第485話 奇襲


 夜明けと共に動き出した敵傭兵部隊は、機械人形と攻撃型ドローンを使った奇襲攻撃で戦端を開いた。我々が前哨基地として使用していた廃墟は、改造が施された無骨な警備用ドロイドによって、あっという間に包囲されてしまう。しかし周辺一帯の索敵を行っていたワヒーラのおかげで、我々は敵の接近に気が付いていた。


 負傷していたワスダの部下は、痛む身体を引き摺るようにして、崩落した壁の側に設置されていた重機関銃の防護板付銃座につくと、接近してくる機械人形に銃弾を撃ち込んで掃討していった。五〇口径の機関銃が立てる重々しい発射音と、敵勢力が使用するレーザー兵器の乾いた音が鳴り響き、廃墟の街の建物に反響し合って奇妙な旋律を残した。


 前哨基地に対して行われる攻撃を察知して、いちはやく基地を離れていた愚連隊は、機械人形に指示を行っている敵部隊の本隊を目指して行軍していた。敵は攻撃型ドローンで編成した部隊を周囲に展開して襲撃に警戒していたが、旧式ドローンに搭載されているセンサーでは、環境追従型迷彩を使用して静かに忍び寄る愚連隊の姿を捉えることはできなかった。


 愚連隊が装備しているポンチョは、我々が使用している外套ほどカモフラージュ効果が高いものではない。けれど周辺一帯の通信に影響を及ぼしている簡易型の通信妨害装置の効果もあったのだろう。愚連隊は敵部隊に気づかれることなく、無事に接近することができた。が、そこで黙って奇襲すれば良かったものの、ウェイグァンは何故が建物の瓦礫に跳びのって、傭兵たちに向かって声を荒げた。


『貴様ら!』と、ウェイグァンの声が内耳に聞こえた。『そんなに戦争ごっこがしたいって言うならな! ここで俺さまがまとめてぶっ殺してやるよ!』

 傭兵たちは、突如姿を見せたウェイグァンに驚いたが、すぐに反応して一斉射撃で答えた。青年は数発の銃弾を受けて瓦礫の下に転げ落ちるが、指輪型端末によって生成されているシールドで奇跡的に助かった。

『バカめ!』と、ウェイグァンは仰向けに倒れたまま笑う。『そんなものではな! 俺さまは死なないんだよ!』

『バカはあなたよ!』と、リーファが声を荒げる。『子供みたいに、いつまでも遊んでるんじゃない!』

 奇襲のアドバンテージを失くした愚連隊は、傭兵部隊に対して攻撃を始めたが、予想していたような戦果はあげられなかった。


 私は上空のカラスから受信していた映像を拡大表示して、敵部隊の装備を確認する。傭兵部隊の標準的な装備は、旧式のアサルトライフルにロケットランチャーだった。自動小銃はロシア生まれのライフルで、短い銃身をもち、簡単な構造でありながら故障が少なく、殺傷力の高い強力な銃弾を撃ちだせるライフルだった。

 軽量で扱いやすいライフルは、スカベンジャーとして廃墟の街で生きる子供たちにも人気があった。泥水に浸かっても使えるライフルは、整備の重要性を知らない子供たちのお気に入りの小銃だった。そしてそれは傭兵たちにとっても変わらない。


 ロケットランチャーも簡単な構造をもった武器だったが、厄介なことにライフルよりも殺傷力が高かった。細い筒状の兵器は、使用する際に特別な訓練を必要とせず、子供でも簡単に扱えた。人間や車両に向かって直接撃ち込んでもいいし、迫撃砲のように空に向かってロケットを撃ち出すこともできた。旧文明の施設で安価に、そして大量に入手できる装備は、略奪者や傭兵たちに重宝される装備だった。


 愚連隊が相手にしている部隊も、ロケットランチャーを右肩に担いで、アサルトライフルを肩から下げている連中だ。廃墟の街のどこにでもいる見慣れた装備を使う部隊だったが、その集団が厄介だったのは、攻撃型ドローンと機械人形を使って戦うことができるだけの頭脳をもった人間が部隊に所属していたことだった。


 アンテナを伸ばした状態の通信機材を背負っていた傭兵が倒れると、愚連隊の青年が声をあげる。

『ひとり殺しました!』

 それを聞いたウェイグァンは、ライフルに弾倉を装填しながら声を荒げた。

『ひとり殺しましたじゃねぇんだよ。全員殺すんだよ!』

 敵傭兵は制圧射撃を目的とした銃弾を出鱈目に乱射して、物陰に身を隠したかと思うと、愚連隊の背後を取ろうとして道路に飛び出してくる。愚連隊はすぐに応戦するが、五人から十人の集団で一斉に動く傭兵全員に銃弾を命中させることができずに、徐々に追い詰められていく。


『レイ!』

 カグヤの声に反応して視界の映像を消すと、目の前に迫っていたロケット弾を反射的に避けて瓦礫の陰に身を隠した。

「カグヤ! ラプトルの部隊を愚連隊の支援に向かわせてくれ!」と、爆発音と鳴りやまない銃声に声をかき消されないように私は叫んだ。

『もう指示は出した。それよりレイは目の前の敵部隊に集中して!』

「わかってる!」


 ハガネを操作して全身を液体金属で包むと、ハガネの鎧をまとった状態で物陰から飛び出す。急に姿を見せた私に驚きながらも、強力なレーザーライフルを装備していた部隊は一斉射撃を行う。私は腕を交差して頭部を守りながら猛進すると、熱線の直撃に耐えながら、目の前に立っていた人間の顔面に拳を叩きつけた。乾いた破裂音と共に傭兵の頭部が破裂すると、私を囲んでいた傭兵たちにさっと視線を向ける。攻撃用の標的タグが貼り付いたことが確認できると、左肩に形成したショルダーキャノンから自動追尾弾を発射して次々と撃ち殺していく。


 と、そこに砲弾が飛んできて、ハンマーで殴られたような衝撃を受けて私は後方に吹き飛ぶ。耳鳴りに顔をしかめて周囲に目を向けると、攻撃の巻き添えになった傭兵たちの手足や肉片が空高く舞い上がるのが見えた。どうやら敵は、私を始末できるのなら、味方がどうなろうと関係ないようだ。受け身をとって素早く体勢を立て直すと、周囲の建物上階が見渡せるように素早く視線を動かす。するとカラスから受信していた映像を精査したカグヤによって、迫撃砲を使っている敵部隊の位置情報が表示されて、部隊が赤色の線で縁取られる。


 ショルダーキャノンの弾薬を切り替えると、砲撃部隊に向かって重力子弾を撃ち込んだ。青白い閃光が瞬くと、部隊は建物の一部と一緒に融解して跡形もなく消えた。けれどまだ安心はできない。すぐに敵の後続部隊が姿を見せる。私は物陰に身を隠すと、一斉射撃をやり過ごしながら適当な大きさの瓦礫を拾い上げた。そして瓦礫に含まれていた鋼材を義手で取り込みながら弾薬の補給を行う。


「カグヤ、愚連隊の状況を教えてくれ」

『ハクとラプトルの支援もあって、敵部隊の制圧は完了したよ』

「奴らが持っていた機械人形の操作権限は奪えたか?」

『うん。ハクに同行させていた偵察ドローンを使って、敵部隊が使用していた通信装置に侵入することができた』

「それなら、機械人形に包囲されて身動きが取れなかったワスダたちも動けるな」

『もうこっちに向かってきてるよ』


 しばらくするとワスダとソフィーが姿を見せた。ソフィーは血液が滲んだ包帯を身体のあちこちに巻いていたが、痛む素振りも見せずに傭兵たちが地面に落としたレーザーライフルを拾い上げる。

「ここは俺たちに任せてくれ」と、ワスダが瞳を発光させながら言う。「兄弟はあの化け物の相手をしてくれ」

「化け物?」

 そう言って首を傾げたときだった。破裂音と共に凄まじい衝撃波が発生して、我々に接近してきていた傭兵部隊が放置車両と一緒になってグシャリと圧し潰された。衝撃でつくられた円形状の窪みには、かつて人間だったものたちの体液で血溜まりができる。

『姿なきものたちだ!』

 カグヤの声で視線をあげると、イモムシの身体にコウモリの翼、そして三メートルほどの体長の醜い生物が空中に浮かんでいるのが見えた。その灰色の化け物は、ムカデのように無数の脚を生やしていたが、それは人間の腕や足に似た細くて青白い骨ばったグロテスクなものだった。


 化け物はその奇妙な脚を使って建物屋上にゆっくり着地すると、騒がしく銃声を響かせている傭兵たちに向かって衝撃波を叩きつけた。衝撃で地面がぐらぐら揺れるたびに、傭兵たちはジューサーで擦り潰された野菜のように体液を撒き散らし、機械人形の装甲は圧し潰れてバラバラになった。


「あれはマズいな……」と、私は素直に感想を言った。

「マズいなんてものじゃない」と、ワスダは呆れながら言う。「それにな、混沌だかなんだか知らないが、あんな化け物とやりあってきたのに、まだ生きてるお前たちのほうがよっぽど奇妙な生き物だよ」

 ワスダたちは拠点で行われた作戦会議において、すでに姿なきものたちの記録映像を確認していたが、実物を見て驚いているのだろう。

「本当に戦場に姿をみせましたね」と、ソフィーは言う。

「どういうわけか、奴らは戦闘が大好物だからな」私はそう言うと、カラスの眼を使って狙撃に適した場所を探す。「カグヤ、姿なきものたちは一体だけか?」

『うん。あいつは接近するのが早過ぎて、ワヒーラでも存在は捉えられなかった。だけど姿なきものたちの生体情報を記録させているから――』

「次からは奴らの動きを追える……か」


 狙撃に適した建物を見つけると、私は戦況を確認しながら言う。

「俺が化け物を殺すまで、ワスダたちは積極的に戦闘に参加するようなことはしないで、後退しながら敵の攻撃に耐えてくれ」

「化け物を殺す?」と、ワスダは眉を寄せる。「本当にやれるのか、兄弟?」

「任せてくれ、やつの相手をするのは初めてじゃない。それに、あの種族には個人的な恨みがあるんだ」

 そう言って義手を持ち上げると、ワスダは口の端に笑みを見せた。

「左腕の仇か」

「ああ。ワスダたちも気をつけてくれよ」


 ワヒーラを使って簡単な索敵を行うと、人擬きの反応が確認できなかった六階建ての建築物に向かい、外階段を使って一気に建物屋上にあがる。

「カグヤ、ウェイグァンが調子に乗らないように、しっかり見張っていてくれ」

『わかってるよ。あの調子で姿なきものたちと会敵したら、一瞬で殺されかねないからね』

「それと、ハクもこっちに向かわせてくれるか」

『化け物を逃がさないように、ハクの糸を使ってもらうんだね』

「ああ。それに狙撃が失敗しても、ハクの怪光線があればやつを殺せる」

『了解、ハクに作戦を伝えるよ』


 周囲の建物に衝撃音が反響するたびに、廃墟の街のどこかで傭兵たちが圧し潰され殺されていく。その間、建物屋上に留まっていた姿なきものたちは、イモムシのような胴体をうねうねと持ち上げるだけで、その場から動く気配を見せなかった。しかし傭兵たちが反撃の意思を見せ、ロケット弾を撃ち込むようになると、まるで攻撃の気配を感じ取って、攻撃を先読みするかのような素早い動きを見せて、衝撃波を放って次々とロケット弾を撃ち落としていった。


『あの傭兵たち、邪魔だね』と、カグヤが苛立ちをみせる。

「……奴らが余計なことをして、化け物が移動してしまう前に片付けたほうがいいな」

 目的の場所に到着すると、腹這いになってハンドガンを構える。そして専用の弾倉を装填すると、ハンドガンを狙撃形態に変化させて、数百メートル先にいる化け物に照準を合わせる。


「ハク、準備はいいか?」

 一瞬の間をおいて、ハクの可愛らしい声が内耳に聞こえる。

『うん。もんだい、ない』

 狙撃形態の細長い銃身がパーツごとにわかれて空中に浮かび上がると、銃身内部に発生した発光体が輝き始める。その発光体の状態が安定して、漆黒の球体に変化するのを見届けると、私は引き金に指をかけて力を込めた。その刹那、照準の先にいた化け物が私に向かって素早く身体を動かすのが見えた。


 光の瞬きが見えたかと思うと、凄まじい轟音と共に衝撃波を受けてしまう。私は崩落する建物に巻き込まれて、そのまま瓦礫のなかに埋まってしまう。光が見えた瞬間、引き金を引いていたが、恐らく狙いは外れた。

 耳をつんざく甲高い音を聞きながら崩落した建物から這い出ると、恐ろしい速度で飛行している化け物を追うように、細長い光線が空に向かって撃ち出されているのが確認できた。


「ハクが攻撃しているのか?」通常の状態に戻ったハンドガンを構えると、ハクが放つ閃光を避けながら、器用に飛行していた化け物に向かって重力子弾を撃ち込んだ。

 引き金を引いた瞬間、化け物は重力子弾に反応してビクリと動きを止めた。そしてそれがいけなかった。動きを止めた化け物の身体を両断するように、ハクが放っていた光線が通り過ぎていった。切断面から化け物は瞬く間に凍りついていって墜落した。そして大きな音を立てながらバラバラに砕ける。

「やったか……」

『傭兵たちも後退してる』と、カグヤが言う。『化け物の攻撃で相当な被害が出たみたい』

 カラスから受信している俯瞰映像を確認すると、敗走した兵士のように、無我夢中で駆けている傭兵たちの姿が見えた。


『よう、兄弟』と、ワスダの声が内耳に聞こえた。『あとは俺たちに任せて、お前は侵攻作戦の準備をしてこい』

「俺とハクがいなくても大丈夫か?」揶揄うように言うと、ワスダは苦笑する。

『くだらないこと言ってないで、さっさと出発しろ。作戦に間に合わなくなるぞ』

「そうだな……それなら、あとはワスダたちにまかせる」それから、と私は思い出したように言う。「ウェイグァンと喧嘩するなよ」

『まかせておけ、こう見えても子守りは得意なんだ』

「そうですか」


 ハクと合流すると、空間転移を使って保育園に帰還する。先ほどの傭兵部隊から入手していた機械人形の操作権限もワスダに移しておいたので、姿なきものたちの襲撃でもない限り、ワスダたちがやられる心配はないだろう。拠点につくと、離陸準備が完了していた輸送機にハクと共に乗り込んだ。

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