第505話 混乱


 この紛争を終わらせるためには処刑隊を殺しつくすしか道はない――そんな憂鬱な選択だけが残されることになったのは、我々の準備不足の所為もあったが、やはり圧倒的に戦力が少なかったことが原因だったのだろう。爆撃等の攻撃で敵を圧倒しておきながら、適切なタイミングで攻めきれなかったことにも理由があるのかもしれない。大規模な戦闘に関する知識や経験が足りなかったのだ。

 そして教団が増援部隊を派遣するかもしれない、と言う至極簡単なことが想像できなかった時点で、我々の計画は破綻していたのだろう。数時間で終わると思われた侵攻作戦は、一時間、そしてまた一時間と戦闘が長引き、負傷者が増えていくにつれ、我々は緊張と疲労に打ちのめされていった。


 しかしその過酷な戦場においても、自分自身が死ぬ光景を想像することは難しかった。敵よりも優れた装備を所持しているという優位性が、根拠のない幻想を抱かせていたのかもしれない。けれど仲間が殺される場面を想像することは恐ろしく簡単だった。敵の一斉射撃に遭うたびに心臓が跳ねあがる。仲間の死に対する恐怖が、じわじわと足元から這い上がってくるのだ。


 それはひどく不思議な感覚だったが、戦場の真只中にいると、自分のことよりも仲間の命を心配してしまう。それは先に述べたように、絶対に自分は死なないという、ある種の楽観主義が麻薬のように脳に作用しているからなのかもしれない。いずれにせよ、ペシミスティックな感情とないまぜになった複雑な感覚を抱えながら戦うことになった。


 教団に洗脳されていた敵戦闘員に対する同情心のようなものを抱いていたことは確かだった。けれど一緒に戦っていた仲間が、敵の襲撃によってひどい傷を負うのを何度も見ている間に、彼らに対する憐憫や同情といった感情は消え失せた。代りに私が抱いたのは怒りとも憎しみともつかない激しい感情だった。

 複雑な感情を抱えながら、襲撃を繰り返す戦闘員を殺していく。被弾した敵が苦しみ、もんどり打って倒れる様子も気にならなくなった。単純な作業の繰り返しだ。敵が現れたら攻撃される前に殺す。ただそれだけのことだった。


 一晩中降り続いていた雨が止み、日が昇り始めるころ、我々は敵の襲撃に悩まされなくなっていた。死傷者が増えると敵は部隊を再編成するため、頭部に埋め込まれた端末の通信を再開し、封鎖されていた建物に侵入して防衛線を敷いた。

 敵はひどく消耗していたが、それは戦い続けていた我々も同様だった。ヌゥモが率いていた戦士のほとんどが負傷していて半数は重傷だった。拠点で戦況を見守っていたペパーミントは輸送機に乗り込むと、重傷者たちを拠点に移送するため戦場にやってきた。前線に残された我々は、極端に少ない人数で処刑隊が占拠していた建物を攻撃する必要があった。


 あちこちで炸裂する砲弾と嫌がらせに近い狙撃を受けながらも、我々は建物を攻略しようと何度か攻撃を行ったが、そのたびに負傷者の数が増えていった。爆撃機が鳥籠の上空を通過するのを待って、ピンポイント爆撃を行う手もあったが、姿なきものたちの出現を警戒して攻撃は中止せざるを得なくなった。これ以上、敵が増えてしまったら極めて厳しい状況に追い込まれる。そう判断したイーサンは別の攻略作戦を提案する。


 建物上階の狙撃手が撃ち込む銃弾が飛び交うなか、私はヌゥモとワスダだけを連れて建物内に侵入することに決めた。イーサンは残り少なくなった戦士たちの指揮を取りながら、敵の注意を引きつけるため、その場に残ることになった。

 損傷して動けなくなり、固定砲台と化していたトゥエルブのサスカッチと、ウェンディゴの支援を受けながら、我々は目標の建物に接近する。敵は旧文明期の強力な兵器を所持しているため、このときばかりは身の危険を感じて嫌な汗を掻いた。


 環境追従型迷彩を起動したまま建物内に侵入すると、処刑隊に存在を気づかれないように、静かに敵をひとりずつ始末していった。銃弾が飛んできても逃げ場のない狭い廊下を進み、いつどこから現れるのかも分からない処刑隊との戦闘を続けた。

 建物内のあちこちに敵の死体が横たわり、彼らの装備が血溜まりに浸かるのを横目に、我々は更に多くの死体を積み上げていった。最終的にパワードスーツを装着した重装部隊を相手にすることになったが、建物の外壁を移動して侵入してきたハクのおかげで苦労することなく対処することができた。


 処刑隊だけで編成された敵の主力部隊が壊滅すると、我々は休むことなく居住区画に潜んでいる敵の捜索を開始した。地下に避難していた住人が自由に行動するためには、敵部隊を完全に排除する必要があった。ワヒーラと鴉型偵察ドローンに加えて、カグヤが遠隔操作する偵察ドローン、それにウェンディゴの動体センサーを使って敵部隊を探し、発見次第、敵部隊を全滅させていく。

 その間も警備隊に対して降伏を促す音声メッセージは送信され続けていたので、我々に降伏する戦闘員の数も増えていった。そうして日が暮れる前までには、なんとか敵部隊の掃討は完了する。けれど戦闘が終わっただけで、鳥籠を完全に占領して、地域を掌握するための課題は多く残されていた。


 防壁内に侵入していた人擬きや、昆虫型の変異体を殲滅するべく派遣していた機械人形の部隊を、旧文明期の技術で築かれた第二の防壁まで後退させると、入場ゲートの警備を応急的に強化することにした。この鳥籠で戦闘が行われていることは、すでに教団に知られているため、我々は教団が派遣するかもしれない増援部隊に備える必要があった。それに戦闘の混乱に乗じて、無法者の略奪者や他の武装勢力が部隊を送り込むことも警戒しなければいけなかった。


 すべての作戦行動が終わると、イーサンは少人数の部隊を引き連れて地下に避難していた住人のもとに向かった。そこで彼は教団の勢力と敵対していた組織の代表と急遽会談を行うことになった。

 鳥籠に潜入して諜報活動を行っていたときには、すでに組織の幹部と接触していて、教団関係者を排斥したあとのことについても話し合いが行われていたので、教団が介入する以前の支配体制に、大きな混乱もなく戻ることは予想できた。とは言うものの、鳥籠はまだ多くの問題を抱えているため、安定した統治を実現するには我々の協力は必須の条件だった。


 そうして我々は勝利の余韻に浸ることなく、鳥籠の安全を確保するために奔走することになる。イーサンとエレノアが鳥籠の幹部と会談して、製薬工場や地下施設の使用に関する協議を重ねている数日の間、私は愚連隊を率いて防壁内に侵入していた変異体の掃討を行った。その間、ペパーミントはミスズの部隊に護衛されながら、建設人形のスケーリーフットを使って破壊された第一の防壁の修復作業を進めていた。

 戦闘に参加した警備隊は信用できず、不穏分子を排除するまで鳥籠の警備を任せることはできなかったので、警備は戦闘で負傷しなかった戦士たちと機械人形のラプトルによって行われることになった。


 この戦闘で敵味方を問わず、命に係わるような重傷を負ったものたちが多く出たが、カグヤが製薬工場のデータベースから入手した情報をもとに、サナエが製造した医療用のバイオジェルとオートドクターのおかげで、多数の命が救われることになり部隊から死者が出ることはなかった。

 処刑隊が使用していた旧文明の兵器や砲撃によって、手足を失くしていたものも数人いたが、バイオジェルで再生させることができたので義手などに頼る必要はなかった。もちろん治療は外部の人間に知られないように、細心の注意のもとで行われ、手足の再生に関して言えば、治療を受けることができたのは我々の組織に所属する戦士たちだけだった。警備隊の人間には申し訳ないが、彼らはインプラントパーツを使用することになるだろう。


 ちなみに私も腕の再生を勧められたが、ヤトの戦士たちの治療を優先させた。製薬工場の一部が自由に使えるようになったが、工場の大部分はペパーミントが働いていた兵器工場のように、データベースによって管理されていたので、製造できるバイオジェルには限りがあった。なにより、色々と応用が利く義手を失くすのは惜しいと考えていた。


 それはそれとして、諜報部隊が捕えていた教団関係者から得られた情報は極めて少なかった。我々が得ることのできた情報と言えば、教団の支部があるとされる鳥籠の場所や、教団によって与えられていた鳥籠を管理する仕事についてのことだけで、教団の謎に迫る情報は一切得られなかった。所詮、彼らも教団の捨て駒でしかなかったのだ。

 教団関係者に対して行われた尋問のあと、鳥籠の議会は彼らを追放することに決めた。追放と言っても、汚染地帯の近くで彼らは解放されることになるので、実際には死刑に相当する処罰を受けることになった。


 それから数日後、教団の動きがないことが確認できると、地下に避難していた住人は破壊しつくされた我が家に帰ることになった。彼らは空爆によって倒壊した旧文明期の建築物を目にして驚愕の表情を見せ、作業用ドロイドによって運ばれる処刑隊の無残な遺体に顔を青ざめた。


 けれど大半の人々は、教団の支配から解放されたことに喜んでいた。彼らの表情には歓喜が満ち溢れていて、以前の生活に戻ることを心から歓迎しているようだった。少なくとも銃声は止み、道端で人が焼かれることもなくなり、密告を恐れて家に閉じこもる必要がなくなったのだ。

 処刑隊のために銃火器や装備を製造するといった仕事を強制されることがなくなり、彼らは好きなところに行くことができたし、好きなことを話すことができた。以前は当たり前のように享受していた自由を取り戻すことができたのだ。その影響なのか、鳥籠を警備していた我々は住人に好意を持たれていた。


 しかし住人のなかには教団派と呼ばれる人々が混在していて、彼らは我々の存在を快く思っていなかった。そういった人々の中から、鳥籠内の巡回警備をしていた警備用ドロイドにロケット弾を撃ち込んで破壊するものが現れるようになった。我々は仕事に復帰した警備隊と共に鳥籠の警備を強化したが、数千人の住人の中から襲撃犯を見つけ出すのは至難の業だった。

 武装した一部の教団派は、処刑隊のように揃いの戦闘服を着ていなければ、特別な隠れ家を持っているわけでもなかった。彼らは自宅に武器を隠し、携帯端末をつかった通信を行わず、近所の顔見知りの仲間たちと共謀して襲撃を行っていた。それが犯人捜しを更に難しくしていた。


 警備隊組織内の不穏分子が拘留され、警備隊がまともに機能するようになると、我々は鳥籠内の警備を彼らに任せて、建設人形のスケーリーフットによって修復作業が行われていた検問所にラプトルの部隊を派遣した。以前は防壁の要所を固めるために幾つかの検問所が設けられていたが、戦闘によって大幅に人数が減った警備隊の負担を軽減するため、以前まで使用されていた多くの検問所はそのまま放棄され、防壁の材料として再利用されることになった。


 スケーリーフットによって築かれた防壁には旧文明の鋼材が含まれていたので、以前の壁のように倒壊する心配はなかった。しかし新たに築かれた防壁は、破壊された検問所跡と老朽化によって壁が倒壊していた場所にだけ築かれたので、完全に防壁を信用することはできなかった。だからこれからも防壁の警備を行う人材が必要になる。しかしその人材を確保する余裕はなく、何かしらの対策を講じる必要があった。


 鳥籠を支配していた教団勢力との戦闘は終わった。けれど鳥籠の体制が整うまでの間、混乱した鳥籠の管理は我々が行うことになった。そしてそれは鳥籠の警備組織を管理していれば済む問題ではなかった。我々は政治の手助けをすると共に、ときには裁判官になり犯罪者を裁き、また廃墟の街に点在する鳥籠に供給される薬品の管理など、様々な役割をこなさなければいけなかった。そしてそれには多くの時間を必要とすることも分かっていた。戦闘が終わったからといって、全ての問題が片付く訳でない。


 しかしだからと言って、体制の整っていない鳥籠に支配権の一部を渡す訳にはいかなかった。混乱した組織をまとめるためには、指揮系統の統一が基本原則だった。ここで鳥籠の一部の人間にだけ権力を与えてしまったら、更に多くの混乱を生み出しかねない。そのため、当面の間は、イーサンとウミを中心とした支配体制で五十二区の鳥籠は管理されることになる。

 非常に心苦しかったが、解決しなければいけない問題が山積みになっていたので、鳥籠の警備が落ち着くと、私は愚連隊を連れて砂漠地帯に向かうことにした。面倒事から逃げ出したのではなく、紅蓮の責任者であるジョンシンに会って、戦闘の結果を報告すると共に、ウェイグァンが率いた愚連隊を派遣してくれたことに感謝をする必要があったのだ。


 とにかく鳥籠との紛争に区切りがついた。我々は鳥籠からの襲撃に警戒する必要がなくなり、製薬工場の一部を管理下に置くことで、バイオジェルといった旧文明の貴重な技術を入手することができた。そのバイオジェルの情報を入手する際には、私が持つ不死の子供の権限が必要だったので、鳥籠を支配していた教団が技術を手に入れられなかったと考えているが、得体の知れない人造人間の部隊を動かしている教団に対して、我々は警戒を緩めることはないだろう。

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