第484話 傭兵部隊


 集合住宅が建ち並ぶ居住地域のあちこちから、騒がしい銃声が絶え間なく鳴り響き、その銃声に引き寄せられるようにして、地縛霊が如く居住地域を徘徊していた人擬きが集まってきていた。私は建物屋上に立って、周囲の状況を注意深く観察していた。すると武装した改造ヴィードルと、荷台に重機関銃を載せたピックアップトラックに前後を守られるようにして、荷台に戦闘員を満載したトラックの車列がこちらに近づいてくる様子が見えた。五十二区の鳥籠から派遣された傭兵の増援部隊なのだろう。


 砂煙を立てながら接近する車列は、道路に放置された車両や瓦礫を避けるために速度を落としてジグザグに走っていた。その車列に向かって、無数の小型ミサイルが煙の尾を引いて飛んでいくのが見えた。傭兵たちは奇襲に慌て、荷台で機関銃を操作していた傭兵はミサイルに向かって銃弾の雨を浴びせた。しかし小型ミサイルは狙いすましたように、傭兵たちの車列に次々と着弾していった。周辺の建物に反響する爆音と共に衝撃波が広がる。その直後、傭兵たちの苦しげな断末魔と悲鳴が聞こえてくる。


 立ち昇る炎と黒煙の中から火だるまになった数人の戦闘員が転がり出てくると、戦闘音に引き付けられた人擬きが薄暗い廃墟の中から姿を見せ、戦闘員たちに襲い掛かる。人擬きは熱や痛みを感じていないのか、火だるまになった人間に組みつくと、容赦なく食らいついた。

 人擬きに喰い殺されていく傭兵たちの惨状を眺めていると、立ち昇る黒煙の向こうから傭兵たちの改造ヴィードルが姿を見せる。彼らは車両に搭載されていた機関銃で一斉射撃を行い、周囲の建物から飛び出してくる人擬きの群れを牽制して仲間を助けようとする。が、そこに愚連隊が操縦する数台のヴィードルが姿を見せる。


『いいか、お前ら! ダウンレンジだ!』と、ウェイグァンの怒鳴り声が内耳に聞こえる。『動くものは全部敵だと思え!』

 下顎を失くした人擬きが瓦礫の隙間から這い出てくると、建物上階から飛び下りてきた金色のヴィードルによって頭部を潰される。

『リーファはそのまま俺についてこい!』と、ウェイグァンは続ける。『後続の増援部隊を一気に叩く!』


 金色のヴィードルが動き出すと、その装甲の一部が展開するのが見えた。すると徘徊型自律兵器とも呼ばれる複数の自爆型ドローンが空に向かって次から次に排出されるのが確認できた。空高く打ち上げられた超小型ドローンは、落下しながら勢いをつけると、先ほどのミサイル攻撃を生き延びた傭兵や人擬きの群れに向かって凄まじい速度で飛んでいき、そして破裂音と共に爆散した。まるで水風船が割れるように、大量の血液や内臓が一斉に飛び散るさまは、ある種の爽快感を伴うグロテスクさを持ち合わせていた。


 カグヤはワヒーラから受信していた周辺一帯の索敵情報を愚連隊に送信すると、部隊の指揮を早々に放棄して、戦闘に参加していたウェイグァンの代りに愚連隊に指示を出す。

「カグヤ、ワスダの部隊は?」

 私が訊ねると、上空のカラスが取得していた街の俯瞰映像が網膜に投射された。

『ワスダたちは傭兵の大部隊と会敵して、激しい銃撃戦になっているみたい』

 己に向かって腕を伸ばす死を遠ざけるように、そして同胞の士気を鼓舞するため、一生懸命に声を上げる愚連隊と異なり、ワスダの部隊は冷静に、そして静かに動き続けていた。彼らは共有ネットワークを使って、ヴィードルに搭乗している仲間と密に連絡を取りながら、無言で傭兵部隊を追い詰める。


 放置車両をバリケードにして身を隠している集団を見つけると、ヴィードルに搭載したロケットランチャーで障害を排除して、集団に向かって突撃した。ワスダの部隊はとにかく恐れを知らない。ワスダの命令があれば、そこがどんなに危険な場所であっても、彼らは臆することなく突貫した。

 通信妨害装置によって指揮系統が混乱していた傭兵部隊は、ロケット弾の爆発の余韻が耳に残るなか、必死に抵抗してみせたが無駄だった。防弾ベストを簡単に貫通する銃弾と、ヴィードルの機関銃によって制圧されていく。


 バリケードの側に止められていたトラックがロケット弾を受けて横転すると、中から丸腰の傭兵が数人這い出てきて、ゴミに埋もれた狭い路地に逃げ込んだ。しかし数秒もしないうちに彼らの悲鳴が聞こえてくる。そして身体を血液で濡らした人擬きが路地から駆けてくる。

 前方の標的に対して射撃を行っていたワスダは、人擬きの登場に少しも動揺することなく、また見向きもせず、背中の多関節アームを使って突撃してきた人擬きの身体を切断していった。もちろんそれだけでは人擬きを殺すことはできない。けれどワスダは何も心配していなかった。彼と共に行動していたソフィーが、ハンドガンを使って人擬きに止めを刺すことが分かっていたからだ。


 ちなみに愚連隊にも、不死の化け物である人擬きを射殺することができるハンドガンが支給されていた。愚連隊に裏切られる心配はしていなかったが、彼らが調査のためにハンドガンの分解を試みた場合、ハンドガンは廃棄モードに移行して塵になるように設定されていた。たとえ信頼できる組織であっても、油断することはできない。武器や装備の情報は我々の生命線だ。


 建物上階に陣取っていた傭兵たちが狙撃を始めると、ワスダが指揮する数人ばかりの歩兵部隊は廃墟に身を隠して、ヴィードル部隊に狙撃手の掃討を命令する。しばらくすると、建物上階の標的に向かって無数のロケット弾が発射されて、傭兵たちが潜んでいた建物の窓から黒煙が噴き出す。

 それを確認すると、ワスダの部隊は再び動き出す。そうして寄せ集めの傭兵部隊は瞬く間に制圧されていった。傭兵のなかには戦意を喪失して、我々に投降する者たちが出るようになった。白蜘蛛が戦場に姿を見せると、その傾向は強まっていった。


 一時間もしないうちに捕らえた傭兵の数は五十人ほどになった。彼らを拘束することもできたが、捕虜の数が多くなってくると、我々は無条件に彼らを解放することにした。そもそも傭兵は組合に所属した雇われの人間であり、彼らにとってそれは食い扶持を稼ぐ仕事だった。我々に対して反抗する意思がないのであれば、無抵抗の人間に時間を割く必要がないと判断した。しかし投降した人間のなかに、我々に対して悪意や敵意を示すガスを纏う人間がいれば、容赦なく射殺した。そしてそれは意図せず、見せしめとして機能することになった。投降した傭兵たちは解放されると、素直に戦場から撤退してくれた。


 しかしそれでも戦闘は終わらなかった。神出鬼没の敵を相手に愚連隊は戦闘を続けていた。機械人形と攻撃型ドローンを使う傭兵団は、愚連隊の中心的存在であるウェイグァンが前線に姿を見せて暴れ始めたことで、彼の未熟さに気が付いた。そしてウェイグァンを標的にした攻撃を断続的に行うようになった。愚連隊がウェイグァンを庇う姿勢を見せれば見せるほど、彼らはウェイグァンに対する攻勢を強めた。数時間にも及んだ戦闘で愚連隊は数台のヴィードルを失い、後方に撤退を余儀なくされる。


 カグヤの指示ですぐに別動隊の機械人形が現場に派遣され、愚連隊の撤退を支援した。おかげで死者が出ることはなかったが、常に前線で戦っていたワスダの部隊では負傷者が出るようになっていた。

『整備用ドローンと武器弾薬の補給品を用意させているから、ウェイグァンの部隊はすぐに後退して!』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。『前線はレイとハクが引き継ぐから、ワスダの部隊も後方に撤退して』


 けれどワスダからの返事はない。カラスから受信している映像を確認すると、横倒しになった巨大な彫像に身を隠しているワスダの部隊が確認できた。彼らはそれまでと異なる、練度の高い傭兵集団に包囲されていて、身動きが取れない状態になっていた。

『見て、レイ』

 カグヤが拡大表示した映像を確認すると、傭兵たちが揃いのレーザ-ライフルで武装しているのが見えた。

「あれは……ジャンクタウンの施設でも入手できない代物だな」

『うん。教団が傭兵たちに販売している武器なのかもしれない』

「戦闘慣れした傭兵部隊に、旧文明の兵器か……厄介だな」と、私は前線に向かって駆けながら呟いた。

『ハク、リーファたちの位置情報を送信するから、すぐに彼女たちの援護に向かって』

『うん。ハクにまかせて』

 カグヤの緊張した言葉のあと、ハクの間延びした声が内耳に聞こえた。


 横倒しになって緑青に覆われた巨大な立像は、女性の身体にフクロウの頭部を持ち、その背には半分に欠けた巨大な翼が生えていた。ワスダたちはその翼の背後に身を隠して、傭兵部隊の攻撃に応戦していた。私は赤茶色に腐食した非常階段を使って建物の上階に向かうと、傭兵部隊に対する射角を確保する。

「カグヤ、反重力弾を使う。効果範囲の調整を頼む」

『了解』カグヤの返事が聞こえると、標的用のタグが貼り付いていた傭兵たちの上方に向かって射撃を行う。


 ハンドガンから撃ちだされた紫色の発光体は、ゆっくりとした目に見える速度で標的に近づくと、彼らが身を隠していた瓦礫の上空で静止、そして甲高い金属音を鳴らした。次の瞬間、瓦礫に隠れていた傭兵たちの身体が宙に浮き上がるようにして持ち上がった。そして二度目の金属音が聞こえたとき、彼らの身体は発光体に向かって凄まじい重力で引き寄せられ、そして重なり合うように圧し潰されていった。


 断続的に行われていた制圧射撃が止まると、私はワスダたちの側に向かう。

「ワスダ、部隊の状況は?」

「ボロボロだな」と、ワスダはうんざりしながら言う。「連中は俺たちが今まで戦っていた寄せ集めの部隊じゃない。名の知れた傭兵団だ。兄弟の攻撃には驚いているみたいだけど、すぐに反撃を始めるだろう」

「なら撤退しよう。もうすぐ日が暮れる」

「化け物どもの時間だな」と、ワスダは高層建築群の間に沈んでいく真っ赤な太陽を見ながら言う。「先導してくれ、すぐに安全圏まで撤退しよう」


 戦闘で損傷して動かせなくなったヴィードルは、敵に鹵獲されないために爆破処理する必要があった。が、貴重な資源を失うのが惜しかったので、反重力弾で潰して鋼材を回収することにした。敵が勢いを取り戻す前に車両の処理を終えると、我々は前哨基地に向かって撤退を始めた。

 足を引き摺っていたワスダの部下に肩を貸すと、私はカラスの眼を使って周囲の状況を確認する。

「カグヤ、後退している愚連隊の状況は?」

『順調だよ。敵はラプトルの奇襲で攻撃ドローンの多くを失った』

「そうか……それなら――」言葉を続けようとしたとき、廃墟の外壁にロケット弾が命中する。


 撤退する我々を追撃する部隊は、雨のようにロケット弾を撃ち込んできた。まるで迫撃砲のように降り注ぐロケットが我々の近くに着弾すると、数千個にも及ぶ瓦礫やアスファルトの破片が我々に向かって飛んできた。それらは多くの場合、各自が装備していた指輪型端末が生成するシールドで防ぐことができたが、近くに連続して着弾すると、シールドの展開が間に合わず、破片が皮膚を引き裂いて肉に食い込んでいった。今では私とワスダだけが、部隊でかろうじて負傷していない状況だった。


「クソ!」と、負傷したソフィーを抱いていたワスダが声を荒げる。「連中は俺たちで遊んでやがる!」

『基地はもうすぐそこだから我慢して』と、カグヤが励ます。『それに、連中の相手は夜の住人がしてくれる』

 すっかりと日が落ちた廃墟の街では、戦闘音に引き寄せられた人擬きの唸り声や叫び声が木霊していた。

「なにが夜の住人だ。奴らは俺がこの手で殺してやる!」ワスダの瞳は、怒りの感情と共に真っ赤に点滅していた。


 カグヤの予想通り、我々を追撃していた傭兵部隊は人擬きの群れと戦闘状態になった。真っ暗な空を飛んでいたカラスから受信する映像には、赤く発光する無数の熱線が飛び交う様子がハッキリと見えた。

「ワスダ」と、私は前哨基地の位置を確認しながら言う。「前線で教団の信徒を見かけたか?」

「いや、見てないな」ワスダは首を振る。「それに、処刑隊の連中も来ていない」

「処刑隊……黒ずくめの傭兵団だな」

「ああ。奴らが教団に雇われていることは知っていたが、まさか専属の特殊部隊になっているなんてな」

「これだけ騒ぎを起こしても、鳥籠から処刑隊を移動させるつもりはないんだな」

「奴らもバカじゃない。それにイーサンが流した噂を真に受けた奴がいたんだろう」

「鳥籠の住人に避難を促すためにとった親切が仇になったんだな」

「兄弟は甘いんだよ」と、ワスダはぶっきらぼうに言う。「その甘さに足元をすくわれないように、戦場では充分に注意するんだな」

 私はワスダの言葉にうなずくと、街のあちこちから聞こえてくる人擬きの叫び声に耳を澄ました。

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