第425話 戦士
未知の化け物の死骸を洞窟に運び入れ、それからヴィードルを吊るした輸送機が飛んでいくのを見届けると、我々も準備をしてから聖域へと繋がる洞窟に向かうことになった。地下トンネルに続く洞窟の入り口は、旧文明の鋼材で製造された頑丈な隔壁によって閉じられ、洞窟内部は戦闘用の機械人形によって警備されていた。
それらの機械人形は、五十二区の鳥籠に隣接する地下施設で製造し、各拠点に配備するようになった機体だった。純粋な戦闘能力は『アサルトロイド』に僅かに劣るものの、旧式の警備用ドロイドよりも遥かに優れた運動性能を持ち、また人間の手のように器用に動くマニピュレーターアームや、換装可能な武装ユニットを備えているおかげで、多種多様な火器を装備できる優れた機体になっていた。
その機械人形が警備する洞窟は、森の民と共同で組織した境界の守り人たちのために建造している基地と違って、完全に『母なる貝』の管轄下に置かれていた。そのため、大樹の森の一大勢力である鳥籠スィダチも干渉できないようになっていた。もっとも、その母なる貝の管理をしている『マーシー』は、宇宙軍の規定により地球にいる唯一の『不死の子供』である私をキャプテンと呼び、指揮下に入っていたので、我々は問題なく洞窟内の設備を使うことができた。
洞窟の警備を機械人形に任せているのは、そこが混沌の領域と接する危険な地域であることも当然関係していたが、他部族からの襲撃を警戒しているからでもあった。大樹の森に点在する集落や鳥籠で暮らす部族の全てが我々と協力関係にある訳ではない。未だにスィダチに対して敵愾心を持つ部族は多く、混沌の領域がもたらす脅威に無関心を装う部族も多い。そういった部族が森の外からやってくる組織の口車に乗せられて、我々に対して攻撃を仕掛けるかもしれない。という状況は今も続いていたので、警戒を緩めるわけにはいかなかった。
負傷していなかった豹人たちを連れて洞窟の側まで向かうと、自動攻撃タレットが鎮座する隔壁の上部が開閉し、赤紫色のレンズを装着した瞳のようなカメラアイが現れる。そこから生体認証のためのレーザーが我々に向かって照射される。扇状に広がるレーザーによって頭の天辺から足の爪先までスキャンされると、隔壁がゆっくりと開いていく。
驚いていた大柄の豹人たちに向かって白蜘蛛が言う。
『きけん、ちがう』
「さっきも話したと思うけど」と私も彼らに言う。「聖域に続く通路が洞窟内にあるんだよ」
『あの砦同様に、この場所も深淵の使い手の縄張りなのか?』と、合成音声で再現された豹人の声が聞こえる。
私は少し考えて、それから言った。
「管理しているのは俺たちだから、その解釈で間違っていないよ」
媚茶色の毛皮を持つ豹人は頷いてから隔壁に近づく。
『恐ろしいヴィチカバヤだ』
『びぃちかばや?』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。
端末を介して通訳されなかった言葉について訊ねると、大柄の豹人は鋭い爪で隔壁を叩いた。
『これのことだ』
「壁のことか?」
『違う。我々の槍をつくるときにも使うものだ』
そう言って豹人は槍の石突で地面を打った。
「旧文明の鋼材のことか」
『人間がどのようにこれを呼ぶのかは知らない。我々はヴィチカバヤと呼ぶ』
『通訳されないけど、その言葉にはどんな意味があるんだろう?』
カグヤの疑問について訊ねると、豹人はたてがみの間に見えていた耳をペタンと伏せた。
『ヴィチカバヤの意味は知らない。それはヴィチカバヤでしかないからな。意味を考えたことがなかった。だから族長に訊いてくれ。族長は何でも知っている』
質問に答えられなかったことを恥じたのか、大柄の豹人は早口でそう言った。
隔壁が完全に開くと、二体の戦闘用機械人形が我々を出迎えてくれた。その機械人形は特徴的な形態をしていた。頭部には各種センサーを内蔵した球体型ユニットがあって、それは機体を覆うように生成されていた磁界によって胴体から僅かに浮かんだ状態で静止していた。そして胴体部分は小型核融合ジェネレーターなどの必要最小限の部品で構成されていて、まるで圧し潰されたように平たく、左右に多関節を持つマニピュレーターアームがついていた。また二足歩行が可能な鳥脚型の長い脚を持っていて、脚にはユニット化された小型の武装コンテナが搭載されていた。
金属の装甲が剥き出しになっているのは胴体部分のみで、腕や脚は黒緑色の防刃防弾性能に優れた布地の保護カバーに覆われている。地下施設の工場では『二式局地戦闘用機械人形』という名で製造されていたが、機体胴体に小型肉食恐竜を指す『ラプトル』の文字が刻印がされていたので、我々はラプトルと呼んでいた。
その機械人形を製造するときに使用したデータは、軍事企業である『エボシ』の兵器研究開発施設で入手したものだったが、機体の設計にエボシは関わっていなかった。どうやら新式の機械人形を製造するための資料として、ラプトルのデータが保管されているようだった。地球防衛軍の一部で正式採用されていた機体の詳細なデータが、どうしてエボシにあるのかは分からなかった。それを入手できるほどにエボシは影響力のある企業だったのかもしれない。
いずれにしろ、ラプトルは我々の拠点を警備する主力機体になる。歩兵用ライフルでも採用されている弾薬生成機構を備えた電動ガンも装備しているので、人擬きを始め、略奪者たちにも問題なく対処できるだろう。それによって、今まで拠点警備に忙殺されていたヤトの戦士を含めた部隊を有効に運用できるようになる。雪解けを待つことにはなるが、廃墟の街や大樹の森で遺物の探索を行う専門の部隊を編成することになる。もちろんその部隊でもラプトルは有効活用されるだろう。
我々には資金があり、機械人形を製造する設備がある。それを使わない手はないだろう。問題があるとすれば、その資金が五十二区の鳥籠との間に抱えていた問題を争い無く解決するために使用されるはずの資金だったということだ。
五十二区の鳥籠との戦争は最早既定路線だ。我々が望まなくてもそれは起きるだろう。そしてそれを解決しない限り、我々も先に進むことはできない。相手もそれが分かっているのだろう。しかしこの時期に戦争を始めるほどに彼らは愚かではない。冬籠もりする熊のように、彼らは春の訪れを静かに待っている。けれど大袈裟に構える必要は無いだろう。我々もそのときに備えて着々と準備を進めているのだから。
「行こう」と私は豹人たちに言う。
ラプトルは球体型の頭部を空中で回転させると、ビープ音を鳴らして我々を先導する。豹人たちは保護カバーに覆われたラプトルの脚が気になるのか、内部に何が詰まっているのか、しきりにハクに訊ねていた。が、ハクは逆に豹人たちにどうして尾があるのか訊ねていた。ちなみにハクは通訳を可能にするソフトウェアがなくても、豹人との意思疎通が問題なくできていた。ハクの能力があれば、あるいは混沌の化け物とも意思疎通が図れるかもしれない。しかしそれは求め過ぎなのかもしれない。我々にはコケアリや豹人たちと会話を可能にする端末があるのだから、今はそれで充分だ。
『深淵の使い手の兵隊か?』と、大柄の豹人はラプトルを見ながら私に訊ねる。
「俺たちと一緒に戦う戦士だ」
『戦士か。良い仲間だな』
私は大きく頷いて、それから言った。
「ところで、俺の名前はレイラだ」
豹人たちに握手をする文化があるのかは分からなかったが、私はそう言って腕を伸ばした。豹人は立ち止まると、大きな手で私の手を包み込むように握った。彼の手は岩のように硬かった。
『まだ名乗っていなかった。ラロ・グェシ・イアーラだ』
「ラロ?」
『そうだ。ラロと呼んでくれ、レイラ』
「よろしく、ラロ」私がそう言うと、大柄の豹人は頷いて歩き出した。
洞窟の地面がゴツゴツとした硬い岩肌から、金属製の板が敷き詰められた場所に変わると、作業場として使用されていた建物と、地下トンネルに通じる昇降機が見えてくる。ちなみに事前に運び込んでいた化け物の死骸は、すでに建物内で厳重に保管されていた。
洞窟内を整備するために飛び回っている作業用ドローンの姿に豹人たちは驚き、女性たちは大きな眼を更に大きくしていた。
『ラロが名前で、グェシ・イアーラが苗字かな?』とカグヤが言う。
私も気になっていたので、ついでにどうして言葉の意味が通じないのか豹人に訊ねることにした。答えてくれたのは絹鼠色の綺麗な毛皮に、ヒョウのように黒い斑点模様を持った女性だった。
『私の名前は、ビビ・グェシ・イアーラ。意味はイアーラ族の戦士、ビビ。グェシは古い言葉で戦士を意味している。私たちの言葉と少し違う。とても古い言葉だ。だから意味が伝わらなかったのだと思う』
「ありがとう、ビビ」
私がそう言うと、ビビは文字通り瞳をキラキラと輝かせて、それから低く唸った。その感情表現にどんな意味があるのか興味があったが、ビビは長い尾を振りながら仲間たちのもとに向かったので訊ねることができなかった。
『ハクはね、ハクだよ。すきなたべものはね、ハンバーガーだよ』と、白蜘蛛が豹人たちを集めて自己紹介しているのを横目に見ながら、私は昇降機の操作パネルに触れる。昇降機が動き出すと、我々を案内してくれたラプトルは洞窟の警備に戻った。
「ラロたちはあそこで何をしていたんだ?」
私がそう訊ねると、瞼を閉じ、腕を組んでいた豹人は言う。
『狩りをしていた』
「狩りをするときには、混沌の領域との境界がある防壁の側まで来るのか?」
『獲物がいなかった。だから無理をした。何日も森を移動した。それから深淵の娘の気配を感じた。深淵の娘は恐ろしい、しかし深淵の使い手と一緒にいる可能性があった』
「だから接触してきたのか……それなら、ミスズたちに会えたのは偶然だったのか」
ラロは頭を横に振り、それから言った。
『偶然など無い。全てはイアーラ様の導きだ』
口下手なラロが黙り込んでしまうと、私は境界の守り人たちの拠点に残ったテアに通信を行い、基地で彼女とゆっくり話ができなかったことを謝罪した。今回の目的には、大樹の森で建設を進めている基地の状況を知ることと、テアたちが必要としている物資についての相談も予定されていたからだ。
森の管理を行う組織の運営には、基本的にマーシーの莫大な資産が使われ、それによって組織として成り立っていたが、今は紛争の混乱が落ち着いてきたスィダチからも支援が徐々に行われるようになっていた。しかしテアの部隊には我々が直接装備を支給していたので、基地の置かれている状況に対処できる適切な装備を用意する必要があった。そのための話し合いだった。豹人たちとの問題が落ち着いたら、また時間をつくって相談することになる。
しばらくするとペパーミントからも通信が来た。輸送機で移動した彼女たちは既に聖域に着いていて、今は母なる貝の格納庫で待機してもらっていた作業用ドロイドたちの手を借りて、オートドクターの作用で眠っている豹人たちを医療区画に運んでもらっていた。
『こっちにもラプトルが数体いるから、問題が起きても対処できると思うけど、寄り道しないですぐに来てね』とペパーミントが言う。
「軌道車両に乗るんだから、寄り道のしようがないよ」
『そうだといいんだけど』
「それはそうと、地下施設で行われている機械人形の製造は順調か?」
『順調だけど……いきなりなに?』
「間近でラプトルを見ていたら急に不安になったんだ。ラプトルの装甲にも砂漠地帯の鉱物が使われているだろ?」
「空間転移で何度も資材を運んでもらったから知っていると思うけど、計画に必要な機体は十分に確保できる』
「施設への影響はどうなっている?」
『混沌の領域を封じ込めている最下層のシステムに影響が出ないように、最大限に配慮して製造工場を動かしているから大丈夫。それに作業用ドロイドとラプトルが必要数に達したら、製造もすぐにストップさせる。だからレイが不安になる必要は無い』
「そうか……分かった。ありがとう」
地下トンネルに着くと我々はさっそく車両に乗り込む。豹人たちは周囲の変化に戸惑い、車両に乗り込むのを躊躇していたが、ハクがそそくさと貨物車に乗り込むのを見ると、ハクに続くように恐る恐る車両に乗り込んだ。それからいくらもしないうちに、車両は母なる貝の格納庫に続く昇降機の前に辿り着いた。そこまでいくと豹人たちは列車の速度に驚くようなことをせず、ただ現実を受け入れていた。
格納庫に続く昇降機に乗り込むと、私は豹人たちに状況の説明をすることにした。治療に最低でも一晩ほどの時間が必要になると教えたが、本当にそんなことが可能なのか彼らは半信半疑だった。しかし族長に会ってくれるのなら、いくらでも待つと言ってくれた。
母なる貝の格納庫には、地下トンネルで回収した物資の整理をしていた作業用ドロイドと、マシロの姿があった。退屈そうにしていたマシロはハクの姿を見つけると、途端に笑顔になって我々のもとに飛んできた。異界の蚕蛾を由来とした人型生物であるマシロの姿を見ても豹人たちは驚かなかった。母なる貝の聖域に『御使い』と呼ばれる存在がいることは、彼らも知っているのだろう。
そのマシロは寒さが苦手なのか、冬になってからは横浜の拠点に閉じこもっていたが、我々が大樹の森に向かうことを知ると、彼女の姉妹である御使いたちに会うために一緒に来ていた。
格納庫にミスズたちがやってくると、豹人たちの世話をお願いして、私はマーシーに会いに行くことにした。
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