第528話 豊穣


 ペパーミントが旧文明の技術を研究する場所として利用していた溶岩洞窟は、ガランとしていて広く、建物三階分ほどの高さがあり、グリスやガンオイルのにおいがするひんやりした空間だった。洞窟の奥では『母なる貝』の聖域につながる地下トンネルの改修工事が行われている関係で、昇降機の周囲には、金属製の壁面パネルを抱えた大量の建設作業用ドローンが地下に向かって飛んで行く様子が確認できた。


 空間転移で洞窟にやってきた私は、トゥエルブの案内で建物に向かう。金属製の棚や工具ケースが並ぶ作業所に視線を向けると、黒と黄色の縞模様で塗装された作業用ドロイドたちが忙しく働いていて、攻撃型ヘリコプターに使用される部品の修理を行っているのが見えた。建物周辺は環境調節剤と、金属を溶接する際に出る臭いが混じっていて、工房が連なるジャンクタウンの通りを歩いているときのような独特な臭いが漂っていた。


 機械人形たちの仕事の邪魔にならないように、倉庫として使われていた建物に入ると、壁際にスチールボックスが無雑作に置かれているのが見えた。箱のなかを確認すると、緩衝材で保護されたコンバットナイフが入っていた。各部隊に支給される予定になっていた高周波振動発生装置を備えたナイフなのだろう。


「探し物は見つかった?」

 いつの間にか隣にやってきていたペパーミントに、私は肩をすくめてみせた。

「どうだろう。何を探していたのかも忘れたよ」

「それは大変ね」

 ペパーミントはナイフを手に取ると、持ち手を操作して内部の電池を確認した。

「もう分かっていると思うけど、ヘリの整備はまだ終わってないわ」

「みたいだな」

 作業している機械人形にちらりと視線を向けて、それから言った。

「このハンドガンは?」


 菜の花色のフード付きツナギを着ていたペパーミントは、ナイフを元の場所に戻すと、銃身だけが黒と黄色の縞模様で塗装されていたハンドガンを手に取る。

「以前、電動ガンの試作品を見せたことがあったでしょ?」

「小さな鉄球を凄まじい速度で撃ちだすことができるけど、射撃の反動が大き過ぎて、命中精度が極端に低かった小型のハンドガンのことか?」

「そう。軍事企業のエボシもライセンスを得ていて、電動ガンを製造していたみたいなの」

「あの電動ガンと全く別の兵器に見えるけど」


「独自に研究して、改良されたモノだからだよ」と、ペパーミントは電動ガンを構えながら言う。「結局販売されることはなかったみたいだけど」

「どこで手に入れたんだ?」

「エボシの地下施設を探索した際に、レイが入手していたデータを元に造ったの」

 ペパーミントから電動ガンを受け取ると、手の中で何度か持ち直して、重心のバランスを確認する。両手から片手に持ち直すと、ホログラムで投影される照準器を覗き込む。千鳥配列のグリップは手に馴染んでいて、射撃の経験がある人間なら簡単に扱えそうだった。


「その電動ガンは、高密度に圧縮された鋼材を無反動で撃ち出すことが可能になっているの。電池と一緒に旧文明の鋼材で製造された小型の弾倉を装填するけど、射撃の精度が優れた強力な兵器になっている」と、ペパーミントは得意げに言う。

「電池はなんのために使用されるんだ?」

 ツナギに付着したグリスの染みを手で拭いていたペパーミントは、顔を上げずに答える。

「レイのハンドガンや部隊に支給されている兵器は、基本的に体温や日の光で充電されるけど、この電動ガンにはそういった機能は備わっていないの。だから鋼材を撃ち出すときに使用されるエネルギーを確保する必要があるの」

「だから電池か……エネルギーの消費量は?」

「レーザーライフルよりもずっと少ない。だから予備の電池を大量に持ち運ぶ必要もない」


 弾倉を取り外して確認したあと、電動ガンをスチールボックスに戻した。

「ナイフと一緒に部隊に支給される新しい装備なのか?」

「ううん、部隊にはMP17歩兵用ハンドガンが支給されているから必要ない。この電動ガンは、五十二区の鳥籠や拠点を警備している機械人形に支給される予定」

「人擬きや変異体を相手にするなら、ハンドガンでいいんじゃないのか?」

 私の言葉にペパーミントは頭を横に振った。


「都市の警備システムにアクセスしたたことで、大量の機械人形を確保することができたけど、既存の暴徒鎮圧用の装備では人擬きの相手はできない。でもだからといって、機械人形全てに強力な兵器を用意できるほどの余裕はない」

「製造に必要な資材のことを考えれば、シンプルな機能を備えた電動ガンのほうがいいのか……機械人形が破壊されて電動ガンを奪われる危険性は?」


「部隊に支給している装備と同じで、電動ガンはデータベースによって管理されているの。生体情報が登録されていない人間が触れた瞬間に廃棄モードに移行するから、心配する必要はないわ」

「機械人形が破壊されても、兵器が奪われる心配はないのか」

「それより見せたいモノがあるの、ついてきて」

 彼女はそう言うと、トゥエルブを連れて洞窟の奥に向かって歩き出した。


『ヘリについて話があるって聞いたけど?』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、どこからともなく偵察ドローンが姿を見せる。

「紅蓮に行く予定なんでしょ?」ペパーミントは地下に続く昇降機の前に立ち、備え付けられていたコンソールを操作する。「そこでマニュアルを探してきて欲しいの」

『マニュアル……仕様書みたいなモノが必要なの?』

「そう。ヘリコプターのシステムにアクセスしても、不足している部品や電子基板の設計図は入手できなかったの。でも元々分解した状態で倉庫に保管されていたんでしょ? マニュアルも何処かにあるはず」

 昇降機が所定の位置までやってくると、安全を知らせるホログラムが投影されて、転落防止用の柵が床に埋まるようにして収納される。


「行きましょう」

 ペパーミントの言葉にうなずいて地下に向かう昇降機に乗り込んだ。すると床に収納されていた柵がデッキの周囲を囲むように展開して、注意を促す回転灯がぱっと点灯する。 

「紅蓮にはペパーミントも一緒に来てくれるのか?」

「ええ。紅蓮で故障していた浄水装置は、作業用ドロイドたちによって修理されたけど、故障の原因を突き止める必要があるし、装置の細かい設定もしなくちゃいけないからね」

「機械人形にはできない作業なのか?」

「できないわ。レイにお願いしてもいいんだけど、すぐにインシの民に会いに行くんでしょ」

「そうだな。ペパーミントが来てくれると助かる」


 昇降機は僅かに傾斜のあるトンネルを通って地下に向かう。トンネルの壁面は混沌の領域から伸びていた赤紅色の気色悪い根に覆われていたが、その根も枯れ、今では旧文明の鋼材を含む壁面パネルが見えているだけだった。


『ところで、見せたいモノってなに?』と、カグヤが訊ねる。

「地下トンネルの工事がもうすぐ終わるの」

『これでやっと母なる貝の聖域と、鳥籠『スィダチ』まで安全に移動できるようになるんだね』

「ええ。境界の守り人として砦で働く蟲使いたちの移動が楽になるし、鳥籠に帰るときにも安全に移動できるようになるから、戦士たちのストレスを大幅に減らせる」

『それは大事なことだね……戦士たちが抱えるストレスなんて、今まで考えたこともなかったよ』

「レイとカグヤの精神が特別で、人間離れしているから、人の気持ちに気づかないのかも」

 本当のことを言っているのか、それとも皮肉を言われているのか分からなかったのか、カグヤは思わず黙り込む。


 昇降機が止まると、我々は照明が灯されたトンネル内を歩いて車両基地に向かう。整備されたトンネルは清潔で、あちこちに放棄されていた資材も片付けられていた。

「母なる貝の聖域にもすぐに行けるけど、これからマシロに会いに行く?」

 ペパーミントの質問に私は頭を横に振った。

「冬の間、ずっと会えなかった姉妹たちと一緒にいるマシロの邪魔をしたくないから、今日は遠慮するよ」

「そう……それで、感想は?」

 私は静謐な空間に視線を向けて、それから彼女に訊ねた。

「トンネル内の警備はどうなっているんだ?」

「各所に攻撃タレットを設置していて、巡回する機械人形も配備されているから、鳥籠スィダチから暴漢が侵入しても対処できるようになってる。もちろん、入場ゲートも設置してあるから、神経質になる必要はないと思うけどね」

「それなら完璧だと思うよ」

「良かった。私もこの工事には満足してる」


 車両基地に用意されていた長椅子に座ると、綺麗になったトンネルを見渡す。

「そう言えば」と、私のとなりに座ったペパーミントが言う。「五十二区の鳥籠はどうなっているの?」

「何度か襲撃があったみたいだけど、大きな問題は起きてないよ」

「襲撃って、教団が絡んでいるの?」

「レイダーギャングと傭兵たちの襲撃だったみたいだけど、教団が裏にいるのかは、まだハッキリ分からない」

「そう……イーサンたちは上手く対処できているのね?」

「ああ。鳥籠の守備隊も協力的だからな。いつまで続くのか分からないけど……」


「でも厄介な問題ね」と、ペパーミントは溜息をついた。

「教団の動向を探るための部隊をつくろうかと考えているんだ」

「情報収集することで、教団を刺激してしまうような事態にならない?」

「俺たちが何もしなくても、奴らは攻撃してくるからな。それなら、教団が旧文明の遺物を収集して何を企んでいるのか調べたほうがいいと思うんだ」

 ペパーミントの青い眸を見つめていると、ぼんやりと発光するのが見えた。

「アレナの部隊を使うの?」

「ああ。それにイーサンに協力してもらって、人材を用意してもらうつもりだよ」


「教団との争いは避けられないか……」

 ペパーミントがトンネルの向こうをじっと見つめていると、数機のドローンが飛んできて、昇降機の通路を使って地上の洞窟に向かうのが見えた。

「あの建設作業用ドローンは何をやっているんだ?」

「このトンネルを研究施設につなげるための調査をしてもらっているの」

「ブレインたちが隔離されている施設か」

「ええ。地上の入り口は発見されないようにカモフラージュされているけど、あのままにはできないから」

「このトンネルを使って移動できるようになれば、ブレインたちの監視だけじゃなくて、あの施設に残されている遺物の研究もできるかもしれないな」

「つねに危険は付きまとうけどね」


『拡張空間に閉じ込めた化け物のこともあるから、慎重に調査しないとダメだね』

 カグヤの言葉にうなずいて、それから気になっていたことを訊ねた。

「エボシの研究施設から回収した粘土板の調査はどうなったんだ?」

「博士とレオウに協力してもらって、粘土板の古代言語を翻訳してみたけど分からないことだらけだった」とペパーミントは言う。

「たとえば?」

「粘土板を残したモノたちは『神の門』について書き残していた。そしてその粘土板は土人形と一緒に洞窟の入り口に設置されていた」

「神の門……?」

「ええ。土人形が女神との交信を可能にしていたのなら、洞窟は女神の世界につながる門だったのかもしれない」


『かもしれないってことは、まだ確証がないってこと?』

 カグヤの質問にペパーミントはうなずいた。

「粘土板の翻訳が進めば、もっと多くのことが分かるかもしれないけど、今は推測することしかできない」

『粘土板が神の門を開くための道具だって可能性はある?』

「さすがにそれはないんじゃないかな」

『そう?』


「その神の門っていうのは、俺たちが今まで見てきた異界に続く空間の歪みのことを言っているのか?」

 私の言葉にペパーミントは頭を横に振る。

「わからない。あの洞窟に入ったレイは幻覚を見せられたって言っていたけど、同じような体験をしたモノたちがいて、それを神の門と呼んでいた可能性もある」

「本人に訊いたほうがいいみたいだな」

「女神さまに?」と、ペパーミントは驚く。「教えてくれると思う?」

「どうだろうな……でも、訊ねる機会はやってくる」

「インシの民の遺跡で?」

「ああ」

「信用できるの?」


 私は肩をすくめて、それから言った。

「女神について他に分かるようなことは、粘土板に書き残されていなかったのか?」

「運命、それに生殖と破壊っていう単語は解読できたから、豊穣を司る女神のようなモノを連想したけど……」

「豊穣の女神には見えなかったな」

「そうね。聞いた話だと、他者の生命を糧にして生きているような存在みたいだし」

 洞窟で目にした大量の骨のことを思い出す。

「実際にあれが女神のような存在だったら、どうして俺たちの前に現れると思う?」

「神話に登場する神々はいつだって身勝手な存在だった。今回だって、手に入れたいモノがあるから接触してきただけでしょ?」


『遺跡の調査には、土偶を持っていかないほうがいいのかな?』

 カグヤの言葉にペパーミントは難しい顔をする。

「混沌やら神々とやらには関わらないほうがいいと思うけど、すでに私たちがコントロールできる状況じゃないから、なんとも言えない」

『だからと言って、物事が過ぎ去るまで身を隠すこともできない……か』

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