第508話 亜人


 リンダと思わぬ再会を果たした私は、危険な廃墟の街を離れ、彼女を連れて安全な拠点に戻ることにした。もちろん、彼女の目立つ大型ヴィードルも放置することはできないので、輸送機が機体下部のワイヤロープを使って牽吊して、拠点まで移動させることになった。これで廃墟の街を徘徊している略奪者や、スカベンジャーたちに車両の部品が盗まれる心配をする必要はなくなる。

 リンダと一緒に兵員輸送型コンテナに乗り込むと、カグヤに頼んで周囲に展開させていたラプトルの部隊と昆虫型偵察ドローンを拠点まで後退させた。


 ワイヤロープに吊るされる大型ヴィードルを見ながら、私はひとつの疑問を抱いた。そもそもリンダの一族は流浪の民で、人の目を気にしながら生活している。そんな彼女たちが、甲殻類の外骨格にも似た異質で派手な装備を使用している理由が分からなかったのだ。

 それについてリンダに訊ねると、どうやらあの派手な装備は、自然界の生物などに見られる威嚇色を意識しているとのことだった。奇怪で奇妙な色で襲撃者を威嚇して、警告を与えているのだ。我々は危険な存在だ。我々を攻撃するのなら、それ相応の覚悟が必要なのだと。


 奴隷商人たちに存在が知られながら、それでも派手な装備を使用し続けるのは、それが民族衣装のように、彼女たちのアイデンティティの一部になっているからだとリンダは教えてくれた。命を危険に晒してまで、その考えを貫くことに意味があるのかと考えてしまうが、人の感情は我々が思うよりもずっと複雑だ。そして何より、流浪の民として生きてきた一族には“心の拠り所”のようなものが必要なのかもしれない。たとえそれが滑稽なものとして他人の目に映ったとしても。


 拠点に到着するとすぐに数体の作業用ドロイドが大型ヴィードルの周囲に集まってきて、車両の修理を始めた。どうやらヴィードルが動かなくなったのは、駆動系部品の故障が原因だったようだ。それらの部品は消耗品だから驚くことでもないのだろう。ちなみに大樹の森から帰ってきていたペパーミントは、ヴィードルの装甲に使用されていた素材が気になるのか、リンダに承諾を得ると、素材の調査をするためにさっそく拠点地下の作業所に装甲板を運び込んでいた。


 作戦指揮所として利用されている建物にリンダを連れていく際には、土遊びしていた子供たちが集まってきて、カニの外骨格にも似た彼女の装備を珍しそうに眺めていた。森の民も昆虫の外骨格を加工して防具として身につけているが、リンダの真っ赤な装備は目立つのだろう。子供たちは興味津々といった様子で彼女の姿を眺めていた。リンダの表情は分からなかったが、彼女も幼い子供がいることに驚いているようだった。


「子供がいるのは予想外だったか?」

 私がそう訊ねると、彼女はコクリとうなずいた。

『拠点を囲むハクの巣にも驚いたけど、立派な防壁にも驚かされたよ』と、機械的な合成音声で答えた。

「地下に旧文明期の施設があるからな。防壁も特別なモノなんだよ」

『そうだったのか』と、リンダは無骨なガスマスクを輸送機に向ける。『あの航空機……? もそうだったけど、レイラは噂で聞いていた通り、旧文明の技術を自由に扱えるんだな』

「さっきも説明したけど、カグヤがいるからできることなんだよ。俺はそんなに特別なことはしてない」と、私は苦笑する。

『そうなのか……ところで、今日はあの子と一緒じゃないのか?』


「あの子?」と私は頭を捻る。

『美しい翅を持った子だ』と、リンダは両腕を広げてパタパタと動かす。翅を動かしているイメージなのだろう。

「マシロのことか」と、私は蚕蛾の変異体でもあるマシロの綺麗な姿を思い浮かべながら言う。「彼女は大樹の森で暮らす姉妹たちに会いに行っていて、今日は拠点にいないんだ」

『大樹の森って、蟲使いたちが暮らす恐ろしい森のことか?』

「そうだ。リンダたちも行ったことがあるのか?」

『いや』と、彼女は頭を振る。『昆虫型の危険な変異体が生息する未開の地だから、私たちは近寄らないようにしていたんだ』

「未開の地か……たしかに危険な場所だな。それに暖かくなってきて、昆虫たちが活動するようになるから、もっと危険な場所になるだろうな」


 作戦指揮所は防壁の外側にあり、我々は門を通る必要があった。ミスズとナミに先導されながら防壁に接近すると、興味深いことが起きた。リンダに通行許可を与えるため、彼女の生体情報を拠点のデータベースに登録する必要があったが、その際、彼女は人間としてではなく、猫型の獣人であるイアーラ族と同様に、亜人の項目に登録されることになったのだ。


『レイの予想通り、リンダの一族は特別だったんだね』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。『ヤトの一族のように人間に似た姿をしているけど、人類とは異なる種族だった』

「なんとなく、そんな気はしていたよ」と、私は表示された情報を見ながら言う。

『それならやっぱり、彼女の祖先は異界からやってきたのかな?』

「別の惑星からやってきた可能性もある」

『それは同じことでしょ』と、カグヤは呆れながら言う。『私たちが総称して異界って呼んでいる場所のほとんどは、この宇宙の何処かに存在している場所で、私たちは空間の歪みが生み出した門を通って、その場所に瞬時に移動しているだけだし』


「混沌の領域は例外だけどな」

 私はそう言うと、ハクの糸が張り巡らされた廃墟に視線を向ける。それらの糸には、収集癖のあるハクが何処からか拾ってきた鉄屑やジャンク品が吊るされていた。

『そうだね……混沌の領域は時間の流れさえ変化する異常な場所だ。あそこだけは、本当にこの宇宙とは別の空間に存在しているのかもしれない』

 私はカグヤの言葉にうなずいて、それから言った。

「それより、気にならないか」

『リンダの祖先のこと?』

「そうだ」

『すごく気になる。旧文明期に地球にやってきたのかな?』

「文明崩壊につながる混乱期にやってきた可能性もある」

『以前、彼女に訊ねたときは異界の存在を知らなかったみたいだけど、一族のなかには知っている人がいるのかな?』

「ある程度の事情は口承によって伝わっているのかもしれない。彼女の一族には、この世界では珍しく高齢の人たちもいたからな」


「リンダさん、こっちです」ミスズがそう言ってリンダを案内すると、彼女はぎこちない言葉で返事をした。彼女のそうした態度は、一族以外の人間との繋がりが極端に少ないからなのかもしれない。

 作戦指揮所として使われている建物の地下には、数十人を収容できるだけの広い部屋があり、複数の大型ディスプレイが壁に設置されていて、ホログラム投影機を備えたテーブルとイスが並んでいる。リンダは物珍しそうに室内を見渡していたが、ミスズがイスを用意すると彼女は感謝して、それから居心地が悪そうに座った。やはり周囲に知らない人間が多くいる状況になじめていないのかもしれない。

「カグヤ、イーサンたちの準備はできているか?」

『うん。ある程度の事情も説明しておいたから、すぐに本題に入れる』


 壁に設置された大型ディスプレイに映るイーサンは、見栄えがする彫の深い顔をしかめて、それからタバコの煙を吐き出した。彼は狼のように鋭い眼光の持ち主だったが、一時的に占領した鳥籠で仕事に追われているからなのか、疲れた表情をしていて目に力がなかった。鳥籠の責任者ともなると休む時間も取れないのだろう。私が無責任なことを考えていると、エレノアがイーサンのとなりに現れる。


 エレノアはイーサンの傭兵部隊に所属していた古参兵で、家族以上の深い繋がりと結束を持つ部隊の中でも、常にイーサンに寄り添って行動していた女性だ。そのエレノアは操作していたタブレット型端末をテーブルに載せると、イーサンのとなりに座って、それから菫色の瞳をリンダに向けた。

 エレノアのくすんだ金色の髪は綺麗に切り揃えられていて、邪魔にならないように背中でひとつにまとめられていた。イーサンと揃いの戦闘に適した野暮ったい格好をしていたが、彼女の持つ上品さは少しも損なわれていなかった。


 私は二人にリンダのことを一通り説明することにした。その間、イーサンは無精髭の生えた顎に手をあてたまま、何かをじっと考えていた。説明が終わると、彼は灰皿でタバコの火をもみ消して、パッケージからもう一本タバコを取り出して火をつけた。

『顔を見せてもらうことはできるか?』

 イーサンの言葉に困惑したのか、リンダは私に顔を向ける。

「素顔を見せるのはマズいか?」

 私の問いに彼女はうなずいて、それからミスズとナミを見つめた。

「同性でもリンダさんに魅了されて、影響を受けるのでしょうか?」

 ミスズがそう訊ねると、リンダはしっかりうなずいた。

『リンダの顔を直接見ないで、タクティカルゴーグルに映像を表示したら大丈夫なんじゃないのかな』とカグヤが言う。『リンダが装着しているガスマスクは特別なものじゃないけど、周囲に影響を与えていないでしょ?』

 ミスズとナミがゴーグルを装着してレンズにインターフェースを表示させると、リンダはゆっくりガスマスクを外した。


 プラチナブロンドに青い瞳の美しい容姿は、確かに現実離れしていた。彼女がガスマスクを外した瞬間、彼女を中心に空間が色づいたように鮮明になり、得体の知れない高揚感に支配される。しかしその美しさが周囲に直接影響を与えているのではなく、彼女が纏っている気配や存在そのものから放出されている目に見えない何かが、見る者の心を魅了するのかもしれない。それを証明するように、ディスプレイを通して見ているイーサンやエレノアは全く影響を受けていなかった。そしてそれは彼女を直接見ていないミスズとナミも同様だった。


『不思議だね』と、カグヤが言う。『ねぇ、レイ。コケアリたちと遭遇した結晶の森のことを覚えてる?』

「嫌な気分になったから、今もハッキリ覚えているよ」

『あの場所が人間に与える影響に似てるような気がするんだ。何か関連があるのかな?』

「さすがにそれはわからない」

『そうだね。でも一応、結晶の研究を進めているペパーミントに報告しておくよ』


 画面の向こうでエレノアがイーサンに何か言葉を伝えると、イーサンは咳払いして、それから言った。

『たしかに驚くほど綺麗な女性だ。それに、魅了に対処する方法があるのはいいことだ。彼女の一族を受け入れる障害がひとつ減ったことでもあるからな』

『ですが、問題は他にもあります』と、エレノアが綺麗な瞳を私に向ける。『彼女の一族が生活する場所を用意する必要があります。私たちは現在、いくつかの拠点を所有しているけど、砂漠地帯の拠点は非戦闘員が生きていくには過酷です。そしてもちろん、五十二区の鳥籠も不可能。すべての住人にタクティカルゴーグルを支給する訳にはいかないから』

「保育園はどうだろう?」

 私が訊ねると、イーサンはタバコの煙を吐き出しながら言う。

『防壁内の敷地には限りがある。地下にはまだ余裕があるかもしれないが、一族全員を収容するのは難しいだろう』

『それに』と、エレノアが続ける。『正確な人数は把握していませんが、食料品を調達する必要があります』


「私たちは狩りが得意だ」と、透明感のある澄んだ声でリンダが言う。「レイラの拠点にやってくるまでの間に、街で鹿の群れを何度か見かけた」

『狩りか……悪くないな』イーサンはそう言うと、大きな欠伸をしてみせた。『でもいい考えだとは言えないな』

「どうしてだ?」

『こんなことを言うのは酷だが、そもそも保護を求めてやってきたのは、一族を守るための戦士が不足しているからなんだろ? 変異体が徘徊している危険な廃墟で狩りができるとは思えない』

「私は戦える」

『そうだろうな。実際、あんたはひとりでここまで来たんだからな。その言葉は信じられるよ。でも、他の人間はどうだ?』

「それは……」

『それに、一族が安心して暮らせる場所をつくるには、警備の数を増やさなければいけなくなる。そして人手が足りないのは俺たちも同じだ。製造できる機械人形にも限界はあるしな』


「それなら俺に考えがある」と、私は言う。「でもその前に聞かせてくれないか。イーサンは彼女の一族を受け入れることに賛成なのか?」

『この状況だ。仲間が増えることは歓迎するよ。裏切られる心配もないみたいだしな』

「裏切りですか?」ミスズが首を傾げると、エレノアは笑みを見せる。

『リンダさんの前で話すことじゃないけど、彼女の一族は流浪の民です』

「流浪の民……つまり、ほかの勢力との繋がりがない?」

『そういうこと』と、エレノアはうなずいた。


「ミスズは賛成か?」

 私の問いにミスズは時間をかけてあれこれ考えて、それから答えた。

「賛成です。協力できることがあるなら、お手伝いします」

「助かるよ」

『ヌゥモには俺から話しておく』と、イーサンが言う。『ヤトの戦士たちと一緒に、こっちで警備隊の責任者をやってくれているからな』

「族長には私が話すよ」と、ナミが言う。「普通に賛成してくれると思うけど」

『今度はお前さんの考えを聞かせてくれるか』

 イーサンの言葉に私はうなずいた。

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