第462話 報告
複数のディスプレイと見慣れない装置、そして工具が雑然と並ぶ作業場では、第三世代の人造人間であるペパーミントが作業台の前に座って、何かの作業に熱中していた。空色のフード付きツナギを着たペパーミントは、トゥエルブの発したビープ音で顔をあげると、青色の綺麗な瞳を私に向けた。何かの研究に没頭しているとき、彼女は疲れた顔をしていたが、今日の彼女は調子が良さそうだった。
「また厄介な生物が出たみたいね」と、彼女は手元の作業を再開させながら言う。
カグヤから寄生生物に関する情報を受信していたのだろう。
「さっきの奴のことか……」と私は言う。「なにが現れても驚かないと思っていたけど、今度の相手は死体だったよ」
「混沌の領域の何処かで死んだ妖精族が、寄生生物と共にこちら側の世界に迷い込んできた……厄介な話ね」
「そうだな……この辺りは日に日に危険になっていく」
「私たちの見通しが甘かっただけで、元々危険な場所だったのよ」彼女はそう言うと、手に持っていた赤い首輪を見てうなずいた。「問題は無いみたい。来て、ララ」
小型掃除ロボットを追いかけて遊んでいたララは、ペパーミントに名前を呼ばれると驚いたように身体を硬直させる。ペパーミントに怒られると思ったのかもしれない。
私はララを抱くとペパーミントの作業台に乗せた。
「この首輪はララ専用の情報端末よ」と、ペパーミントは白猫に首輪をつけてあげた。「これがあれば遠く離れていても連絡を取り合うことができるし、私たちはララの位置情報をしっかりと把握することができる」
きょとんとしているララに代って私が質問する。
「カグヤの声を聞くことや、インターフェースの表示は可能なのか?」
「もちろん」ペパーミントは笑みを見せると、指先で首輪をトントンと叩いた。するとララの目線の先に小さなホログラムディスプレイが表示される。「ユーザー登録は済んでいるから、他の端末同様にララの好きな方法で端末にアクセスすることができる」
「口頭で直接指示を出すだけじゃなくて、考えるだけで操作できるのか?」
「ええ。それに、指輪型端末に備わっているシールド生成機能も利用できるようになっているから、ララの生存率も向上する」
「危険な場所に行かないのが一番だけどな」
私の言葉にペパーミントは肩をすくめる。
「それと、ララはハクと同じように『念話』のような能力を使って私たちと会話をしている。そのままの状態だと通信の際に支障が出るの。だからハクの端末にも搭載されている旧文明の特殊な装置を使って、思念を受信して音声に出力されるようにしている。ちなみに技術に関する質問はしないでね。私は入手した設計図をもとに装置を製造しただけだから」
「分かってるよ」と私はうなずいて、それから気になっていたことを訊ねる。「インターフェースに表示される言語はどうなっているんだ?」
「データベースにはイアーラ族の言語が既に登録されていて、それが表示される仕組みなっているから問題ないわ」
「それは色々と都合がいいな」と私は素直に喜んだ。
過去にイアーラ族と交流のあった旧人類が言語情報を記録していたのだろう。
それからペパーミントは小さな装置が取り付けられた黒いタクティカルベストを取り出して、それをララに装着した。
「このベストには身を守る防弾機能の他に、環境追従型迷彩の機能が備わっているから、端末を介して操作することで、周囲の環境に溶け込んで姿を隠すことができる」
首元と腹部にある金具でしっかりとハーネスが固定されると、ララは不満そうに身体を揺らした。
『首輪はいいけど、このベストはいらないかな』とララは言う。
「我慢して」とペパーミントは答える。「動きの邪魔にはならないように考慮されているし、端末を操作することで着脱も自由にできる。だから地上にいる間だけでもいいからベストを着用して。それとも、拠点の地下にずっと籠っていたい?」
『絶対にイヤ』
「それなら地上に向かうときには、そのベストをしっかり身につけてちょうだい」
ララは不満そうに尻尾を揺らすと、作業台から飛び下りて洞窟の探索に向かう。
私はトゥエルブに頼んでララの側にいてもらうことにした。トゥエルブはマニピュレーターアームの指先を器用に動かすと、親指を立てて返事をした。
トゥエルブがいなくなると、私は整備されているサスカッチについて訊ねた。
「五十二区の鳥籠地下にある製造工場で、自律型軍用兵器の『オケウス』を見たのを覚えてる? あの機体に使用されている装甲でサスカッチを強化しようと考えているの」
「あの真鍮色の装甲か……兵器に使用するには、いささか派手に思えるけど」
「戦車は元々目立つ車両なんだから、装甲の強度を優先しようと思ったの」
「トゥエルブとの接続は?」
「どうしてトゥエルブが出てくるの?」とペパーミントは首を傾げた。
「トゥエルブのために整備しているのかと思っていたよ」
私がそう言うと、ペパーミントは溜息をついた。
「何とかしてみるわ。それより、これを見て」
ペパーミントは作業台に銀色の指輪とタクティカルゴーグル、それとワイヤレスのイヤーカフ型イヤホンを載せた。
「これは?」と、私は鎚目模様の綺麗な指輪を手に取りながら訊ねる。
「境界の守り人たちの砦で、混沌の領域の監視を行っているイアーラ族の戦士に支給した装備品よ」とペパーミントは言う。「指輪型端末は私たちが使っているのと同様のもので、シールド生成機能が備わっているもので、言語の翻訳プログラムもインストールされている」
「ゴーグルはインターフェースを表示させるためのものか?」
私はそう言うと指輪を作業台に戻して、それからタクティカルゴーグルを手に取る。ストラップで装着位置が調整できるタイプで、イアーラ族でも簡単に装着できるものだった。
「ハクのゴーグルにも使用されている耐衝撃レンズを採用したモデルよ」とペパーミントは言う。「ちなみにイヤホンもイアーラ族の耳に対応したものになっているから、私たちとの通信にも支障はない」
「ラロの部隊には、もう支給されているのか?」
「ええ。使い方も教えてあるから、そのうち端末の操作にも慣れると思う」
「ありがとう、ペパーミント」
「どういたしまして」と彼女は言う。「拠点で物資の管理をしてくれているジュリにもちゃんと感謝してね」
「資金が足りなかったのか?」
「いえ、潤沢な資金のおかげで部品の入手は簡単だった。問題は部品の買い出しが必要だったことよ。ジュリと山田には護衛をつけて、ジャンクタウンにある吉田のジャンク屋に行ってもらうことになったから」
「わかった。拠点に戻ったら彼女たちにも感謝を伝えるよ」
ペパーミントはうなずいて、それから言った。
「イーサンに頼まれていた装置の改良も済んでいるわ。ついてきて」
彼女のあとに続いて資材置き場として使用されていた建物に入ると、冷蔵庫のようにも見える長方形の大きな装置が確認できた。金属製のつるりとした箱からはケーブルが伸びていて、建物内の電源供給装置と繋がれているのが見えた。その装置には見覚えがあった。
「鳥籠『スィダチ』が、教団によって組織された蟲使いたちに襲撃されていた際に、広範囲にわたって通信を妨害していた装置だな」と、私は長方形の箱に触れながら言う。「何かに使えると思って回収していたけど……」
「忘れていなかったのね」と、ペパーミントは感心しながら言う。
「これを見つけたときに、教団の人造人間と戦うことになったからな」と、私は落ち着いた声で言う。「それで、イーサンはこいつを使って何をするつもりなんだ?」
「五十二区の鳥籠に攻め込む際、警備隊の通信を妨害するために使うのよ。彼らの通信を傍受して、戦闘を有利に進めるって計画もあったけれど、データベースを介して行われる通信は、当然暗号化されている。それなら通信を妨害した方が効率がいいってことになったの」
「だからこの装置をつかうのか……」
『私たちの通信に影響は?』とカグヤが訊ねる。
「影響が出ないように装置を改良したわ」とペパーミントは得意げに答えた。「具体的な仕組みの説明は省略するけど、登録された特定の端末からの通信に影響が出ないように調整されている」
「組織化された警備隊にとって、通信の妨害は有効な攻撃手段になる」と私は言う。「奴らは混乱するだろうな」
「ただ問題もあって、この装置は大量のエネルギーを必要とするから、長時間の使用には耐えられない。それに装置を冷却するために別の装置も用意する必要がある」
「そうか……狙撃ライフルの配備は間に合いそうか?」
ペパーミントは頭をゆっくり横に振ると、金属製の保管棚から狙撃銃を手に取る。藍白に塗装された角筒状の細長い銃身には見覚えがあった。
「この狙撃ライフルは電磁加速砲と同様の仕組みで機能する。つまり、瞬発的に大量のエネルギーを必要とするんだけど、それを安定して供給できるだけの装置の開発がまだ終わっていないわ」
「山岳地帯にある結晶の森で入手した水晶を使った実験は?」
「継続しているけど、電力負荷に耐えられる回路、それに銃身に使用される新たな鋼材の研究もしなければいけないの」
「射撃の際に生み出される熱が問題になっているのか」
「そう。もちろん開発は続けるけど、鳥籠に対して行う侵攻作戦に間に合うのかは分からない」
「それは残念だ」
「……これで報告は終わりかな?」とペパーミントは周囲に視線を向けて、それから思い出したように言った。「大事なことを忘れてた。こっちに来て」
金属製の棚が並ぶ建物内を歩いて奥の部屋に向かう。そこには教会に設置されている告解のための個室にも似た箱型の小屋が置かれていた。しかしそれは明らかに『ゆるしの秘跡』を行う場では無く、どちらかと言えば喫煙所に見えた。
「これは?」と、私は疑問を口にする。
「混沌の領域からやってきたカタツムリに似た未知の生物のことを覚えてる?」
「ああ。索敵に特化した多脚ドローンのワヒーラでも、その存在を検知できなかった奴だな」
「そう。魔法のような力を使って生物の気配を感じ取ることのできるイアーラ族でも、その存在に気がつけなかった生物よ」
「その化け物と、この喫煙所に何の関係があるんだ?」
「喫煙所じゃない」とペパーミントは頬を膨らませて、それから言った。「サナエと一緒にこの生物の研究をしていて、私たちはある仮説を立てたの」
「仮設?」と私は訊ねる。
「あの生物の皮膚や殻には……そうね、たとえばステルス戦闘機には、レーダーの電波を吸収する性質を持った専用の塗料が使われていることは知ってる?」
「電波吸収体とか呼ばれているものだな。もしかして、あの化け物には、それに似た性質の『何か』があると考えたのか」
「もしもあの生物の殻に、周囲から存在を完全に消すことができるような特性が備わっているのなら、私たちにとって貴重な素材になると考えたの」
「そうだな。もしもヴィードルの装甲塗料として使用できるなら、たとえば隠密任務に特化した車両としても使用できるようになる」
「私たちはもっとすごいことができると仮定して実験を続けたの」
「もっとすごいこと?」
ペパーミントは懺悔室にも似た小屋の扉に設置されていた端末を操作して、扉を開放する。室内はつるりとした銀色の素材に覆われていた。
「深淵の娘であるハクや、イアーラ族の魔法にも似た動体検知能力にも反応しないのなら、あるいは混沌の勢力からも存在を隠せると考えたの」
「混沌の?」と、私はペパーミントの言葉に顔をしかめた。
「奴らはまだ君のことを諦めていない。僕がレイラを見つけ出したように、いずれ彼らも宇宙の果てから君を見つけ出す」
「それはフクロウ男の言葉だな」
ペパーミントはうなずいた。
「混沌の遺物である『ヤトの刀』を使用することは、混沌の何かに、それが何かは分からないけど、レイを狙っている勢力にとっての痕跡になってしまう」
「だからヤトの使用は控えていた」
「でもあれほど強力な装備を封印するのは勿体無いでしょ?」
「そうだな。混沌の領域からやってくる化け物相手に、力の出し惜しみなんてしている余裕はない」
「だからそのジレンマを打開するための実験に協力してもらおうと考えているの」
ペパーミントはそう言うと、洞窟の探検に向かったララと連絡を取る。
「何をするつもりなんだ?」
「この個室の内部は、あのカタツムリに似た生物の殻を使って製造した特殊な塗料で完全にコーティングされているの」
『そういうことか』とカグヤが納得する。『個室内でヤトの刀を召喚して、その気配を外から感じ取ることができるのか実験するんだね』
「そう。だから今日はララを連れてきてもらったの。ニヤが言うには、イアーラ族のなかでも、ペクェイと呼ばれる猫のような種族は、周囲の気配を感じ取ることに長けている。もしもララがヤトの存在を感じ取ることができなければ――」
「ヤトの痕跡そのものが空間に残らないことの証明になる?」と、私はペパーミントの言葉を遮りながら言う。
「断言することはできないし、ただの願望なのかもしれないけど、でも試す価値はあると思うの」
トゥエルブと共にララがやってくると、さっそく私は狭い小屋のなかに入ってヤトの刀を召喚することにした。個室内ではデータベースを始め、カグヤとの通信も遮断されてしまうので、ララが気配を感じ取ることができるのかを確認する三分間ほど間、私は退屈な時間を過ごすことになった。ちなみに箱型の装置は未完成なので、完全に気密性は確保できていないが、それでも酸素を供給する空気穴が存在しない。そのためフルフェイスマスクを装着して空気を確保する必要があった。
時間になってから刀を手首の入れ墨に戻して部屋を出ると、満面の笑みを見せるペパーミントと、頭を捻るララの姿が見えた。どうやら実験は成功したみたいだった。ララはヤトの存在を感じ取ることができなかったのだ。これからペパーミントは刀の表面をコーティングする特殊な塗料を製作することになるが、課題は他にも残されていた。
たとえば塗料の開発には素材の調達をしなければいけない。しかしそれには、混沌の領域からやってくるカタツムリの化け物を大量に捕まえる必要がある。けれどレーダーに捉えられない化け物を見つけ、簡単に捕まえる術を我々は持っていなかった。また塗料の開発が成功しても、刀が手首の入れ墨に戻った際にコーティングがどうなるのか、といった問題も抱えている。だから手放しに喜ぶことはできなかった。しかしそれでも戦力の強化に繋がる新素材の発見は喜ばしい出来事だった。
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