第478話 攻撃型ヘリコプター


 ジョンシンと浄水装置の修理や愚連隊の派遣について、あれこれと詳細を詰めたあと、私はイリンに連れられて武器保管庫にもなっている倉庫区画に案内されることになった。ジョンシンは別れを惜しんでくれたが、仕事が山積みになっているとのことだったので、倉庫までついて来ることはなかった。


 倉庫区画に向かうためのエレベーターに乗り込むと、私はイリンに言った。

「ジョンシンは忙しいみたいだな」

「そうね」と、イリンはエレベーターに備え付けられた端末を操作しながら言う。「紅蓮の情勢も落ち着いてきたとはいえ、まだ安心できる状態じゃないから」

「水の問題以外にも、なにかあるのか?」

「昇降機で下りてきたときに、居住区画全体の様子が見渡せたから、なんとなく想像できていると思うけど、過密状態の居住地区では治安が最悪な状態になっている。その影響もあって、紅蓮に存在する全ての勢力を完全に把握できていない状況にあるの」


 多目的表示パネルに表示される各階層の名前を見ながら、私はイリンに訊ねる。

「フーチュンが組織した勢力以外にも、外部の人間と繋がっている組織があるのか?」

「ええ。表に出てくることのない危険な地下組織がいくつも存在する。ジョンシンはそういった組織の人間とも我慢強く話し合いを続けている」

「紅蓮の結束のためか……」

「そう。でも話が通じないときには、保安部隊を使って組織そのものを壊滅させなければいけない。フーチュンによって引き起こされた騒動で、良くも悪くも私たちは変わった」

「同胞にも容赦しなくなったのか」

「ときには身内がもっとも危険で厄介な存在になる。私たちは失敗から学んだのよ」

「そうか……それで、ジョンシンの体調はどうなんだ?」

「おかげさまですっかり良くなって、今は元気に働けている」

「それは良かった」と、私は素直に喜んだ。

「レイが譲ってくれたオートドクターのおかげだよ」とイリンは笑みを見せた。


 オートドクターといえば、オアシスで保護した女性たちの治療にもオートドクターが使用されていた。けれどそのことはジョンシンとイリンには話していなかった。我々は当たり前のようにあの注射器を消費しているけれど、オートドクターはこの世界では貴重な遺物だ。たとえ信頼できる組織であったとしても、迂闊に情報を開示することはできなかった。


「そう言えば」と、私は女性たちを保護したときの経緯と詳しい状況をイリンに説明することにした。彼女たちを保護した責任として、彼女たちがこれから必要になるであろうサポートの申し出もした。我々の拠点で保護するよりも、同胞と共に紅蓮で暮らしていくほうが安心はできるだろうけれど、彼女たちが必要とする物資の援助くらいはできる。けれどイリンは何も心配する必要はないと言う。

「身内の恥を晒すみたいで話すこともためらわれるけど、そういった被害に遭う人間は、この砂漠では少なくない。だから紅蓮では昔から、被害に遭った人たちを援助する組織が存在するの。でも、レイの心遣いには感謝するよ。私の真心から」

 イリンはそう言うと、自身の胸にそっと手を置いた。


 エレベーターが目的の階層に止まると、赤と黄色の警告灯にひっそりと照らされる薄暗い廊下が見えた。

「砂漠での暮らしか……」と、私はエレベーターを降りながらぼんやりと言う。「紅蓮の人々は逞しいんだな」

「何処にも行き場がないから……」と、イリンは暗い廊下の先を見つめながら言う。「私たちの先祖は『旧文明期以前』と呼ばれるような、そんな大昔からこの国の人々と助け合って生きてきたんだ。今さら生きていく場所を変えることはできない。そしてそうであるなら、私たちは環境に合わせて強く生きていかなければいけない。好むと好まざるとにかかわらず」

「行き場がない……か」と私は溜息をついた。

「そう。レイにも故郷はあるんでしょ?」

 私はイリンの綺麗な瞳を見つめて、それから廊下の先に視線を向けた。

「どうなんだろうな……もう思い出せないよ。でも“故郷”って言葉には、不思議と心が震えるんだ」

「郷愁か……レイのその気持ち、私にも分かるような気がするよ」

 イリンはクスクスと笑ってみせた。


 倉庫に続く隔壁が開いていくと、倉庫全体の照明がついて、倉庫区画の広大な空間が見えてくる。天井に届くほど高い金属製の棚が並び、数え切れないほどのコンテナボックスが隙間なくぎっしりと収められている。その棚の間を歩いて倉庫の奥に向かうと、貨物用のテーブル型昇降機に載せられた完全な状態に近いヘリコプターの機体が見えてくる。別の機体の周囲には整備士たちが集まっていて、機体に被せられていたシートをめくっているのが確認できた。


「なにやってんの!」と、整備士のひとりが声を荒げる。「そっちの機体は二つに別れているんだから、もっと丁寧に扱うんでしょが!」

 彼が言ったように、もう一機のヘリコプターは分解された状態になっていて、旧文明の鋼材を含んだ強固なフレームが剥き出しになっていて、いくつかの箇所が無残に損傷して切断されているのが確認できた。昇降機には他にも多数の部品が入ったコンテナボックスが載せられていて、整備士たちが忙しなく働いていた。


 カグヤの操作する偵察ドローンがヘリコプターの側に現れると、整備士たちは何処からともなく姿を見せたドローンに驚きながらも、我々に丁寧な挨拶をしてくれた。どうやら彼らはジョンシンから連絡を受けると、倉庫の一角で保管されていた機体を慌ただしく引っ張り出してきて、ホコリを払い、簡単な整備を行い、すぐに輸送できるように倉庫のあちこちに保管されていた機体の部品を集めてくれていた。私は偵察ドローンが機体をスキャンしているのを横目で見ながら、この世界では滅多に見かけることのないヘリコプターを眺めた。


 攻撃型ヘリコプターの形状は、旧文明期以前の一般的な機体から大きく変化していない。しかし縦列複座式の操縦席が見える防弾ガラスはなく、我々が運用する輸送機のコクピット同様に厚い装甲で覆われていて内部の様子は確認できなかった。機体は凹凸を限りなく減らした黒い装甲で完全に覆われていて、まるでステルス型戦闘機のような、なめらかな曲面をもっていた。不思議に感じたのは、メインローターにヘリコプターの特徴でもある長いブレードがついていなかったことだ。


「もしかして、ブレードが破損したから今まで飛ばせなかったのか?」

「ブレード?」と、イリンが疑問の表情を浮かべると、私は彼女の端末にデータベースからダウンロードしたヘリコプターの動画を送信した。

「データベースのライブラリーで見られる旧文明期以前の娯楽映画にもよく登場しているから、一般的な攻撃ヘリの構造については知っていると思うけど、基本的に機体上部についている細長い翼、つまり回転翼を使ってヘリは飛行しているんだよ。でもこの機体にはそれがついていない」

「本当だ」と、イリンは言う。「倉庫の何処かに忘れてきていないか、整備士たちに確認してくるよ」


 イリンと擦れ違うように、カグヤの操作する偵察ドローンが飛んでくる。

「ハクたちと一緒じゃなかったのか?」と、私はドローンを見ながらカグヤに訊ねる。

『ヌゥモたちもこっちに来るみたいだったから、ドローンに先行させたんだよ。それに、ヘリコプターが気になるし』

「そうか。それで、この機体について何か分かったのか?」

『ローターブレードの心配をしているみたいだけど、そもそもこの機体にブレードは必要ないんだよ』

「必要ない?」と私は驚く。

『ちょっと視界を借りるね』カグヤはそう言うと、目の前にある機体と同型のヘリコプターが飛行している映像をインターフェースに表示した。

 翼を回転させ、機体を宙に浮かせる装置でもあるメインローターから伸びているのは、チタンやカーボン複合材などで造られたブレードではなく、ブレードの形状をした半透明であやふやな『何か』だった。


「カグヤ、それはなんだ?」

『重力場とシールド生成装置によって発生させているブレードだよ。まさか旧文明期以前のヘリのように、ブレードを回転させて飛行する機体だと思ってたの?』

「そうだけど……」

『地上で運用するヴィードルにさえ重力場生成装置が取り付けられているのに、軍用規格のヘリコプターに最新技術が採用されていないって本気で思ってたの?』と、カグヤは呆れながら言う。

「……確かに普通に考えてみれば、この機体は旧文明期の技術で作られた代物なんだよな」

『うん。攻撃ヘリの強みでもある複雑な地形を低く、より速く飛行しながら、迅速に着陸できる機体形状はそのままだけど、ステルス性能を高めるために、大きな音を立てるローターブレードは廃止して、代わりに重力場生成装置で発生させたブレードを使って飛行するんだよ』


「最小限の音で飛行できるんだな……」と私は感心しながら言う。「でもそれなら、初めからブレードなんて必要ないんじゃないのか?」

『その半透明のブレードには、シールドの役割もあって、敵の攻撃から機体を保護してくれるんだよ。ちょっとやそっとの攻撃じゃメインローターは疎か、装甲を傷つけることすらできない』

 カグヤがそう言うと、視界に表示されていた攻撃型ヘリコプターのブレードが、回転しながらシールドの膜を広げて飛行している様子が確認できた。虹のような構造色を持つ半透明の膜は、機体上方だけでなく、機体そのものをすっぽりと覆っていく。

「戦地で運用されることを想定した次世代型の軍用機ってことなんだな」

『うん。そういうこと』


「俺たちの権限で機体を動かせると思うか?」

『どうだろう……?』とカグヤは言う。『ペパーミントとサナエにシステムチェックしてもらって、機体の状態について詳しく調べてもらったほうがいいと思う。ドローンのスキャンでは限界があるからね』

「システムそのものは生きているのか?」

『うん。旧文明期の技術力で造られただけあって、システムは今も生きてるよ』

 カグヤがそう言うと、私の視界にコクピットのインターフェースが表示される。システムが起動する際には、簡素に描かれた龍を背景に、いくつかの漢字が並ぶシンボルマークが表示される。


「えっと……兵器工業集団?」と、私は漢字を読み上げる。

『かつて大陸に存在していた軍事企業の名称だよ』とカグヤは言う。『この機体は地球防衛軍の、それも極東方面軍とも呼ばれていた日本とアメリカの軍隊が運用していたものじゃなくて、大陸で使用されていた機体なんだよ』

「それでよくシステムにアクセスできたな」

『地球の兵器は軍用規格で統一されているからね。インターフェースも日本語に切り替えることが可能だから、問題なく動かせるはずだよ』

「そいつは便利だな」

 私はそう言うと、見慣れない漢字が並ぶインターフェースをしげしげと眺める。

『不幸中の幸いとでもいうべきか、人類の敵は宇宙と異界からやってきていたからね。軍のシステムは統一されていて、データベースで管理されていたんだよ』


 私は機体の側に向かうと、エンジンとして機能する重力場生成装置や、機体前方に収納された各種センサー、そして武装を確認しながら、イリンにブレードを探す必要がないことを説明した。それから整備士たちの仕事を邪魔しない場所まで移動して、ヘリコプターを拠点に輸送する際にどうするのかを考えた。


「なあ、イリン」と私は言う。「ミスズに迎えに来てもらおうと考えているんだけど、紅蓮の近くに輸送機が着陸できるくらい広くて、あまり人目につかないような場所はないか?」

「噂の輸送機が見られるのか?」と、彼女は興奮気味に答えた。

「ああ」と私は苦笑しながら言う。「輸送機はこの攻撃ヘリと違って、横幅もあるから、着陸には広い空間が必要なんだ」

「行商人がたくさん来ている広場に輸送機を着陸させて、機体を人目に晒す行為は確かに危険だな……それなら、愚連隊が出撃の際に使用している広場を使おう。あそこなら岩山に囲まれているから、商人たちの注意を引くこともない」


 イリンから着陸に適した場所の情報を受信すると、カグヤはそのデータをミスズに送信して現在の状況を簡単に説明した。輸送機で紅蓮に来る際には、兵員輸送用のコンテナではなく、物資を輸送するための『空間拡張』の機能を備えたコンテナで来てもらうことになる。

「約束した物資を満載したコンテナも、指定の場所まで運ばせるよ」

 イリンの言葉にうなずいたときだった。棚が並ぶ通路の先にハクたちが姿を見せた。ハクは数羽のニワトリが入った籠を背負っていて、上機嫌に脚を振っていた。


「そのニワトリ、どうしたんだ?」

 私が訊ねると、ハクはハエトリグモのようなパッチリとした眼を私に向ける。

『リーファがね、おみやげだって』

「そうか……お礼はちゃんとしたのか?」

『うん。ありがとう、した』

 それからハクは動物たちの様子をあれこれと話して聞かせてくれたが、昇降機に止まっているヘリコプターを見つけると、ニワトリたちがバタバタと暴れていた籠を降ろして、ヌゥモと共に昇降機に向かう。何人かの整備士は白蜘蛛の姿を見て驚いて逃げ出すが、ハクが気にしている様子はなかった。


「レイラさん」と、ウェイグァンが言う。「老大から話を聞きましたよ」

「そうか」と、私は言う。「急に思いついたことだから、迷惑に感じるかもしれないけど、鳥籠との戦いでウェイグァンたちの力を貸してもらいたい」

「任せてください」と、青年はニヤリと笑みを見せる。「鳥籠が雇っている傭兵なんて、俺たちの相手になりませんからね」

「頼りにしているよ」

「ええ、頼りにしてください!」

 ウェイグァンが高笑いを始めると、イリンは溜息をついて、それから言った。

「あんたはレイの組織で世話になるけど、上官は私なんだから、ちゃんと私の言うことも聞くんだよ」

「分かっていますよ、姉さん。それにね、俺さまがヘマをしたことは、今まで一度もなかったでしょ?」

「だから心配なんだよ」

「ふん」ウェイグァンは鼻を鳴らすと、ハクのもとに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る