第504話 同情


 カグヤが遠隔操作していた偵察ドローンは、前線に向かう我々と分かれ、処刑隊の本部として使用されていた建物に向かった。そこでカグヤは処刑隊を指揮している人物の情報を探し出し、標的の端末に送られる通信を辿って敵の位置情報を送信してくれた。

 先行していたハクたちと合流すると、我々は受信した情報をもとに敵指揮官を捕縛するべく、信号が発せられている地点に向かった。しかしそこで我々を待っていたのは、砲撃によって無数の肉塊に変わり果てた指揮官の姿だった。いや、正確に表現すらなら、私はどの肉片が指揮官のモノなのかも分からなかった。それほどに現場は悲惨な状況になっていて、血溜まりに横たわる無数の死骸が地面に散乱していた。


 ハクと共に居住区画に潜入した際に砲撃部隊を強襲し、奪取した迫撃砲による攻撃を敢行した。恐らくその攻撃を受けた敵部隊のひとつに、処刑隊の指揮官がいたのだろう。どうやら私は気づかない内に敵の指揮官を殺していたようだった。彼が不運だったように、これで我々ものっぴきならない事態に陥ることになった。


 街灯のぼんやりとした光に照らされた薄桜色の内臓がそこかしこに転がっていた。激しい雨に余分な血液が洗われた所為なのか、つるりとした内臓はてらてらと光っていた。私は処刑隊の指揮官だったと思われる戦闘員の側にしゃがみ込んだ。砲撃を受けたことで彼の下半身は何処かに吹き飛び、両腕を広げるようにして上半身だけがその場に残されていた。彼の裂けた腹からは内臓が飛び出していて、その隙間を埋めるように大量の雨水が腹部に侵入しているのが見えた。


「そいつが処刑隊の指揮官なのか?」と、髑髏のマスクを装着したワスダが言う。

「ああ」私はうなずくと、側に落ちていた携帯端末を拾い上げる。

 ワスダは周囲の惨状を見渡すように頭を動かして、それから言った。

「これで洗脳された敵部隊に指示を出せる人間はいなくなった。つまり、そう言うことなんだな?」

「……そうだ」私は溜息をついて、外套のフードから死骸に向かって滴り落ちる雨粒を眺めた。「処刑隊は全滅するまで戦い続けるかもしれない」

「そいつは最悪だな」


 雷鳴にも似た大音響と共に青白い閃光が走り、居住区画が一瞬だけ昼間のように照らしだされる。

「ウェンディゴのレールガンだな」と、私は轟音が聞こえてきた方角に視線を向ける。「戦闘は激しさを増している」

「ここで俺たちにできることは、もう何もないな」ワスダはそう言うと、砲撃を受けて崩れかけていた建物に視線を向けた。「さっさと前線の部隊と合流したいところだが、近くに敵が潜んでいるみたいだ」

「敵?」私はワヒーラから受信している索敵情報を素早く確認した。すると動体センサーでは捉えられなかった敵の反応が、彼らの所持している端末を介して地図に表示されていることに気がついた。


「敵対的な意思がまったく感じられない」私は頭を捻る。

「たしかに俺たちを殺すつもりなら、ここに到着した時点で一斉射撃にあっていただろうな」ワスダはそう言うと、地面に転がっていたアサルトライフルを拾い上げる。「ところで兄弟は敵の気配を感じ取られるセンサーを装備しているのか?」

「瞳の能力だよ」

「瞳……? そう言えば、そんなことを言っていたな」ワスダは素直に感心しながら言う。「まぁ、それはそれとして、隠れている連中は降伏することを望んでいる警備隊の生き残りなのかもしれないな」

「地下に避難しなかった住人の可能性もある」

 我々はサスカッチの陰に隠れながら目標に向かって移動する。建物に接近すると、トゥエルブに指示を出して建物内に照明を向けてもらう。すると武器も持たずに地面に座っている複数の戦闘員の姿が見えた。彼らは負傷しているのか、青白い光に照らされても動こうとしなかった。


 警備隊の様子がおかしいことに気がついたのは、ハクが彼らの側に近づいたときだった。まるで仮面をつけているように、緊張と疲労、そして悲壮感が混じった奇妙な表情が彼らの顔に張り付いていた。ハクの姿を見ても、その表情が変化することはなかった。ワスダが彼らに声をかけたときにもそれは変わらなかった。顔の筋肉がこわばっているのか、誰ひとりとしてまともに話すことができなくなっていた。


「一種のショック状態だ。命の危険を感じるような状況に長時間、晒され続けたからだろうな」と、ワスダはあくびをしながら言う。「鳥籠がこんな風に襲撃されたことなんて、今まで一度も経験したことがなかったんだ。そうなるのも無理はない」

 顔を膝に埋めるようにして座り込んでいた戦闘員のとなりには、青年の死体が横たわっていた。彼の腹部に巻かれた包帯は血液で赤黒く染まっていた。品が良く、少年のような綺麗な顔立ちをした青年の顔には血の気がなく真っ青だった。

 ふと耳を澄ますと、建物の奥から声を押し殺してすすり泣く戦闘員の声が聞こえてきた。


「どうしたんだ」と、ライフルを肩に掛けたワスダが言う。「浮かない顔をして」

「なんでもない」私はそう言うと、すでに戦意を喪失していた警備隊の側を離れた。

「敵に同情してるのか?」

「まさか」

「俺たちが何かを言う資格なんてない。とか思ってるんだろうよ。でも間違ってないぜ、兄弟。この悲劇を生み出しているのは、他でもない俺たちだからな」

「けど――」

「わかってるよ」と、ワスダは適当に手を振って私の言葉を遮る。「そいつらに責任がなくても、教団が始めた争いに加担していたことは事実だ。問題があるとすれば、ありとあらゆる争いに加害者と被害者がいるって単純な真実に、兄弟が目を背けていたってことだけだ」

「目を背けてなんかいないさ」

「分かっていてやっているんだったら、尚更たちが悪い」

「なら黙って襲撃に耐えれば良かったのか?」

「そうじゃねぇんだよ、兄弟」とワスダは言う。「別にお前を悪者にするつもりなんて、これっぽっちも考えてない。ただ、兄弟が後生大事に抱えている信念について話してるんだよ」


「またそれか」と、私はうんざりしながら言う。「またぐちぐちと説教を始めるつもりなのか」

「説教なんてしないさ」と、ワスダは苦笑する。「俺は執念深い男なのさ」

「俺に悪人呼ばわりされたことを、まだ根に持っていたのか」

 ワスダは鼻で笑うと、居住区画の中心で行われている激しい戦闘に耳を澄ませて、それから言った。

「でもまぁ、それもどうでもいい話だな」

「どうでもよくないから、事あるごとに俺に突っ掛かるんだろ」

「確かに気に入らないな。でもそれはそれとして、こいつは真面目な話だ。お前の信念は人を救うかもしれないが、それ以上に殺しもする。ここらで考えを変えてみてもいいんじゃないのか?」

「俺に人助けを止めろと、そう言いたいのか?」

「お前が善人面して人助けに固執する理由はわからないが、それに巻き込まれる人間のことを考えてもいいんじゃないのか?」


「ワスダが何を言いたいのかは理解しているよ。俺たちの拠点にいる娘を心配していることも分かってる」と、私は暗い通りを見つめながら言う。「でも信念を曲げて、自分に嘘をついてまで生きていくことに耐えられないんだ。救える誰かを見殺しにしたら、自分自身が許せなくなる。そしてそれは、俺のことを信じてついてきてくれた仲間たちを裏切る行為でもある」

「兄弟の自尊心が許さないのか、それとも仲間に失望されることを恐れているだけなのか?」と、ワスダは言う。

 しばらくの沈黙のあと、私は頭を横に振った。

「わからない」

「わからないか……それなら、取り返しのつかない事態になる前に、どこかでケジメをつけたほうがいい」


 前線に向かって移動を開始すると、数分もしないうちに我々は敵の襲撃に遭うことになった。建物上階から敵が一斉射撃を行い、弾丸が金属的な音を立てながら地面で爆ぜていく。サスカッチは重機関銃で応戦し、ハクは敵の死角から建物内に侵入して敵部隊を強襲した。白蜘蛛の姿を目にすると、彼らは人間らしい反応を見せたが、それも一瞬のことだった。すぐに恐怖を忘れたかのようにハクに銃口を向けて攻撃を再開した。やはり頭部に埋め込まれた端末を介して、教団の指示に従わされているのだろう。


「あのツノみたいな端末に侵入することはできないのか?」

 ワスダの問いに答えたのはカグヤだった。

『無理だった。教団に与えられた指示を上書きしないといけないんだけど、接続に必要な情報が暗号化されていて、解読には数日掛かる。それにもしも暗号の解読に成功したとしても、コードがリセットされたら、すべてが無駄になる』

「ほんとに厄介な奴らだ」ワスダはそう言うと、建物内に潜んでいた戦闘員に向かってアサルトライフルの弾丸を撃ち込んだ。


 前線に近づくほど敵の攻撃は熾烈を極めた。何処からともなく砲弾が飛んでくると、爆音が響いて、飛び散る金属片が唸りながら空間を切り裂いていく。トゥエルブはすぐに敵の多脚型戦車を発見すると、攻撃を受けながらも前進して敵戦車を破壊していく。サスカッチの損傷はひどく、直に動けなくなることは明白だった。

 処刑隊が高出力のビームを発射する角筒をもって戦場に現れると、私は道路脇の溝に入って姿を隠しながら敵に接近する。その溝に溜まった汚水には無数の死体が浸かっていて、移動するのにも苦労するほどだった。


 環境追従型迷彩で周囲に姿を溶け込ませると、息を潜めながら敵の背後に出る。敵部隊は道路上に設けた遮蔽物に機関銃を設置していて、通りの向こうにいるハクとサスカッチに銃弾の雨を浴びせていた。私は素早く視線を動かして、その場にいる戦闘員に標的用のタグを貼り付けると、ショルダーキャノンから自動追尾弾をフルオートで撃ち込んで彼らを全滅させる。


「カグヤ」と、私は移動しながら言う。「警備隊が使用していた徘徊型自律兵器を使うことはできるか?」

『確認するから、ちょっと待ってね』

 カグヤが何かを調べている間、私は処刑隊の相手を続けた。信徒や姿なきものたちのように、ハガネの脅威になる相手はいなかったが、それでも旧文明の装備を手にした処刑隊には注意しなければいけなかったので、相変わらず気を抜くことはできなかった。この場で誰よりも優れた装備を所持している私が苦労しているのなら、前線で戦い続けているヌゥモの部隊は精神的にもひどく消耗していることだろう。


『レイ、わかったよ』と、カグヤが言う。『いくつかの検問所に配備されていたドローンの情報を入手できた』

「検問所ってことは、空爆で使い物にならない状態になっている可能性があるな」

『ううん。破壊を逃れたドローンのコンテナが残ってる』

「それはすぐに使えそうか?」

『ドローンの数は少ないけど問題ないよ。敵の位置情報も分かってるから、あとは目標に向かって飛んでいってもらうだけ』

「そうか」

『攻撃を始める?』

「いや、待ってくれ」と、私は慌てながら言う。「ドローンに指示を出す前に、敵部隊に降伏するように呼び掛けて欲しいんだ」

『できるけど、意味ないと思うよ』

「処刑隊には無意味でも、警備隊の人間なら降伏勧告に応じてくれるかもしれない」

『わかった。一応、敵全員の端末に音声メッセージを送信するよ』

「ありがとう、カグヤ」


 それからしばらくの間、我々は戦闘を続けながら敵の動きを監視していたが、処刑隊が降伏するような動きを見せることはなかった。

「カグヤ、自爆型ドローンに指示を出してくれ」

『了解、標的を処刑隊に設定するよ』

 インターフェースに表示させていた簡易地図に、ドローンを示す青色に点滅するブーメラン型の記号が表示されると、赤色の標的に向かって飛んでいくのが見えた。すると居住区画のあちこちから鈍い爆発音が聞こえてきて、地図に表示されていた赤色の標的が次々に消えていくのが確認できた。


『全員は仕留められなかったけど、これで私たちの勝利は決定的になった』と、カグヤは得意げに言う。

「姿なきものたちのことがあるから、その考えは楽観的過ぎると思うけど」と、私は前方の敵に射撃を続けながら言う。

『そうでもないよ。最後に現れた化け物を倒してからも、激しい戦闘は続いている。それなのに姿を見せないってことは、この辺りにはもういないってことなんだよ』

「そうだな……やつらが姿を見せないことを祈るよ」


 それからも我々は処刑隊との厳しい戦闘を強いられることになった。彼らは息を殺し、夜陰に身を潜めながら何度となく我々に襲撃を仕掛けた。敵の位置情報がハッキリと分かっていたので、襲撃に対して警戒する必要はないと思っていたが、敵部隊には頭の切れる連中がいて、多くの場合、彼らの部隊に所属している戦闘員は携帯端末を捨て、頭部の端末から発せられる信号が漏れないように細工していた。


 その所為で我々は再び敵の襲撃に悩まされることになった。そしてその襲撃は日が昇り始める頃まで続けられた。どうやら教団の洗脳は、彼らの自我を完全に奪うことなく、死に対する恐怖をもたない戦闘員を一定の数だけつくりあげることに成功していたようだ。けれど彼らの抵抗は長く続かないだろう。戦闘の終わりは着実に近づいてきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る