第463話 任務


 物資や機材が詰め込まれた兵員輸送用のコンテナには、ミスズとナミが指揮するアルファ小隊と白蜘蛛のハク、それにワスダとソフィーが搭乗していた。我々は現在、ミスズが操縦する輸送機で廃墟の街の上空を飛行していた。目的地に設定されていたのは五十二区の鳥籠で、通信妨害として機能する装置をイーサンの諜報部隊に届けることが任務だった。


 五十二区の鳥籠は、人々が生活する居住区域を二重の防壁によって守られている。ひとつは旧文明の技術によって大昔に建設されたものだ。そしてもうひとつは、生活圏を広げようとした人間たちの手で新たに築かれた防壁だった。しかしその防壁には、旧文明の建築技術が可能にした優れた耐久性はなく、経年劣化によるひび割れや自然倒壊によって、常に補修工事を必要としているものだった。


 防壁の倒壊とともに汚染地帯から侵入してくる人擬きや、昆虫型の変異体を恐れた人々は、監視所などの一部の施設を残して、旧文明の頑丈な壁に守られた居住区域で暮らすことになった。そのため、ひとつめの防壁を越えた区域は、変異体の駆除や人擬きの無力化が行われているのにも拘わらず、壁の定期的な修繕を行う作業員と警備員、そして攻撃ドローンが巡回警備するだけの寂れた区画になってしまっていた。

 我々が通信妨害装置を設置しようと考えていたのは、そのひとつめの防壁を越えた先にある旧文明期以前の住宅地が多く残る場所だった。


 けれど、この任務に参加するメンバーにミスズの部隊は含まれていない。彼女はアルファ小隊と共に大樹の森に向かい、ペパーミントと合流した後、山岳地帯にある結晶の森に行く予定になっていた。

 そこでミスズは、人間の精神に何かしらの悪影響を与える『水晶』の調査を行うペパーミントの仕事を補佐をすることになっていた。ミスズ自身は結晶の森に接近することは極力避けるが、ヤトの戦士たちで編成されたアルファ小隊の後方支援をすることになる。


 理由はまだ判明していないが、ヤトの一族は人間と異なり、結晶の影響を全く受けないので、ペパーミントの護衛に支障がない。上手くいけば、結晶の森で『コケアリ』たちに接触できるかもしれないと考えていたが、どうなるのかはまだ分からない。もしもそこでコケアリたちと友好的な話し合いができれば、結晶の森に関する情報も得られるかもしれない。


 その間、私はワスダたちを連れて鳥籠の支配地域に潜入して、通信妨害装置の設置を行う。しかし戦闘を有利にする作戦の下準備に、どうして裏切るかもしれない人間を連れて行く必要があるのだろうか。それには幾つか理由があったが、もっとも単純な答えとして、何を仕出かすのか分からないワスダを近くに置いて、彼の真意を確かめようと考えていたからだ。別の組織に所属していた人間が、そんなに簡単に生き方を変えられるとは、どうしても思えなかった。


 それに、もしも彼が裏切るような行為をして、通信妨害装置の存在が敵対する鳥籠の人間に知られるようなことになっても、それほど大きな痛手にはならない。装置は作戦を有利にするが、侵攻作戦そのものは装置の存在が無くても機能するように考えられているので、装置が使用不可能にされても作戦進行に支障はない。それよりも部隊の配置や、侵攻作戦に関する情報を敵に知られてしまうことを恐れていた。


 それならいっそのこと、ワスダたちを放逐すればいいだけのことなのかもしれない。しかし理由はどうあれ、援助を求めてやってきた人間を、それも拠点で一緒に暮らす人間の親を一方的な思い込みで排斥することは、今までの自分の信念そのものを蔑ろにする行動に思えて、実行する気にはなれなかった。助けを求める人間に対して手を差し伸べられないのなら、拠点に籠って自己中心的な生活を続けていればいいのだから。


 ワスダたちが考えていることは分からないけれど、彼が所属していた組織が、無法者のレイダーギャングとは一線を画す組織だということは分かっていた。彼は確かに『善』とは言い難い組織に所属していたが、正義なんてものは立場によって簡単に逆転する。他者の目から見れば私が悪であるように、彼もまた彼自身の正義を背負って立っている。

 それを物語るように、ワスダはリリーを大切に育ててきたし、リリーも彼に対する確かな愛情を持っていた。あるいは、それも彼が真実を隠すために作りあげた物語なのかもしれない。でもだからこそ、私はワスダがどんな人間なのかを知る必要があった。新たな戦力として彼を受け入れるにしろ、排斥するにしろ、それは重要なことだった。


 でももちろん予防線は必要だ。私は接触接続で火器の保管棚を開くと、MP17歩兵用ハンドガンを手に取る。光沢の無い紫黒色の塗装が施されたハンドガンは、通常の拳銃よりも一回り小型で携帯性に優れていて、実用性だけを求めた飾り気の無いシンプルな形状のハンドガンとなっていた。


「ソフィー、これを」そう言って色白の美女にハンドガンを手渡す。「こっちはワスダのだ」

「小さいな」と、ハンドガンを受け取ったワスダは鼻を鳴らして、それから私のライフルに視線を向ける。「俺はそっちのアサルトライフルの方が好みだ」

「我慢してくれ。それに、そのハンドガンは小さくても人擬きを殺せる武器だ」

 私の言葉にワスダは目を細めると、チカチカと発光する義眼を手元のハンドガンに向けた。

「これが噂の武器なのか?」

「噂? どの噂だ?」

「蜘蛛使いは人擬きを殺すことのできる武器を所有している。有名な話だ」

「そうか……ならそれがその武器だ」


 ハンドガンのグリップの感触を確かめるように何度か手を開いたり握ったりしていたソフィーを尻目に、ワスダは私に義眼を向けた。

「こんな貴重な装備を俺たちに持たせてもいいのか?」

「ワスダたちが身につけていた旧式の火器は没収したからな」と、私は素っ気無く言う。「けど廃墟の街に行くなら、戦うための武器は必要だろ」

「裏切られる心配はしていないのか?」

「と言うと?」

「こいつでこんな風に頭を撃ち抜かれる心配だよ」ワスダはそう言うと、ハンドガンを片手で構えて私に銃口を向けた。

 距離は近いが、フルフェイスマスクで頭部を保護する余裕はある。

「そいつはデータベースで管理されている」と、私はワスダの義眼を睨みながら冷静に言った。「仲間に対しての射撃は許可されていない。そしてそれには拠点にいる非戦闘員も含まれている。だから俺たちを攻撃する武器には使えないし、そいつを何処かの組織に売り渡すこともできない。お前たちの手を離れた瞬間、廃棄モードに移行して塵になる仕様だからな」


「そう言うことだ」と、お気に入りの鉈を磨いていたナミがワスダに言う。「だからハクに襲われるまえに、その銃口は下げた方がいい」

 コンテナの隅でじっとしていたハクが、自分に対して八つの眼を向けていたことを横目でちらりと確認したワスダは、私から銃口を外して両手を持ち上げた。

 深淵の娘は仲間意識が強く、群れで行動する生き物だ。そして家族に対する攻撃は、自分自身に対する攻撃として認識する習性がある。そのことを知っているからなのか、ワスダの行動は素早かった。

「冗談だ。わかるだろ?」

 ワスダの言葉にナミは溜息をついた。

「私たちと一緒に行動するなら、その悪趣味でつまらない冗談は控えてくれ」

「悪かったって、だからそんな怖い顔で睨まないでくれ」

 まるで猫の瞳のように、縦にきゅっと閉じていたナミの瞳孔が元に戻ると、ワスダは私に向かって片目をつぶり、それから肩をすくめてみせた。


 それを見て、今度は私が溜息をついた。

「これがハンドガンで使用する専用の弾倉だ」

 保管棚から銀色のブロックを幾つか手に取ってソフィーに手渡した。

 ソフィーはインゴットのようにも見える不思議な弾倉を見つめたあと首を傾げた。

「カグヤ」と私は言う。「ソフィーとワスダに弾薬の装填方法と、弾薬の選択方法を教えてやってくれ」

『了解』カグヤの声が内耳に聞こえると、彼女の操作するドローンが何処からともなく現れる。するとワスダはぎょっとして、それから頭を振った。

「そのドローンは何処から出てきたんだ?」

『ずっとここにいたよ』とカグヤは言う。『ワスダも光学迷彩を使うんだから、そこまで驚くことでもないと思うけど』


 頭部に埋め込まれた生体チップによって、独自のインターフェースを持つワスダは、頭の中で聞こえるカグヤの言葉に顔をしかめながら答えた。

「そこまで完璧に姿を隠せる迷彩を使えるのは、俺だけだと思っていたからな」

『そうですか』とカグヤは呆れながら言う。

「俺の言葉が信じられないのか?」

『信じるよ。以前にも姿と気配を完全に消していたのを見ているからね。ただ、ワスダは随分と自信満々なんだなって思って』

「お前は賢い人工知能なのかもしれないが、俺はもっと特別だからな」とワスダは得意げに言う。

『いいからレイと握手して』

「握手? 仲直りには早いんじゃないか?」

『そのハンドガンはID銃なの。データベースに生体情報を登録しないと使えないんだよ。だからバカなこと言ってないで早く握手して』


 ワスダとソフィーの生体情報の登録が終わり、ハンドガンを使用できるようになると、今回の任務についての再度説明を行う。

「通信妨害装置と小型発電機は輸送ヴィードルが運ぶ」と、私は待機状態のヴィードルに視線を向けながら言う。

 輸送ヴィードルの白を基調とした胴体の四方には、動物の太い脚を思わせる生体脚がついていて、コンテナボックスとして機能するヴィードルの胴体に通信妨害装置が積まれていた。そのヴィードルの後方で待機していた別のヴィードルにも、すでに小型発電機が搭載されていた。


「俺たちはそのヘンテコなヴィードルを守ればいいんだな?」とワスダが言う。

「そうだ。俺たちは二台の輸送ヴィードルを警護しながら防壁の向こうに侵入する」

「俺たち三人だけでそれをやるのか?」

「三人じゃない。カグヤとハクがいる」

「頼りになる人工知能がいて良かったよ」と、ワスダは適当に言う。「けど、のろまなヴィードルを連れてどうやって侵入する気なんだ? まさか監視所を突破するとか言わないよな?」

「諜報部隊から倒壊した状態で放置されている防壁の位置情報を得ている。俺たちはそこからこっそり侵入する」

「防壁の補修が行われていないのか?」

「工事には金だけじゃなくて人間と建材が必要だからな」

「多くの問題事を抱えている今の鳥籠に、その余裕はないのか」

「そうだ。だから壁の向こうでは、人擬きや昆虫型の変異体と戦闘になることを考えて行動しないといけない」


「汚染地帯が近いから、バグとの遭遇にも注意しないといけないな」とワスダは面倒くさそうにいった。

「けどチャンスでもある」と私は言う。「壁の内側に侵入した変異体を駆除するために、鳥籠の警備員があちこちで頻繁に戦闘を行っているから、俺たちが騒がしい戦闘音を立てても誰も気にしない」

「その情報には根拠があるのか? それともお前の希望的観測が含まれているのか?」

「諜報部隊からの情報だって言っただろ。耳が悪いのか?」


 それまでぼうっとしていたソフィーは、私の言葉に反応して、ほんの僅かだが目を見開いて私を睨んだが、私はそれを無視した。

「このまま建物の上空まで向かうのはどうだ?」と、ワスダは欠伸しながら言う。「この辺りで輸送機なんてとんでもないものを持っているのはお前くらいだ。警備隊の奴らは初めてみる飛行機に驚いて、きっと攻撃なんてしてこないだろ」

「それは無理だ。俺たちは何度か輸送機で奴らの支配地域に侵入していて、攻撃を受けたこともある。輸送機で近付いたら、俺たちの目的が知られるだけじゃなくて、設置する予定の装置の所在も奴らに知られる」

「そうだな……それなら仕方ない」


 ミスズの慎重な操縦によって、輸送機は装甲戦闘車両と改造ヴィードルの残骸が至る所に放置されている公園の隅に、ゆっくりと着陸していく。公園の砂場に無事に着陸すると、ワスダとソフィーはコンテナの後部ハッチから外に出て行く。

「レイラ」と、ナミが私を引き止める。「奴らには気をつけてくれ」

「ああ、油断はしないよ。それより、ナミもミスズたちのことを頼んだよ」

「任せてくれ。あっちにはトゥエルブもいるから、心配しなくてもしっかりとみんなを守ってみせるよ」


 ハクと共にコンテナから出て、二台の輸送ヴィードルがコンテナから出てくるのを待っていると、ミスズの声が内耳に聞こえた。

『レイラ、どうか気を付けてください』

「大丈夫だよ。ミスズも結晶の森では気をつけてくれ」

『了解です。ハクも気をつけてね』とミスズは言う。『任務が完了したら迎えに来ますので、連絡をお願いします』

 輸送機が飛び立っていくと、少しばかりの緊張をはらんだ任務に備えて、私は気を引き締めた。

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