第520話 会談


 地割れの底に取り残されていた人々との出会いから数日、我々は資源を効率的に回収するための準備を進めるのと同時に、地下の集落で暮らす人々の協力を得られるように、住人の生活を改善するための支援を始めた。

 計画を実行するにあたって我々が最初に着手したのは、地割れが残された地域の安全を確保することだった。地下に多くの物資を運び込む際には、作業用ドロイドたちが使用する足場を補強する必要があり、日夜続けられる作業はどうしても目立ってしまう。レイダーギャングや人擬きの注意を引いて、事態を複雑にしないためにも、部隊を派遣して脅威に対処することが決定した。


 しかしその作戦で却って目立ってしまっては意味がないので、隠密行動に秀でたヤトの部隊と、ミスズとナミが率いるアルファ小隊が廃墟の街に派遣されることになった。ヤトの部隊を指揮するのは、ヤトの一族が使う古い言葉で『硝子の砂』を意味する名前を持つ『アレナ・ヴィス』だった。鳥籠との紛争の際には、イーサンの諜報部隊と共に行動して大きな戦果を挙げた部隊でもあった。


 アレナの部隊は廃墟を徘徊する死霊のように、地割れ付近に拠点を持つレイダーギャングを壊滅していった。道徳心を捨て、悪の限りを尽くしてきたレイダーたちは、音もなく忍び寄り、そして姿を見せることなく味方を殺していく部隊に怯えながら殲滅されていった。

 やがて部隊の存在は怪談じみた噂になって、付近一帯のレイダーギャングにも伝播するが、それで何かが変わることはなかった。彼らは襲撃に警戒して、覚醒剤を大量に消費しながら眠れない夜を過ごしたが、状況が変わることはなかった。ハクがアレナの部隊に加わると、略奪者たちの数は加速度的に減っていった。


 アレナの部隊が略奪者たちの排除に勤しんでいる間、ミスズとナミが率いるアルファ小隊は、廃墟や瓦礫に潜む人擬き、それに昆虫型変異体に対処していた。略奪者たちのように活動的ではない人擬きを見つけることは困難だったが、索敵に特化したドローン『ワヒーラ』を投入することで、瓦礫に潜む変異体の発見を早め、部隊に被害を出すことなく作戦を順調に進められるようになった。


 しかし湿地からやってきたと思われる狂暴な野生動物が部隊の前に度々姿を見せるようになってからは、人擬きの掃討も思うように進まなくなっていった。

 そのイノシシに似た奇妙な生物が、どのようにして進化してきたのかは分からない。でもとにかく、廃墟の街や湿地の特殊な環境で変異し続けてきたイノシシは、体長が三メートルほどあり、最初はヒグマか何かと勘違いしたほどだった。しかし生物が部隊の脅威になったのは、身体の大きさだけが関係していたのではなく、生物の凶暴さに原因があった。


 そのイノシシに似た生物は雑食で、終わりのない食欲をもっていた。そして出会った生物がなんであれ、たとえそれが人擬きであっても、躊躇うことなく襲い掛かり食べていた。それは人擬きに対して行われていた掃討作戦を難しくしていった。廃墟で生物に遭遇すると、部隊は一度の例外もなく、イノシシに襲われることになった。

 もちろん部隊は旧文明期の装備で身を固めていたので、被害を出すことなく対処することができたが、生物が立てる騒がしい鳴き声は、周囲の変異体を目覚めさせ、そして引き寄せることになった。


 せっかく周辺一帯の人擬きを掃討しても、生物の鳴き声で新たな人擬きが集まってくるのだから、すべて台無しにされてしまう。そのため、人擬きを殲滅する部隊というより、イノシシを駆除する部隊に変わっていった。そしてそれは生物が湿地からやって来なくなるまで続けられることになった。


 一方地割れでは、円盤型の建設作業用ドローンが、地割れの底に続く足場の補修作業を急ピッチで進めていた。重力場を発生させて飛行する円盤型の機体には、作業のためのマニピュレーターアームが機体の上下にそれぞれ二本ついていて、湾曲した装甲に沿って敷かれたレールが動くことで、自由にアームを動かして作業を行うことが可能になっていた。

 いずれその足場は、略奪者たちやスカベンジャーたちに使用されないために、解体されることになるが、現段階では物資の搬送に必要になるのでしっかりした足場が用意されることになっていた。


 足場の補修作業が完了すると、カグヤが遠隔操作する輸送機によって多くの作業用ドロイドが、大量の物資と共に地割れの近くに運び込まれて、地下に向かって行進する様子が見られるようになった。

 昇降機を使って地下に到着すると、機械人形に対して偏見を持たない集落の住人に歓迎され、多くの物資を届けることができた。そうして回収場で暮らす住人との信頼関係を強めながら、計画を次の段階に進めるために、我々はコケアリとの交渉も行うことになった。


 闇を見つめる者、そして集落の監督官であるマキシタを交えた話し合いはコケアリの砦で行われることになった。我々は、住人が資源となる鉄屑やジャンク品を回収する際の護衛として、コケアリたちの協力を求め、見返りにより多くの砂糖を提供すると約束した。


 闇を見つめる者は、どうして住人が護衛を必要としているのか疑問に思っていたが、資源を回収する場所が関係していると丁寧に説明して納得してもらった。というのも、集落の周囲にも鉄屑やジャンク品が大量にあるが、もっと質のいいものを、たとえば旧文明期の鋼材を多く含んだ資源を回収する際には、監督官であるマキシタが知っている別の坑道で資源を回収することになる。そしてそこはコケアリたちの砦から遠く離れていて、住人が危険な変異体の被害に遭う可能性があったのだ。


 それに回収した資源を拠点に運ぶために、コケアリたちの坑道と我々の拠点を地下でつなげることができないのか検討することになった。それが可能になれば、資源の回収のために毎回足場を用意する必要はなくなり、地下で暮らす住人が外部からの脅威に晒される事態も避けることができる。


 闇を見つめる者は協力を約束してくれたが、いくつか問題があった。短期間でそれだけの作業を行うには、多くの働きアリと兵隊アリを必要とするが、混沌の生物が活発に活動している現在、作業する働きアリたちを護衛する兵隊アリを派遣できない状態になっていた。そこで我々からも作業用ドロイドを派遣するだけではなく、戦闘用機械人形も派遣することが決まった。


 その話し合いの最中に思わぬ収穫があった。マキシタが言うには、かつて地下で資源を回収していた人々が使用していたトンネル掘削機、所謂シールドマシンが放置されている坑道を知っているとのことだった。データベースに関する権限を持たない彼らには利用できないものだったが、昇降機を動かせた我々なら有効に活用できるかもしれない。


 旧文明期の掘削機に関する話は、闇を見つめる者の興味も引いたのか、掘削機を見に行く際には彼女も同行すると約束してくれた。どうやらコケアリたちも坑道のあちこちで人類の残した掘削機を見つけていたようだが、動かすことができずに困っていたようだった。

 もしも我々が掘削機を自由に操作できるようになれば、コケアリが坑道を拡張する助けが出来るかもしれない。もっとも、我々にはコケアリが何処まで坑道を広げようとしているのか、そしてその理由も想像もできなかった。


 そこで話し合われた住人の護衛や、坑道と拠点をつなげる計画に関する約束事は、ただの口約束ではなく、コケアリと不死の子供の間で取り交わされた正式な契約として結ばれることになった。そして契約は不死の子供である私の言葉と、闇を見つめる者の言葉を特殊な鉱石に記録する形で行われた。


 コケアリが使用する鉱石は、彼らが敵対的な生物の死骸でつくりあげる大理石調の石材に似たモノだったが、情報や声を保存することができるので、イアーラ族が歴史を保存するために使用する鉱石に近いモノなのかもしれない。いずれにせよ、そこで契約は結ばれることになり、コケアリは我々が資源を得るための支援を行ってくれることになった。


 コケアリが我々を支援するのは、砂糖を入手できるからだけではなく、そこにはコケアリの女王が不死の子供たちと交わした古い盟約が関係しているらしいことが分かった。しかし詳しい事情について、闇を見つめる者は教えてくれなかった。

『いずれ我々の首都で女王に会えるのだから、そのときに直に話を聞いてくれ』

 彼女はそう言って話をはぐらかした。


 それからコケアリたちがどのように砂糖を使うのかも教えてもらえた。そう、彼女たちはただの甘党ではなかったのだ。

 会談が行われていた広間に兵隊アリが入ってくると、ガラス製の容器をテーブルにそっと載せた。それは我々のために用意された飲料が入ったグラス同様に、金箔をあしらった精巧な細工が施されていたが、容器の中にはまるでダイヤモンドのように光を反射する砂粒状の欠片が大量に入っていた。


 闇を見つめる者は、別の兵隊アリが運んできた砂糖と冷たい水を、ウィスキーなどの液体をかき混ぜるマドラーにも似た金属製の棒を使って混ぜ合わせると、そこに先ほどの砂粒状の欠片を適量入れた。そしてキチン質の殻で覆われた指で器用に液体を混ぜていく。すると半透明だった砂糖水は瑠璃色に発光する液体に変化していく。

『これが我々の力の源だ』

 闇を見つめる者は大顎をカチカチ鳴らすと、金属製の細長い管を使って液体を飲んだ。すると彼女の複眼は白藍色の光を帯びて輝きを増した。


「それは?」私が砂粒状の物質に視線を向けると、隊長アリは大顎を鳴らした。

『草々の囀りが管理している森のことを知っているだろ?』

 私は山梨県と静岡県の県境にある峰々で見ていた不思議な光景を思い出した。

「……もしかして、あの水晶柱を砕いたものなのか?」

『そうだ。だから間違ってもこれを飲もうとは考えないでくれ。これは人間にとって恐ろしい毒になる』

「結晶の森を管理していた草々の囀りが神経質だった理由が分かったよ」と、私は苦笑しながら言う。「ところで、その液体を飲むと、どんな力を手に入れられるんだ?」


 闇を見つめる者がテーブルの表面を鋭い爪で叩くと、テーブルの表層が変化してウネウネ動き、剣にも似た突起物がテーブルから突き出す。それは一瞬にして形成されたので、会談に同席していたソフィーとマキシタは飛び上がるほど驚いた。

「それが奇跡ってやつなのか……」

 ワスダの言葉に闇を見つめる者は大顎を鳴らす。

『奇跡……本当の奇跡を知らないものたちの目には、確かに私が奇跡を起こしたように見える。けれどこれは我々種族に備わる特性が可能にしていることであって、奇跡のように大袈裟なものではない』

「充分、魔法じみているけどな」と、ワスダは鼻を鳴らす。


「その能力は神々の血液に関係するモノなのか?」

 私の質問に闇を見つめる者はうなずいた。

『我々の創造主によって与えられた能力だ。けれど私が見せたかったのは、別のモノだ』

 闇を見つめる者は鋭い突起物を握ると、まるで細い枝を折るように、簡単に砕いて見せた。テーブルは旧文明期の鋼材と同等の硬度だったので、それがいかに異常なことなのか理解できた。


『あの液体はコケアリたちの身体能力を向上させる効果があるの?』

 カグヤの言葉に隊長アリはうなずいた。

『そうだ。この特別な液体が我々を強くしてくれる』

『どうしてそんなものが地球に?』

『我々が持ち込んだからだ』

『持ち込むって……そんなことが可能なの?』

『あれは鉱石でありながら、粘菌のような特性を備えているからな。管理の仕方を間違えなければ、どうという事はない』


「それも異界と呼ばれる別世界のモノなのか」

 ワスダはコケアリを前にしながら、まだ異界について信じられないのか、水晶柱の存在にも半信半疑だった。

『混沌の領域でも存在は確認されているから、驚くようなことでもないだろ』

 闇を見つめる者の話についていけないのか、ワスダは肩をすくめて黙り込む。


 闇を見つめる者との会談のあと、我々はマキシタに頼まれていた仕事に取りかかった。老人から託されていた地図を頼りに、動作を停止していた昇降機を使って別の回収場に向かい、孤立しているかもしれない住人を探す。

 私に同行したのはワスダとソフィー、それにイレブンだけだったが、コケアリたちによって比較的安全な区画だと認められていた場所だったので、この人数で行動しても問題ないと考えた。


 我々が最初に訪れたのは、第十四区画・資源回収場と呼ばれていた場所で、数十年前まではマキシタが監督する集落と交流があった集落だった。しかし予想通り、坑道に沿ってつくられた集落は無人で、住民を見つけることはできなかった。

「コケアリの支援すら得られず、ずっと孤立していたんだ。こんな場所で生き残っているほうが不自然だ」と、ワスダは私に言う。

「そうだな……」

「それでもまだ捜索を続けるのか?」

「別の集落に行ってみよう。きっとどこかに生き残りがいるかもしれない」

 ワスダは乗り気ではなかったが、一緒に捜索を続けてくれた。

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