第486話 計画


 ハクの興味を惹く何かが、眼下に広がる廃墟の街の何処かにあるのだろう。ハッチの側で動かずにじっと街を見つめているハクを余所に、私は白蜘蛛のフサフサとした体毛に触れて、先ほどの戦闘で怪我をしていないか確かめていく。ハクは私に撫でられていると勘違いしているのか、上機嫌にお気に入りのアニメソングをくちずさんでいた。


『あっちでは大変だったみたいだな』と、通知音と共にイーサンの画像が視界の隅に表示される。

「イーサンの報告書で鳥籠が雇っていた傭兵たちの数は把握していたけど、想定していたよりも、ずっと多くの傭兵が戦場に派遣された」私はそう言うと装備の点検を行うため、上下に開いた状態の後部ハッチから離れて、兵員輸送のコンテナに備え付けられていたガンラックの側に向かう。

『日課にもなっている紅蓮との小競り合いだと思っていたら、お前さんとハクが姿を見せたからな、教団は慌てて戦闘員を派遣したんだろう』

「……そう言えば、見慣れない偵察ドローンが飛んでいるのを見かけたよ」

『通信妨害装置の影響を受けないほどの高高度からの監視か……旧文明期の装備を多数所持している教団のドローンなのかもしれないな』


 ガンラックから狙撃形態を可能にする専用弾倉を取り出しながら私は言う。

「きつい戦闘だったけど、あの化け物を仕留めることができたよ」

『化け物……姿なきものたちのことだな』と、イーサンが言う。『あれが出現することを前提にして作戦を進めていたが、あの戦場に姿を見せたのは、お前さんの腕を食い千切った個体じゃなかったな』

「ああ」私はうなずいて、視界の先に姿なきものたちの画像を拡張現実で表示する。「イモムシの身体にコウモリの翼、それに人間の手足をもった奇妙な個体だったよ」

『悍ましい姿だな。廃墟の街の何処かで、昆虫型の変異体と人間を餌にしていた個体なのかもしれないな』


 今まで遭遇した姿なきものたちの画像が視線の先に表示されていく。そこには、のっぺりとしたマネキンのような姿をした化け物がいれば、オオカミの身体に人間の頭部をもった醜い化け物の姿もあった。

「たしかにあいつは大樹の森で見た化け物に似ても似つかない姿をしていたな……」と、私は顔をしかめながら言う。「イーサンは、やつらが餌にしていた生物の姿を真似て形態を変化させると考えているのか?」

『あるいは、自由になりたいものに姿を変えることができるのかもしれない』

「それが本当のことなら、厄介極まりない生態だな」

『そうだな……』と、イーサンは溜息をついた。『あれは意思疎通ができない、生き物を殺すことだけを目的にしているような化け物だからな』


「この世界にあれがやってきてから、それなりの時間が経過している」と、私は画像を睨みながら言う。「イアーラの族長も話していたけど、やつらは分裂するように増えていく。どれくらいの期間をかけて分裂が行われるのかは分からないけど、今はそれが気がかりだよ」

『あれはお前さんの腕を食い千切った化け物から分裂したんだよな?』

『そうだと思うけど』と、カグヤがイーサンに答える。『なにか気になることでもあるの?』

『分裂するのは、決まった個体だけなのか?』

『あぁ、たしかにそれは気になるね』


「なにが気になるんだ?」と、私はカグヤに訊いた。

『レイの腕を食い千切った個体だけが分裂できる特殊な個体なら、そいつを叩けば姿なきものたちの増殖を止められるかもしれないってこと』

「全ての個体が分裂できるなら、化け物の拡散を止めることはできない?」

『正直に言えば、今の私たちには無理だと思う』と、カグヤはきっぱりと言う。『あれは自由に空を飛べるし、食物連鎖の頂点にいるような生物だよ』

「つまり俺たちが見てきた異界のように、地球でもあれが原因になって、生物の大量絶滅が起きてしまう可能性があるのか?」

『それはわからないよ。でもだからこそ私たちは姿なきものたちについて知る必要がある』

「イアーラの族長に会う必要がありそうだな」

『異界の女神に接触するって方法もある』

「女神か……そういえば、拠点には異界から回収してきた土偶と石板があるな」

『うん。あれを使えば、異界の女神と接触できるかもしれない』


 装備の補充と点検を済ませると、救急ポーチだけを取り出してバックパックは棚に片付ける。そして座席につくと、後部ハッチの側にいるハクの後ろ姿を見つめる。専用の端末を使って音楽を聴いているのか、リズムに合わせるようにしてお尻を振っていた。

「それはそれとして」と、私は話題を変える。「部隊はすでに展開しているのか?」

『こいつを見てくれ』

 イーサンから受信した地図を拡張現実で目の前に表示すると、鳥籠を囲む防壁の側で待機していた部隊の位置情報が確認できるようになる。

「ウミが操作するウェンディゴも、すでに所定の位置で待機しているみたいだな」


『事前に説明していた通り、監視所に対するピンポイント爆撃と共に侵攻作戦は開始する』イーサンの言葉のあと、鳥籠を囲む二重の防壁の各所に設けられていた監視所に向かって、現実的な動きでシミュレートされた無数のミサイルが飛んでいく様子が表示される。ミサイルが目標物に着弾すると、全ての監視所が赤色に点滅して地図から消える。


『監視所は警備隊の詰め所としても使われている』と、イーサンは続けた。『限定的な爆撃だが、監視所の格納庫もやれるだろう』

「戦闘車両や機械人形もまとめて破壊することができるな」と、私はつぶやく。

『この爆撃で警備隊は即応部隊を失うことになる』

「陽動作戦が成功して、すでに多くの部隊が出払っている状態で、この攻撃は警備隊にとって大きな痛手になる」


『監視所の破壊を確認後、ヌゥモ・ヴェイが指揮するヤトの主力部隊が、鳥籠の入場ゲートに向かって多方面から同時に侵攻する』と、イーサンは言う。

 各部隊を示す赤い点が地図の中央にある鳥籠に向かって移動を開始するのが見えた。しかしいくつかの赤い点は防壁内に侵入したところで動きを止めた。

「ミスズとナミが指揮するヴィードル部隊と、トゥエルブの機械人形部隊は、防壁内を巡回警備している部隊を叩くのか?」

『そうだ。鳥籠の入場ゲートを防衛している警備隊の本隊と合流してしまわないように、巡回している部隊を引き付けてもらう予定だ。もちろん、爆撃の騒ぎで集まってくる人擬きの相手もしてもらう」


『ミスズたちは遊撃隊だね』と、カグヤが言う。

「拠点の警備に必要だったから、予定よりも機械人形の数は少ないけど、トゥエルブの部隊は大丈夫か?」

 私の問いに答えたのはイーサンだった。

『トゥエルブにはサスカッチを使わせるから、問題ないだろ』

「整備が間に合ったのか?」

『ああ。さすがに攻撃ヘリの準備はできなかったみたいだが、ペパーミントとサナエはよくやってくれた』

「完全な状態のサスカッチか」

『大きな戦力になるが、警備隊も自律型戦車を複数所有している。そして厄介なことに、戦車の所在は確認されていない』

「完全自律型の無人機なら、通信妨害装置の効果も期待できないな……」


『そうだな』イーサンの言葉のあと、ヌゥモが指揮する主力部隊を示す赤い点が入場ゲートに到達する。『鳥籠を防衛している敵本隊と、ヌゥモの部隊が会敵したのを確認したあと、鳥籠に対するピンポイント爆撃が行われる予定だ』

「武器庫や車両用格納庫、それに傭兵たちの詰め所を叩くんだな」と、私は地図に表示された爆撃の目標物を確認しながら言う。

『貴重な物資だから破壊してしまうのは惜しいが、そもそも俺たちが戦闘に勝たなければ意味がないからな。それに、旧文明の施設に備え付けられている防衛装置の存在も確認している。爆撃が成功するのかは、現段階では未知数だ』

「防衛装置か……兵器工場で使われていたものが設置されていたら、爆撃は難しいだろうな」


『いずれにしろ』と、イーサンは言う。『ヌゥモの部隊に対応するため、警備隊はすぐに入場ゲートに部隊を派遣するだろう』

 鳥籠のあちこちから警備隊や傭兵たちが集まってくる様子が赤い点で視覚化される。すると防壁の内側に存在していた青い点が発光して、青色の波紋を広げていく。

「通信妨害装置だな」と私は言う。「戦闘が始まったら使用するのか?」

『ああ。連絡手段を失くした警備隊は混乱するだろう。その間に、すでに鳥籠に潜入している俺の部隊と、アレナ・ヴィスが指揮する諜報部隊で鳥籠の中枢を一気に叩く。そこで教団関係者の捕縛、あるいは排除を行う予定だ』


「全てが終わったら、通信妨害装置を止めて鳥籠の本部から停戦命令を出してもらう?」

『そうだ』と、イーサンは私の言葉に答えた。

「あらためて作戦を聞かされると、あっけなく鳥籠を占領できるように見えるけど、計画通りに進むと思うか?」

 私の質問に対して、イーサンは率直に答える。

『単純な作戦だが、そもそも高高度からの爆撃を想定している防衛計画なんて、この世界には存在しない。鳥籠の警備隊は予想していなかった攻撃に混乱して、手も足もでないだろ。一部の例外はあるかもしれないが』


「例外……?」と、私は頭をひねる。「もしかして処刑隊のことか?」

『黒ずくめの傭兵団』イーサンがそう言うと、真っ黒な戦闘服に、頭部を覆う黒いガスマスクを装着した不気味な集団の画像が表示される。『奴らは戦闘のプロだ。今まで俺たちが相手にしてきたレイダーや、寄せ集めの傭兵たちとは訳が違う』

『そうだね』と、カグヤも言う。『それにね、教団が傭兵たちに支給している装備のことも気になるんだ』

『お前さんの装備は一級品だ。けどハガネに頼る無茶な戦いは止めておけ』

『それには同意するよ。鳥籠は私たちからの攻撃を予想していないけど、教団と繋がっている処刑隊は、ハクとの戦闘を想定した装備を所持している可能性がある。あの集団と戦闘になったら、そのことも頭にいれて行動したほうがいい』


『問題は他にもある』と、イーサンは続ける。『オートドクターは俺たちの命綱だ。でも今回の作戦に限って言えば、命の危険を伴わない重傷以外には使用は控えてもらうことになっている』

「副作用で眠ってしまうことを避けるためか?」と私は訊いた。

『そうだ。空爆で敵の戦力は削れるが、それでも敵が圧倒的に多いことに変わりない。俺たちは限られた戦力で奴らとの戦闘を強いられる。そのなかで、味方が戦線から離脱するのは好ましいことじゃない』

「戦場で怪我の状態を判断するのは難しい。その線引きはどうするんだ?」

『それに関しては』とカグヤが答える。『ヤトの戦士が無茶をしないように、みんなの生体情報は私が常に監視する予定だよ。異常を発見した際には、後退させてオートドクターを使わせる』


『ある程度のリスクは承知の上で、侵攻作戦は実行される。そうだろ?』とイーサンは言う。『味方に損害を出したくないのなら、始めから空爆で解決することも選択できたんだからな。けど俺たちは別の選択をした。腹を括るしかない』

「そうだな……」と、私は溜息をつく。

『それに、俺たちの脅威になる奴らは他にもいる』イーサンの言葉のあと、教団のロングコートを身につけた集団の画像が表示される。

「信徒だな。この数日の間に鳥籠で信徒の姿は確認できたか?」

『残念だが、信徒に関する情報は鳥籠の教団幹部にも知らされていない。だが常に最悪を想定して行動しよう。大規模な鳥籠だ。俺たちの目の届かない場所に奴らが潜んでいる可能性は充分にある』

「了解」


 ふとハクに視線を向けると、興奮しているときのように体毛を逆立てているのが見えた。ハクの隣に立ってハッチの向こうに視線を向けると、汚染地帯に広がる濃霧が確認できた。

『深淵の娘たちの大きな巣がある場所だよ』と、カグヤが言う。

 以前に同じ場所で多くの深淵の娘と遭遇したことを思い出した。ハクは汚染地帯の何処かにいる姉妹たちの存在を感じ取って、興奮しているのかもしれない。そう言えば、姉妹たちについて今までハクに訊ねたことがなかった。ハクにとって深淵の娘とはどんな存在なのだろうか。


 そう思って口を開こうとしたとき、視線の先に目標の鳥籠が見えてきた。

『レイ』と、カグヤが言う。『もうすぐ現場につくよ。準備はできてる?』

「ああ。ハクは準備できているか?」

『うん。じゅんびできた』と、ハクは床をベシベシと叩いた。

「姿なきものたちが、また俺たちを襲いにくるかもしれない。危ないからハクは俺の側から離れないようにしてくれ」

『いっしょにいく』

 輸送機はウミの遠隔操作でゆっくりと高度を下げ、環境追従型迷彩を起動して姿を隠していたウェンディゴの側に着陸する。

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