第480話 一触即発


 汚染された大量のヴィードルを砂漠で目にしてから数日、私は保育園の廃墟に築いた拠点にいた。休むことを知らず、日夜働き続ける作業用ドロイドたちによって改修された建物の地下には、作戦指揮所として機能する部屋が用意されていた。数十人を収容できる広い室内には、複数の大型ディスプレイが壁に設置されていて、ホログラム投影機を備えたテーブルとイスが並んでいる。


 ちなみに、作戦指揮所として利用されている建物は、保育園の敷地を囲む防壁の外に建っているが、旧文明の建材で補強されていて、砲撃にも耐えられるように再設計されていた。建物には白蜘蛛の糸が絡みついていて、周囲の建築物と見分けがつかないが、拠点の警備を行うヤトの戦士たちの詰め所も兼ねているので、重要な施設として補強されていた。


 その作戦指揮所には、五十二区の鳥籠で数週間にわたる諜報活動を行っていたイーサンとエレノア、そしてワスダの部隊を含めた数人のヤトの戦士が集まっていた。そこで我々は敵対する鳥籠の情報を共有すると共に、侵攻作戦についての綿密な打ち合わせを行っていた。

 作戦説明はホログラムを使って行われ、各自が所有している端末で情報が共有されることになる。けれどワスダの部隊に作戦の詳細が伝えられることはない。もちろん裏切りや密告は警戒していたが、組織に所属していない人間に、これ以上の情報を与える訳にはいかなかった。ワスダがリリーの父親で、裏切る可能性がないと分かっていても、これ以上譲歩することはできなかった。


 侵攻作戦の際には、それぞれが得意とする分野によって戦士を十人ほどの分隊に分けて行動させることになる。たとえば、戦闘の主力になる分隊はヌゥモ・ヴェイが、そしてヤトの一族が使う古い言葉で『大樹』を意味する名前を持つ女性『アーキ・ガライ』は、作戦行動の前日に敵地に潜入して狙撃支援を行う部隊を率いることになる。このように、それぞれの戦士が自分たちの能力を最大限に発揮できる分隊に配属されることになる。


 我々の組織は人手不足なので、何でもこなせる平均的な能力を持った部隊を編成するよりも、ひとつの能力に秀でた精鋭部隊を使ったほうが有効に戦闘を行える。というような考えのもとに分隊は編成された。しかし専門部隊は予測不可能な事態に対処する術をもたない。そこで旧文明の遺跡や、レイダーギャングたちの拠点で鹵獲したアサルトロイドなどの戦闘用機械人形に各分隊の支援を任せることになる。


 戦闘にはウェンディゴとワヒーラを操る『ウミ』や、特殊な人工知能を搭載した『トゥエルブ』も参加して、ラプトルの部隊を率いてもらうつもりだ。これまでにない大規模な戦闘を想定していたが、大樹の森からの支援の申し出は断っていた。鳥籠スィダチや、境界の守り人として砦に配属されている蟲使いたちは、テアの指揮のもと、混沌の領域の監視を継続することになっていた。


 私は視界の先に拡張現実で表示していた報告書をつらつらと読みながら、拠点に招待していたウェイグァンの愚連隊を迎えに行ったミスズのことを待っていた。愚連隊はすでに拠点の側まで来ていたが、付近一帯はハクの巣で迷路のような状態になっているので、誰かが迎えに行かなければいけないのだ。

 紅蓮との取り決めで、愚連隊は侵攻作戦が終わるまで、我々の拠点で面倒をみることになっていた。しかし腹に一物ありそうなワスダの部隊と異なり、愚連隊は我々に対して完全に悪意を持たないので、安心して拠点に招くことができた。


 イーサンとヌゥモが険しい表情で何かを話しているのを遠目に眺めていると、ミスズとナミを先頭にして、そろいの真っ白な戦闘服を身につけた愚連隊が指揮所に入ってくる。ウェイグァンは私の姿を見つけると、人懐こい笑みを見せて、背筋を伸ばして私のもとにやってくる。

「レイラさん、今日からお世話になります」

 私も青年に笑顔を見せると、一言二言、言葉を交わして、それから指揮所にいた人間に愚連隊の紹介をした。愚連隊についての情報はすでに伝えられていたが、こうして直に顔を合わせるのは初めてのことだった。


「よう、兄弟」と、ワスダは剃り上げた頭部に彫られていた髑髏の入れ墨を撫でながら言う。「これから宴会でもやるつもりだったのか?」

「宴会?」と私は頭を捻る。「いや、とくに何も予定にないけど、どうしてだ?」

「そこのガキどもが奇妙な恰好をしているからな、これから余興でもやってくれるのかと思ったんだよ」

 愚連隊に視線を向けると、学生服にも似た真っ白な戦闘服が目についた。

「確かに派手だけど、あれは機能的な戦闘服だよ」

「戦闘服か」と、ワスダはいやらしい笑みを見せる。「俺はてっきり、仮装が趣味の道化師たちを連れてきたのかと――」


「おい、おっさん」と、ウェイグァンはワスダが座っていたイスの側に立つ。「つまらない冗談に付き合う気はないんだ。その口を閉じておいてくれないか?」

「冗談ねぇ……」ワスダは退屈そうに欠伸をした。「その格好で言われても説得力がないんだよね」

「やめろ、ワスダ」と、イーサンが狼のような鋭い瞳をワスダに向ける。「紅蓮からの大切な客人だ」

「愚連隊とか言ったなぁ」と、ワスダはイーサンの言葉を無視して続けた。「行儀見習いのガキに『おっさん』なんて言われたのは初めてのことだったから、すこし揶揄ってみたくなったんだよ。だからそんな怖い顔をするなよ」

「お前は廃墟の街で名の知れた筋者なのかもしれないが、砂漠地帯から滅多に出てくることのない紅蓮の人間には関係のないことだ。それに」とイーサンは言葉を続ける。「愚連隊はレイの大切な客で、ヤクザの見習いなんかじゃない」


「愚連隊ねぇ、砂漠の連中はまともな組織だと思っていたけど、俺の見当違いだったみたいだな」と、ワスダは私に視線を向ける。「そういえば、レイは紅蓮とも問題を起こしていたんだったな?」

「何が言いたい」ウェイグァンはそう言うと、一歩前に踏み出した。

「兄弟は放火魔だからな。また何処かで火をつけて、知らん顔して火を消しておいて、聖人のように褒め称えられていたんだろうなって思って。でもそうなると、兄弟に騙される紅蓮の連中も、やっぱり馬鹿の集まりなんだな」

「レイラさん」と、ウェイグァンはワスダを睨みながら言った。「こいつ、ぶっ殺してもいいですかね」

「なにイラついてんだよ」と、ワスダはニヤリと笑って、それからリーファに視線を向けた。「色々溜め込んでいるみたいだな。そこの可愛い嬢ちゃんに相手してもらったほうがいいんじゃないのか」


 ワスダの顔面めがけて飛んでいったウェイグァンの拳を止めたのは、ワスダの部下であるロシア系の美女だった。

「おふざけが過ぎますよ」

 ソフィーがワスダにそう言うと、愚連隊は一斉にライフルを構えた。

『一触即発ってやつだね』カグヤの小声が内耳に聞こえると私はうなずいた。けれど二人の言い争いを止めるようなことはしなかった。ワスダの部下と愚連隊が睨み合うのを黙って眺めていた。

「止めに入らなくていいのか?」と、私のとなりにやってきたイーサンが言う。「ワスダの部隊はともかく、愚連隊の連中は本気で殺し合いを始めるつもりだぞ」


「やらせてくださいよ」と、ウェイグァンは興奮していることを隠すように、低い声で言った。「レイラさんが許可を出してくれたら、すぐにこのおっさんを始末してみせますよ」

「やめとけ、俺にガキを殺す趣味はないんだ」と、ワスダは素っ気無く言う。「でも、たしかに子供じみた遊びだったよ。ここはひとつ、レイラの顔を立てて仲直りしないか?」

 ワスダはそう言うと、音を立てることなくイスから立ち上がり、目の前に立っていたウェイグァンに手を差し出した。青年はニヤリと笑うと、ワスダの手を握るフリをして、赤色のストライプが目立つ袖口からナイフを出現させ、それをワスダの腹部に突き刺そうとした。が、企みは阻止されてしまう。ワスダの背中から伸びた多関節のアームが、ウェイグァンの首筋にそっと鋭利な刃物を当てると、青年は息を呑んで動きを止めた。


「はぁ」と、イーサンは溜息をついた。「お前さんたちは、いつまでそのくだらない遊びを続けるつもりなんだ?」

『それは、どんな遊びなのですか?』と、イアーラ族の言葉を日本語に翻訳した合成音声が聞こえると、ウェイグァンは振り向いて、扉の前に立っていたイアーラ族に目を向けた。そして驚きに目を見開いた。

「……もしかして、ハクが話していた友達のララって、あんたのことか?」

 ニヤは耳をピクピクと震わせると、輝く瞳でウェイグァンを睨んだ。


『ララは私だよ』可愛らしい白猫がニヤの足元に現れると、ウェイグァンは驚きのあまり、口を開いたままララを見つめた。

『仲間内で殺し合いをするなんて、人間というものは、つくづく野蛮な種族なのですね』ニヤはそう言うと、エレノアに案内され、イスにちょこんと座った。ララもお尻を振りながらニヤの側に向かうと、テーブルに跳び乗って投影されていたホログラムを見つめる。


 その光景を見て冷静になったのか、ウェイグァンは袖口に忍ばせていた暗器を収めて、ワスダが差し出していた手を握る。

「少し熱くなり過ぎた」

「若いやつはそれでいいんだよ」と、ワスダもヘンテコなランドセルに恐ろしい多関節アームを収めながら言う。「それより悪かったな、仲間の前で恥をかかせて。作戦会議とやらが退屈で、つい揶揄ってみたくなっちまったんだよ」

 ワスダはそう言うと、ウェイグァンを挑発するように自身の首筋に触れた。

「気にするな」と、青年は舌打ちしながら言う。「次にやるときは、絶対に隙を見せない」


 ワスダの部下と愚連隊がある程度の距離を置いて、イスに座ったのを確認すると、イーサンはあらためて侵攻作戦の概要を簡単に説明して、それからワスダの部隊と愚連隊に任せる予定になっていた陽動作戦について話をした。

 ワスダの部隊との協同作戦になると知って、愚連隊からは不満の声が上がったが、ウェイグァンが黙らせた。愚連隊はリーファに助けを求めたが、苛立っているウェイグァンを相手にするほどリーファは愚かじゃなかった。


「……えっと、陽動作戦に関する詳しい説明は私がします!」ミスズはそう言うと、指揮所に設置されていた端末を操作して、ホログラムで表示した簡易地図を活用しながら説明を行う。「みなさんには、専用の端末と装備が支給されることになるので、その装備を活用した戦闘訓練をしてもらう予定になっています。訓練の日程に関する説明も行いますので、ちゃんと私の話をきいてくださいね」

 ミスズは返事を待ったが、誰も何も言わなかった。そんな重苦しい空気を変えたのは、ララの可愛らしい声だった。


『私たちは何をするの?』

 ララが小首をかしげると、エレノアが立ち上がる。

「イアーラ族にも協力してもらいたいことがあります」と彼女は言う。

『私たちの協力ですか?』と、ニヤの声を再現した合成音声が端末から聞こえる。『ですが、以前にも話をしたように、イアーラ族は人間同士の争いに協力することはできません。我々は混沌の脅威に対処するためにこの世界にいるのですから』

「分かってるわ。私たちが必要としている協力は別にあります」

『そうですか……』と、ニヤは神経質に尻尾を振る。『分かりました。では話を聞かせてください』


 愚連隊が興味津々といった様子で、イアーラ族にちらちらと視線を向けているのをぼんやりと眺めていると、イーサンが二度目の溜息をついた。

『あんな調子だけど、あいつらに陽動作戦を任せてもいいのか?』イーサンの声が内耳に聞こえると、私も声に出さずに答えた。

『ダメかもしれないな……でもこの作戦自体、始めから想定していなかったものだ。だから作戦がダメになっても仕方がないと思っている』

『まぁ戦力としては期待していなかったからな』

『それに、陽動作戦が上手く機能しなくても、侵攻の際に大きな影響が出ないように準備はしているんだろ?』

『簡単に言ってくれるな』と、イーサンは金色に輝く瞳を私に向ける。『それで、レイの目的はなんだ?』

『目的?』と、私は顔をしかめる。

『ワスダのような人間を使うことだよ。バカを装っているけど、お前さんが思っている以上に奴は危険な男だ』


『イーサンは、ワスダたちを仲間にすることは反対なの?』

 カグヤが訊ねるとイーサンは鼻を鳴らして、それから煙草に火をつけた。

『確かに奴は俺たちが必要としている優秀な人材だ。レイダーギャングの大部隊を指揮していたその腕を見込んで、蟲使いたちを束ねる指揮官にしたいくらいだ』

『でも信用できない?』

『ああ。まったく信用できない』イーサンはそう言うと、携帯灰皿を探しながら、ミスズの話を真面目に聞いているワスダに視線を向けた。

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