第503話 守護者
しばらくの間、私は粉々になった球体が残した砂状の物資をぼんやりと見つめていた。それはオパールのように、見る角度によって色合いを変化させていたが、色彩豊かな輝きは時間と共に失われ、やがて灰色の塵に変化していった。
搬出口から聞こえてくる雨音に雑じって、居住区画で行われている激しい戦闘音が倉庫内に聞こえてくると、私は気を取り直して、現在直面している問題に対処することにした。
「よう、兄弟」と、ワスダが背中に多関節アームを収納しながら言う。「なにが起きたのか説明してくれるか?」
人造人間との戦いで戦闘服がボロボロになったワスダを見ながら、私は頭を横に振った。
「正直、俺にもよくわからないんだ」
「わからないって、さすがにそれは無理があるんじゃないのか」
『すごく簡単に説明するとね』と、カグヤが操作する偵察ドローンが我々の近くに現れる。『レイの装備を使って、人造人間の身体を構成している鋼材を取り込んだんだよ』
「簡単って言われてもな……」と、ワスダはサイバネティックアームの刃を前腕に収納しながら言う。「俗に守護者とかって呼ばれている奴らの身体は、旧文明期の鋼材で覆われているんだろ? 専用の設備が無ければ、まともに加工することもできない金属を、その義手はどうやって溶かしたんだ?」
『私も詳しいことは分からないんだけど、あの鋼材には不思議な特性があるんだよ』
「錆びなくて、ついでに硬くて軽い以外にまだ何かあるのか?」
『以前、ペパーミントに教えてもらったことなんだけど、あれはとても不思議な金属で、ある種の電気信号に反応して性質を瞬時に変化させることができるんだ。旧文明期には精神感応金属とも呼ばれていたみたい』
「教団の機械人間が身体の一部を変化させて腕を剣に変形さたり、損傷個所の修復をやってみせたのは、その特性のおかげなのか?」
『そうだよ。レイの装備は鋼材の特性を利用して、人造人間の身体に使用されている鋼材を取り込んだんだよ』
ワスダは床に堆積していた灰色の塵に視線を向けて、それから呆れたように言った。
「つまり機械人間から身体の操作権限を奪った上で、奴の身体を構成していた鋼材を奪ったのか……?」
『大雑把に言えば、その解釈で間違ってないよ』とカグヤは答えた。
「それなら、その粉々に砕けた球体が機械人間の脳だったってことか?」
「脳……?」と、私はワスダの言葉に首を傾げる。
「たとえば機械人形の中央演算処理装置のように、守護者にも身体を変幻自在に操るために命令を出す器官が必要だろ」
「器官……そうか」私は納得すると共に、ある仮説に辿り着く。「あの奇妙な球体には、人間の意識が転送されている可能性がある。だからあのとき博士は、必要のないものだって言ったのか……」
「そうかって、本当に何も知らずに戦っていたのか?」と、ワスダは苦笑する。
「守護者たちは謎の多い種族だからな」
「随分、いい加減なんだな」
ワスダの言葉に私は肩をすくめて、それから言った。
「以前、同じように倒された守護者を見たことがあったんだ」
「だから同じことができると、そう思ったのか?」と、ワスダは鼻で笑う。
「無謀だったことは認めるよ。でも奴を倒せる方法は他に思いつかなかった」
『他に訊きたいことはある?』
カグヤの声が聞こえると、ワスダは搬出口から倉庫に入ってきた白蜘蛛に視線を向けた。ハクの回りにはホログラムで投影された多数の警告が表示されていた。深淵の娘の立ち入りを規制する警告表示なのだろう。
「兄弟の外套を取り込んだように、その奇妙な装備で守護者の身体を吸収したことは理解したよ。でも、大量の鋼材はどこに消えたんだ?」
『正直に言えば私にも分からない。高密度に圧縮されて、どこかに蓄えられていることは確かだけど』
「それなら、兄弟の装備も精神なんとかって金属なのか?」
『ううん。少しややこしいけど、レイが装備しているハガネはもう少し特殊な金属なんだ。いや……金属って言うよりも、生命体に近いものなのかも』
「かもって、お前も賢そうな雰囲気があるけど、結構いい加減なんだな」と、ワスダは頭を振りながら言う。「得体の知れないものを使わせて怖くないのか?」
『使える装備を選択できるほど、私たちは恵まれている訳じゃないからね』
カグヤの言葉に思い当たる節があるのか、ワスダはうなずいた。
「ちなみに奴の超能力が使えるようになった。なんてサプライズはないよな」
『それはないよ』と、カグヤはきっぱりと言う。『蓄えられた鋼材は、ハガネの機能維持とショルダーキャノンの弾薬として使用される』
「そいつは残念だ」
カグヤとワスダが話していた内容を聞きながら、私は白蜘蛛の側に向かうと、ハクがじっと見つめていたホログラムの警告を非表示にした。それから、濡れた犬のように身体をプルプルと振って、体毛についた水滴を飛ばしたハクが先ほどの戦闘で怪我をしていないか確かめる。
『けが、ないよ』ハクはそう言って、地面をベシベシと叩いた。『トゥーブ、ちょっとじゃまだった』
搬出口の先にちらりと視線を向けると、ひっくり返ったカメのように、脚をわさわさと動かして体勢を立て直そうとしているサスカッチの姿が見えた。
「ハク」と、私は苦笑しながら言う。「トゥエルブが起き上がるのを手伝ってくれるか?」
ハクはその場でトコトコと脚を動かして身体の向きを変えると、サスカッチの脚に糸を吐き出した。それから糸がしっかりと張り付いたのを確認したあと、まるで綱引きをするようにして、ハクは触肢を使って糸を引っ張った。私もハクに協力して、サスカッチの車体を強引に起こすことにした。車体が僅かに傾くと、トゥエルブは残りの脚を使って姿勢をもとの状態に戻すことができた。
サスカッチの状態を確認すると、モジュール装甲が数箇所欠けていて、多脚の駆動系も一部損傷していることが確認できた。けれどトゥエルブはそれを全く気にしていないのか、ビープ音を鳴らしながら損傷していた脚を持ち上げて白蜘蛛に感謝を示した。
『トゥーブ、やっぱりまぬけ』
ハクの言葉にトゥエルブはカメラアイを真っ赤に点滅させて、ビープ音を鳴らして抗議した。けれどハクは可愛らしい声でクスクス笑うと、サスカッチの車体に飛び乗る。
『スズ、たすけにいく。はやくうごいて』
ベシベシと装甲を叩かれたトゥエルブは低いビープ音を鳴らしながらも、ハクが脚で指した方角に向かって移動を開始した。
「それじゃ、俺たちも前線に向かうぞ」
そう言って歩き出したワスダを引き止める。
「待ってくれ、まずは地下に避難している住人の様子を確認したい」
『そうだね』と、カグヤが同意してくれる。『教団の人造人間が潜んでいる可能性もあるし、念のために確認しておいたほうがいい』
ワスダは髑髏のマスクを外すと、倉庫の惨状を見ながら煙草を取り出した。
「たしかに気狂いの機械人間が他にもいるのなら、さっさと見つけ出したほうがいいな」
カグヤの操作するドローンは、煙草に火をつけながら歩き出したワスダの先に飛んでいくと、我々を地下に先導する。
大量の薬品が散乱していた倉庫を出ると、静かな廊下を歩きながら地下に向かう。
「さっきの人造人間だけど、気になることを話していたな」と、私は周囲に視線を向けながら言う。「ライブラリアンに神の言葉、それに偽りの神がなんとか」
『博士に訊けば何か分かるかもしれないって思って、人造人間の言葉は全部記録しておいたよ』
「ただの宗教狂いであったにせよ、ライブラリアンについて知っているってことは、教団の教えのなかに他種族に関係した何かしら情報があるのかもしれない」
『教団は守護者を神として崇める狂人の集まりじゃなかったってこと?』
カグヤの疑問に私はうなずいて答える。
「ああ。もしかしたら旧文明期の情報や、文明崩壊の切っ掛けになった出来事についても知っているかもしれない」
『守護者とも繋がりがあるのかな?』
「その可能性も考慮したほうがいいと思う」と、私は教団の人造人間について考えながら言う。「教団が狂った第二世代の人造人間を捕まえて、意識を転送しているだけだと俺たちは考えていたけど、それを手引きしている何者かの存在については考えてこなかった」
『もしかしてレイは、教団のなかに守護者と繋がりがある人物がいると考えているの?』
廊下の先で止まったドローンに向かって私はうなずいた。
「守護者の助けがなければ、旧文明期の技術を失った人類に意識の転送なんて大それたことはできないと思うんだ」
『でも人造人間は人類を守るために存在するって博士は話してた。その人類を脅かす教団に力を貸すってことは、守護者たちを裏切る行為でもあるんだよ』
「忘れたのか、カグヤ。守護者たちは廃墟で生きる人々のことを“人類”だなんて認めていない」
『それは……そうだけど』
「とにかく、俺たちはその可能性も頭に入れて行動しないといけない」
『守護者たちと敵対するかもしれない可能性……か』
通路の先には薬品を製造している区画と、鳥籠の住人たちが避難していた地下施設につながる巨大な隔壁が設置されていた。その隔壁に向かって白煙を吐き出しながらワスダは言う。
「それで、こいつを開放することはできるのか?」
『できるけど、戦闘はまだ続いているから今は開放しないよ』と、カグヤが答える。
「なら、地下にいる住人の様子はどうやって確認するんだ?」
『施設のドローンを使うんだよ』
隔壁に収納されていた操作端末に触れて接続を行うと、拡張現実で表示されたディスプレイが我々の目の前に現れる。監視カメラからの映像なのだろう、地下にある恐ろしく広い空間に避難していた住人たちの姿が映し出されていた。
「ざっと見ただけでも数百人はいるな」と、ワスダは顔をしかめながら言う。
『この奥にはもっと大勢の住人がいるよ』
カグヤの言葉にワスダは溜息をついた。
「それだけの人間の中から、どうやって機械人間を探し出すんだ」
『正確には人造人間だよ』
監視カメラの映像が切り替わると、避難区画の天井から無数のドローンが出現する様子が見えた。突然現れたドローンに対して住人たちはひどく驚いていた。
「今度は誰の頭を吹き飛ばすんだ?」と、ワスダは皮肉めいた物言いをする。
『誰も殺さないよ。ワスダは少し黙って見てて』
ワスダは肩をすくめると、天井に向かって煙を吐き出した。
複数のブーメラン型ドローンは機体前面の装甲を変形させると、そこに収納されていたカメラアイを露出させて、住人たちの頭上を飛行しながらレーザーを照射した。扇状に広がる赤色のレーザーは、住人をまとめてスキャンして、生体情報を取得するためのものだった。
『このスキャンで住人たちが人間なのか、それとも人造人間なのか区別することができる』とカグヤは言う。
「人造人間が人間そっくりの生体情報を持っていたら?」と、ワスダは訊ねる。
『ここに来るまで、すでに何回か人造人間に接触していたから、彼らを人間と区別するための情報を取得していたんだ。相手が信徒なら簡単に区別することができる』
「さっき俺たちが戦った奴みたいに、信徒以上に厄介な人造人間なら?」
『区別するのは難しいと思う。でもそれでも機械人形に似た反応を検知できる可能性があるから、それで対処することができるかもしれない』
「可能性ね。まぁそれがなんであれ、何もしないよりはマシか」
『そう。だからいちいち茶々を入れないで』
カグヤが住人をスキャンしている間、私は前線の様子を確認することにした。どうやらイーサンの部隊に追い立てられた敵本隊は、ヌゥモが率いる主力部隊と真正面からぶつかり合う形で戦闘になっているようだった。敵の戦力が圧倒的に多かったが、ミスズたちの狙撃部隊と前線に到着したウェンディゴのおかげで、我々にとって戦局が有利に展開しているようだった。
けれど処刑隊が降伏する様子は依然として見られなかった。彼らは、あるいは本当に全滅するまで戦うことを止めないのかもしれない。そうなった場合、戦闘が長期化する恐れがあった。
『確認できたよ』と、カグヤの声が聞こえた。『教団の人造人間が潜んでいる可能性はないよ』
「久しぶりに良いニュースを聞いたよ」私はそう言うと、前線に向かうハクとトゥエルブの位置情報を確認する。「それなら、俺たちも前線に向かおう」
「処刑隊を指揮している奴を探すのか?」
ワスダの言葉に私はうなずく。
「そのつもりだよ。もしも見つけられなかったら、処刑隊との戦闘を終わらせるために、奴らを全滅させることも視野に入れないといけなくなるからな」
「全滅か、長い夜になるな」
製造工場をあとにすると、ワヒーラから得られる情報を更新して『姿なきものたち』が接近してきていないか確認しながら前線に向かう。幸いなことに、化け物たちの反応は検知されなかった。
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