第444話 水晶柱


 地中から突き出された槍の穂先にも見える巨大な水晶の柱は、気難しい職人の手で研磨された宝石のように日の光を浴びて青紫色に輝いていた。我々は立ち並ぶ水晶柱の間を歩いて、最も濃い青紫色の輝きを帯びている水晶を探す。我々の周囲にある透明度の高い結晶は、その全てが一定の輝きを放っていたが、いくつかの水晶はタンザナイトのように、見る角度によって無色透明に見えることもあれば、色鮮やかな青や紫に見えることがある多色性の強い水晶だった。


 ペパーミントは水晶の持つ透明度、そして色合いによって水晶が取り込めるエネルギー量に変化があると考えていた。そこで我々はサンプルに適した数種類の色合いを持つ水晶を探していたが、水晶柱が数え切れないほど立ち並ぶ結晶の森では、目的の水晶を探し出す作業は極めて困難なものだった。


「カグヤ、少し手伝ってくれないか?」

『もう降参するの?』と、カグヤの揶揄う声が内耳に聞こえた。

「見通しが甘かった。結晶の森がこんなに広いなんて想定して無かったんだ」

『確かにこの場所が異様なのは認める。上空から適当に探してみるよ』

 ベルトポーチからカグヤの操作する偵察ドローンが出てきて、光学迷彩を起動しながら飛んでいくのを眺めていると、九メートルほどの高さがある結晶の先に白蜘蛛の姿が見えた。


「ハク」と私は声をあげる。「周囲に危険な生物が潜んでいるかもしれない。だから周りの動きに注意しながら行動してくれ」

 ハクは宙返りをするようにして水晶から跳びあがると、音も無く地面に着地する。

『ほうせきがいっぱいある』ハクは興奮しているのか、地面をベシベシと叩いた。

「そうだな。でもただの宝石じゃないんだ。これはすごく特別な宝石だ」

『とくべつ?』

 私はうなずいて、それから言った。

「気がついていると思うけど、この辺りは暖かいだろ?」

『あたたかい、わかる』

「それはこの水晶のおかげなんだ」

 得意げにそう言って見せると、ハクはカサカサと腹部を揺らす。

『すいしょうはすごいな』

「ああ、確かにすごい。その秘密はまだ分かっていないんだけどな」

『ふぅん、あっちにおおきいのあるよ』

 ハクが脚で指した方角に視線を向けると、斜めに大きく傾いた水晶が見えた。透明度が高く、それでいて色合いの濃い水晶柱だった。

「確かに大きいな……あれを調べに行こう」


 ハクが近くの水晶柱に向かって跳びあがるのを見ていると、マシロが大きな翅をふわりと動かして、地面から僅かに浮いた状態で私の側に飛んでくるのが見えた。

『見て、レイ』と、何処か優しく、それでいて透き通るような柔らかな声が聞こえた。マシロが唇を動かすこと無く、まるでテレパシーを使うように私の頭に直接言葉を伝えたのだ。

 私は彼女が差し出した手の平に視線を向ける、そこには無数の水晶がのっていた。

「水晶の欠片か、たくさん見つけてきたんだな」

『欲しい?』と彼女は首を傾げる。

「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう、マシロ」私は彼女に感謝して、それから言った。「その水晶の欠片はペパーミントが欲しがっているんだ。だから彼女に渡せば、きっと喜んでもらえる」

 マシロは手の平にのった水晶を見つめて、それから私に複眼を向ける。

『贈りもの?』

「そうだ」

『わかった。ペパーミントにあげる』

 マシロはそれだけ言うと、ミスズたちのもとに向かおうとする。

「待ってくれ、マシロ」と、私は急いで彼女を引き止める。「何度も言っているけど、この場所には危険な生物がいるかもしれない。危ない目に遭わないように、今は一緒に行動しよう。それに、ミスズたちもすぐに俺たちに追いつくはずだ」

 マシロがこくりとうなずいて引き返してくると、我々はハクのあとを追ってクレーターの中心に向かう。


 視線の先に拡張現実で表示された矢印に沿って歩いていると、周囲の結晶よりも一際高い水晶柱が見えてくる。僅かに傾いた柱の側にはハクがいて、水晶の根元を熱心に掘っているのが見えた。何か重要なものを見つけたのかもしれないし、いつものように遊んでいるだけなのかもしれない。

『随分と大きな結晶だね』

 私はカグヤの言葉に同意すると、フルフェイスマスクの機能を使って簡単に水晶の大きさを測ってみる。

「……十二メートルはありそうだな」

『地中に埋まっている部分があるから、全体はもっと大きいのかも』


 空から降ってきた隕石が、落下してきたときの状態を保ったまま硬化したようにも見える巨大な水晶柱を仰ぎ見ていると、我々の側で退屈そうにしていたトゥエルブがビープ音を鳴らす。

「周囲を偵察してきてくれるのか?」

 私が訊ねると、トゥエルブは低いビープ音を鳴らす。

「分かった。あまり遠くには行かないでくれよ」

 トゥエルブが格好つけるように、レーザーライフルを肩にのせて偵察に行ってしまうと、残された私とマシロはハクの側に向かう。


「ハク、何か見つけたのか?」

『すこし、せまい』ハクは振り向くことなくそう言った。

「狭い?」ハクが掘っていた場所を確認すると、人間ひとりがやっと通れそうなほどの縦穴が開いているのが確認できた。「ハクが地面を掘っているのは、その穴に潜り込む為なのか?」

『たぶん……たんけんするかもしれない』と、ハクは神妙な面持ちで答える。

 その態度が可愛かったので、少し話を合わせることにした。

「大冒険になりそうだな」

『うん。とてもむずかしいけつだん』

「敵が沢山いるかもしれない」

『ハクにはこれがある』

 ハクはそう言うと、脚の先についた鉤爪で地面を叩いた。

「そうか……でもハクが探検するには、少し穴が狭いんじゃないのか?」

『……たしかに』


 散歩で砂浜に来ていた犬が夢中になって地面を掘り返すように、それまで一生懸命に脚を動かしていたハクはピタリと動きを止める。

「ハクが地下に向かうために通ることのできる穴は、他の場所にあるかもしれない。カグヤに訊いてみたらどうだ?」

『うん。きいてみる』

 ハクが装着していたタクティカルゴーグルのレンズが曇るように暗くなると、ハクは視覚で得られる情報を真剣に確認する。その間、私はハクが中途半端に広げた縦穴の先を確認する。縦穴は途中で傾斜していて、水晶を削りながら地下深くに続いているようだった。

『中に入ってみる?』

 カグヤの問いに私は頭を振る。

「戻って来られなくなりそうだから、遠慮しておくよ」

『大丈夫だよ。レイは空間転移できるんだから、迷子になってもすぐに脱出できる』

「どうかな……ミスズたちをここに残してひとりで拠点に戻るつもりはないよ」

『それもそうだね』

 その奇妙な縦穴の奥からは、勢いよく風が吹きつけていた。


「レイ」

 ペパーミントの声が聞こえて振り向くと、ミスズたちがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。マシロはさっそくペパーミントの側に向かうと、水晶の欠片を彼女に手渡して感謝されていた。マシロはそれが嬉しいのか、大きな翅を小刻みに揺らしていた。

 周囲に立つ巨大な水晶柱に圧倒されていたアルファ小隊の面々を余所に、ナミは私のとなりまでやってくると暗い穴を覗き込んだ。

「もしかして、これがコケアリたちの地下都市に続く穴なのか?」

 ナミの言葉に私は頭を振る。

「危険な生物の巣穴の可能性もある」

「それなら、すぐに移動した方がいいんじゃないか?」


『その考えには私も賛成だよ』とカグヤが言う。『ドローンであちこち調べてみたけど、それと同じような感じの縦穴が至る所で確認できた。もしもコケアリたちの地下都市に関係のない穴なら、私たちは得体の知れない生物が残した巣穴の上に無防備に立っていることになる』

「アリジゴクの巣に迷い込んだアリみたいだな」と私は言う。

『うん。だから油断しないでね』

「それなら」と、ペパーミントが道具を取り出しながら言う。「さっさと仕事を終わらせるわね」


 猫のララを抱きながら、サンプル回収のための作業を始めたペパーミントの姿をぼんやりと眺めていると、カグヤの声が聞こえた。

『レイ、ワヒーラのセンサーが生物の反応を捉えた』

 私は視線の先に拡張現実で地図を表示すると、接近してくる無数の赤い点を確認して、それから敵意を感じ取れる瞳を使って敵の存在をもう一度確かめる。

「マズいな……急に敵の反応が出現した」

『それってつまり、私たちが大変な状況ってこと?』と、ララが可愛らしい顔を私に向けながら言う。

「ああ、すぐに対処しないと大変なことになる」

『結晶の森に危険な生物がいるなんて、ニヤは一言も話さなかったわ』

「大樹の森も刻々と変化している。山岳地帯の状況も変化したんだろ」私はそう言うと、ペパーミントのフードにララを入れて、それからライフルのストックを引っ張り出した。


「何か来ます。すぐに身を隠して戦闘の準備をしてください」

 ミスズの言葉に反応してアルファ小隊が動くと、ハクはすぐに水晶柱に跳びついて、死角から敵を強襲できる位置に移動する。ハクの動きを見ていたマシロも透明になるようにして徐々に姿を隠していった。

 私もすぐに水晶柱の陰に移動すると、すぐに応戦できるようにライフルを構えた。しかし点滅しながら移動していた生物反応は、互いを支えるようにして交差する水晶柱の側で突然消えてしまう。


「カグヤ?」

『地中を移動しているのかも、注意して』

 カグヤの言葉のすぐあとだった。悲鳴のようなビープ音が聞こえてきたかと思うと、トゥエルブがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

「あれは……昆虫か?」

 トゥエルブの後方には、黄色い毛の生えた枯れ枝のような脚をワサワサと動かして、恐ろしい速度でトゥエルブを追跡している生物の集団が見えた。それはカニにも蜘蛛にも見える奇妙な甲虫で、五十センチほどの体長がある悍ましい生物だった。その甲虫の黒光りする歪な外骨格には、岩に付着する貝のように、無数の結晶が引っ付いているのが確認できた。


『トゥエルブ、何やってるの! すぐに応戦して!』

 カグヤの言葉に反応したトゥエルブは、ラプトルの頭部として使用しているドローンの本体をその場でくるりと回転させて、機体上部にレーザーガンを展開させる。そして走りながら器用に攻撃を始めた。が、昆虫型の変異体が持つ外骨格は簡単に熱線を弾いてみせていた。

「レーザーはダメみたいだな」


 セミオート射撃で貫通力のあるライフル弾を撃ち込むと、奇妙な化け物の外骨格を破壊し貫通することができた。異界で手に入れた遺物によって強化されていた銃弾を防ぐことは、さすがに硬い殻でもできないようだった。

 射撃の効果を確かめると、我々は続けざまに銃弾を撃ち込んでいく。トゥエルブを追いかけていた十数匹の甲虫は瞬く間に処理できたが、銃声に反応した複数の反応がこちらに向かってくるのが地図で確認できた。


「このままだと包囲されます」

 ミスズの言葉で地図を確認すると、点滅する数百の赤い点が四方から接近してくるのが見えた。

「それなら重力子弾で無理やり退路を確保する」ハガネを操作して左腕の前腕上部に銃身を形成すると、弾薬を重力子弾に切り替える。

「レイ、待って!」と、ペパーミントが声をあげる。「未知の結晶に重力子弾を撃ち込んだら、どんな事態が引き起こされるのか分からない」

「それなら、こいつで押し通るしかないな」そう言って胸の前に吊るしていたライフルを構えると、ミスズはすぐに輸送機までの脱出経路を確認して、それから部隊に指示を出した。


『ミスズとナミはアルファ小隊と共に先行して脱出のための道を切り開いて』とカグヤが言う。『レイはハクと一緒に部隊の後方を守って』

「了解。トゥエルブとマシロはペパーミントの側について護衛を頼む」

 トゥエルブはビープ音を鳴らすと、ラプトルの左右の脚に搭載されていたミサイルランチャーの武装コンテナを展開して、小型ミサイル弾を全弾発射する。トゥエルブがセンサーを使って誘導しているミサイル弾が、我々に向かってきていた甲虫の群れに着弾して騒がしい破裂音を立てると、カグヤが声をあげる。

『トゥエルブ! 攻撃するときは仲間にちゃんと警告して!』

 カグヤの言葉に不満があるのか、トゥエルブは短いビープ音を鳴らして反論する。

『それから!』とカグヤは続ける。『仲間がすぐ近くいるのに、考え無しに爆発物は使わないで!』


 水晶柱から飛び下りてきたハクは、私の側まで来ると小声で言った。

『トゥーブ、すこしバカなのかもしれない……』

 ハクの言葉に私は肩をすくめると、砂煙の向こうからやってくる無数の甲虫に対して射撃を始めた。


 撤退する我々を執拗に追いかけてきていた悍ましい甲虫は、しかしある地点を境に急に動きを止めることになった。その切っ掛けになったのは、金属を互いに打ち合わせたときのような甲高い響きを持った轟音だった。

「レイ」

 ペパーミントが水晶柱を指差すと、立ち並ぶ無数の水晶柱の上部に、赤茶色の身体を持ったコケアリたちが立っているのが見えた。数百体ほどのコケアリが出現すると、それまで我々を追跡していた甲虫は身を隠すようにして地中に潜っていった。

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