第529話 ハイパービルディング


 見渡す限り廃墟が広がる街を越えて、砂漠地帯の上空を飛行していると、砂に埋もれた超高層建築物の一部が見えてくる。砂漠にポツリと残された大きく傾いた構造物の周辺では、発掘調査を行っている集団の姿が確認できたが、どうやら変異体の襲撃を受けているようだった。


「助けに行く」と、私はコクピットシートから離れながら言う。

「わかった。降下の準備ができたら教えてちょうだい」

 ペパーミントの言葉にうなずきながら、コクピット後方の気密ハッチから兵員輸送型コンテナに移動する。開放された状態のコンテナハッチの側には白蜘蛛のハクが待機していて、外の様子をじっと眺めていた。


 手短に状況を説明して作業員の支援に向かうことを告げると、白蜘蛛はベシベシと床を叩いて腹部を震わせる。

『いっしょにいく』

「ああ、一緒に行こう」ベルトポケットから重力場を生成するグレネードを取り出すと、ハクに円筒型の装置を見せながら言う。「こいつを使って一気に地上に降下する。何度か一緒に練習したから難しくないと思うけど、不安だったら教えてくれ」

『へいき。ハク、それできるよ』

「わかった」

 ハクのフサフサした体毛を撫でて、それからペパーミントに通信をつなげる。


 目標の上空で弧を描きながら輸送機が降下し始めると、私は手早く装備の確認を行い、それからコンテナハッチから身を乗り出して着地に適した場所を探す。

 地上では作業員たちが怒鳴りながら変異体に向かって銃弾を撃ち込んでいる姿が見えた。想像していたよりも事態は切迫しているようだ。


「イレブンは俺たちと一緒に来てくれ」と、私はライフルのシステムチェックを行いながら言う。「トゥエルブはこのまま待機して、ペパーミントの護衛を続けてくれ」

 壁際の装置から伸びる無数のケーブルに繋がっていた戦闘用機械人形『ラプトル』を操るトゥエルブとイレブンは、私の言葉に反応して親指を立てて見せる。示し合わせたように二体の動きは完全に一致していた。


「行こう、ハク」

 地上まで数十メートルの高さがあったが、躊躇うことなく輸送機から飛び降り、タイミングを見計らって飴色の大地に向かってグレネードを放り投げる。そのグレネードが砂丘に触れた瞬間、甲高い金属音が鳴り響いて、青い薄膜が半球型に展開するのが見えた。


 ハクと一緒に真直ぐ重力場に飛び込むと、水中に潜ったときのような柔らかな感覚に包まれて落下の衝撃が相殺される。次の瞬間には限定的に発生していた重力場も消えてなくなるが、我々は怪我をすることなく無事に着地することができた。


 サラサラと流れる砂に足を取られながら顔をあげると、大型の獣が砂丘を越えて駆けてくるのが見えた。灰色が混じった枯茶色の体毛は短く、所々禿げていて、皮膚病を患ったコヨーテにも似ていたが、脚は六本あり、長い尾は胴体の二倍ほどの長さがあった。

 その獣の前脚には鋭い鉤爪が付いていて、獣が地面を蹴る度に、大量の砂が辺りに飛び散って地面に大きな窪みをつくるのが見えた。


 猛進してくる獣に対して、ハクは強酸性の糸の塊を吐き出していく。数体の獣は恐ろしい反射神経で糸の塊を避けるが、回避できなかった獣は糸が絡んで、駆けていた勢いのまま砂の上を転がる。糸の直撃を逃れた獣はハクに接近するが、長い脚の先についた鋭い鉤爪で容赦なく身体を切断されていった。


 私もその場に片膝をつくと、ライフルを構えて接近してくる獣に対してセミオートで射撃を行い、近づかれないように的確に射殺していく。さすがに銃弾は避けられないのか、血液を噴き出しながら獣は倒れていく。が、油断はできない、砂丘の向こうから次々と醜い獣が姿を見せる。


『ハクの存在に少しも怯えてないね』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

「それなら、あれは混沌の領域からやってきた獣だな……」

 飛び掛かってきた獣に対して、無意識に弾薬をスラッグ弾に切り替えて射撃を行う。小気味いい金属音と共に発射された弾丸は獣の頭部をグチャグチャに破壊する。


 と、凄まじい衝撃音が聞こえると砂煙が立ち昇るのが見えた。着地の衝撃で立ち昇った砂煙の中から姿を見せたイレブンは、獣の群れに対して高出力のレーザーを撃ち込んでいく。

 真っ赤な閃光は獣の身体を簡単に貫通して致命傷を与えていくが、獣は並外れた生命力と執念深さを持ち合わせていて、倒れても尚、這いずりながら涎を垂らし、低い声で唸っていた。


 私は獣に対して射撃を行いながら言う。

「思っていたよりも、ずっと敵の数が多い」

『作業員たちの掩護はペパーミントにやってもらうよ』

 カグヤの言葉のあと、ペパーミントの声が内耳に聞こえる。

『了解、こっちは任せて』

 砂漠に影をつくりながら我々の上空を通り過ぎていった輸送機は、機首に搭載したバルカン砲を使って、作業員たちに襲い掛かっていた獣の群れを攻撃していく。その間も私は砂丘を越えてやってくる獣に対処していく。


 ハクに噛みつこうとして突撃してきた獣の頭部が切断されて、ポンと飛んでいくと、首から酷い悪臭がする血液が噴き出す。すぐにハガネを起動すると、マスクを形成して口元を覆い、獣からの返り血に注意しながら射撃を行っていく。

 ハクも獣が放つ悪臭にうんざりしているのか、接近されないように注意して、後方に跳びながら糸を吐いて攻撃していた。


 しばらくすると、バルカン砲の特徴的な射撃音が聞こえなくなって、代わりに作業員たちの歓声が聞こえてくる。作業員たちを襲っていた獣の処理が済んだのだろう。

『こっちもあと少しだよ。気を抜かないでね』

 カグヤの言葉にうなずくと、残りの獣に銃弾を撃ち込んでいった。


 大量の獣が息絶えて、砂漠の至る所に赤黒い染みができると、男性が手を振りながらやって来る。

「あんたが噂の蜘蛛使いなんだろう?」と、壮年の男は言う。「助かったよ。大きな借りができた」

 私は建物の周囲に集まっていた作業員を見ながら答える。

「気にしないでくれ。それより、負傷者が出たのか?」

「ああ。今回の群れはヤバかったからな。奴ら、俺たちを皆殺しにするつもりで来やがったんだ」

「今回? 襲撃は頻繁に起きているのか?」

「そうだ。俺たちの要請に応えて、紅蓮も最初は警備隊を派遣してくれていたんだけどな、砂漠のあちこちで襲撃が発生するようになると、警備隊の姿もめっきり見なくなった」


『レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『その人から話を聞く前に、負傷者に対処しないと』

「そうだったな……」

「うん?」男性は私に話しかけられたと勘違いする。

 私は頭を横に振って、それから言った。

「負傷者を見せてくれないか、治療ができるかもしれない」

「そこまでしてくれなくていいんだぞ」と、男性は大袈裟に驚きながら言う。

「大丈夫、こういうときのためにいつも備えているんだ」

 救急ポーチを見せると男性は安心して笑みを見せたが、それも一瞬のことだった。


『レイ』

 ハクが近くに現れると男は緊張のあまり身体を強張らせた。

「大丈夫、ハクは無抵抗の人間を襲ったりしない」

『おそわないよ』

 ハクの幼い声が聞こえると、男性は全身の力を抜いた。

「そう……だったな。すまない、こんな近くで大蜘蛛を見たのは初めてなんだ」

『クモ、ちがうよ。ハクだよ』

「ハクか……怖がって悪かったな。紅蓮でもハクのことは噂になっていたから、襲われる心配はないって分かってたんだけどな……」

『いいよ。ゆるしてあげる』

 ハクは無邪気に笑うと、建物から距離を置いて砂漠に着陸していた輸送機の側に向かった。


「蜘蛛使い、負傷者はこっちだ」

 イレブンを連れて男性と共に発掘調査が行われている建物の側に向かう。恐ろしく巨大な構造物が作り出す日陰の中に、砂に半ば埋もれたカマボコ型の掘っ立て小屋と、古い掘削機械専用の格納庫として利用されている構造物が建っているのが見えた。そのすぐ近くには天幕が用意されていて、戦闘の負傷者はそこに運び込まれているようだった。


「イレブン、負傷者たちの治療を頼む」

 イレブンは背中のマグネット式ホルスターにレーザーライフルを収めると、短いビープ音を鳴らした。

「どうしたんだ?」

 私の質問に答えるように、イレブンはオートドクターの注射器が収納されているポーチを軽く叩いた。

「そうだな……オートドクターの使用は控えよう。そいつは紅蓮の指導者を救った貴重な遺物だ。人目につかないようにしたほうがいい」


 イレブンが負傷者の治療を行っている間、私はハクと一緒に獣の死骸を調べることにした。砂に足を取られながら砂丘の傾斜を登ると、輸送機から降りていたペパーミントが死骸の側にしゃがみ込んでいるのが見えた。

 彼女の側にはトゥエルブが油断なく立っていて、周囲の動きに目を光らせていた。上空にちらりと視線を向けると、コンテナから出てきていた鴉型偵察ドローンが優雅に飛んでいる姿が見えた。


「その獣について何か分かったか?」

 ハンカチで口元を押さえていたペパーミントは頭を横に振る。

「ううん。犬の変異体だと思っていたけど、鱗を持っているから、どちらかといえば、爬虫類に近い生物の可能性がある」

「トカゲやヘビみたいな?」

「と言うより、恐竜に似た生物なのかも……」


 ペパーミントが得体の知れない獣の側を離れると、負傷者の確認を終えた壮年の男性がやって来る。

「その野犬は例のオアシスからやって来るんだよ」

「例のオアシス?」

 ペパーミントが首を傾げると何故か男は顔を赤くした。

「ああ。昔は紅蓮にやって来る隊商が利用していたけど、恐ろしい化け物に占拠されてからは立入制限区域に指定されたんだ」

『目的の遺跡があるオアシスのことかもしれない』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。『私たちが提供した情報を使って、ジョンシンが商人たちに警告してくれたんだよ』


「そういうことか……」私は納得して、それから言う。「この獣が襲撃にやってくるようになったのは、最近のことなのか? それとも以前から襲撃に遭っていたのか?」

「いや。オアシスが化け物の住処になってから、襲撃が頻繁に起きるようになったんだ。ほら、こいつを見てくれ。オアシスはそう遠くない場所にあるんだ」

 男が背負っていたザックから取り出したのは、ドローンが撮影したと思われる砂漠地帯の空中写真で、発掘調査が行われている建物とオアシスに赤色の印がついていた。

「やっぱり、地下の遺跡が関係しているのかもしれないわね……」と、ペパーミント言う。「ところで、ここではどんな調査をしているの?」


 ペパーミントの言葉に男性はニヤける。 

「旧文明の遺物を発掘して、調査することが俺たちの目的だ。こういった建物は砂漠のあちこちで見つかるけど、ここまで状態がいい建物は珍しいからな。それに遺物は砂に埋もれているから、保存状態のいいモノが手に入るんだ」

「旧文明の生活用品が手に入るってこと?」と、ペパーミントは訊ねる。

「ああ、そうだ。ここでは携帯端末から、介護用の機械人形も見つかる」


「それなら、この建物はハイパービルディングの類だったのかもしれないわね」

「はいぱー……びる?」と、男性は顔をしかめた。

「ハイパービルディング。超巨大な集合住宅地として利用されていた建造物のことよ。住居だけじゃなくて、食事や娯楽を提供する施設が入っていて、それひとつで都市のように機能する構造物だったと言われていた。旧文明期にはあちこちに建っていて、数万人、場所によっては十万の人間が暮らしていたみたい」


「十万人か、今じゃ想像もできない数だな……でもハイパービルディングか、気に入ったよ。今日から俺たちはハイパービルディングの発掘調査隊だ」

 男性が嬉しそうに言葉を口にしたときだった。どこからともなく遠吠えが聞こえてくると、先程の獣と同種の群れが砂漠の先に姿を見せた。

「またなのか! やっぱり俺たちを皆殺しにするつもりなんだ」


 男性は舌打ちすると、砂丘を駆け下りて仲間たちのもとに向かった。

「トゥエルブ、引き続きペパーミントの護衛を頼む」

「レイはどうするの?」と、彼女は慌てる。

「作業員たちを置いて逃げることはできないから、ここで奴らを相手に戦うよ。ペパーミントは輸送機で待機していてくれ」

 ハクの姿を探して辺りを見回すと、砂丘の中から砂まみれになったハクが出てくる。どうやら退屈になって横穴を掘って遊んでいたみたいだ。


『なぁに?』と、ハクはいつもの調子で言う。

「また敵だ。ここで作業員たちを守って、ハクのいい噂をたくさん広めてもらおう」

『レイ、それは、とてもかしこい……』

 神妙な口調でそう言ったハクが砂丘から出てきたときだった。接近してくるヴィードルの映像を上空のカラスから受信する。一団を率いていたのは金色の派手な塗装が施されたヴィードルだった。

『あれは……』と、カグヤの声が聞こえる。『ウェイグァンの愚連隊だ!』

「ツイてるな。カグヤ、ウェイグァンに通信をつなげてくれ、ここで一気に獣の群れを叩く」

『了解!』

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