第479話 ヴィードルの墓場
ミスズの操縦する輸送機が採掘基地と紅蓮を往復しながら、次世代型ヘリコプターと物資を満載したコンテナの回収作業を終えると、私とヌゥモは、紅蓮の整備士たちの手によって整備されたヴィードルに乗り込んで採掘基地へと帰還することにした。その際、ウェイグァンが指揮する愚連隊が同行してくれることになった。案内なら必要ないと断ろうとしたが、異様に張り切っている彼の姿を見て、同行することを許可した。砂漠地帯には無法者の盗賊たち以外にも、危険な生物が多数生息している。そのことは身をもって理解していたので、戦力が増えることは有難かった。
何事もなく無事に帰還できると思っていたが、紅蓮を出て一時間ほど経ったころ、事態は急転した。炸裂音と共に突然周囲の景色が見えなくなるほど明るくなると、ハクが砂漠を快適に移動するために使用していた多脚型の荷台が狙撃される。リーファのヴィードルによって牽引されていた荷台に乗って、砂漠をぼうっと眺めていたハクは、突然の出来事に驚いて跳びあがる。が、幸いなことに怪我を負うことはなかった。しかし続けて行われた射撃によって、荷台は大破してしまう。
リーファはすぐに荷台を切り離していたため、五〇口径の重機関銃を搭載したヴィードルからの攻撃を逃れることができた。けれど我々に忍び寄る集団からの攻撃はそれにとどまらなかった。
ヌゥモが操縦していたヴィードル、そして愚連隊の隊員が搭乗するヴィードルのうちの一台は、多連装ロケット砲から発射された無数のロケット弾を受けて大破してしまう。ヌゥモは人間離れした反射神経と身体能力を使って、脚を損傷したヴィードルから脱出できたが、愚連隊のヴィードルに搭乗していた青年は助からなかった。けたたましい音を立ててヴィードルが爆散すると、青年の身体の一部だったものが宙を舞い、真っ赤な体液が乾いた大地に降り注いだ。
『盗掘者たちが何で!』
リーファの悲鳴に近い声が聞こえるのと同時に、環境追従型迷彩を使って我々の周囲に潜んでいた無数の敵戦闘員とヴィードルが姿を見せ、一斉に襲い掛かってきた。
『レイ!』
カグヤの声が内耳に聞こえると、騒がしい警告音がコクピット内に鳴り響き、敵にロックオンされたことを知らせる。接近してくる無数のロケット弾が赤い線で縁取られていくのを見ながら、私は空中に跳び上がり間一髪のところで攻撃を避けた。
けれど敵の攻撃は容赦がない。四方の砂丘から騒がしい音を立てながら大口径の弾丸が飛んでくる。空気をつんざく音だ。地面に着地すると、カグヤの操作によってシールドにエネルギーが供給され、車両を覆っていたシールドの膜が目視できるほど厚くなる。
「どうして敵の接近に気づかなかったんだ!」と、私はヴィードルをジグザクに走行させながら叫んだ。
『敵が使用するヴィードルは、環境追従型迷彩を搭載しているんだよ』と、カグヤが冷静に答える。『上空にいる鴉の眼では、その存在を捉えることはできない』
「こんなことになるなら、悪意を感じとれる瞳の能力を使うべきだった!」
私は自分自身の愚かさに悪態をつきながらヌゥモの姿を探す。視線の先に表示された拡張現実の矢印を追うと、襲撃者の戦闘員を斬り殺しているヌゥモの姿が見えた。しかしヌゥモは無数の戦闘員に囲まれ、断続的に行われる射撃のまとにされて劣勢に立たされていた。
「カグヤ、ヴィードルの操縦を頼む!」
私はそう言いながら手早く装備の確認を行う。
『レイはどうするの?』
「ヌゥモの援護に向かう」
液体金属を操作してハガネの装甲で全身を覆い、ついでにショルダーキャノンを準備すると、車両の周囲に展開されていたシールドの向こうに勢いよく飛び出す。
弾丸じみた素早さで外に飛び出すと、周囲の動きがスローモーション映像のように徐々に遅くなり、そして音がくぐもっていくのが分かった。戦闘員たちが構える旧式のアサルトライフルから吐き出される空薬莢が、地面に向かってゆっくりと落下していく様子や、ヌゥモの長剣によって切断された戦闘員の腹部から、内臓と血液が飛び出していく様子が詳細に見えた。
戦闘員のひとりが環境追従型迷彩を起動して、幽霊のようなぼんやりとした姿でヌゥモの背後に忍び寄っているのが見えると、私は胸元のナイフを引き抜いて、ヴィードルから飛び出した勢いのまま戦闘員に突撃して、その首元にナイフを深く突き刺した。そして戦闘員の身体を蹴って、砂丘の頂上で腹這いになっていた狙撃手に向かって飛び上がる。
しかし勢いが付き過ぎた所為で、狙撃手の上を通りすぎてしまいそうになった。私はとっさに腕を伸ばして狙撃手のポニーテールを掴んだ。嫌な感触と共に女の頭皮と髪がごっそりと剥がれて、ぬめりをもった体液に濡れた頭蓋骨が露わになると、私はショルダーキャノンの砲口を女に向ける。くぐもった破裂音が辺りに響くと、下半身だけを残して女の上半身が血煙に変わった。
主観で感じていた時間の速度が通常の状態に戻っていくと、私は砂のうえを転がりながら何とか受け身をとって立ち上がる。そして視線を素早く動かしながら襲撃者たちに攻撃用の標的タグを貼り付けて、ショルダーキャノンからライフル弾を撃ちだして次々と襲撃者を射殺していった。
強力な貫通弾を使用しなかったのは、襲撃者たちが纏っていたポンチョを回収したかったからだ。リーファは襲撃者のことを『盗掘者』と呼んでいた。砂漠に点在する遺跡で遺物を回収しているのなら、彼らは環境追従型迷彩を備えたポンチョ以外にも、高価な装備を所持していてもおかしくない。現に襲撃者たちは、砂漠地帯で採掘される鉱物資源によって製造された強固な装甲を持つヴィードルを、簡単に破壊して見せたのだ。旧文明の火器を所持している可能性は充分にある。しかしその下心が敵に隙を与えてしまう。
恐ろしい速度で接近してきたヴィードルのコクピットに向かって撃ち出したライフル弾は、車両の周囲に展開していたシールドの膜を突き破ってキャノピーを貫通する。しかし搭乗者を殺すことはできなかった。私は咄嗟に横に飛び退いて、ヴィードルの突進を避けようとしたが、そのまま跳ね飛ばされてしまう。ハガネのおかげで大きなダメージにはならなかったが、フラフラと起き上がるころには、戦闘員たちに囲まれていて、至近距離で一斉射撃を受けてしまう。
私はその場にしゃがみ込んで、腕を交差させて頭部を守る。すると鎧の隙間から液体金属が溢れ出して、鎧全体を覆っていくのが見えた。装甲厚が増して、まるで彫像のように身体が固まると、全ての銃弾が意味をなさなくなった。それは重機関銃から撃ちだされる大口径の弾丸も同様だった。しかし身動きが取れない状態ではどうすることもできない。そこにヌゥモが颯爽と現れて、戦闘員たちを斬り捨てていく。手足が切断されると、銃声の合間に襲撃者たちの悲鳴が響き渡る。
私も気を取り直して、鎧をもとの状態に戻して動けるようにすると、ヌゥモと一緒に周囲の戦闘員を始末していった。と、内耳に警告音が響き渡る。
『レイ、ヴィードルに突破された!』と、カグヤの声が聞こえる。『そっちに一台向かった!』
急いで振り返ると、ロケットランチャーを搭載したヴィードルが凄まじい速度で突進してくるのが見えた。
『やらせるかよ!』
ウェイグァンが搭乗する金色のヴィードルが現れると、直進してきていたヴィードルの横腹に蹴りを叩き込み、横転したヴィードルを脚で抑えつける。そして防弾キャノピーに機関銃の銃身を当てて、銃弾を容赦なく撃ち込んだ。銃弾を受けてひび割れたキャノピーの内側は、襲撃者の返り血で真っ赤に染まっていった。
すると砂丘を越えて二台のヴィードルが現れて、ウェイグァンが搭乗する金色のヴィードルに向かって無数の弾丸とロケット弾を撃ち込んだ。
『砂漠の民の慈悲で生かされている辺境の蛮族がな! 俺さまをやれるわけねぇだろ!』
ウェイグァンは車両の機動力を最大限に発揮して、空中に跳びあがると、踏み台にしたヴィードルが爆散するのを眼下に見ながら、迫りくる敵ヴィードルに大口径の銃弾を撃ち込んでいった。しかし相手のヴィードルにもシールド生成装置が搭載されているのか、遠距離では攻撃が通用しない。
『それなら!』ウェイグァンが声をあげると、車両前方のマニピュレーターアームから一メートルほどの鋭い鉄杭が撃ち出される。至近距離でコクピットを貫かれたヴィードルは動きを止める。けれど油断したウェイグァンは、別のヴィードルから撃ちだされたロケット弾を受けて吹き飛んでしまう。
『蛮族風情が俺にミサイルを使うのか!』
損傷した装甲を車体から切り離しながら、ウェイグァンが悪態をついていると、敵ヴィードルが追撃しようと接近してくる。
猛進するヴィードルを止めたのはハクだった。白蜘蛛が吐き出した糸の塊が網のように広がると、敵ヴィードルはバランスを崩して横転してしまう。ハクはそのまま砂にまみれたヴィードルに飛び乗ると、操縦席から逃げ出した男の背中に向かって強酸性の糸を吐き出した。
衣服と一緒に皮膚が溶けだして、内臓や骨が剥き出しになった男が痛みにもだえていると、ウェイグァンがやってきて男の頭部を踏み潰した。
『ハク、助かったよ』と、彼は素直に感謝する。『正直、もうダメかと思った』
『きにしない、きにしない』
機嫌の良いハクはそう言うと、次の標的を求めて跳び上がった。
それから激しい戦闘は十分ほど続いたが、愚連隊の攻撃によって最後の敵ヴィードルが破壊されると、襲撃者たちは散り散りになって逃げだした。
『俺さまから逃げられると思っているのかよ!』
ウェイグァンは尚も追撃しようとしたが、リーファが搭乗するヴィードルに動きを止められてしまう。
『シュウミンチェが死んだ』と、彼女は言う。『恐らく即死だった』
『クソ、これからってときに……』と、ウェイグァンは言う。『他に負傷者はいるのか?』
『いない。でもどうして盗掘者たちがこんなところに?』
『分からない。けど今の攻撃で奴らは怖気づいたはずだ。もう俺たちが攻撃される心配はないだろう』
『楽観的に過ぎるよ』
『もう一度やるっていうなら、相手をしてやればいいんだ。今度こそ皆殺しだ』
『その損傷では、無理ができないよ』
『やってみなければ分からないさ。それより、リーファは周囲の警戒をしろ。まだ蛮族どもが潜んでいるかもしれないんだからな』
ウェイグァンはそう言うと、損傷していたヌゥモのヴィードルを確認していた私の側にやってくる。
「大丈夫ですか、レイラさん」と、ヴィードルから跳び降りたウェイグァンが言う。
「俺たちは大丈夫だよ」と、私は答える。「……仲間は残念だったな」
「砂漠での戦いは予測不可能です。仲間の死には慣れませんが、めそめそしていられませんから」
『ウェイグァンは、好き放題に甘やかされてきただけの坊ちゃんじゃないってことだね』
私はカグヤの声にうなずくと、インターフェースに表示されている情報を頼りにヴィードルの関節を修理する。
「これで動くと思うか?」私が訊ねると、ウェイグァンは二重まぶたの目を細めた。
「いいんじゃないですか、たぶん動きますよ、こいつ」
「操縦はカグヤに手伝ってもらうか……ヌゥモは俺が乗っていたヴィードルを使ってくれ。この車両には俺が乗る」
盗掘者と呼ばれる集団の遺体から使えそうな装備を剥ぎ取って、敵ヴィードルの確認をしていると、上空で索敵を行っていた鴉が大量のヴィードルが放置されている場所を見つける。
「近いですね」と、端末に表示される俯瞰映像を見ていたウェイグァンがつぶやく。「……そうか。先日の砂嵐で地中に埋まっていた旧文明の遺跡が地表に出てきたんだな」
「それはよくあることなのか?」
私の問いに青年はうなずいた。
「高さが三十メートルを超える砂嵐なら、しょっちゅう起きますよ」
『それですよ』と、リーファ声が内耳に聞こえた。『盗掘者たちは遺物を狙ってこの辺りまで来ていたんです』
「貴重な遺物が回収できるかもしれないな……」ウェイグァンはそう言って遠くを見つめた。「レイラさん、現場に行きます?」
「ヌゥモはどう思う?」私が訊ねると、端末を使って映像を確認していたヌゥモは慎重にうなずいてみせた。
「周囲に敵影は確認できません。けれど先ほどの襲撃のこともあります。警戒しながら接近した方がいいかと」
「分かった。ウェイグァン、先導してくれるか?」
「任せてください!」青年はニヤリと笑みを見せてから、ヴィードルに飛び乗った。
しばらく移動すると、密集するようにして砂漠に放置された五十台を超えるヴィードルの車列が見えてくる。しかし奇妙なことに、それらのヴィードルはほぼ完全な状態で残されていた。
『へんですね』と、リーファの声が聞こえた。『盗掘者たちが来ていたのに、車両に荒らされた形跡がありません』
『違うな』とウェイグァンが答える。『あれを見ろ、リーファ』
共有された画像を確認すると、赤茶色に腐食したヴィードルの側に数人の盗掘者が倒れ込んでいるのが見えた。不思議だったのは、放置された車両の周囲に漂う空気が揺らめいていて、青い光を放っているように見えたことだ。
「倒れているのは襲撃してきた奴らの仲間だな……」
私がつぶやいたときだった。
『すぐに離れて、レイ!』と、カグヤの慌てる声が聞こえた。『この辺りはひどく汚染されている。レイはハガネを装備しているから、ある程度の放射線にも耐えられるけど、みんなは違う。生身でこんなところにいたら、一週間も生きられなくなる』
カグヤの言葉に驚きながらも、私はすぐに愚連隊のヴィードルに視線を向ける。防弾キャノピーがしっかりと閉じているのを確認すると、私はホッと息を吐き出す。
『放射線測定器がヤバいことになってます』と、ウェイグァンは言う。『レイラさん、すぐに移動しましょう』
「そうだな、こんな場所にはいられない」
汚染地帯の情報を簡易地図に記録したあと、我々はヴィードルの墓場から急いで離れた。どのような経緯で大量のヴィードルが捨てられることになったのかは分からなかったが、工事現場などで使用される建設専用のアームを搭載したヴィードルで埋め尽くされた場所は、どこか不気味で、重々しい空気が漂っていた。
「カグヤ、ハクは大丈夫か?」と、私は白蜘蛛の姿を探しながら言う。
『大丈夫、ハクはオオカミの変異体を追いかけていて、ここには来てない』
「そうか……」と、私は息を吐いた。
深淵の娘が汚染地帯で生きられることは知っていたが、あの奇妙な光景と線量計の数値を見たあとでは、ヴィードルの墓場にハクを近づける気にはなれなかった。
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