第458話 信徒


 低い建物の屋上に陣取って、我々に向かって小火器の銃弾を撃ち込んでいた略奪者たちが、ハクの奇襲によって次々と処理されていく間、我々は人擬きの襲撃に専念することができた。人擬きの数は多く、全てを処分するには相当な時間が必要になると思われたが、群れの大部分は二次感染の比較的脅威度の低い感染体の集まりだったので、それほど苦労することなく対処できるだろう。事態が急転したのは、そんなことを考えていた直後だった。


 人擬きに重機関銃の銃弾を雨あられと浴びせていたヴィードルの脚が爆ぜて、そのまま中央分離帯に衝突して身動きが取れなくなると、別の車両の装甲に何かが食い込み、次の瞬間にはその車両が爆発するのが見えた。

『狙撃だ!』とワスダの声が内耳に聞こえる。『狙撃手に狙われないように、すばしっこいゴキブリみたいに絶えず動け!』

 攻撃を受けて損傷したヴィードルに搭乗していたものたちは、武器を手に車両の側を離れると、四方から襲いかかってきていた人擬きに応戦する。ワスダの部下は戦闘能力が高く、人擬きの群れに何とか対処することができていたが、ヴィードルを破壊した狙撃手からの攻撃は続いていた。


 通行を規制するために設けられていた厚いコンクリートブロックに身を隠すと、建物上階からばら撒かれる銃弾をやりすごす。射撃によってコンクリートが削れ、破片が周囲に飛び散る。それらの銃弾はハガネの鎧で無効化することが可能だったが、何処かに潜んでいる狙撃手からの銃弾を防ぐことができるのかは分からなかった。身を隠していた遮蔽物のすぐ隣に設置されていたコンクリートブロックが爆ぜると、一瞬の間を置いて銃声が聞こえてくる。


「カグヤ、狙撃手の位置は確認できたか?」と、私は身を屈めながら言う。

『ダメ、もういちどだけ狙撃させて』

 左腕のハガネを操作して自身が装着していたフルフェイスマスクを腕の先に再現すると、遮蔽物から顔を出すように動かした。すると数秒もしない内に、凄まじい衝撃がハガネの装甲で覆われていたマスクを襲う。すぐに腕を引っ込めると、弾丸が貫通した痕がポッカリと開いているのが確認できた。


『見つけた』と、鴉の視界を通して狙撃手の位置を確認したカグヤが言う。『ハクに敵の位置情報を送信する』

「ハクに警告することを忘れないでくれ、相手はハガネの装甲すら簡単に破壊できる強力な火器を所持しているんだ」

『分かってる』

 私は左腕のフルフェイスマスクを義手に戻すと、接近してきていた人擬きに射撃を行い、ヴィードルを失って後方に撤退していたものたちを援護する。

『レイラ、気をつけろ』と、人擬きと交戦中だったワスダの声が聞こえる。『追跡者が使っている狙撃銃は、守護者たちの身体を覆ってる硬い金属すら貫通するような代物だ』


「狙撃手は何者なんだ?」

 私はそう言うと、目の前に迫っていた人擬きにショット弾を撃ち込む。至近距離で散弾を受けた人擬きの身体は後方に吹き飛んでいって、別の個体を巻き込むようにして倒れた。その人擬きに散弾を撃ち込んでまとめて処理していると、銃声の合間にワスダの声が聞こえた。

『奴らは組織の追手だ』

「追手?」

『分かるだろ? 俺は組織を抜けたんだよ』

「ワスダが?」

『他に誰がいる』


 狙撃から逃れるため建物の陰に入ると、地面に転がっていた人擬きと目が合った。その個体は激しい銃撃で下半身を失くしていたが、内臓を引き摺りながらも、私に噛みつこうと迫ってきた。私は人擬きの頭部に銃弾を撃ち込むと、ワスダに訊ねた。

「それで、追手とやらは何者なんだ?」

『知らないな』と、ワスダは呑気に言う。

「ワスダは組織内でもそれなりの権力を持っていたんだろ。それなのに追手が誰なのかも分からないのか?」

『組織は不死のなんちゃらって宗教団体と手を組んだんだ。追手はその団体から差し向けられている。だから奴らが何者かなんて俺は知らない』

 ワスダが搭乗していたヴィードルが、人擬きを跳ね飛ばしながら狭い通りに入っていくのを見ながら私は言う。

「この件には不死の導き手が関わっているのか?」

『ああ。だかそれについてはあとでゆっくり話そう。今はこの状況を切り抜けることだけを考えろ』


 ワスダからの通信が切れると、ハクが装着していたゴーグルから受信している映像を確認する。ハクは高層建築物の壁面を移動していて、建物を繋ぐように掛けられていた空中歩廊に近づいている最中だった。地上から百メートルほどの位置に設置されていた歩廊には、頭部を完全に覆うガスマスクと、紺色のロングコートを身につけた狙撃手の姿が確認できたが、それ以外の情報は得られなかった。


 ハクは空中歩廊に向かってふわりと跳び下りると、音も立てずに歩廊の天井に着地する。そして大きく割れていた窓ガラスから歩廊内部の様子をそっと確認する。歩廊の中ほどには、見慣れない狙撃銃を構えた人間の背中が見える。どうやら狙撃手はハクの存在に気がついていないようだった。そして狙撃手の周囲には、旧文明期以前の回転翼を使って飛行する小型ドローンの姿が確認できた。

「カグヤ、あのドローンは?」

『たぶん、狙撃手をサポートするための動体検知機能を持った攻撃ドローンだよ。ハクの姿はセンサーでは捉えられないけど、カメラアイを持ったドローンを誤魔化すことはできない』

「それなら攻撃は中止させよう」

『少し遅かったみたい』


 ハクは飛行していたドローンに向かって糸の塊を吐き出すと、一気に狙撃手に接近する。吐き出された糸の塊はドローンに直撃する寸前、網のように広がってドローンを壁に貼り付けた。音に反応した狙撃手は、窓枠の縁に固定していたライフルから手を離して、素早い動作で腰に差していたハンドガンを抜いて振り向いた。けれどハクの方が早かった。容赦なく振り抜かれた脚によって狙撃手の頭部は綺麗に切断され、頭部を失くした身体は血液を噴き出しながら地面に崩れた。


 ハクから受信していた映像を確認していると、身を隠していた遮蔽物に向かって銃弾が浴びせられる。騒がしい銃声は建物上階から響いてきていた。数は少ないが略奪者たちがまだ残っているようだった。私は遮蔽物からそっと腕を出してみたが、狙撃手からの攻撃は確認できなかった。

「強力な火器を装備した狙撃手は、ハクが殺した奴だけだったみたいだな」

『まだ油断はできないよ』とカグヤが答えた。

 私はライフルを構えると、建物上階から攻撃してきていた略奪者たちに射撃を行う。けれど遮蔽物から離れるような真似はしない。カグヤの操作する偵察ドローンによって、有効射程距離に潜んでいた略奪者たちには標的タグを貼り付けられていたので、適当に射撃しても自動追尾弾が命中するようになっていた。


 しかし人擬きの群れは、フルオート射撃で撃ち出された銃弾が略奪者たちに命中したのかを確認する時間すら与えてはくれない。遮蔽物を乗り越えてきた人擬きに左腕を向けて射撃を行うと、横手から飛び込んできた人擬きに銃弾を撃ち込む。全身の皮膚が無く、筋繊維と血管が剥き出しの悍ましい姿をした人擬きは、胸部に銃弾を受けると、苦しそうに身を縮こまらせて倒れる。それから何度か痙攣すると動かなくなった。

 周囲に視線を向けると、人擬きの群れを制圧するヴィードル部隊の様子が確認できた。ワスダたちが使用している火器では人擬きを殺すことはできないが、重機関銃の圧倒的な火力で人擬きの身体をズタズタに破壊して行動不能にしていた。


 その人擬きの群れは勢いを失くしつつあった。周辺一帯の建物から吐き出されるようにして姿を見せていた人擬きの数は目に見えて減り、今ではヴィードル部隊の攻撃によって行動不能にされた個体の方が多くなっていた。

 それを確認すると、私は建物上階に潜んでいる略奪者たちに対処するため、遮蔽物を離れて道路の先に向かって駆けた。何度か射撃は受けたが、無事に射撃の死角になる瓦礫の隙間に身を隠すことができた。カグヤが鴉と偵察ドローンを使って略奪者たちに標的タグを貼り付けている間、私はハクの様子を確認することにした。


「ハク、そっちはどうだ?」

『ハクはね、てきをしまつしたよ』

 ハクから受信している映像には、日の光が差し込む歩廊が映し出されていた。三十メートルほど先には高層建築物内に続く自動ドアが設置されていたが、ガラス張りの扉は破壊されていて、薄暗い廊下が見えていた。

「周囲に敵の姿を確認できるか?」

『ううん、てきはもういない』ハクがそう言うと、受信していた視界映像が素早く動いて、ハクの糸で動けなくなっていたドローンに近づいていった。『みて、レイ。へんなむし』

「それは虫じゃなくて、小型ドローンだよ」

『ほしい?』

「そうだな。あとで死体の検分をするから、ついでにそのドローンも回収するかもしれない」

『ふぅん』とハクは言う。

「それはそれとして、こっちの援護に来て欲しい」

『ハク、ひつよう?』

「ああ。厄介な敵が残っているからな、ハクの助けは必要だよ」

『それはやっかいだな』ハクは可愛らしい声でそう言うと、空中歩廊の壁面に開いていた穴から外に飛び出す。


 ハクとの通信が切れると、標的タグが貼り付けられた略奪者たちに対して自動追尾弾による攻撃を行う。射撃を終えて遮蔽物に身を隠そうとしたとき、不思議な光景を目にする。通りの向こうから、紺色のロングコートを纏った人間が歩いてくるのが確認できた。その人間は飛び交う銃弾に頓着せずに、まるで散歩をするように、こちらに向かって歩いてきていた。

「カグヤ、あれは人間か?」

『人擬きには見えない。それにあのロングコートは――』

「教団のものだな。ハクが始末した狙撃手も同じコートを身につけていた」

『うん。あれがワスダの言っていた追跡者なのかもしれない』

「教団の信徒か……」

 太腿のホルスターからハンドガンを抜くと、弾薬を貫通弾に切り替える。ハクがやってきて建物上階に潜んでいた略奪者たちを攻撃し始めると、私は身を乗り出してロングコートを纏った人間に銃弾を撃ち込んだ。甲高い音ともに撃ち出された銃弾は、しかし信徒の周囲に発生した青色の薄膜によって弾かれる。


「シールド生成装置を装備しているのか?」

『そうみたいだね』とカグヤが答える。『貫通弾すら弾くことのできる強力な磁界を身体の周囲に展開してる』

「それなら装置のエネルギーが尽きるまで銃弾を撃ち込めばいい」

 ハンドガンをホルスターに戻すと、ライフルをしっかりと構えてフルオート射撃で銃弾を撃ち込んでいく。しかし信徒の周囲に発生した強力な磁界によって、撃ち込まれた数百発の銃弾は不可思議な膜に捕らえられ、空中で静止するようにピタリと止まると次々と爆ぜていった。その際に発せられた電光によって、青い膜がハッキリと視認できるほどの強い輝きが発せられた。


 撃ち出された数百発の銃弾が生み出した熱によって、ライフルの銃口が赤熱して白い蒸気が立ち昇る。私は身を隠して、素早く弾倉を装填すると、身を乗り出して射撃を継続しようとする。けれど照準の先に信徒の姿は無かった。そして次の瞬間、遮蔽物が凄まじい衝撃によって爆散すると、私は転がるように路地裏まで飛ばされる。これだけの衝撃波を発生させることができるのは『姿なきものたち』だけだったので、戦闘の騒ぎに引き寄せられた怪物がやってきたと思ったが、私が先ほどまで立っていた場所にいたのは怪物では無く、教団のロングコートを身につけた信徒だった。


「やっぱり、あれは人間じゃないな」

 体勢を立て直すと、ライフルによるフルオート射撃を継続する。相変わらずシールドを貫通することはできなかったが、銃撃を受けている間、信徒は立っているだけでこちらを攻撃するような素振りは見せなかった。

『どうやら追手は、人造人間の身体に意識を転送した信徒だったみたいだね』とカグヤが言う。『レイ、どうするの?』

「ここで仕留めるよ」

『前に戦ったときには博士が倒してくれたけど、今回は博士の助けは期待できない』

「なんとかするよ」

 ライフルの銃身を覆う装甲の間からも蒸気が立ち昇るようになるが、信徒の周囲に展開されているシールドは健在だった。立ち昇る蒸気によって視界が悪くなると、私は射撃を諦めて、熱を持ったライフルを投げ捨てた。そして信徒に向かって駆けると、一気に距離を詰める。


 ロングコートを纏う信徒は冷静だった。膜に捕らえられ、次々と爆ぜていく銃弾の向こうで腕を伸ばすと、私に向かって稲妻にも似た凄まじい閃光を放った。反射的にハガネの大盾を形成しようと考えたが、防ぎきれないと判断して空中に跳び上がった。信徒は私の行動を予測していたのか、閃光を発していた腕をゆっくりと私に向けようとする。しかし閃光が私を捉えることは無かった。


 路地裏に音も無く出現したハクは、信徒の足に粘着性のある糸を吐き出すと、そのまま触肢で糸を引っ張って信徒は地面に倒してしまう。その際、ロングコートのフードが捲れて金属製の頭蓋骨が見えたが、私は躊躇うことなく左腕から反重力弾を撃ち込んだ。

 紫色の発光体は、信徒の周囲に発生していた磁界に捕らえられるが、甲高い金属音が聞こえると、磁界の内側にいる信徒を容赦なく引き寄せ、凄まじい重力で圧殺していった。奇妙だったのは、金属の骨格を持った信徒がその間も無表情で、一言も声を発することなく圧殺されていったことだった。

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