第521話 魔術


 地下に取り残された人々の捜索は、時間をかけて行われたが、生きた人間を見つけることはできなかった。いくつかの集落には襲撃の痕跡と共に、昆虫型変異体を食料にして生き延びていた証拠が見つかったが、残念ながらそれだけだった。捜索活動は打ち切られることになり、我々はマキシタが監督している集落に戻ることになった。


 予想していた結果だったとはいえ、かつて交流があった回収場には親しい人間がいたのだろう。集落の人々は仲間たちの全滅に打ちひしがれると同時に、自分たちがいかに恵まれた環境にいたのか気づかされた。もしもコケアリの砦が近くになければ、彼らも変異体の襲撃で全滅していたのかもしれないのだ。


 我々が住人の捜索を行っていた間にも、働きアリたちの手によって拠点につながる坑道は掘り進められていて、住人が回収した資源を保管するための区画も新たにつくられた。

 計画が本格的に始動すると、地上につながる足場は解体され、昇降機も完全に止められることになった。地上につながる昇降機は他に数箇所存在したが、住人の捜索を行っていたときに接触接続を行い、すでに動作を停止させていたので、何者かが昇降機を使って地下にやってくる心配をする必要はないだろう。


 地上で掃討作戦を実行していたミスズとアレナの部隊も、廃墟から引き上げることになった。掃討作戦で周辺一帯の治安は劇的に改善されたが、それも一時的な現象だろう。すぐに略奪者の組織や、廃墟の街で日々誕生している変異体が住み着くことになる。しかし当初の目的は達成できたので、不満は何もない。我々が地割れの底でやっていることは誰にも知られることはなかったのだから。


 それから集落の住人を集めて、必要な資源の回収方法について話し合うことになった。我々が必要としていたのは、旧文明の特殊な鋼材を多く含んだ資源だったが、住人が素材を判断することは難しかった。そこで役に立ったのが、以前ペパーミントが開発してくれた装置だった。それは十五センチほどの何の変哲もない金属製の角棒だったが、先端には僅かな段差があり、素材に角棒の先端を押しあてると、先端が装置の内部に綺麗に収まって、素材をスキャンするためレーザーが照射される。


 その装置を使えば、回収されるジャンク品に必要な素材が含まれているのか確認することができる。元々、廃墟の街や大樹の森に存在する遺跡を調査する部隊に支給される予定のモノだったが、意外なかたちで役に立つ日が来たのだ。すでに装置は準備していたので、回収作業にあたる住人に配られるだろう。


 資源回収の監督は引き続きマキシタが行うことになる。部外者である我々が指示を出すよりも、住人から慕われ信頼されているマキシタが監督者として適任だと考えたからだ。彼には坑道で働く作業用ドロイドの指揮権も与えてある。作業に関する場合の指示に限るが、マキシタがドロイドに指示を出せるようになることで、我々が坑道にいないときでも作業が停滞してしまうことはないだろう。


 ちなみに坑道を広げる計画に、砂漠地帯にある採掘基地も含めようとしたが、砂漠は人型昆虫生物である『インシの民』が管理しているので、彼らの支配領域にコケアリの坑道を掘るのなら、インシの民と話し合う必要があるようだった。コケアリはインシの民と敵対していなかったが、積極的に関わりを持つこともないようだったので、交渉は我々が行うことになるだろう。


 坑道を掘り進めている働きアリたちの作業を見学するため、ハクと一緒にコケアリたちの砦に向かうと、そこで興味深い出会いがあった。

 そのコケアリは身長が二メートルを優に超えていて、他のコケアリにない特徴を備えていた。たとえば彼女の首は、つまり、人間でいえば首にあたる部分が異様に長く、触角も他の個体よりも長いことが確認できた。また彼女は、修道僧が身につけているようなローブを纏っていて、それは光沢を帯びた象牙色の不思議な素材でつくられていた。驚いたのは彼女の複眼を見たときだった。それは苔に完全に覆われていたが、それでも彼女にはしっかりと周りが見えているのか、岩に躓いて転ぶようなこともなかった。


『私は女王の魔術師だ』

 そう語るコケアリは『探し続ける者』と呼ばれていると自己紹介してくれた。彼女が何を探しているのかは分からなかったが、彼女の外骨格は透き通った鮮やかな濃紅色だったので、それなりの地位にいる人物だということが分かった。

「魔術師とはなんでしょうか?」

 私が訊ねると彼女は大顎を鳴らして、私の頭の中に直接声を届けた。

『少しお話をしましょう』

 どうやら探し続ける者は翻訳機を使わずに、ハクのように念話を使って他者に言葉が伝えられるようだった。

 私は彼女の言葉に同意すると、ハクと共に彼女のとなりに並んで歩いた。彼女の側には武装した兵隊アリたちがついていて、常に彼女の護衛をしているようだった。


『塵の子に会うのは久しぶりです。この砦にはどんな用事が?』

 ハクを撫でていた私は手を止めて、それから言った。

「働きアリたちがどうやって坑道を掘り進めているのか、少し興味がありました」

『確かにそれは気になりますね。働きアリたちは与えられた仕事を黙々とこなし、女王のために尽くします。なんの見返りも求めない彼女たちの姿勢を、人間が理解するのは難しいかもしれません』

「働きアリが話している場面を見たことがないのですが、彼女たちも普通に会話ができるのですか?」

『ええ、できます。しかしあなたが考えているように、彼女たちにはハッキリした意識は存在しません。個性のない集合意識のようなモノによって行動しています』


『働きアリの全てが同一の個体ってこと?』

 カグヤが操作する偵察ドローンから声が聞こえると、探し続ける者は苔生した複眼をドローンに向けた。

『いいえ、それは間違っています。彼女たちはそれぞれ独自の魂を持ちます。しかしそれはまだ産まれたばかりの小さなモノでしかない。だから集合意識に魂が惹かれているにすぎない。彼女たちの魂は巡り、いずれ個性が得られる日がやってきます』

『それはたとえば、兵隊アリや隊長アリのように、上位の肉体に魂が宿るかもしれないってことかな?』

『そうして私たちは女王に尽くし続けるのです』


 我々は探し続ける者のあとを追って輝く坑道を離れ、集落に続く横穴に入っていく。偵察ドローンの照明によって暗い通路が明るくなるが、それがなくても探し続ける者は歩き続けていた。彼女は人間にない感覚器官である触角をつかって、周囲の状況を正確に把握しているのかもしれない。そしてそれは兵隊アリも同様なのか、触角を小刻みに動かしながら我々のあとについてきていた。


 混沌の遺物が近づいてくるとハクと兵隊アリは脚を止めるが、探し続ける者は砂に埋もれた立方体に近づき、そのすぐ側に立った。

『これは本来、地球上に存在してはいけない遺物です』

「混沌の生物がそれを欲しがっている理由をご存じなのですか?」

 私の問いに彼女はうなずいた。

『この遺物は生物に夢を見せてくれますが、同時にその存在によって、混沌の領域に続く門としても機能しています』

「夢……? それは眠っているときに見る夢のことでしょうか?」

『ある意味では』

 探し続ける者はうなずいて、それからキューブ状の遺物に触れた。すると彼女の手が触れていた箇所が赤熱するように発光するのが見えた。しかし赤熱しているように見えるだけで、熱は発生していないのか、探し続ける者が痛みを感じている様子はなかった。


「夢を見るためだけに、混沌の生物は必死になってこの遺物を手に入れようとしているのですか?」

『ただの夢ではありません。それはある種の予知夢のようなものです』

「未来について知ることができる……のですか?」と、私は困惑しながら言う。

『ええ。しかしそれは、この宇宙に数多く存在する可能性のひとつを知ることができるということです』

「確かにすごい遺物なのかもしれない……ですが、無限に存在する可能性のひとつを未来と呼ぶことはできないのではないでしょうか?」

『それを決めるのは、夢を見た者です』

 突然発生した振動によって遺物の姿が曖昧になると、探し続ける者は遺物から距離を取った。その振動は遺物が埋まっていた砂に幾何学模様をつくりだしていった。


「未来を見ることができる……それが事実なら、奇跡のような現象を体験できる遺物ですね」

 ローブに付着した砂を払っていた探し続ける者は、私の言葉に手を止めた。

『奇跡といえば、あなたは神々の血について疑問を持っていますね』

「魔法のような現象は何度も目にしてきましたが、人間にはできないことですから」

『そうでしょうか?』と、探し続ける者は私に複眼を向ける。『古代メソポタミアでは、すでに高等魔術と呼ばれるものが存在していた記録はありますよ』

「メソポタミアって、イラクの……?」

『ええ。そして魔術はエルサレムへの巡礼に向かう人々を守護する聖堂騎士団によって、西洋に持ち込まれたと記録されています』

「人類史について、よく知っているのですね」

『記憶の継承は魂と共に行われるので、それほど難しいことではありません。とにかく』と、探し続ける者は手を叩いた。『魔術は実在する。それを使うことも難しくはありません。それがあると信じて、見つめるのです』

「見つめる?」と、私は顔をしかめた。「何を見つめるのでしょうか?」


『これです』

 探し続ける者の言葉のあと、混沌の遺物は真っ赤に発光してゆっくり溶け出していった。得体の知れないドロドロとした液体が砂に滴り落ちて広がっていくと、液体の表面に青空が映り込むのが見えた。それは徐々に広がり、気がつくと我々は草原の真只中に立っていた。青い空に緩やかな起伏のある草原、新鮮な空気はひんやりとしていて、薄暗い横穴で感じていたカビ臭い空気とは違っていた。しかし驚いているのは私だけで、ハクは何処かで拾っていた金属板に自分の姿を映して遊んでいた。


「ここは何処なんだ……?」と、私は困惑して丁寧な言葉遣いを忘れてしまう。「いや、そもそも何が起きたんだ?」

『私たちは夢のなかにいるのです』

 探し続ける者はそう言うと、草原の先を指差した。すると風になびく月白色に輝く長髪を持った青年の姿が見えた。幼さを残す中性的な顔立ちをしていて、時折、金色の瞳孔が光を放つように瞬いていているのが見えた。

「あれは何者なのでしょうか?」

『塵の子です』

 意味が分からず、疑問の表情を浮かべて探し続ける者を見つめたが、彼女は何も言わなかった。青年に視線を戻すと、彼も我々の存在に気がついたのか、こちらに向かって弓を構えた。と、そこにイアーラ族にも似た獣人が現れて、青年に一言二言何かを伝える。すると青年は弓を下げた。しかし一瞬のあと、彼はすぐに弓を構えて矢を射る。


 その矢は凄まじい速度で我々の側を通り過ぎて、後方から迫ってきていた混沌の子供たちの一体に突き刺さる。

「どうして奴らが?」

 驚いてライフルを構えるとが、探し続ける者は冷静に言った。

『心配する必要はありません。私たちは夢のなかに立っているのだから』

 彼女が両腕を高く上げると、地面から無数の突起物が出現して混沌の子供たちの醜い身体を貫いていく。その数は凄まじく、我々の周囲には串刺しにされた無数の化け物の死骸が残されることになった。

「あれはあなたがやったのですか?」

『驚きましたか?』

 彼女はそう言うと、大顎を鳴らしてクスクスと笑った。


 私はずっと遠くにいる青年に視線を向けて彼女に訊ねた。

「それなら教えてください。私たちは予知夢を見せられているのですか?」

『可能性のひとつを見せられています。そしてこの世界は、私の能力によって具現化しました』

「あなたは本物の魔術師だったんですね」

『探し続ける者は、いつだって女王の魔術師でしたよ』

「これから何が起きるのでしょうか?」

『というと?』

「もとの世界に帰れるのでしょうか?」

『どこにも帰りませんよ。何故なら、私たちは始めから何処にも移動なんてしていなかったのだから』

「でもここは地下の坑道じゃない……」

『意識を集中して、第三の目を開いてよく見るのです。きっとそこにあなたの世界が見つかるはずです』


 探し続ける者の言葉のあと、額に違和感を覚える。すると視界が鮮明になって、草原の先に横穴の壁が見えてくる。その瞬間、周囲の光景が一変して全てがもとの状態に戻る。熔けだしていた混沌の遺物にも変化はなく、幻覚を見せられていたような、そんな不思議な気分になった。

「幻覚を見ていた……?」

 私が訊ねると、探し続ける者はコクリとうなずいた。

『夢を幻覚と呼ぶことができるのか、私には分かりません。しかし私たちは何かを見た。それは確かなことです』


『レイ』

 カグヤの困惑する声が聞こえると、私はドローンから受信する映像を表示した。すると額に縦に開いた瞳があるのが確認できた。驚いて自身の額に触れたときには、もう何もなかった。

「あれは……?」

『可能性のひとつです』と、探し続ける者は言う。『これで魔術について理解が深められたと思いますが、いかがでしょうか?』

「正直、あなたが何を見せたかったのか、何を話したかったのか、そして自分が何を見せられたのか……その全てがまったく理解できませんでした」

『そういうものです。真の悟りを開くために、あなたはまず“全てのモノは存在しない”ということを理解する必要があります。自分の心が認識しているからこそ、そこに存在しているモノがあるのだと』


 私が顔をしかめると、彼女は澄んだ声で笑った。

『夢が偽りであるならば、現実も偽りです。しかしその現実を存在するモノとして捉えたとき、世界はどのように見えてくるのでしょうか?』

「私たちは哲学について話をしているのでしょうか?」

『いいえ。でも夢も現実も、奇跡でさえも、そこに存在すると受け入れることができるのなら、それは確かに存在していることになります』

「不確かで曖昧な存在を認識する……そのための第三の目?」

『受け入れるためですよ』


 あの目が出現した理由は今でも分からなかったが、探し続ける者との出会いは、混沌の領域に存在する奇跡のような現象の数々を、より深く知ることのできる足掛かりになった。彼女が言うように、私はそれを否定するのではなく、この世界に存在する現象として受け入れることから始めなければいけなかった。そして結局のところ、理解するとはそういうことなのだ。

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