


 ハンドガンの形状が変化していくのを見ながら、ホログラムで投影された照準器のレティクルをヴィードルのコンテナに合わせる。

 銃口の先に輝く輪を確認すると引き金を引いた。その刹那、撃ち出された光弾はコンテナを貫通して地平線の彼方に消えていった。

 青白い閃光が貫通したコンテナは、着弾点から赤熱していき、一気に膨張して破裂し大爆発を引き起こした。黒煙と共に砂煙が立ち昇るのを確認すると、すぐに銃口を動かして別の標的にレティクルを合わせる。


 と、無数のロケット弾が撃ち出されるのが見えた。けれど慌てず、ショルダーキャノンの操作をカグヤに任せると、撃ち込まれたロケット弾を迎撃していく。そうして雷鳴のような閃光が走るたびに、盗賊団の大型ヴィードルは爆散していった。

 その光景を見て戦意を喪失したものたちは次々と逃走し、戦場を離れていった。勇敢なものたちはそれでも攻撃を継続しようとしたが、そこにハクとラガルゲが現れると、集まっていた歩兵たちは恐慌状態に陥り、そして虐殺が始まる。


 ラガルゲは普段の姿からは想像もできないような動きで敵に飛び掛かると、恐ろしい牙で敵の身体をズタズタに破壊して、服を身につけていようが構うことなく喰い殺していった。

 ラガルゲに咬まれた仲間の身体が上半身と下半身に分かれて、砂漠に臓物をボトボトと落とす光景を見せられた襲撃者は、奇声を発しながら恐ろしいトカゲに銃弾を浴びせる。しかしラガルゲの鎧のように硬い鱗のまえでは、旧式のライフルから撃ち出される弾丸は無力だった。

 そうしてラガルゲは狩りに余計な時間を使うことなく、満足できる食事にありつくことができた。


 一方、襲撃者たちの伏兵を警戒していたアレナの部隊も、想定していた通り、奇襲を仕掛けようとしていた敵の歩兵部隊を発見して、無事に制圧することができていた。

 カラスの眼を通してアレナの部隊が戦う様子を確認していたが、敵は一度も引き金を引くことができないまま、アレナたちに殺されていった。敵は終始、幽霊のように姿の見えない相手に戸惑い、そして恐怖しながら追い詰められ何も出来ずに死んでいった。混沌の追跡者として死ぬまで戦うことを運命づけられた種族なだけあって、ヤトの一族は恐ろしい戦士だった。

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