第442話 自己意識
液体金属を操作して通常状態の左腕に戻すと、先程の実験結果について話し合っているペパーミントとサナエにもう一度感謝して、それから私は重力子弾の試射を行うために地上に向かうことにした。
「レイ」とペパーミントが言う。「地上では気をつけてね」
「ハクを誘ってみるよ。だから心配しなくても大丈夫」
「そうね。ハクがいれば安心かな……」ペパーミントはそう言うと、何かを考えるように天井に視線を向ける。「それと、カグヤにお願いがあるの」
『なに?』とカグヤの声が内耳に聞こえる。
「射撃のデータを記録して欲しいんだ。何かの参考になるとは思えないけど、一応ね」
『分かった。ドローンを使って記録しておくよ』
「そう、良かった」と彼女は微笑む。
整備室を出ると、通路に敷かれた絨毯を綺麗にしている自律式小型掃除ロボットに注意しながら歩く。彼らは少し頑固なところがあって、一生懸命に掃除をしている際には道を譲ってくれないときがあるので、蹴飛ばしてしまわないように注意しなければいけなかった。どうしてそうなっているのかは分からなかったが、人工知能の自己意識に関係するパラメータが高く設定されているのかもしれない。
エレベーターに乗り込もうとすると、通路の先からビープ音が聞こえる。振り向くと球体型のドローンが飛んでくるのが見えた。艶の無い錫色のドローンには赤いペンキで、雑だったが、それでも認識できる漢字で十二の数字が書かれている。機体の中心には単眼の大きなカメラアイがついていて、ドローンはまるで瞬きするようにカメラアイを発光させる。
そのドローンは、大樹の森にある混沌の領域の近くにある洞窟で入手していた六機の攻撃型ドローンの内の一機だった。以前は拠点周辺の警備をしていたが、エボシの地下施設に迷い込んだ際に大量の警備型ドローンを入手していたので、今は手が空いていてペパーミントの研究の手伝いをしているはずだった。
「どうしたんだ?」私がそう訊ねると、ドローンはカメラアイを発光させながらビープ音を鳴らした。
「一緒に地上に来てくれるのか?」
私の言葉に反応してドローンはまたビープ音を鳴らした。
『そう言えば』とカグヤが言う。『この子たちも特別な人工知能を搭載したドローンだよね』
「ああ。洞窟で手に入れていた六機のドローンは、他のドローンと違って人間味のある行動を取ることがあって、それに気がついたペパーミントは彼らの、あるいは彼女たちの人工知能に搭載されている『自己意識』に関するデータの調査をしている」
『何か分かったのかな?』
「どうだろうな、彼女も今は忙しいから、そこまで手が回らなかったんじゃないのか?」
するとドローンはビープ音を鳴らして機体下部の装甲を展開する。
『レーザーガンが改修されている?』
「本当だ」
ドローンが見せてくれたレーザーガンは、旧文明の兵器に多く見られる角筒状の銃身を持っていて、無駄のない簡素な装置だったが、今では無数のケーブルが装甲の隙間から機体内部に向かって伸びていて、ダクトテープで雑にまとめられているのが確認できた。
バスケットボールを一回りほど小さくしたドローンを捕まえると、ひっくり返して機体内部を確かめる。ドローンはビープ音を鳴らして不満を示していたが、少しの間、その声を無視することにした。機体の奥に接続されていたレーザーガンの受電式パワーパックには、イアーラ族の集落から回収してきた水晶の欠片が組み込まれているようだった。
『さすがペパーミントだね』とカグヤが感心しながら言う。『使えそうな技術は躊躇うことなく、どんどん既存の兵器に応用していく』
「少し雑な仕事だけどな」と、私はダクトテープで束ねられていたケーブルを眺めながら言う。「それに、まだ安全性も確かめていない段階の装置だ」
『爆発したら大変だね』
カグヤの言葉にドローンは騒がしくビープ音を鳴らす。
「大丈夫だ。その可能性があるって言っただけで、すぐに爆発したりしない」
エレベーターが目的の階層に止まると、私は愚痴を零すドローンをなだめながら通路を進む。
『ねぇ、レイ』とカグヤが言う。『地上では『姿なきものたち』と遭遇するかもしれないから、ミスズの部隊も一緒に連れていったほうが安全じゃない?』
私はその場に立ち止まると、網膜に投射されているインターフェースでミスズの位置情報を確認する。彼女の所持している端末の信号を探せばすぐに見つけられる。どうやらミスズはナミたちと階下の娯楽施設にいるようだ。
「いや、今日は止めておこう」と、私は歩きだしながら言う。「ミスズもずっと忙しかったから、たまにはゆっくり休んでもらいたい」
『それなら、どうするの?』
「レオウを誘ってみるよ、戦闘では頼もしい戦士だからな」
『レオウ・ベェリは砂漠地帯にある採掘基地に行っていて、今は不在だよ』
「そう言えば、そんなことを言っていたような気がする」
『もしかして忘れてた? ヴェルカ・フローナが採掘基地で警備の仕事をしてるノイに会いに行くって言うから、レオウが付き添うって話になっていたでしょ?』
「ああ、完全に思い出したよ。ところで、どうしてレオウが行くんだ?」
『それって思い出してなくない?』
私が肩をすくめると、カグヤの溜息が聞こえる。
『そういうの、良くないと思うな』
「そういうのって?」と私は惚ける。
『レイは他人に興味が無さすぎる』
「興味はあるよ。今は大切な仲間だしな」
『レイの思考を読み取れるんだから、私に嘘をついたって無駄だよ』
「嘘じゃない。ただ……なんて言うか、まだ慣れてないんだ」
『慣れ?』
「言い方は悪いかもしれないけど、たぶん、記憶を失う以前の俺は他人と慣れ合うような人間じゃなかったんだ。だからこれは性分なんだと思う」
『他人に対して心を開こうとしない言い訳にしか聞こえないけど』
「確かに言い訳も含まれているのかもしれないな……時々、想像するんだ」
『何を?』
「大切な仲間たちを失って、また独りになることを」
除染室を通って拠点の入り口を警備していた旧式の機械人形に挨拶して、それから地上に向かうエレベーターに乗り込んだ。
そして記憶を失くして、廃墟に埋もれた世界で目を覚ました日のことを思いだす。荒廃した世界のことを何も知らず、命を危険に晒すような毎日を送っていた。まるで細い綱を頼りに暗闇のなかを歩いているような日々だった。実際、カグヤがいなければ、あの過酷な世界で生き延びることはできなかった。
けれど死ぬこと自体に対して大きな恐れは持っていなかったように思う。端から失うようなものは持ち合わせていなかったし、他者に対する責任も無かった。もちろん人擬きに生きたまま喰われて死ぬようなことは避けたかったが、廃墟の街では口にすることも躊躇うような悲惨な死に方をする人間が大勢いる。それなのにどうして自分だけは特別な死に方ができると考えるのだろうか。そういった諦めにも似た考えが、ある種の覚悟を持つ切っ掛けになっていた。
その意識の変化が功を奏したのか、過酷な環境でも生きることができたし、不満を言うことも無くなった。ひとりでいることもたいした苦痛にはならなかった。姿は見えなかったが、カグヤは常に一緒にいてくれて、話し相手には困らなかった。
生活が変化したのは、ミスズが相棒になってからだった。仲間が少しずつ増えていって、考え方も変わっていった。自分の為だけじゃなくて、他者のために力を使うようになった。失敗も沢山してきた。それでも仲間たちと打ち解けることができていた。けれどそこで予期していなかった問題に直面した。
本当の意味で孤独ではないということは、今までにない奇妙な感覚だった。手に入れてしまったものを失って、また独りになってしまうことを異様に恐れるようになってしまったのも、それからだった。もしもミスズに何か起きたら、もしもペパーミントがいなくなったら? そういった考えが頭の片隅にこびり付いて離れなくなってしまった。
でもハクを失ってしまうのが怖いからと言って、ハクを遠ざけるようなことはできなかった。この感情を説明するのは難しいし、少しばかり気恥ずかしいが、私は仲間たちに対して確かな愛情を持っていた。けれどそれと同時に、いつか失ってしまうのなら、自分から執着を手放してしまえばいいのではないか、といった卑怯な感情も持ってしまう。結局のところ、どれだけ威勢のいいことを言おうが、私が矮小な人間であることに変わりは無いのかもしれない。
『でも』とカグヤが言う。『レイはそんな自分を変えようと努力している』
「そうだな……でも、どれだけ高い志を持っていても、それを言動で示せなければ意味が無いんだよ」
『うん……』
「それで」と私は言う。「レオウはどうしてヴェルの付き添いを?」
『レオウはヤトの族長だからね、色々と不安なんだと思うよ。一族がヤトの眷属になってから、初めて妊娠した子がヴェルで、それに相手は人間だからね』
「相変わらずレオウは仲間思いだな」
『うん』
「もっと早い段階でノイを拠点に呼び戻しておけば良かったな」
『もう少し仲間たちを気遣うことができていれば、頭を悩ませる必要もなかった』
「精進するよ」
保育園に繋がる隔壁が開くと、二体の戦闘用機械人形ラプトルが我々を出迎えてくれる。かつて廃墟だった保育園は綺麗に改修されていて、拠点で暮らす子供たちが地上で安全に過ごせる環境になっていた。
そして子供たちが字の読み書きや簡単な計算を習うための教室も用意されているので、園内は常に機械人形が警備することになっていた。
『それで』と今度はカグヤが言う。『これからどうするの?』
「まずはリリーに会いに行くよ。ワスダについて何か話があるみたいだったし」
『それなら教室にいるかもしれないね』
けれど子供たちの教室には人造人間のチハルを含めて、数人の子供たちの姿しか見かけなかった。
「レイラさん、どうしたんですか?」と、チハルは性別の不確かな変声期特有の声で言った。例に漏れずチハルは綺麗な顔立ちをしていて、丸刈り頭でありながら驚くほどの美少年だった。
「リリーを探していたんだけど、いないみたいだな」と私は教室を眺めながら言う。
「リリーなら、他の子供たちと一緒にミスズさんと地下にいますよ」
「ミスズと? なにかあるのか?」
「ニヤさんとラロさんに拠点を案内すると言っていました」
「子供たちの目当てはイアーラ族か」
「はい。ララさんも大人気ですよ」とチハルは笑顔を見せる。
「ララは猫みたいなものだからな……」そう言って教室に視線を向けると、数人の子供たちが端末を使って熱心に勉強しているのが見えた。第三世代の人造人間である子供たちの勉強意欲は凄まじく、専門性の高い知識を次々と学んでいるようだった。「ところでハクを見てないか?」
「ハクはマシロさんと一緒に廃墟の街に向かいましたよ。ララさんに街を案内するって、そう言っていました。拠点を出て行く前にレイラさんにもちゃんと報告するって言っていましたけど……」
『報告されてないね』とカグヤが言う。『まぁ、ハクはレイみたいに結構いい加減だから、忘れたのかもね』
「そうだな」と私は溜息をついた。
チハルに勉強の邪魔をしてしまったことを謝罪すると、教室を離れて保育園の外に出て行く。拠点を覆うように展開されている防壁シールドのおかげで雪が積もっていなかった石畳を歩いて、防壁のゲートに向かう。と、ドローンがビープ音を鳴らして何処かに飛んでいく。あとについて歩くと、機械人形たちの充電装置が設置されている建物の中に入っていくのが見えた。
「どうするつもりなんだ?」
私の問いにドローンはビープ音を鳴らす。
「身体を借りる?」
ドローンはビープ音を鳴らすと、充電装置に繋がれたまま佇んでいたラプトルに向かってケーブルを伸ばす。
『何をするんだろう?』と、カグヤは興味津々だった。
ラプトルのカメラアイや各種センサーが搭載されている球体型の頭部が、胴体を離れて私に向かってふわふわと飛んでくる。私がその頭部をしっかりと受け取ると、ドローンはラプトルの頭部のあった位置に収まる。するとラプトルの機体が起動して、充電装置から切り離される。
「どうなっているんだ?」
困惑しながら訊ねると、ドローンはラプトルの胴体の上でくるくると回転してビープ音を鳴らす。
「身体を借りるって、そう言うことだったのか」
ドローンによって操作されているラプトルは、火器が収納されている棚まで歩いていくと、レーザーライフルを手に取って格好つけるようにライフルを構えてみせた。
『ウミがやるみたいに、機械人形に対する簡単なハッキングができるみたいだね』とカグヤは感心しながら言う。
「この事もペパーミントに報告した方がいいな」私はラプトルの本来の頭部を棚に入れると、ドローンを見つめた。「それに、これだけ特別なドローンなら名前があってもいいのかもしれないな」
『名前か……でもこの子たちの仕様は謎で型式番号しか分からないよ』
「それなら、トゥエルブって呼ぼう」
『トゥエルブって、また安直な名前だね』
「でもトゥエルブは嬉しそうだ」
私はラプトルの奇妙な動きを見ながらそう言った。
『やれやれ』とカグヤは溜息をついてみせた。
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