第530話 調査隊


 ウェイグァンの戦闘車両部隊と協力しながら、コヨーテに似た悍ましい生物の群れを撃退すると、我々は傾いた巨大な構造物の近くで合流した。

 金色の派手なヴィードルから颯爽と飛び降りてきたウェイグァンは、相変わらず学生服のような戦闘服を身につけていた。立襟と肩の一部、そして袖に真っ赤なストライプが入った金属繊維で仕立てられた真っ白な戦闘服は、日の光を反射して微かな青白い光を放っていて、青年が歩くたびに金属的な乾いた摩擦音を鳴らしていた。


「お久しぶりです、レイラさん」と、青年は戦闘のときに発していた乱暴な口調から打って変わって、別人のような態度をみせる。「紅蓮に来るって聞いてましたけど、まさかここで会えるとは思ってませんでした」

「偶然、変異体の群れに襲われている作業員を見かけたんだ。無視するわけにはいかないだろ?」と、私はカラスの眼を使って周囲に危険な生物がいないことを確認しながら言った。

「相変わらずですね」

 短髪の青年は苦笑して、それから愚連隊に所属するリーファに作業員たちの状況を確認してくるように指示を出した。


『ところで、愚連隊はここで何をしてたの?』

 カグヤが操作する偵察ドローンが突然現れると、ウェイグァンはビクリと驚いて、それから驚いたことをごまかすように咳払いした。

「この奇妙な生物の駆除ですよ。紅蓮の警備隊と協力して、砂漠のあちこちで旧文明の遺跡を発掘しているスカベンジャーや、紅蓮にやって来る行商人たちの安全を確保してます」

『砂漠地帯に生息する変異体の活動が活発になってるのは、やっぱりオアシスに出現した化け物が原因なの?』

「そうですね。あれが現れてから獣の被害に遭う人間が増えました。レイラさんたちは、あのオアシスを調査するために来たんですよね?」

「ああ。でもその前に、紅蓮の浄水装置を確認しようと思っていたんだ」


「浄水装置ですか?」と、青年は首を傾げる。「もう修理してくれたって姉さんから聞いてましたけど」

「故障の原因はまだ判明してなかったんだ」

「それって重要なことなんですか?」

「経年劣化による故障なら、部品を交換して終わりで良かったんだけど、もしも他に原因があるなら、それを突き止めて対策しなければ、また同じことが起きてしまう」

「それはそうですけど――」


「よう! ウェイグァン」と、壮年の男が手を上げながらやって来る。「まさか来てくれるとは思ってなかったが、助かった!」

「助かったじゃねぇよ」と、青年は舌打ちする。「砂漠は危険だから、発掘調査は延期してくれって親父も言ってただろ」

「そうは言ってもな、もう作業員の給料は払ったんだ。作業を中止するから金を返してくれじゃ、奴らだって生活できないだろ」

「まぁ確かにそうだけど、死んだら元も子もない」

「分かってるって、今回の襲撃ですっかり懲りたよ。残念だけど、俺たちも紅蓮に撤退することを考えてる」


 ペパーミントがハクとトゥエルブを連れてやってくると、それまで顔をしかめていたウェイグァンが年相応の笑顔を見せる。

「おっ! ハクも来てたのか、久しぶりだな!」

 ハクも青年の姿を見つけると、バンザイするように長い脚を持ち上げて、興奮しながら腹部を震わせる。

『うぇいぐぁん、なにしてる!』

「化け物退治してるんだよ。俺さまも紅蓮の民を守る立場の人間だからな。ハクも化け物退治か?」

『たくさんたおした。こっち、きて』


 ハクが倒した獣の数を自慢するため、ウェイグァンを連れて砂丘を登っていくと、それまで黙っていたペパーミントが口を開いた。

「さっきの話だけど、撤退は待って欲しい」

「どういうことだ?」

 壮年の男が困った表情をみせると、ペパーミントは日の光を遮るようにフードをかぶる。

「ハイパービルディングの調査ができる機会なんて滅多にないの。作業員たちの護衛を用意するから、この発掘調査に私たちも参加させてくれないかしら」

「それは願ってもない提案だけど、本当にいいのか?」

「もちろん。そうでしょ、レイ?」

 事前に一言相談してほしかったが、専門知識と発掘経験のある人々と一緒に旧文明の遺跡調査ができる機会は得難いモノだと考えた。

「そうだな」と、私は賛成してうなずいた。「警備用の機械人形ならすぐに派遣することができる」


「とうとう俺たちにもツキが回ってきたみたいだな」と、壮年の男はニヤリと笑みを浮かべる。「今から発掘現場の責任者に合わせるから、一緒に来てくれないか?」

「あなたが責任者じゃないの?」

 ペパーミントの問いに男は苦笑いを見せた。

「俺は警備の責任者だな。現場を指揮してるのは別の人間だ」

 構造物の側に張られた天幕に向かって男が歩いて行くと、ハクと楽しそうに話をしていたウェイグァンが戻って来る。

「俺たちも任務が残ってるので、ここで失礼させてもらいます。紅蓮でまた会いましょう」

 巡回警備の仕事があるのだろう。しばらくすると愚連隊は慌ただしく去っていった。ハクは残念そうにしていたが、巨大な構造物の内部を探索できるかもしれないと知ると、機会を逃さないために、ペパーミントにピタリとくっついて行動するようになった。


 負傷者たちの治療をしたことで、作業員たちから大袈裟に感謝されていたイレブンと合流すると、構造物内で調査を進めていた責任者がやってくるまで、作業員たちと一緒に獣の死骸を処分することにした。

 死骸を焼却すると、勢いよく黒煙が立ち昇って、風上にいるにも拘わらず嫌な臭いが周囲に立ち込めることになった。けれど死骸を放置すれば、危険な変異体を引き寄せることになってしまうので、我慢して焼却を続けた。


 発掘調査隊の物資や掘削機械を格納している建物の側には、後部コンテナを連結した芋虫型の多脚車両が停められていた。それは廃墟の街では見かけないタイプのヴィードルだった。砂漠の移動に特化した車両なのかもしれない。その車両のコンテナの周囲には、武器を手に厳重な警備をしている人間の姿も確認できた。


「ここで発掘される遺物は、すべてコンテナ内で大事に保管されているのです」

 声に反応して視線を動かすと、構造物からやってくる女性の姿が見えた。彼女のとなりには、先程の警備責任者の男性がいた。砂漠の焦げるような日差しから肌を守るためなのか、女性は作業員たちと揃いの長袖の戦闘服を着ていたが、彼女だけ顔に布を巻いていて、見えていたのは目元だけだった。

 ハクがいることはすでに聞いていたのか、彼女は警戒しているようだったが、他の人間のようにひどく怯えるような姿は見せなかった。


「はじめまして、私がこの遺跡の発掘と調査を監督しているジャンナです」

 彼女が綺麗なお辞儀をすると、私もつられてお辞儀する。

「レイラだ。よろしく」

「噂の蜘蛛使いね。遺跡の見学がしたいとか」

「いや、そうじゃないんだ」と、壮年の男が口を挟む。「俺たちの発掘調査に協力してくれるかもしれない人たちだ。さっき話したばかりだろ」

「そういえば、そうでしたね。話を聞いていませんでした」と、女性はいい加減に言う。「それで、協力と言うのは?」


「周辺を警備するための機械人形を派遣するから、私たちにも調査に参加させてほしいの」

 ペパーミントの言葉を聞くと、そこで初めてペパーミントの存在に気がついたかのように、彼女はお辞儀をして自己紹介した。理由は分からないが、彼女はずっと上の空だった。

「それで……」と、ジャンナは訊ねた。「参加とは、つまり?」

 ペパーミントは芋虫型の車両に視線を向ける。

「地中から出てきた遺物を調べる許可が欲しい」

「旧文明の遺物を多く所持している蜘蛛使いが発掘調査に加わってくれることは、私たちの調査を前進させる助けにもなりますから、私は歓迎しますよ」

 彼女は早口でそう言うと、ハクの脚にそっと触れた。


「綺麗な大蜘蛛、あなたがハクなの?」

 ハクはジャンナのことをじっと見つめて、それからいつものセリフを口にした。

『くも、ちがう。ハクだよ』

「まだ子供なのね」

『うん、まだ、おさない』

「そう」ジャンナはハクの眼を見つめて、それからペパーミントに言った。「ついてきて、私たちがここで何をしているのか見せてあげる」

 ハクとの短い会話だったが、私は奇妙な違和感を覚えた。どうして彼女だけがハクに怯えていないのだろうか?


 超巨大な構造物の壁面に存在する長方形の入り口から建物内に入るようだ。

 入り口は他にもあるみたいだったが、各所にベルトコンベアが設置されていて、建物内から大量の土砂を運び出すために使用されていた。どうやらコンベアの先では半自律型の掘削機械が稼働していて、人間が側にいなくても日夜掘削作業を続けているようだった。その影響なのか、建物の側にある集積所には土砂が山のように積み上げられていた。


 我々は作業員が遺物を運び出すために使用している通路から建物内に入ることになった。掘り返された砂の先には、簡易的な通路が用意されていて、壁や天井はビニールシートで覆われ、床も鉄板で保護されていた。そこでは砂の侵入を防ぐための工夫も見て取れた。


 斜めに傾いた構造物には、数世紀の間に大量の砂が侵入していたが、我々が通された区画では砂が取り除かれていて、広大な空間を見渡せるようになっていた。

 出入口の側には長机が並べられていて、発掘された遺物の選別と調査が作業員たちの手で行われているようだったが、先程の襲撃の所為なのか、作業員は避難していて建物内に人の姿はなかった。

 発掘されていた遺物の大半は旧文明の販売所でも入手できる生活雑貨だったが、携帯端末や衣類の存在も確認できた。


 並べられた大量の遺物を見ながら、私はあることに気がついた。

「旧文明の人々の遺骨がどこにもないけど、別の場所で保管しているのか?」

「遺骨はまだ確認されていない」と、ジャンナは淡々と言う。「だから私たちはこの建物が無人の廃墟だったって考えているの」

「それはおかしい」とペパーミントが反論する。「この構造物は数万の人間が生活していたハイパービルディングだったのよ。遺骨が見つからないなんて――」

「調査が進めば何か見つかるのかもしれない。だけど今の段階では、人間の遺骨は見つかっていない」


 旧文明の人々の遺骨が見つかっていないと分かった途端、まるで息が詰まるような、得体の知れない閉塞感を覚えた。これだけ広大な構造物であるにも拘わらず、人間の遺骨が見つからないなんてありえるのだろうか? あるいは、文明を崩壊させた混乱期に全ての人間が逃げ出していただけなのかもしれない。しかしそれでも遺跡が不気味な場所であることには変わりなかった。


「今はどこまで掘り進めているんだ?」

 私の質問に答えるためなのか、ジャンナはタブレット型端末を確認する。

「掘削機械や作業用ドロイドを稼働させて、六十メートルほど掘り進めた」

「それはすごい」と、私は率直な感想を口にする。「どれくらいの期間でそれだけのことができたんだ?」

「実は全然すごくないの。私たちは縦に掘り進めただけだから。外から構造物を見ているから分かっていると思うけど、この建物は横にも広い」

「なら、何で地下に向かって掘り進めることを優先しているんだ?」

「調査の結果、銃砲店の存在が確認できたの」


「販売所が存在する階層だったのかもしれない、そう考えているのね。調査隊が求めているのは、旧文明期の兵器なの?」

 ペパーミントの質問にジャンナは頭を横に振った。

「というより、私たちには発掘調査が続けられるだけの資金が必要なの」

「だから武器が欲しい?」

「ええ。以前はそうじゃなかったけど、今は旧文明期の兵器なら、例え使用できないモノでも買い手がつくようになったから」


「使用できない兵器……?」と、私は顔をしかめる。「もしかして、データベースに生体情報を登録しないといけないような兵器のことを言っているのか?」

「良く知っているのね。私は武器の専門家じゃないから詳細は分からないけど、確かにそういう兵器だったと思う」

「買い手は不死の導き手か?」

「わからない。遺物の販売は紅蓮にある専門業者に任せているから。それより足元に注意して、照明は設置されているけど、そこまで明るくないから」

 ジャンナが階下に移動するために使用していた空間は、砂が取り除かれたエレベーターシャフトだった。ずいぶん深い場所まで掘り進めているのか、暗くて底が確認できなかったほどだ。


「取り敢えず、三十メートルほど下まで移動する」

 ジャンナはそういうと、金属製の梯子に足を掛けた。変異体や人擬きは潜んでいないようだったが、もしものことを考えてペパーミントの側にはハクをつけることにした。ペパーミントの護衛役を引き受けているトゥエルブも、建物内の異様な雰囲気を感じ取っているのか、私の決定に意を唱えることはなかった。

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