第502話 念動力


 人造人間は金属製の骨格をなめらかに動かしながら、倒れた棚の側までゆっくり歩いて照明の真下に立った。光沢のない銀色の身体には、銃撃による損傷は確認できなかった。

「訊きたいことがある」と、私は教団の人造人間に言う。「お前たちの目的はなんだ? この鳥籠を使って何を企んでいたんだ?」

 人造人間は何も答えずに瞳をぼんやりと発光させると、足元に転がっていた大量のコンテナボックスに視線を向ける。そしてその下に埋まっていたパワードスーツの足を片手で掴むと、私に向かって軽々と投げてみせた。


 ワスダはすかさず私の前に出ると、恐ろしい速度で迫ってきていたパワードスーツに多関節アームを叩きつけて軌道を逸らした。ひしゃげたスーツが金属製の棚に衝突すると、棚は将棋倒しになり、大量の薬品が詰まったスチールボックスが騒がしい音を立てながら床に散乱することになった。


 人造人間はカメラのレンズに使われている虹彩絞り機構のように、目の大きさを変化させながら、倒れていく棚を見つめていた。その姿は驚いているようにも、感心しているようにも見えた。

「それなら質問を変えよう。この鳥籠には、お前みたいに改造された教団関係者が他にもいるのか?」

 私の我慢強い問い掛けは、しかし無視されてしまう。人造人間は床に散乱していたスチールボックスに視線を向けると、強烈な力場を周囲に展開して、まるで念動力のように無数のスチールボックスを空中に浮かせた。

「古風な手品を披露するために、お前は肉体を捨てたのか?」

 ワスダは軽口を言うと、自分に向かって恐ろしい速度で飛んでくる物体を避けながら、人造人間に簡易型貫通弾を撃ち込んでいく。


 私も横に飛び退いてスチールボックスを避けると、フルオート射撃で銃弾を撃ち込んでいく。しかし強力な力場により、全ての銃弾は人造人間まで一メートルほどの距離で完全に静止してしまい、攻撃は完全に無力化されてしまう。

 奇妙な念動力をみせた人造人間は、空中で静止していた銃弾をじっと見つめて首を傾げる。

「神々の子供たちは、あらゆるものに文字に残した。建物の外壁には、楔形文字による英雄たちの物語が書き綴られ、石膏でつくられた芸術品の数々が神々に捧げられることになった。しかし粘土の文明だったが故に、それらの遺物は悠久の時の流れの中で失われてしまう。けれど全てが失われた訳ではなかった。ライブラリアンたちが求めていた知識は、確かにシュメールの地に残されていた。そうだ! 失われてはいなかったのだ。砂漠に埋まっていた粘土板には――」


 空中に浮かぶ銃弾を見つめながら、尚も奇妙な独白を続ける人造人間の動きに注意していると、聞いたことのある単語を耳にした。

『あの人造人間、ライブラリアンについて何か知っているみたいだね』

 私はカグヤの言葉にうなずくと、ライフルを背中に固定して、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。

「でも、奴から情報を聞き出すことは難しいだろうな」

『そうだね……』


 人造人間の瞳が一際明るく発光すると、空中に浮かんでいた弾丸は我々に向かって飛んできた。私が腕を交差させて頭部を守ると、ハガネの鎧は瞬く間に硬質化して弾丸を防ぎ、ワスダは指輪型端末が生成するシールドを前面に展開して弾道を逸らすと、そのまま姿を消した。我々に無関心だった人造人間を余所に、ワスダが現れたのは、無防備な姿で立ち尽くしていた人造人間の背後だった。


 ワスダは凄まじい速度で多関節アームを横薙ぎに振るい、人造人間の身体を綺麗に切断する。力を失くして床にくずおれる下半身とは異なり、上半身は空中に浮かんだままだった。それがどのような原理で実現しているのかはわからなかったが、人造人間は独白を続けながら両腕を横に広げる。

「かのオベリスクに残された楔形文字には、神々が――」

 そこまで言うと、人造人間は己の下半身に視線を向けた。すると金属製の足は液体金属に変質し、重力に逆らいながら空中に浮かび上がると、上半身の切断面に向かって飛んでいく。そして切断面を包み込むようにして癒着すると、瞬く間に下半身を形成してみせた。


「それなら、こいつはどうだ」

 ワスダがそう言って多関節アームでの攻撃を続けようとした瞬間、彼は目に見えない衝撃波を受けて、跳ね飛ばされるように後方に吹き飛んでいった。

『レイ、すぐにワスダの掩護を』

「わかってる」

 人造人間に照準を合わせると、間髪を入れずに貫通弾を撃ち込む。強力な力場によって貫通弾は空中に静止するが、至近距離で撃ち込まれた貫通弾は目に見えない力場を越えて、人造人間に直撃し、頭部の一部と腕を削り取って金属片をばら撒いた。けれど攻撃が命中した次の瞬間には、損傷個所の自己修復が始まっていた。


 私はタクティカルベストに挿していたスローイングナイフを抜くと、ハガネの液体金属で覆い、それと同時に義手の先からワイヤロープを射出する。ロープが人造人間の身体に巻き付くと、一気にロープを巻き取り、目の前にやってきた人造人間の頭部にナイフを突き刺そうとした。


 しかし頭部まで僅か三十センチほどの距離でナイフは止まってしまう。念動力的な目に見えない力によってナイフは空間に固定されて、力の限りナイフを押し込んでも動く気配がなかった。そして次の瞬間、凄まじい衝撃波を受けて私は吹き飛ばされてしまう。気がついたときには、数十メートル後方の壁に叩きつけられていた。


『大丈夫、レイ?』

 カグヤの言葉に反応して上体を起こすと、人造人間と戦っているワスダの姿が見えた。彼は両腕に収納していた刃に加えて多関節アームを使い、華やかな舞踊を思わせる動きで攻めていたが、人造人間はその全ての攻撃を避け、剣のように変形させた腕を使ってワスダの攻撃を軽くあしらっていた。


「目に見えない念動力に、混沌の生物を思わせる自己治癒力をもった人造人間か……」

 私は立ち上がると、衝撃で凹んでいた胸部の装甲を修復する。左腕の義手を確認すると、人造人間を捕えるために使用していたワイヤロープが切断されていた。

『鳥籠に与える被害のことを考えれば、無闇に重力子弾を使うことはできない。だけど威力を制限した反重力弾なら、施設の被害を最小限に抑えられる』

 カグヤの言葉に私はうなずいたが、反重力弾を命中させるには人造人間の隙を突く必要があった。そしてその隙を与えてくれるとは思えなかった。


「重力子弾がダメなら、第三の眼を使った攻撃もできないな……」

 ハンドガンを両手で構えると、背中を見せていた人造人間に接近しながら、貫通弾を撃ち込んでいく。けれど先程よりもずっと強力な力場によって貫通弾は空中で静止し、強烈な力で圧し潰されるようにして粉々になる。

 人造人間は私を無視してワスダのことを蹴り飛ばすと、後方に吹き飛んでいったワスダの身体を念動力で引き寄せる。空中に浮かんだまま身体を固定されたワスダは苦しそうに呻いていたが、抵抗することができずにいた。


「そうして加護なき神々の子供たちは――」と、人造人間はワスダを見つめながら言う。「塔の崩壊と共に“神の言葉”を失くし、混沌のなかで争いを繰り返すことになった。そこで彼らは偽りの神と偽りの言葉を与えられ、いつしか己が何者であったのか、それすらも忘れてしまった……しかし偉大な神よ。おぉ、偉大な神々よ! 貴方は我々のもとに――」

 そこで反重力弾の接近に気がついたのだろう。人造人間は腕を振ってワスダを吹き飛ばすと、接近していた反重力弾に両腕を向けて、強力な念動力を送り込むように両手を開いた。すると紫色の発光体は空中で静止し、圧し潰されるようにして小さくなっていった。人造人間は瞳を発光させながら発光体に近づくと、球体を両手で包み込み、そして跡形もなく消滅させた。


「反重力弾もダメか……」

 人造人間の瞳が私に向けられる。衝撃波を警戒して鎧を硬質化したが、それでも熾烈な衝撃波を受けて私は吹き飛び、壁に叩きつけられてしまう。人造人間は私に向かって歩きながら、開いていた手をゆっくり握っていく。すると硬質化した鎧の表面が砕けるようにして剥がれていく。

『念動力で圧し潰そうとしてるんだ……』と、カグヤの声が聞こえる。『レイ、早く脱出して!』

「言われなくたって……」

 私は全身に力を入れて、奇妙な呪縛から逃れようとするが、凄まじい力で締め上げられていて身動きが取れなかった。

「ハガネは……」液体金属を操作しようとしたが、得体の知れない力で動きが阻害されて、まったく操作することができなかった。


 人造人間の背後に視線を向けると、ワスダがハンドガンを構えているのが見えた。間を置かずに撃ち込まれた簡易型貫通弾に反応して人造人間が振り向くと、身体を拘束していた力が僅かに緩んだように感じられた。私はスローイングナイフに手を伸ばすと、刃の表面を液体金属で覆ってから、人造人間に向かって投げた。そのナイフが人造人間の鎖骨と首の間に突き刺さると、私は念動力による呪縛から解放される。


 床に着地すると私は人造人間に向かって駆け、一気に接近して反重力弾を撃ち込もうとする。が、素早くこちらに振り返った人造人間に拳を叩きつけられてしまう。その動きがあまりにも早かった所為で、自分が殴られたと気がついたときには、すでに地面を転がっていて、フルフェイスマスクは砕けていて顔の半分が露出していた。


 壁に背中を打ちつけながらも私はすぐに立ち上がろうとする。

『動かないで!』

 カグヤの言葉のあと、重機関銃の鈍い発射音が聞こえて、私のすぐ近くまで来ていた人造人間に無数の弾丸が直撃する。人造人間は煩わしそうに動きを止めると、力場を展開して弾丸の動きを空中で止めていく。視線を動かすと、外に繋がる搬出口のシャッターが開いていて、その向こうにトゥエルブのサスカッチが見えた。カグヤが偵察ドローンを使って搬出口を開放してくれたのだろう。


『ねえ、レイ』と、カグヤの声が聞こえた。『スローイングナイフが人造人間の首元にまだ残っているのに気がついた?』

「いや」私は頭を振ると、サスカッチに注意を向けていた人造人間の首元を確認した。

『損傷個所の修復は済んでいるみたいだけど、ナイフにコーティングされていたハガネの一部が、人造人間の身体を構成する鋼材に侵食するように広がった形跡が確認できるんだ』

「続けてくれ」そう言って立ち上がると、損傷していたマスクを修復する。

『ハガネの能力を使えば、あるいは人造人間の身体を構成する特殊な鋼材を吸収できるかもしれない』

「大樹の森で博士が宣教師にやったことを、ここで再現するのか」

『初めての試みだから成功しないかもしれない。けど挑戦する価値はあると思う』


 その人造人間に対して射撃を続けていたトゥエルブの横を通ってハクが施設内に跳び込んでくる。が、人造人間はハクに腕を向けると、視認できるほどの青白い光を帯びた強烈な衝撃波を叩きつけてハクを外に吹き飛ばすと、ついでに倉庫内に侵入しようとしていたサスカッチにも衝撃波をぶつけて後方に吹き飛ばした。

 ハクは空中で体勢を立て直して安全に着地するが、火花を散らしながら飛んできたサスカッチの下敷きになって身動きが取れなくなってしまう。私は人造人間がハクとサスカッチに気を取られている間に一気に接近すると、肋骨を保護するように脇腹に装着されていた装甲の隙間に左腕を差し込み、ハガネの能力を開放した。


 カグヤの操作によって、ハガネの全ての能力が鋼材を取り込むことだけに使われる。その所為なのか、ハガネの鎧も機能せず、フルフェイスマスクも失われていた。今の状態で攻撃されたら一溜りもないだろう。


 ハガネの液体金属が人造人間の鋼材に溶けるようにして混ざり合っていくと、人造人間の身体は赤熱するように真っ赤になって、徐々にやわらかくなっていくのがわかった。けれど人造人間もすぐに異変に気がつき、私に腕を伸ばそうとした。するとハクの糸が飛んできて人造人間の腕に張り付く。サスカッチの下から抜け出せたのだろう。ハクは触肢を使って糸を引っ張ると、人造人間の動きを止めようとする。しかし力が強く、ハクは引き摺られてしまう。


 このままでは人造人間の腕に掴まるだろう。覚悟を決めたとき、ワスダの多関節アームによって人造人間の腕が切断される。次の瞬間、人造人間の身体は泥のように溶けだして、吸い込まれるようにして義手に取り込まれていった。間一髪のところで私は救われたのだ。


 私を見つめていた人造人間は、表情を変えることなく液体金属に変化して、そしてハガネに吸収された。その場に残されたのは、黄色の淡い輝きを放つ球体だけだった。空中に浮かんでいた球体は、ウェンディゴに接続されているウミのコアにも似ていると感じた。

 それが地面に向かって落下していくと、私は反射的に腕を伸ばして球体を鷲掴みにした。すると球体は手の上で粉々になり、砂のようにサラサラと指の間から零れ落ちていった。

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