第457話 ゲーム


 上空の鴉から受信していた俯瞰映像には、幹線道路に残る円形状の窪みが幾つも確認できた。それらは文明崩壊の混乱期に行われたであろう市街戦、そして砲撃が残した傷痕なのだろう。地上を移動している際には、大小様々な瓦礫と車両が放置されているため、戦闘の痕跡には気がつかないが、上空から見る映像ではクレーター群がハッキリと確認できた。


 その区画から少しも離れていない通りから、重機関銃の重たい銃声と爆発物が立てる破裂音が立て続けに聞こえてきた。上空の鴉はゆっくりと旋回して高層建築群の間を滑空すると、戦闘が行われている現場に近づいていく。

『見つけた』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

 鴉から受信している映像には、七台の多脚型車両が瓦礫の間を縫うように走り、後方から迫っていた人擬きの群れに対して攻撃を行っている様子が確認できた。

「カグヤ、あのヴィードルに搭乗しているのがワスダたちなのか?」

『うん、情報通りだよ。ただ、人擬きの大群に襲われてるのは想定外だった』


 ワスダが指揮していると思われるヴィードル部隊は、人擬きからの執拗な追跡を躱しながら高層建築物のエントランスに接近するが、何処からともなく撃ち出されたロケット弾が建物入り口に着弾すると、立ち昇る砂煙の向こうから数十体の人擬きが姿を見せる。ヴィードル部隊は進行方向の変更を余儀なくされる。しかしほどなくして、まったく別の建物からも人擬きの大群が現れる。


「マズい状況になっているな」と、私は装備の点検を素早く行いながら言う。「ワスダたちの装備じゃ人擬きは殺せない」

『うん。人擬きの巣に迷い込んだのかもしれないね』と、カグヤはワスダたちが搭乗するヴィードルの輪郭を緑色の線で縁取りながら言う。『それに、野良のレイダー集団からの攻撃も確認できた』

 受信していた映像が拡大表示されると、布地の厚い防寒着に道路標識の鉄板や古タイヤを無理やり繋ぎ合わせて、即席の防弾服に仕立てていた奇妙な出で立ちの集団が見えた。彼らは建物の間に渡された鉄の板を使って移動しながら、上階からワスダたちに向かって射撃を行っていた。

 略奪者による襲撃が人擬きを引き寄せる切っ掛けになったのかもしれない。


「ワスダたちの援護をする」と、私はバックパックとポンチョを脱ぎながら言う。

『了解、合流地点をワスダの端末に送信する』

「それと味方だと示す識別信号も送信してくれ、レイダーだと間違われて攻撃されるのは避けたい」

 銃声と破裂音、それに人擬きの呻き声が通りの向こうから近づいてくると、私は液体金属を操作してハガネの鎧で全身を覆う。まるで変身ヒーローのように、瞬く間に金属繊維のスーツと装甲で全身が保護されると、頭部を覆うフルフェイスマスクの額からは、第三の眼にも見える恐ろし気な眼球が出現する。その眼球は鬼にも悪魔にも見えるマスクを、より一層奇妙で不気味なものに変える。


 戦闘の準備を整えると、拠点にいることが確認できていた白蜘蛛に通信を行う。ハクは専用のタクティカルゴーグルと端末を所持しているので、ハクとの間にある特別な結び付きで実現した念話のような特殊能力を使って、ハクに呼びかける必要が無くなっていた。

 一瞬の沈黙のあと、間延びした可愛らしいハクの声が内耳に聞こえる。

『なぁに?』

「敵の大群と遭遇した。ハクの助けが欲しい」

『どこにいるの?』

「地上だよ。空間転移のための門を開くから、すぐに来てくれないか?」

『うん。すぐいく』


 通信が切れると私は周囲の安全確認を行い、それから何もない空間に向かって腕を伸ばした。すると液体金属の装甲に隠れていた腕輪が装甲の表面に露出し、金色に発光しながら広がり、ゆっくりと浮遊しながら腕を離れていった。そしてすぐ手前の空間で静止した腕輪は、一気に広がってみせると、輪の内側に空間の歪みを発生させる。拠点と繋がった空間転移のための門は、横から見れば薄い板硝子ほどの厚みしかなかったが、楕円形に広がった歪みは、遠く離れた空間をしっかりと繋いでいた。


 しばらくすると空間の先に白蜘蛛がトコトコと姿を見せ、何の躊躇いも無く門を越えてくる。ハクが空間の歪みに長い脚を通すと、腕輪はすぐに反応してハクが通ることの出来る幅に広がる。ハクの身体が門を越えると腕輪は収縮しながら私の腕に戻り、元の位置にぴたりと嵌る。そして淡い金色の輝きが消えると、腕輪はすぐに液体金属の装甲に覆われ見えなくなった。


『まった?』ハクは腹部をカサカサと震わせる。

「いや」そう言って頭を横に振ると、ハクのフサフサとした体毛を撫でる。

 幼い子供特有の可愛らしい声とは異なり、真っ白な体毛を持つ大蜘蛛の身体は大きく、身体を持ち上げた際の体高は私とほとんど変わらないので、目の前にいると中々の迫力があった。

『てきはどこ?』

 鴉から受信していた映像をハクの端末に転送すると、ハクが装着していたゴーグルのクリアレンズに映像と共に敵の情報が投射される。すると光が漏れないように、レンズそのものが薄暗くなる。


「ヴィードルに乗っている人間は一応、俺たちの味方だ。だから攻撃対象は、人擬きの群れと、建物の上階に潜んで攻撃してきているレイダーたちだ」

『レイダー?』と、ハクは首を傾げるミスズの真似をしているのか、身体をちょこんと斜めに傾けた。

「汚い身形をした人間たちだ」と私は適当にハクに説明する。

 本当は普通の人間と略奪者たちを区別できるように、丁寧に違いを説明した方がいいのかもしれないが、この時期、廃墟の街で一般人を見かけることは難しく、危険な街を徘徊しているのは、多くの場合、無法者の略奪者たちだけだった。だからハクを退屈させないためにも説明を省くことにした。


『レイダー、しまつする』

 ハクは幼い声で物騒なことを言うと、跳びあがるための予備動作として身体を深く沈める。

「待ってくれ」と私は慌ててハクを止める。「危険な武器を持っているレイダーがいるかもしれない。もしも見慣れない武器を持った人間に遭遇したら、戦闘を避けるようにしてくれ」

『ぶき、きけん?』

 ちゃんと理解してもらえるように、ハクの言葉に私は大きくうなずいてみせた。

「ハクの身体は頑丈で大抵の攻撃は通用しないけど、旧文明の危険な兵器を所持している人間からの攻撃は、完全に防ぐことができないかもしれない。だから注意して欲しいんだ」

『ハクはね、あんさつのたつじん。だからだいじょうぶ』

「……暗殺って、誰にそんな言葉を教えてもらったんだ?」

『ナミだよ?』

 ハクはそう言うと、クリアレンズの向こうからパッチリとした眼を私に向けた。

「そうか……それなら、その暗殺を披露してくれ。ハクの姿を捉えられるセンサーは存在しないはずだから、レイダーたちに苦戦することはないと思う」

『わかった』ハクは興奮しているのか、体毛を逆立てさせながら地面をベシベシと叩く。『いってきます』


 ハクが高層建築物の壁面に跳びついて、糸を吐き出しながら隣の建物に向かって空中を移動しているのを眺めながら、私もワスダたちとの合流地点に急ぐ。ちなみに動きの邪魔になるバックパックは、ポンチョと共に瓦礫の隙間に隠した。信号を発信する装置がついているので、失くす心配をする必要は無い。


「カグヤ、ワスダたちは?」と、私は廃墟の街を駆けながら訊ねる。

『もうすぐ見えてくる』

 カグヤの言葉のあと、轟音と爆発音が辺りに響いて、黒煙の中から数台のヴィードルが飛び出してくる。私は道路の中央に立ったまま右手にハンドガンを構え、左腕を持ち上げると、手の平に形成した銃口を黒煙に向ける。瞬きのあと、人擬きの群れが呻き声や叫び声をあげながら、黒煙の向こうから猛進してくるのが見えた。


 人擬きの群れに対して私は射撃を開始する。左手の微妙な照準合わせはカグヤに任せ、私は右手のハンドガンだけに集中する。左腕とハンドガンから撃ち出される銃弾を受けた人擬きは次々と倒れ、走っていた勢いのままに地面を転がる。しかし追跡型と呼ばれる奇妙な人擬きは、四足動物のように地面に手をつきながら駆けてくる。そして瓦礫や放置車両を利用しながら銃弾を避けると、醜く変異した大きな口から大量の唾液を垂らしながら私に突進してくる。


 弾薬を自動追尾弾に切り替えると、これからの行動について説明する前に、私の思考電位を拾い上げて行動を理解したカグヤは、向かってくる人擬きに攻撃のための標的タグを貼り付けていく。拡張現実で人擬きの頭頂部に次々と黄色い印が表示されると、私はフルオート射撃に切り替えて引き金を引いた。


 人擬きの青黒い皮膚を裂きながらブヨブヨとした肉に食い込んだ銃弾が爆ぜると、すぐ側まで迫っていた無数の人擬きが地面に倒れていく。けれど油断することは出来ない。舌が無く、代わりに大きさの不揃いな歯が大量に生えていた追跡型人擬きは、耳元まで裂けた大きな口を広げながら私に突進してきた。


 最小限の動きで人擬きの攻撃を避けると、通り過ぎようとしていた人擬きの後頭部を左手で鷲掴みにして銃弾を撃ち込んだ。人擬きの頭部がポンっと破裂すると、指の間にぬめりのある頭皮と抜け落ちた長い髪の毛が残った。すぐに手を振って汚れを払うと、猛進してくる別の個体に対して射撃を再開する。


 ワスダが指揮していたヴィードル部隊は、私の横を通り過ぎて安全圏まで後退していった。けれど最後尾に残って人擬きに対処していた最後の一台は、建物の上階から降ってきた数体の追跡型に跳びつかれ視界を塞がれると、瓦礫と共に建物の壁面から落下していた巨大な彫像の頭部に衝突してしまう。


『レイ、このままだと人擬きに包囲される。すぐに助けに行って』

 カグヤの言葉にうなずくと、突進してきた人擬きの身体を踏み台にして空中に跳び上がる。想像していたよりもずっと高く跳び上がったことに自分でも驚きながら、着地地点にいた人擬きの頭部を踏み潰しながら着地すると、黒煙を吐いていたヴィードルに近づく。


 ヴィードルのタラップに足を掛けて装甲に触れると、ひび割れていた防弾キャノピーが内側からの射撃によって割れて、コクピットから金髪の女性が姿を見せた。青い目をしたロシア系の美女は、青と灰色のデジタル迷彩が施されたスキンスーツにタクティカルベストを着ていて、手には対物ライフルを持っていた。彫像に衝突した際に頭部を負傷したのか、額からは血が流れていた。

 彼女は近くまで来ていた私の姿に驚いたのか、ぎょっとして大きな目を見開いたが、すぐに気を取り直すと向かってくる人擬きに対して射撃を開始した。


 そこに数台のヴィードルが戻ってくると、我々の前に出て人擬きに対して制圧射撃を行う。負傷していた女性も射撃を継続していたが、銃弾が底を突くと、ライフルから手を離して倒れそうになる。私は彼女の背中と膝に手を入れ、素早く彼女を抱きかかえると、人擬きのいない後方まで下がる。と、一台のヴィードルが目の前に止まり、防弾キャノピーを開いた。

「おっかないお面をしてる兄ちゃんは、レイラだよな?」と、ワスダの声が聞こえる。「また人助けをしてるのか?」

 顔をあげると、ニット帽にガスマスクを装着した男の姿が見えた。顔の大部分が隠れていたが、目付きと渋みのある深い声でワスダだと分かった。

「その人助けには、あんたも含まれているんだけどな」と私は言う。

「そうだったな」


 ワスダは鼻で笑うとヴィードルのコクピットから降りてきた。我々の周囲ではヴィードルの機関銃が騒がしい音を立てていたが、彼は少しも気にしていなかった。それからワスダは私の手から負傷した仲間を受け取ると、彼女を胸に抱いたままヴィードルのコクピットに戻り、彼女をシートにそっと座らせた。

 ワスダはユニコーンのアニメキャラクターがプリントされたヘンテコなランドセルを背負っていたが、服装は先ほどの女性が身につけていたのと同様のもので、戦闘に特化した機能を備えたスキンスーツだった。


「助かったよ」とワスダは言う。「ここまで来て仲間を失っていたら、今までの苦労が水の泡になっていたからな」

「苦労?」

 私が訊ねると、ワスダは肩をすくめた。

「それは後で話そう。今は人擬きと追跡者たちに対処しよう」

 追跡者という言葉が気になったが、ワスダの言うように、今は人擬きに対処することを優先したほうがいい。ワスダがヴィードルに乗り込むと、私もすぐに戦闘に戻った。


「カグヤ、ハクの様子が分かるか?」

 私がそう言うと、ハクのゴーグルから受信している映像が視界の隅に表示される。

 ハクは何処かの建物内にいて、崩れた壁面の側を通ると、日の光でハクの脚の体毛がキラキラと光を反射するのが見えた。ハクの視線の高さで景色を見るのは不思議な気分がした。そのハクは音を立てることなく移動すると、窓際に陣取って道路に向かって射撃を行っていた略奪者の背後に接近する。そして目にもとまらない速さで脚を振り抜くと、略奪者の身体を簡単に両断してみせた。


 それからハクは素早く動くと、日の光が届かない暗闇に向かう。受信する映像は真っ暗だったが、ハクの眼にはしっかりと周囲の状況が見えているのか、建物に差し込む遠くの光に徐々に近づいていく様子が確認できた。そして崩れた壁面から身を乗り出して射撃を行っていた略奪者を見つけると、強酸性の糸を吐き出して略奪者の頭部を熔かすと、すぐに隣の建物に跳び移る。


 眼下にはハクの姿に驚いている数人の略奪者がいた。彼らはハクに向かってライフルを構えるが、ハクは網のように広がる糸を次々に吐き出して、彼らの動きを素早く制限すると、脚の先についた鋭い鉤爪で捕らえていた略奪者たちの身体を順番に刺し貫いていった。まるでゲームを楽しむように、簡単に略奪者たちを殺していくハクの様子を確認したあと、私は人擬きの群れに対処することに専念することにした。

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