第525話 坑道


 熾烈なエネルギーが放つ目が眩むような青白い閃光は、粘液に覆われた遺跡の壁を易々と破壊してみせた。その閃光が見えなくなると、赤熱し、ドロドロに融解していく歪な道が残されることになった。

『すぐに動きましょう』

 探し続ける者は異形の化け物と交戦していたコケアリたちに指示を出すと、重力子弾がつくり出した横穴に躊躇うことなく入っていった。


「コケアリの脱出を掩護する」

 ワスダの言葉にうなずくと、猛然と迫る化け物に対して一斉射撃を開始する。絶望的状況を打開できる機会は今しかなかった。弾薬の消費など気にせず、全弾撃ち尽くす勢いで射撃を行う。

 我々を取り囲んでいた化け物の群れを掃討する頃には、兵隊アリの撤退も完了していた。けれど重低音を響かせる羽音は今もあちこちから聞こえていて、新たな化け物が巣穴から次々と出現しているのが確認できた。


 重力子弾の破壊がつくり出した通路に入ると、異形の化け物が我々のことを追えないように、後方に向かってワイヤネットを撃ち込んでいく。ハクの協力もあって、簡易的だが強固なバリケードを短時間で築くことができた。

 けれど化け物は大挙して押しよせてきていて、耳が痛くなるほどの騒がしい羽音と、金切り声のような鳴き声が辺りに響いていた。

「急げ、兄弟!」

 ワスダの言葉に急かされるように、私とハクはコケアリたちのあとを追う。重力子弾がつくりだした通路がどこにつながっているのかは見当もつかなかったが、真直ぐ続く通路を進むしか我々には選択肢がなかった。


 やがて揺れるショルダーライトに照らされていた薄暗い通路に、変化が生じていることに気がついた。重力子弾から発せられたエネルギーによって融解し、そして凝固していた壁は、遺跡でも使用されていた艶のある烏羽色の石材で出来ていたが、その壁の表面から滲み出るようにして気色悪い粘液が滴り落ちるようになっていた。

 途端に通路は粘液に覆われて、血管や肉にも似たグロテスクな物体が現れて脈打つようになった。まるで生物の内臓を思わせる光景だったが、今更引き返すことはできなかった。


『想定していたよりも混沌の影響を受けていたみたいですね』と、探し続ける者の声が頭の中に響いた。『急いでください。遺跡の復元が始まっています』

 振り返ると通路が狭くなっているような気がしたが、どうやらそれは錯覚ではなかったようだ。通路全体が激しく振動すると、パックリ開いた傷口を糸で縫い合わせるように、壁から出現した無数の管が互いに絡みついて、引っ張り合うようにして通路を塞いでいくのが見えた。


『急いで、レイ!』カグヤの偵察ドローンから送られて来る後方映像を確認しながら、私は暗い通路を駆けた。

『この壁です!』

 探し続ける者が兵隊アリたちに指示を出すと、かろうじて粘液に覆われていなかった壁が破壊されて、岩が剥き出しの坑道が出現する。集団の最後尾についていた私がその坑道に出るころには、周囲の通路も粘液と脈打つ肉に覆われていて、壁の修復が始まっていた。


 壁が見る見るうちに塞がっていくと、我々は静寂に支配された坑道の中に身を置くことになった。その奇妙な静けさは、化け物の鳴き声を耳鳴りのように耳の奥で反響させた。錯覚だと分かっていたが、嫌な鳴き声は耳から離れなかった。


「この場所は安全なのか?」

 ワスダの言葉に探し続ける者はコクリとうなずいて長い触覚を揺らした。

『危険な生物が潜んでいる可能性はありますが、少なくとも混沌の影響が及ばない場所だと認識しています』

「カグヤ、坑道が何処まで続いているか調べてきてくれないか?」と、私は坑道の先にライトを向けながら言う。

『了解、先行して様子を見てくるよ』

 カグヤのドローンが濡れた岩壁を照らしながら坑道の先に向かって飛んで行くと、我々は戦闘による被害の状況を確認することにした。


『多くの仲間がやられた。まさかインシの民の生体兵器に遭遇するなんて、想像すらしていなかったよ』

 闇を見つめる者が大顎を鳴らしながら言うと、探し続ける者の声が頭の中で聞こえた。

『そうですね……それに、インシの民の聖域が我々の坑道のすぐ近くにあることも驚きです。対策を講じなければ大変なことになります』

『女王に使いを送る必要がありそうだ』

『女王のもとには私が向かいましょう。あなたは部隊を集めて、混沌の領域が何処まで広がっているのか調査してください』

『それは大仕事になるな』

『砦を守る部隊には、引き続き遺物の監視を続けてもらわなければいけません。追加の兵隊を派遣してもらえるように交渉しましょう』

『常闇を駆ける者の手を煩わせるわけにはいかない』と、隊長アリは複眼を発光させながら言う。

『分かっています。ですが私たちが直面している問題が、もしもインシの民によって意図的に引き起こされていることだとしたら、それを見過ごすことはできません』


 コケアリたちの会話に耳をそばだてながら、私はカグヤのドローンから受信する映像を確認していた。我々が逃げ込んだ坑道には、インシの民の遺跡で見かけた石像はなく、人類によって掘られたトンネルでもないようだった。どうやら自然の力によって地下深くに形成された洞穴のようだった。


「ドローンから受信している位置情報が正確なら、俺たちは本来の目的地に近い場所に立っていることになる」と、ワスダが携帯端末を確認しながら言う。

「トンネル掘削機の近くか」

 私の言葉に彼はうなずいた。

「それで、どうするんだ?」

「掘削機が動いてくれたら、天井が崩れていて通れなくなっていた坑道を使って集落に帰れるかもしれない」

「数世紀も昔の機械が、俺たちのために都合よく動いてくれると思うのか?」

「動いてくれなければ、この迷路じみた坑道を彷徨い続けることになる」

 ワスダは溜息をつくと、装備の点検を始めた。


「イレブン、機体の状態は?」

 私の問いにイレブンは親指を立ててビープ音を鳴らした。一見すると戦闘による損傷は確認できなかったが、あの化け物の相手をしたのだから、念入りに確認した方がいいだろう。そう思ってイレブンに近づくと、負傷した兵隊アリが倒れていることに気がついた。

「そのコケアリはどうしたんだ?」

 イレブンが短いビープ音を鳴らすと、ハクがトコトコやってきて、幼さの残る可愛らしい声で言った。

『たいへんだった』


「大変……もしかして、あの化け物に捕まっていたコケアリを救い出したのか?」

 私の言葉にハクは地面をベシベシと叩く。

『ぶぅんってとんできたから、ハクがね、ズバババンってたおしたの。それでね、イレブンがきて、こうやってもちあげて、アリさんをたすけた』

 ハクは長い脚を器用に動かして、そのときの状況を一生懸命に説明してくれたが、残念ながら理解することはできなかった。

「そうか……それで、怪我の状態は?」

『ちょっと、ヤバいかもしれない』


 ハクは深刻そうな声で言ったが、それを聞いていたイレブンは肩をすくめると、ベルトポーチからオートドクターを取り出して、コケアリの砕けた外骨格の奥に注射を打った。どうやら治療はそれだけでいいらしい。

『だいじょうぶだった』ハクはクスクス笑うと、苔生した複眼を発光させていた探し続ける者の側に向かう。


『興味深い』ハクと入れ替わるようにしてやってきた闇を見つめる者は、負傷したコケアリの側にしゃがみ込みながら言う。『人間の治療薬は我々にも効果を発揮するのか?』

「確かなことは言えないけど、大丈夫だと思う」と、私は曖昧な返事をした。「以前、負傷したイアーラ族の治療をしたことがあるけど、期待した効果がちゃんと得られたんだ」

『しかしイアーラ族と私たちとでは、身体の構造が大きく異なる』

「人間とも異なる。でも大丈夫だったんだ。すぐに効果が現れるかもしれないから、どうなるのか見てみよう」

 隊長アリは白藍色の複眼を私に向けると、何かをじっと考えて、それからうなずいた。コケアリたちの表情を見て感情を読むのは難しく、彼女が何を考えているのかは分からなかったが、納得してくれたと思う。


 兵隊アリの部隊を再編成して、カグヤのドローンが作成した地図を確認しながら移動経路を決めるころには、負傷していたコケアリの外骨格の周囲に緑色の苔が広がっていくのが確認できた。

「あの苔は、コケアリたちの身体に由来するモノだったのか……」驚きのあまり率直な疑問を口にすると、闇を見つめる者は苦笑しながら言った。

『樹木や植物に着生する一般的なコケ植物だと思っていたのか?』

「……ずっとそうだと思っていた」

『長く生きた個体の身体にコケ植物が着生することもあるが、基本的に我々は地下で暮らしている。そしてコケ植物にも日の光は必要だ』

「確かに冷静に考えたら不自然だな……それなら、そのコケはコケアリたちの体毛みたいなものなのか?」

 私の質問に隊長アリは大袈裟に笑ったが、結局答えを聞くことはできなかった。


 負傷していたコケアリをハクに背負ってもらうと、我々は暗い坑道を移動してトンネル掘削機が放置されていた場所に向かうことになった。インシの民の遺跡で遭遇した異形の生物が出現することもなく、順調に移動することができた。

 しばらくすると、我々は目的の掘削機が通過したと思われる坑道に出ることができた。相変わらず岩石が剥き出しのトンネルだったが、掘削機に近づいていることが分かってホッとした。


「あれが例のシールドマシンなのか?」

 円筒状の巨大な物体が見えてくるとワスダは足を止めて、ドローンの照明装置によって暗闇に浮かび上がる鉛色の機械を見つめる。

「旧文明期の機械には詳しくないから、何とも言えないけど……」と、私も巨大な機械を見つめながら言う。「あれが目的のモノだと思う」


 闇を見つめる者に周囲の警戒を任せると、イレブンを連れてシールドマシンに接続された装置の確認に向かう。データベースで得た断片的な情報が確かなら、この巨大な装置を動かす操作室が何処かに設置されているはずだった。

 円筒状の機械は十二メートルほどの高さがあり、先端は岩壁に埋まっていたので全体像を確認することはできなかった。だからカッターヘッドの状態がどうなっているのか分からなかったが、そもそもカッターヘッドなるものがついているのかも分からなかった。


 装置の入り口を見つけると接触接続を試みるが、機械は反応を示さなかった。

『電源が供給されていないみたいだね』

 カグヤの言葉に私は頭を抱える。

「動いてくれるのを期待していたんだけどな……」

 そう言って巨大なシールドマシンを見上げると、イレブンがビープ音を鳴らす。

「どうしたんだ?」

 イレブンはベルトポーチから小型の核融合電池を取り出した。

「レーザーライフルの予備弾倉……?」

 すぐにイレブンの意図は理解できなかったが、ふとある考えが頭によぎる。

「そうか……その弾倉はイレブンのライフルのために、ペパーミントが特別に用意した核融合電池だ。小型でもこの機械を一時的に動かすエネルギーを蓄えているかもしれない」


『メンテナンスパネルを探してくるよ』

 カグヤのドローンとイレブンがいなくなると、私はシールドマシンの側を離れて、コケアリたちと一緒にいるハクのもとに向かった。探し続ける者が手の先に浮かべていた青い光球が気になるのか、ハクはしきりに質問しているようだった。


『あの機械は動きそうなのか?』と、闇を見つめる者はシールドマシンに複眼を向けながら言う。

「なんとかなりそうだ」と、私は前向きな返事をした。

『それは良かった。いつまでもこの場所に留まっていることはできないからな』

「また変異体が近づいてきているのか?」

 私は反射的にハガネの動体センサーを起動するが、不審な動きを捉えることはできなかった。


『私が気になっているのは、インシの民の遺跡だ』と、闇を見つめる者は大顎をカチカチと鳴らしながら言う。『人間の機械が奴らの聖域の近くに放置されていたことも気になる』

「ただの偶然じゃないのか?」

『そうだといいが……ところで、あの機械は前にしか進めないのか?』

「分からないけど、他にも気になることが?」

『我々の砦は、この坑道を掘ってきた機械の反対側にある』

 隊長アリが指差した方向に視線を向けると、カグヤの声が内耳に聞こえる。

『そのことなら心配しなくても大丈夫みたいだよ。それに、メンテナンスパネルも見つけた。電力を供給するから、レイもこっちに来て』

「了解」

 闇を見つめる者に事情を説明したあと、彼女と一緒にシールドマシンの側に向かう。


 操作室が設置されている気密ハッチの周囲に、半透明のホログラムが浮かび上がっているのが見えた。どうやら核融合電池をつかってシステムを起動することができたみたいだ。

 気密ハッチの開閉に関する注意書きが日本語で浮かび上がっている箇所に触れると、接触接続によってハッチが上方にスライドするように開いていった。


『狭い部屋だな』と、闇を見つめる者は操作室を覗き込みながら言う。

『このシールドマシンは、基本的に遠隔操作で使われるものだったんだ』と、ドローンからカグヤの声が聞こえる。『その部屋はネットワーク障害なんかの緊急時に使用されるものなんだよ』

『人間の魔術が使えないときに、この狭い部屋に並んでいる機械を操作して、こいつを動かすんだな』

『データベースを使った通信は魔術じゃないけど……取り敢えず、機械が動くか確認しよう』

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