第439話 作業場


 ニヤの仕事を手伝うため、大樹の森に点在するイアーラ族の集落に向かったミスズたちを見送ると、私は境界の守り人たちの拠点近くにある洞窟へと向かった。そこではペパーミントが未知の化け物の死骸を検分しているはずだった。

 洞窟に続く隔壁の環境追従型迷彩が解除されて、紺色の鋼材で保護された巨大な隔壁がゆっくりと開放されていく。すると洞窟内から戦闘用機械人形のラプトルが姿を見せる。ラプトルは鳥脚型の長い脚を静かに動かして私の側までやってくると、胴体から僅かに浮かせていた球体型の頭部を回転させて、強力な破壊レーザーを射出することのできるレンズを私に向ける。そして短いビープ音を鳴らした。

「ただいま」私はそう答えると、ラプトルと共に洞窟に入っていった。


 ラプトルに先導されながら、等間隔に照明が吊るされている薄暗い洞窟の奥に向かう。地面が整備された場所までやってくると、煌々と明かりのついた広い空間に出る。ペパーミントが作業場として使用していた建物の周囲では、武装した警備ドローンが数機飛行しているのが確認できた。その建物の作業場に直接入ることのできるシャッターから作業場に入ると、手に持った端末を使って未知の化け物の死骸をスキャンしているペパーミントの姿が見えた。


「おかえりなさい」と、水色のフード付きツナギを着たペパーミントが言う。

「ただいま」

 私はそう答えると、彼女から借りていたショルダーバッグを作業台に載せた。

「異世界への旅は楽しめた?」

「化け物に襲われて死傷者が出るようなことになっていなければ、いい旅になっていたと思うよ」

 彼女は肩をすくめて、それから言った。

「白い砂漠にイアーラ族の都市か……私も行ってみたかったな」

「機会は必ずある。それにお土産も持ってきた」


「お土産ね……」ペパーミントは溜息をつくと、端末に落としていた視線を上げた。「本当にショルダーバッグに入っているの?」

 彼女の青い瞳を見ながら私はうなずいた。

「ああ。他にどうしようもなかったからな」

 ペパーミントは端末を作業台に載せると、ショルダーバッグに触れて、接触接続でバッグ内の拡張空間に収納されていた『宝玉』の存在を確かめる。

「でも、ある意味では正しい選択だったと思う。これがどんな風にして人々の願いや欲望を形にしているのか分からないけど、無闇に人前に晒すようなことはしないほうがいい」

「このままショルダーバッグに入れていても安全だと思うか?」

「ええ」と彼女はうなずく。「そのショルダーバッグ内の空間は完全に隔離されたものになっているから、大袈裟に心配することは無い……と思う」


『でも、いつかはそこから取り出さないといけない』と、カグヤの声が聞こえる。『それに、どんな望みを叶えてもらうのかも慎重に考える必要がある』

「そうね」と、ペパーミントはショルダーバッグから手を離しながら言う。「その宝玉にどんなことが出来るのかは、まだ分からないけれど、悪意のある望みを叶えられないようにしないといけない」

「気になることがあるんだ」と私は言う。

「なに?」

「以前、異界でその宝玉を見たとき、それはハクの願いを叶えるために『輝けるものたちの瞳』として俺たちの目の前に現れた。でも今回のそれは、純粋に宝玉として存在している……その理由が分からないんだ」

『どういうこと?』とカグヤが言う。

「あのとき俺たちが見たのは石箱だった。そのことは覚えているか?」

『忘れてないよ、でも……うん?』と、やっとカグヤも違和感に気がついた。


 その違和感の正体について答えてくれたのはペパーミントだった。

「推測することしか出来ないけど、その姿形そのものが、レイに『存在』を認識してもらう為のものだったんじゃないのかな?」

「俺に認識?」

「そう。ハクが異界で願いを叶えてもらったとき、レイたちの印象に残ったのは宝玉そのものだった。だから願いを叶える石箱では無くて、願いを叶える宝玉として出現した。現にレイとカグヤは誰に言われるまでもなく、その宝玉を一目見ただけで、願いを叶えてくれる『宝玉』として何故か認識したでしょ?」

『そう言えば、そうだね』とカグヤが言う。『どうしてそう思ったんだろう……なんだか気持ち悪いね』

「待ってくれ」と私は言う。「族長もそれを宝玉として認識していたみたいなんだ。その説明はどうする?」

 私の言葉にペパーミントが頭を振る。

「どんな願いや望みも叶えてしまうような驚異的な物体なんだから、周囲の人々の認識そのものに影響を与えることができても不思議じゃない」

「神さまと呼ばれるような存在にも影響を及ぼせるのか……」

 私の言葉にペパーミントはうなずいて、それから言った。

「取り敢えず、宝玉が安全に保管できる場所が見つかるまでの間、それはショルダーバッグ内で保管することにしましょう」

「分かった」


「それはそれとして、イアーラ族の族長はどんな姿をしていたの?」

 急に話題を変えたペパーミントを見つめながら私は考える。

「カグヤがドローンを使って記録した映像は見ていないのか?」

「もちろん見たわよ。でも蜃気楼の宮殿内を記録した映像はダメになっていた」

「映像がダメに?」と私は首を傾げる。

『族長が持つ何らかの能力、あるいは宮殿内で展開されている結界の影響だろうね』とカグヤが言う。『私も最初は族長の姿を認識することができなかったし』

「あの場にいないと、族長の姿は見られないのかもしれないな……」

「そうね」とペパーミントはうなずく。「それで、どんな姿をしていたの?」

「人間を一飲みに出来そうなくらいに大きなライオンだ」

『それに分身みたいな人型がいて、妙な光に包まれていた』と、カグヤの言葉が続いた。

「光? 何か意味があるのかしら? それとも、古今東西の神話に登場する神さま同様に、族長も演出をするのが好きなのかしら?」

「それは分からない」と私は苦笑する。

「次に会いに行くときは、私のことも絶対に連れて行ってね」

「そうさせてもらうよ」


「それで」と、私はカタツムリのような殻を持った巨大な生物に視線を向ける。「こいつについては、何か分かったのか?」

「ええ」と、ペパーミントは花が咲いたような笑みを見せる。「この生物には多くの可能性があるわ」

「可能性? それはどんな可能性だ?」

「確かなことは言えないけど、私たち全員にとって必ず良い結果をもたらしてくれるかもしれない。でもまずは横浜の拠点から研究に必要な資材や装置を運んできて、サナエに作業を手伝ってもらう必要があるけど……」

「こいつを直接横浜の拠点に運ばないのか?」

「それはさすがに怖いかな……混沌の領域からやってきたこの化け物が私たちの知らない未知のウィルスに感染していたら、拠点にいる子供たちが危険な目に遭う」

「ここにいたら、ペパーミントも同じ危険に晒されるんじゃないのか?」

「すごく残念なことなんだけど、私は人造人間なの。それにサナエだって厳密に言えば人間じゃない。未知のウィルスに対する抵抗力は人間よりも備わっているはずよ」

「そうか……それなら、この拠点の整備を優先した方がいいな」


「そうね」とペパーミントは苦笑いする。「心配してくれるのは嬉しいけど、でも今のところはラプトルを数体、多めに派遣してもらうだけで十分かな。ところで……ハクとマシロは?」

「ミスズたちと一緒にイアーラ族の集落に行ったよ」

「ハクがレイの側を離れるなんて珍しいわね」

「イアーラ族は人間と全く異なる種族だからな、興味が尽きないんだろう。それに、あっちにはララもいるし」

「ララってあの白猫よね」

「ああ」

「猫っていう動物を知っているからなのかもしれないけど、正直、イアーラ族よりも不思議な生物に思える」

「そうだな。キティ以外に話ができる猫が実在するとは夢にも思わなかったよ」

「キティは猫じゃないでしょ?」

「そうか? 可愛らしい顔をした猫だと思うけど」

 私が揶揄いながらそう言うと、ペパーミントは困惑した表情を浮かべる。

「でもキティには触手が生えているわ」

「ああ」


 ペパーミントはじっと私を睨んで、それから言った。

「イアーラ族の集落は沢山ありそうだけど、今日中に全て訪問することは出来そうなの?」

 ペパーミントの言葉に私は頭を振った。

「無理だと思う。大樹の森で輸送機が着陸できる場所は限られているし、集落の数も多いからな」

「どうするつもりなの?」

「イアーラ族は森の民と違って、集落同士の繋がりが深いんだ。交流も頻繁に行っているみたいだから、その連絡網を使って族長とニヤの言葉を広めてもらうみたいだ」

「それなら、今日中には拠点に戻れそうね……レイも拠点に一緒に帰るんでしょ?」

「そのつもりだよ。何かあるのか?」

「サナエに手伝ってもらいながら『ハガネ』の特性について調べていたんだけど……」

「ハガネ?」

「大樹の森にある研究施設で、ハガネの資料を入手していたでしょ? そのデータを調べていたら、面白いことに気がついたの。それでレイには、その実験を手伝ってもらおうと考えていたの」

「実験? なんだか危なそうな響きがあるけど」

「危険なことはなにもない。それどころか、ハガネの攻撃能力を一気に高めることができるかもしれないの」ペパーミントはそう言うと、得意げな表情を見せた。

「それはいいニュースだな。俺たちはこれからも混沌の領域からやってくる化け物の相手をしないといけないからな……」

「期待していてね」とペパーミントは笑顔を見せる。ただでさえ人間離れした容姿を持っているのに、微笑むと更に綺麗になる。

「ぼうっと私を見つめてどうしたの?」と、ペパーミントは悪戯っぽく微笑む。「もしかして私に見惚れてた?」


「ああ。ペパーミントはビックリするくらい綺麗だからな」私はそう言うと、ベルトポケットから小さな水晶の欠片を取り出して、それを作業台に載せた。

「それはなに?」と彼女は首を傾げる。

「カグヤ、モニターにヴィチブラナ砦の映像を表示してくれるか?」

『うん。少し待っててね』

 偵察ドローンが作業台に設置されていたモニターに向かって細いケーブルを伸ばして、モニターの差込口に接続すると、ヴィチブラナ砦の俯瞰映像が表示される。

『あの青紫色の水晶が見える?』とカグヤが言う。

「もちろん」

『イアーラ族の全ての集落に、あの水晶と同じものがあるらしいんだけど、彼らはそれをある種の環境調整装置として使用しているみたいなんだ』


 ペパーミントは作業台に載っていた水晶を手に取ると、手の平にのる水晶の欠片をしげしげと眺めた。

「熱を発している? もしかして――」

 彼女の言葉を遮るように私は言った。

「汚染物質じゃないから安心してくれ」

「それなら、これはなに?」

「分からないんだ。ラロに訊いてみたけど、彼も上手く説明することができなかったんだ。でもこれが周囲の熱を取り込んで、ゆっくりと放出していることは分かった」

 ペパーミントは眉間に皺を寄せて、それから言った。

「たとえば放射性物質みたいに、質量の一部を崩壊させながら、それをエネルギーとして放出するような物質なの?」

「いや、ただ熱を取り込んで放出する」

「それって……」

「何かに似ていると思わないか?」

 ペパーミントはうなずくと、怜悧さの宿る綺麗な瞳を私に向ける。

「旧文明の貴重な端末に使用されているバッテリーね」

「ああ。まだ詳しく調べていないから確かなことは分からないけど、こいつは取り込んだ熱をエネルギーとして放出することができるんだ。それも劣化すること無く半永久的に」


 ペパーミントは水晶をテーブルにことりと載せると、胸を持ち上げるようにして腕を組んだ。

「イアーラ族はどこでこれを?」

「山梨県と静岡県の県境にある山岳地帯に、とくに静岡県側にだけど、古戦場跡がいくつもあるんだ。そこに残されたクレーター群には、まるで森に生える樹々のように、この水晶が数え切れないほど立っている場所があるみたいなんだ」

「古戦場?」と、彼女は私の言葉に首を傾げる。

「ああ。実際に現地に行って調べないと分からないけど、寒さに弱いイアーラ族はそこで水晶を切り出して、集落での生活に役立てていたんだ」

「彼らはどこでその水晶の存在を知ったの?」

「コケアリが関係しているらしいけど、詳しいことは訊けなかった。いずれニヤに訊ねるつもりだ」


「……そう」とペパーミントは言う「それでレイは私にこれをどうして欲しいの?」

「調べて欲しい。旧文明期のバッテリーのように加工することができれば、レーザーライフルで使用されている小型核融合電池の代りになると思うんだ」

「熱によって再充電される電池か……」

「イアーラ族は冬が近づくと、水晶を焚き火で囲んで、熱を取り込ませているみたいなんだけど、それでも水晶に異常が出たことは一度もないと話していた」

「強引な急速充電でも劣化することのない、弾薬が永遠に尽きないライフルね……夢のある話だけど、実現できるかしら?」

「それをペパーミントに調べて欲しい」

 ペパーミントはしばらく私を見つめたあと、溜息をついた。

「了解。サナエと一緒に何ができるか調べてみる。でもあまり期待はしないでね」

「分かってる」


 弾薬の残弾を気にすることのないレーザーライフルを製造することができれば、たとえば拠点警備に使用されているラプトルたちの戦力を大幅に強化することができる。それに、弾薬補充の心配をする必要がなくなるから、自動攻撃タレットの運用にかかる費用の削減にも期待できる。そしてそれが可能なら、空間転移に消費される『門』のエネルギー問題解決への道筋が見えてくるかもしれない。

「それじゃ私たちも一旦聖域に向かいましょう」と、ペパーミントは水晶をポケットに入れながら言う。「ミスズたちと合流して、横浜の拠点に帰りましょう」

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