第524話 化け物


 気色悪い粘液に覆われた通路に、突如出現した異形の生物に対して我々は即座に攻撃を開始した。ライフルから撃ち出された弾丸は、生物のでっぷりとした腹部に食い込み、気味の悪い体液を撒き散らしながら貫通していく。けれどハチにも似た異形の生物は恐ろしい生命力を持ち、数十発の銃弾を受けてもなお、我々に毒針を突き刺そうとして猛進してきていた。


 異形の生物に捕らえられ組みつかれてしまうと、驚異的な身体能力を持つコケアリですら、凶暴で破壊的な力に抵抗することができなかった。硬い外骨格が砕かれる嫌な音が聞こえると、コケアリの身体は痙攣し、狂ったように手足を動かすのが見えた。

 その痙攣が止まると、悍ましい生物はコケアリの身体を持ち上げて、針を突き刺したまま横穴に引き返していく。そして嫌な羽音を反響させながら、照明の光が届かない暗闇に消えていった。


 捕らえられたコケアリたちを救い出そうとしたが、異形の生物は横穴から次々と現れ、金属的な囀りや羽音を立てながら襲い掛かってくる。

『彼女たちのことは諦めるんだ』と、闇を見つめる者は言う。『それよりも今は、奴らを殺すことだけに集中してくれ』

 闇を見つめる者が黒色の棒を振るたびに、化け物の気色悪い身体がバラバラに破壊されて、おびただしい量の体液と肉片が飛び散る。けれどそれで群れの勢いが止まることはなかった。


 戦闘が激化していくと、通路のそこかしこから争う音と肉が裂けて、硬い外骨格が貫かれて砕ける音が聞こえてくる。ワスダとソフィーはショルダーライトの明かりを頼りに、ハチを思わせる異形の生物に接近されないように銃弾を撃ち込んで、なんとか接近されることなく、化け物を処理することができていた。


 無数の銃弾を受けて地面に転がる化け物は、ひどく奇妙な姿をしていた。半透明の翅を閉じて地面を這う姿は、ゴキブリにも似ていたが、その頭部だけは昆虫のモノではなく、人間の頭部にしか見えなかった。部分的に頭髪が抜け落ちた頭部は、鬱血していて無数の血管が浮かび上がっていた。そして胴体と首の境目には、雑な縫い目が多数確認できた。本来の頭部の代りに、無理やり人間の頭部が縫い付けられているようでもあった。


 フルオートで弾丸を叩き込んでいるソフィーの背後から、恐ろしい速度で異形の生物が接近してくると、横手から現れたイレブンが生物の腹部に蹴りを叩き込む。生体脚による凄まじい威力の蹴りを受けた生物は、勢いよく壁に衝突し、痛々しい縫い目が残る頭部が砕ける。

 すると割れた頭蓋の中に、ミミズに似た紐状の生物が蠢いているのが見えた。それは頭蓋骨からこぼれるようにして床に落下していく。けれどそれが地面につくことはなかった。外気に触れた瞬間、目に見える速度で乾燥し、やがて細かい粉状の塵になって飛散した。


「俺たちは何と戦っているんだ?」

 顔をしかめながら弾倉の装填を行うと、兵隊アリに守られていた探し続ける者の声が頭のなかに響いた。

『あれはインシの民が利用する生体兵器です』

『兵器……?』と、困惑するカグヤの声が内耳に聞こえる。『あの気色悪い生物は、人工的に産み出されたものなの?』

『混沌の領域からやってくる悍ましい生物だと思っていましたが、頭部に詰まっていたモノを見て確信しました。あれはインシの民が戦争に使う生体兵器です。遺跡を警備するために配備されていたものが、何かしらの理由で目を覚まし、そして遺跡に侵入した生物を襲いながら異常増殖を繰り返してきたのでしょう』


『どんな理由が考えられる?』

『そうですね……』と、探し続ける者がカグヤの言葉に答えると、彼女の苔生した複眼から微かに蒸気が発生して、それが淡い露草色に発光するのが見えた。

『混沌によって生み出された世界が、この遺跡に具現化して、周囲を侵食していく過程で影響を受けた可能性があります。あるいは地震のようなものによって、閉ざされていた遺跡の何処かに、坑道につながる入口ができてしまったとも考えられます』


 重低音を響かせながら異形の生物が接近してくると、ハガネを操作してショルダーキャノンを形成すると、自動追尾弾で生物の頭部を正確に破壊していく。頭蓋骨の中で蠢いていた奇妙な生物が塵になると、ハチの化け物は制御を失ったドローンのように、壁や床に衝突して動かなくなった。


「坑道から侵入してきた生物に反応して、あの化け物は目を覚ました……?」

『ええ。最悪な状況ですが、その侵入口を見つけることができれば、この遺跡から抜け出せるかもしれません』

 薄暗い通路の先に視線を向けたが、通路は羽音を立て、コケアリたちに襲い掛かる生物で埋め尽くされていて、その侵入口を見つけることはできそうになかった。


『少し時間が必要ですが、私に任せてください』

 探し続ける者の複眼から漏れ出した蒸気が彼女の身体を完全に覆うと、それは発光しながら彼女が伸ばした腕の先に集束していく。そして次の瞬間、それは閃光となって凄まじい速度で通路の先に飛んでいった。

 まるで雷のように枝分かれしながら、無数の光線を四方の壁に伸ばしながら飛んでいく閃光を見つめていると、黒い影が視界を横切る。


『レイ!』

 カグヤの声に反応して眼前に迫っていた生物の針を避けると、タクティカルベストの脇腹に差していたナイフを抜いて、生物の頭部に突き立てた。嫌な感触と共にチタン合金のナイフが深く突き刺さると、化け物は高速で動かしていた半透明の翅や身体を壁にぶつけながら何処かに飛んでいった。


「気を抜くな、兄弟。奴らに捕まったら終わりだ」と、ワスダは接近してくる生物に銃弾を撃ち込みながら言う。

 通路の先に素早く視線を走らせると、異形の生物に捕らえられたコケアリが横穴に連れて行かれそうになっているのが見えた。その瞬間、私は無意識にショルダーキャノンの弾薬を切り替えて、化け物のでっぷりとした黄金色の腹部に貫通弾を撃ち込んだ。


 衝撃で化け物の体液やら肉片が螺旋を描きながら飛び散り、貫通した弾丸はそのまま横穴の入り口に命中して砂煙を立てた。連れ去られそうになっていたコケアリは貫通弾が生み出す衝撃の巻き添えにならなかったが、床に倒れたままピクリとも動かなかった。


「神経毒の類なのかもしれないな」と、ワスダはライフルのストックに頬をしっかり当て、正確な射撃を行いながら言う。「あの毒針に刺された時点で、助けることは不可能だ」

「身体が麻痺しているだけで、まだ生きているかもしれない」

 私の言葉にワスダは頭を振った。

「だからと言って化け物の巣穴に飛び込むような危険を冒すことはできない。それより、化け物どもの巣穴を破壊することはできないか?」


 イレブンが放ったレーザーを受けて、胴体から腹部を切断された異形の化け物が、醜い頭部と胸部だけになって何処かにフラフラと飛んでいくのを横目に見ながら、貫通弾が直撃した横穴に視線を向ける。

「貫通弾なら入り口を破壊することができるみたいだ」

「なら兄弟はハクと協力して、あの巣穴を塞いでくれ」

 ワスダの言葉にうなずくと、突進してくる生物に射撃を行いながらハクの姿を探した。


 ビープ音が聞こえて振り向くと、白蜘蛛にまとわりつく無数の化け物に対してレーザーを撃ち込んでいるイレブンの姿が見えた。ハクも強酸性の糸を吐き出して、腹部の先から鋭い針を出していた化け物を攻撃していたが、敵の数は多く、毒針を避けることに手一杯だった。

 私はハクにまとわりついている生物を標的に指定すると、ショルダーキャノンから自動追尾弾を撃ち込んで、正確に化け物だけを殺していった。


 けれどハクの近くには、他の場所よりも一際大きな横穴があり、異形の化け物が羽音を立てながら次々と出現するのが見えた。

「ハク!」と、私は白蜘蛛に声が届くように声を上げた。「穴を塞ぐんだ!」

 白蜘蛛は眼前に迫っていた毒針を避けると、脚を振り下ろして化け物の身体を容赦なく切断し、後方に飛び退きながら穴に向かって無数の糸の塊を吐き出す。それらの塊は横穴のすぐ近くで網のように大きく広がって穴を塞いでいった。しかし異形の生物は耳元まで裂けた大きな口を広げながら、ハクの糸を噛みちぎろうとする。


 フルオート射撃で生物の頭部をぐちゃぐちゃに潰すと、ライフルから手を離し、太腿のホルスターからハンドガンを抜く。弾薬はすでに変更されていたので、引き金を引くだけでよかった。

 撃ち出された特殊な弾丸は、糸を噛みちぎるために糸に群がっていた化け物の目の前で破裂して、金属製の網を広げた。強靭なワイヤとハクの糸に挟まれた生物の身体はズタズタに破壊されて、網目から肉片や体液が噴き出すように飛び散るのが見えた。


 ワイヤネットの効果が確認できると、壁のあちこちに開いていた横穴に向かって金属製の網を撃ち込んでいった。ワイヤの所為で穴から出てこられなくなったからなのか、生物の数はあっと言う間に減っていった。ハクにも攻撃の余裕が生まれると、まとわりつく生物を蹴散らして、横穴に向かって糸を吐き出していく。


 それを見ていたイレブンは、ワイヤネットを切断しないように強力なレーザーライフルを背中に回し、代わりに腰のホルスターからハンドガンを抜いた。そしてワイヤネットやハクの糸に群がる異形の生物に弾丸を撃ち込んでいく。

 ワスダとソフィーが攻撃に参加すると、横穴は瞬く間に生物の死骸で埋まり、生物が出入りできないように完全に塞がっていく。


 けれど安心することはできない。横穴は数え切れないほど存在し、通路には今も無数の化け物がいてコケアリたちと交戦していた。

『見つけました』

 探し続ける者の声が頭の中で響くと、通路のずっと先で強烈な光が放出されて、鮮やかな青い光で通路を昼間のように照らし出した。その光は徐々に弱くなり、すぐに重苦しい暗闇が通路を支配していくが、通路の先では今も松明のように、青い光がゆらゆらと灯っているのが見えた。


『すぐに移動する』と、闇を見つめる者は言う。『レイラたちも遅れるな』

 通路の先に向かってコケアリの一団が進み始めると、ハクを先頭の集団と合流させて、異形の生物が出現する横穴に対処してもらうことにした。銃器が使用できる我々は集団の最後尾につくと、後方から迫ってくる生物に対して射撃を行いながら後退を始めた。


 べちゃべちゃした粘液に覆われた床には、生物のグロテスクな死骸や肉片が散らばり、それらに雑じって兵隊アリの遺体や切断された手足が転がっているのが確認できた。コケアリがどれほど優れた身体能力を持っていたとしても、我々のように遠距離から攻撃を行う術を持たない以上、群れで襲い掛かってくる生物を相手に戦うのは不利だった。そしてそれがこの惨状を生み出してしまった原因になったのだろう。


 しかし闇を見つめる者たちは、この状況を冷静に受け止めて対処していた。コケアリの魂は巡るものだと聞いたことがあった。すべてのコケアリは女王と繋がっていると。だからこそ彼女たちは、仲間の死に対して我々人間とは異なる受け止め方ができるのかもしれない。


 私は雑念を振り払うと、生物の死骸で倒れそうになったワスダの身体を支える。

「大丈夫か?」

「問題ない。でも助かったよ、兄弟」彼はそう言うと、射撃を継続した。

 髑髏のマスクを装着していたので、ワスダがどんな表情をしているのかは確認できなかったが、精神的にひどく疲労していることは確かだろう。そしてそれはソフィーも同じだった。けれどそれは無理もない話だ。こんな状況に対応できる精神を持った人間なんていない。


 頭部の縫い目から膿を垂れながらしながら、口をパックリ開いて飛んでくる化け物に貫通弾を撃ち込むと、素早く弾薬を切り替えて小型擲弾を撃ち込んでいく。擲弾が次々と炸裂していくと、まるで両手で絞められた首の奥から絞り出されたような声が通路に響き渡る。


 目的の場所に到着すると、コケアリたちは我々を取り囲むようにして配置について、飢えた野犬のように涎を垂らしながら迫ってくる化け物の群れと対峙する。

『ここです』と、探し続ける者は人魂のように空中に浮かんでいた青い炎を指差す。『侵入口は見つけられませんでしたが、私たちは混沌の領域との境界に立っています。そしてこの場所は、混沌の影響から逃れている数少ない場所です』

「影響?」


 私が頭を捻ると、探し続ける者は消えていく炎を見つめながら言う。

『インシの民はこの遺跡に恐ろしい遺物を保管しています。それが何かはハッキリと分かりません。しかし彼らの神に由来する何かが、周囲に影響を与え、私たちの世界は少しずつ侵食されています。いずれこの遺跡は現実世界から切り離され、異次元に繋がります。ですが、この壁は……というより、我々が立っている場所は、かろうじて影響を受けることなく現実世界の一部として存在し続けています』

「つまり……?」

『壁が脆くなっています。破壊してください』


『遺跡が崩落して、生き埋めになったりしないよね?』

 カグヤの言葉に探し続ける者はハッキリと答えた。

『信じてください』

 彼女の言葉にうなずくと、ハンドガンの弾薬を重力子弾に切り替えた。

「カグヤ、威力を調整してくれ」

『了解』

 ハンドガンの銃身が変化して、青白い光の筋が幾何学模様をつくりながら移動し、天使の輪にも似た輝く輪が銃口の先に現れると、私は息を深く吸い込み、そして引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る