第519話 計画
闇を見つめる者が、黒蟻に跨がった兵隊アリの一団を率いて坑道の警備任務に赴くと、我々はマキシタと合流して集落に戻ることになった。コケアリと混沌の勢力がどんな関係なのか、それに地下深くに掘られた坑道について、まだまだ知りたいことはあったが、コケアリたちに会う機会はこれからもあるので、そのときに訊ねようと考えていた。
結晶の森で遭遇した『草々の囀り』と違って、闇を見つめる者は我々に対して好意的だったので、良い関係が築けるかもしれない。
コケアリとの交易で入手した大量の物資を数台の荷車に積み込むと、作業を担当していた住人も我々と一緒に集落に向かうことなった。ハクはホバー機能のついた荷車に興味があるのか、精一杯身体を低くして、地面から浮いていた荷台の下を何度も覗き込んでいた。しかし原理が理解できないのか、荷車が浮いている理由を住人に質問していた。
だけど住人には答えられない質問だった。機械人形の修理ができても、集積回路を自作できないのと理由は似ているのかもしれない。実際、我々がやっていることはジグソーパズルと変わらないのかもしれない。それよりも住民は話ができるハクに対して驚いているようだった。
ワスダは住民と打ち解けたハクの様子を見ながら言った。
「コケアリたちと一緒に資源を回収しに行くのかと思っていたよ」
「そうですね」と、ミスズも続ける。「探索のための準備もしてきていたので、このまま一緒に坑道に向かうのだと思っていました」
「砦を襲撃した化け物どもの大群を見て怖気づいたのか?」
ワスダの言葉に私は頭を横に振る。
「まさか。俺はただ、昇降機の修理を優先しただけだよ」
「そもそも何のために修理するんだ?」
「なんのためって、集落の住人が地上に行けるためだよ。俺たちだって回収した資源を運ぶ際に、毎回危険な足場を使うわけにはいかないだろ?」
「大量の資源を拠点まで輸送するなら、コケアリに頼んで拠点の近くまでトンネルを掘ってもらった方が早いんじゃないのか?」
発光器官を備えた昆虫が目の前に飛んでくると、私は立ち止まって、昆虫が通り過ぎるのを待った。
「そんな方法があるなんて考えもしなかった」と、私は正直に言う。「でも、住人はどうするんだ? ずっとこんな場所で生活する訳にはいかないだろ?」
「兄弟が英雄願望の持ち主だってことを、すっかり忘れていたよ」と、ワスダは溜息をつきながら言う。「でも、さすがに今回は余計なお世話じゃないのか?」
「どうしてだ?」
「砂糖を入手できるコケアリには、それをするだけの理由はあったのかもしれないが、廃棄場の住人はコケアリたちに守られながら今まで生きてきた。それが悪かったとは言わないが、その所為で奴らはよそ者に対する警戒心をこれっぽっちも持ち合わせていないし、武器を使えるのかも疑わしい。そんな集団が、危険なレイダーギャングや不死の化け物が徘徊している地上に適応して、普通に生活できると思うか?」
「それは……」
「無理だろうな。人擬きの襲撃を生き延びても、奴隷商人に捕まって処分されるのがオチだ」
私はハクと一緒になって談笑していた人々の背中を見ながら言う。
「それなら、俺たちは彼らに対して何もできないのか?」
「できないな」ワスダはきっぱりと言う。「そもそも大量の資源を必要としているのは、あの奇妙なガスマスクをつけた集団を拠点に受け入れたからだ。そうだろ? 廃棄場の奴らの面倒を見る余裕なんてないはずだ」
『そうだね』と、カグヤはワスダに同意する。『それに昇降機を修理しちゃったら、今まで廃棄場に近づかなかったレイダーギャングの興味を引くようになるかもしれない。そうなったら、レイダーたちから住人を守るために、地上に施設を建設して警備する必要が出てくる』
「今まで何もなかった場所に拠点ができて、ジャンク品を満載した輸送機が飛び立つのを見てレイダーたちがどんな反応をするのか、兄弟にも想像はつくだろ?」
「何もしないことが住人のためになるのか?」
私の言葉にワスダはうなずいた。
「今回ばかりは諦めてくれ」
我々はコケアリが支配する坑道を離れて、得体の知れない遺物が鎮座する横穴に入っていく。発光する鉱石や昆虫がいなくなると、周囲は不気味な暗闇に支配されていく。先行していた住人はすぐに照明装置を使って辺りを明るくする。地下での生活に慣れている集落の住人にも、人間が暗闇に対して本能的に感じる恐怖は残っているのだろう。それまでの雰囲気から一変して、住人は暗闇に潜むモノたちの気配を探るように、真剣な面持ちで狭い道を進んだ。
遺物の横を通り過ぎた辺りで、ミスズが小声で言った。
「でも……彼らの生活を改善する方法ならありますよ」
ミスズの言葉にワスダは肩をすくめる。
「鳥籠にも入れず、廃墟で暮らしているような底辺の人間からすれば、奴らは充分恵まれていると思うけどな」
「確かにそうなのかもしれません。食料には困りませんし、レイダーや人擬きの襲撃に怯えることもありません。でも、生活環境は最悪だと思います。身につけている衣服もボロボロですし」
「確かにあれは酷い。クスリ漬けでゲロまみれのレイダーでも、もっとまともな恰好をしている」
「それに綺麗な水の入手も困難なのだと思います。子供たちの身体は垢まみれでした」
「コケアリたちみたいに、奴らの生活をマシにする物資でも提供するのか?」
「そうです」と、ミスズは大きくうなずいた。「ですが施しではなく、回収場の住人と交易を行うのです。私たちから物資を受け取る代わりに、彼らからは労働力と資源を提供してもらいます」
「……そいつは悪い考えじゃないな」と、ワスダは先行する住人に視線を向ける。「奴らが提案に乗ってくれるなら、鉄屑を回収するために機械人形を派遣する必要がなくなる」
「コケアリさんたちとも交渉して、資源を回収してくれる住人の護衛をしてもらえるようにすれば、戦闘用の機械人形を派遣する必要もなくなります。なにより、彼らの生活環境を大きく改善することができます」
「どう思う、兄弟?」と、ワスダは私に視線を向ける。
「ミスズの考えには賛成だよ。その計画が実現できないか、マキシタと交渉する価値はあると思う」
横穴を抜けると、ガランとした空洞がどこまでも広がる区画に出る。相変わらず周囲は暗く不気味だったが、集落が近づいてくると照明パネルが発する柔らかな光が見えてくるようになる。
大量の鉄屑とジャンク品が広大な区間に放置されている光景は奇妙だったが、暗闇を歩いてきたあとでは、その異質さも安心できる光景に変わる。住民もホッとしているのか、先程までの緊張感がなくなったように見えた。
「少なくとも」と、ナミは集落の周囲に転がる鉄屑を見ながら言う。「これからは機械を造ったり、拠点の整備に必要な資源に困ることはなさそうだな」
「そうですね」とミスズはうなずく。「安定的に資源が得られるようになれば、機械人形の部隊を増やして、私たちは遺物の探索に専念することができます」
「拠点周辺を徘徊してる人擬きを一掃することもできるな」と、ナミは笑みを見せた。戦いを好むヤトの戦士だからなのか、彼女には好戦的なところがあった。
「そうなれば、あの辺りはますます安全になるな……兄弟がその気になれば、新たな鳥籠の管理者にすらなれるんじゃないのか?」
ワスダの冗談じみた物言いに、私は肩をすくめる。
「鳥籠を管理することには興味ないよ」
「なら、兄弟はこれから何をするつもりなんだ?」
「そうだな……」と、私は照明を受けて光を乱反射する壁面パネルの残骸を見ながら言う。「まずは資源の問題を解決することに努めるよ。コケアリたちとの交渉もしないといけない。それが終わったら、砂漠地帯の紅蓮に行こうと考えている。そこで浄水装置関連の問題を片付けたあと、砂漠のオアシスで人々を襲っている化け物に対処して、採掘基地の水問題を解決する」
「ライブラリーで共有してくれた映像で見たけど、あの恐ろしい化け物を相手にするのか?」
「オアシスの地下には奇妙な遺跡があるから、放っておくわけにもいかないんだ」
「遺跡調査か……そいつは骨の折れる仕事だ」
集落に到着すると我々は子供たちの歓迎を受けながら、マキシタの立派な掘っ立て小屋に再び案内される。そこで交易に関する交渉を行うことになった。ミスズが話していたように、集落では衣類や生活用品が不足していて、飲料水に関する問題も抱えていた。彼らが使用していた浄水装置は故障寸前の代物で、今までどうにかこうにか使っているような状況だったのだ。
マキシタは我々の提案に喜んでくれたが、住民を危険に晒す訳にはいかなかったので、危険な場所で作業する際に、護衛することを条件として提示した。もちろん護衛はつけるつもりだったので承諾する。
「別の区画にある回収場はどうなっているのですか?」
ミスズが訊ねると、マキシタは自慢の髭を撫でながら言う。
「昇降機を使わないと辿り着けない場所もあるからな……正直、別の区画がどうなっているのかは、わしらにも分からないのだ。監督官として恥ずかしい話だがな……」
「たしか、連絡が途絶えているって――」
「そうだ。我らの友が言うには、化け物の襲撃で滅んだ集落もあるようだから、希望は持たないようにしている」
「……その集落の位置は把握しているのですか?」
「古い情報だが地図を持っている」老人はそう言うと、テーブルに携帯端末を載せて地図のホログラムを投影する。「トンネルが崩落していなければ、集落に辿り着けるだろう」
「そいつはいつ頃の地図なんだ?」
ワスダが訊ねると、老人は髭を撫でていた手を止める。
「わしが知る限り、情報は一度も更新されていないからな……」
「数十年どころの話じゃないな」
「そうだな……そこでわしから頼みがあるんだが」
「頼み?」
ワスダが片眉を上げると、老人は気圧されてしまうが、なんとか言葉を続ける。
「お前たちにこの地図を譲ろう。その代り、回収場の住人が無事なのか確認してきて欲しい」
「確認してどうするつもりなんだ?」
「わしらの集落に移住してきてもらうんだ。お前さんたちとの取引ができれば、わしらにも生活の余裕ができるからな」
ワスダはじっと老人の目を見つめて、それから私に視線を移した。私がうなずくと、老人は満面の笑みを浮かべた。
計画についてじっくり話す必要があったが、日が暮れる前に我々は地上に戻ることにした。
「そうだな」と老人はうなずく。「地上に設置された足場がどうなっているのかは知らんが、暗くなれば危険な道程になるだろう」
「次に来るときは、もっと入念な準備をしてくるよ」と私は言う。「浄水装置を修理できる人間も連れてくる」
「腹いっぱい水が飲めるような日がくるとは、想像もしていなかったな……」
「子供たちが喜びますね」ミスズの言葉に老人は気のいい笑顔を見せた。
基本的にこの集落で暮らす住民は優しく、思いやりのある人々が多かったが、ワスダの言うように、この世界ではそれが弱点になる。彼らとの付き合いには慎重になる必要があった。無責任に地上に連れ出す訳にはいかない。
子供たちに見送られながら昇降機に乗り込むと、私のとなりに立っていたワスダが言う。
「それで、兄弟はこれから何をするつもりなんだ?」
「何って、さっきも話しただろ……いや、カジノ強盗の話はまだだったか?」
「カジノ……? そいつも気になるが、俺が知りたいのは兄弟が何を考えているのかってことだ。組織を大きくして何をしようとしてるんだ?」
「イーサンとレオウには相談していたけど、ワスダにはまだ話していなかったな」
「ああ。俺たちは拠点にすら入れてもらえていないからな」と、ワスダは鼻で笑う。
私は肩をすくめて、それから言った。
「月に行こうと考えているんだ」
「月ってあれか……?」と、ワスダは洞窟の天井を指差した。
「そう。その月だよ」
「そいつは何かの比喩なのか?」
「いや、言葉通り月に行こうとしているんだ」
「壮大な計画だな……」と、ワスダはしみじみと言う。
「簡単にはいかないだろうな。宇宙船を手に入れるだけじゃなくて、それを動かす権限も入手しなければいけないし」と、私は他人事のように言う。
「何か当てはあるのか?」
「とりあえず、姉妹たちのゆりかごに行こうと思っている」
「花街で有名な鳥籠だな」
「ああ。それに砂漠地帯にも墜落した戦艦の残骸があるから、権限に関する手掛かりが得られるかもしれない」
「なら、これからは今以上に慎重に動く必要があるな」
「慎重? 何に警戒するんだ?」
「教団だよ。旧文明期の技術を手に入れようとしているのは、奴らも同じだからな」
「また教団か……」
「俺には好都合だけどな」と、ワスダはニヤリと笑みを見せた。
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